3 蝙蝠
「兄上、フォン=ファデーナ嬢とピアスラをどこへおやりになったのです」
きつい口調で公爵が言いました。彼は頭に包帯を巻いていました。他にも怪我をしているようです。
「ふん、お前が戦地から帰還するのか遅いから、愛想を尽かせてしまったんだろう。知らないからな」
公爵の二人の兄、ロナルドとハロルドが笑います。公爵は少しも表情を崩さずに言いました。
「兄上たちもご存知でしょう。私は怪我で動けなかったのです。ちゃんと、ファデーナ嬢へその旨を報せました」
すると、兄のロナルドがポケットから白い封筒を取り出しました。公爵の顔色が変わりました。
「これか?残念だな、届いていないようだ」
「なんてことを!」
兄に掴みかかろうとしても、怪我をした公爵には無理でした。
「イスラ嬢は黒昼の森の城にいる。カナリアもだ。助けに行くといい。そこで魔物に喰われて、全員死んでしまえ」
二人の兄は高笑いをしながら去っていきました。
公爵は兄たちの行動が理解できず、ロナルド付きの執事に問い詰めました。すると、二人の兄はイスラ嬢に振られてしまったことが分かりました。きっと、その仕返しのつもりなのでしょう。
「仕方ない、私が行くしかないだろう」
イスラ嬢がたった一人であの森を通って帰って来れるとは思えません。それに彼女は、放っておけば魔物の餌になりそうなピアスラを置いて帰ってはこないでしょう。
「我が公爵家に受け継がれる剣を持っていこう」
そして公爵は、わずかな従者と共に、イスラ嬢とピアスラを助けに行くことにしました。
領内だけあって、道中は平和なものでした。公爵は夕方、暗くなる頃には黒昼の森の入り口に到着しました。
「リナルド様、今宵一晩は我慢して、明日の朝に森に入りましょう。ここは昼でも魔物が出ます。夜はきっと私たちでは敵いません」
すっかり怯えた従者が、懇願するように言いました。
「よい、ならばお前たちはここで待っていろ。私は行く」
そう言い残し、公爵は剣を手に森の中へ馬で入っていきました。従者たちはすっかり困った顔をしていましたが、その中の一人が公爵の後を追いました。彼は他の従者たちに、馬車を見張っているよう言いました。
「残っていても良かったのに」
公爵はついてきた従者に言いました。彼は公爵が幼い頃から従っていた従者でした。
「主を見捨てることはできません。お供します」
公爵はなにも言わず、前を向きました。心なしか馬の足が早くなります。
暫く行くと、急に辺りが騒がしくなりました。獣の気配ではありません。木や風が騒いでいます。さすがに公爵も気味が悪いと感じました。それでも先へ進んでいると、突然目の前にコウモリが現れました。木の枝から逆さまにぶらさがっている大きなコウモリです。コウモリはしわがれ声で言いました。
「あんたがこの土地を治める公爵かね?」
そうだ、と公爵は頷きました。するとコウモリは甲高く耳障りに笑いました。
「ああ、イスラ嬢の恋人はあんたか!早く行け、早く行かなきゃあんたの恋人はスープにされる。ああ、思わずよだれの出るような柔らかい肉の……」
うっとりとするコウモリを置いて、公爵は馬を急がせました。でこぼこの道を走っていきます。
走っていると、上から木が邪魔をしてきました。ぴしりぴしりと枝で打ってきます。鞭のようにしなる枝を八方から受けると、公爵も手綱を取り落としそうになりました。下からも根がせり上がってきて、馬の足をとられそうになります。
「お前たち、大人しく私たちを通さなければ、薪にしてやるぞ!」
腹立ち紛れに公爵は叫びました。すると、真っ黒な木たちは、いっせいに枝を降り下ろすのを止めました。葉はざわざわと音を立て、まるで話をしているようです。
公爵はそのまま馬を走らせました。蹄の音が重く響きます。
次に森に住んでいる小さな魔物が公爵にいたずらをし始めました。公爵の髪の毛や服、馬の尻尾をひっぱったりします。
「やめろ、痛いじゃないか!」
公爵の嫌がる声を聞くと、魔物たちは嬉しそうに笑いました。ドアの軋むような音がそこら中でします。公爵は舌打ちしました。しかし、魔物は余計に喜んでいるようです。
一匹の猿のような魔物が、公爵の乗る馬に飛びつきました。馬の頭の上で呑気に踊っています。公爵は手で払おうとしましたが、全く効果がありません。公爵は腰の剣で魔物を突き刺しました。
途端に魔物たちが甲高い悲鳴をあげました。
「殺した……殺したぞ!」
「人間のくせに、我らの仲間を殺したぞ!」
「憎らしい人間め!」
ふと頭上を見上げると、空は魔物が飛び交うせいで、黒く埋め尽くされていました。




