1 青い公爵
がらくた屋でその赤いカナリアを買ったのは、小さな領土を持つ若い公爵でした。カナリアは銀の古びた鳥籠に入れられていました。戦争のすぐ後だったので、あまり高価なものはないのです。
「旦那様、毎度ありがとうございます」
店の主人の媚びた笑いを少しも気にかけず、公爵は始終無言でした。
青い服を着た公爵は、馬車に乗って城まで帰りました。そこは悪い場所ではありませんでした。鳥籠のある部屋は日当たりもよくて、窓からは綺麗な森が見えます。
青い服を着た公爵は、カナリアにとっては二四人目のご主人でした。いろんなところへ連れて行かれ、いろんな体験をしたカナリアですから、ずっと閉じ込められっぱなしの鳥よりは、ずっといろんなことを知っています。人語も分かります。そしてなにより、このカナリアは綺麗な歌声の持ち主でした。ですから、この公爵が自分を買った時、ああまたか、とカナリアは落胆しました。以前貴族の家にいた時、それはそれは退屈な毎日だったのです。
公爵は金の髪がとても綺麗な人でした。目つきは少し鋭くて、使用人にも口数は少なく、どうやらとても無口そうです。しかし部屋に誰もいなくなると、公爵は籠のところまでやって来ました。
「お前、歌は歌うのか?」
公爵がカナリアをじっと見ました。でも正直カナリアは疲れていて、とても歌う気分ではありませんでした。
「とても良い声だと聞いたが」
カナリアはいろんな場所にいていろんな体験をしましたから、声だけでなんとなく分かるものもありました。そしてその公爵の声を聞いた時、この人はもしかしたらとても寂しい思いをしているのかもしれない、と思いました。そこであまり気は進みませんでしたが、少しだけ歌ってあげることにしました。
「ふうん、聞きしに勝る歌姫だ」
こう言われてカナリアは少し得意になりました。公爵を見ると、彼はにこりと笑いました。随分ぎこちない笑い方です。でも、カナリアはその笑顔が好きなものの一つになりました。
突然、部屋の扉が荒々しく開き、二人の男が入って来ました。二人もどうやら貴族のようです。公爵は仏頂面になってしまいました。
「おい、リナルド。ここに国王陛下からのお手紙を置いておくからな。ちゃんと読んでおけよ」
とても嫌な言い方です。これは公爵でなくともかちんとくるでしょう。
「なんだ弟、その目は。文句でもあるのか」
公爵は黙ったままです。すると一人がカナリアに気付きました。
「あれ、お前、そんな綺麗なの飼ってたか。ふうん、カナリアか。そんなものに時間を費やすくらいなら、他のことをしろ」
「そうだぞ、いくら末弟で爵位を継げたからと鼻にかけやがって」
どうやら公爵の兄達のようです。公爵は何も言い返しません。
「いいさ、俺達はいずれ、もっと金持ちの娘と結婚するんだから。お前はこの貧乏屋敷でくすぶってるといい。領地も狭いし、人間嫌いのお前にはお似合いだろう」
ばたんと扉を閉め、二人は出ていきました。公爵はなんだか悲しそうな顔をしています。心配したカナリアは、もう一度歌を歌いました。それ以外に、どうにかしてこの公爵を元気づける方法を思いつかなかったのです。猫なら彼の膝でゴロゴロと喉を鳴らすことも出来るでしょうし、犬なら彼の手を舐めることも出来たでしょう。少なくともオウムであれば、人の言葉を喋れます。けれどもカナリアは鳥籠から出ることもできなければ、人語を喋ることも出来ないのです。
「お前は本当に綺麗な声だ。そうだ、名前をあげなくちゃな」
カナリアはどきどきしながら公爵を見ました。歌うのも忘れるほどです。いくらご主人が変わっても、名前をもらう時ほどどきどきすることはありません。中にはただ、『カナリア』とか『この鳥』とかで済ませる人もいましたが。
少し考えて、公爵は鳥籠の隙間から指を突っ込んで、嘴の前で挨拶をするみたいにしました。
「ピアスラ。お前の名前はピアスラだ」
ピアスラ。なんて透き通った綺麗な名前だろう、とカナリアは喜びました。今までにもらった名前といえば、ピィとかいったなんとも安直なものから、覚えきれないほど長いものを付けられたこともありました。
「当代のフルートの名手とおんなじ名前だ」
そう言って公爵は、また何度も名前を呼びました。しかしそのうち公爵は、なんとも感慨深いため息をついて言いました。
「ああ、私もカナリアだったらなあ。一日中、歌っていられるのに。なんで人間なんかに生まれたんだろう」
そのうち公爵は人がいる時は全く無口で、部屋に誰もいない時はカナリアに向かってよく喋るようになりました。たまに星の綺麗な夜などは、竪琴を弾きながら歌ったり、いろんな話をしてくれました。カナリアも実によく気の利く鳥で、その時の公爵の気分に合わせた歌を歌いました。
毎日話を聞いているうちに、公爵にはどうやら恋人がいるらしいことが分かりました。けれどもどうやら政略結婚のようです。公爵はため息をつきました。
「今度彼女がうちに来るよ。是非、お前の歌を聴かせてやっておくれ」
話だけでは、公爵がその人を好きなのかどうかは分かりませんでした。けれどもカナリアは、とびっきり上等の歌を歌おうと、もうその日の夜から考えを巡らせていました。