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取引

昶 高二の夏。この頃には生徒会面子が入れ替わってます。

夏休みも残すところ今日一日。

最後の日曜を迎え、あとは新学期が始まるのをただ待つだけとなった。限りある時間をどのように過ごすかは各自の自由である。

そして、ここ青南高校の生徒会室では、貴重な一日を費やして次代生徒会への引継会議が行われていた―――はずだった。



「ほら、やり直し」

ざっとノートに目を通していた和意は、やり直し箇所に赤を入れて隣へとそれを滑らせた。

「なんで!?」

「なんでも、なにもない。間違ってるんだから仕方ないだろう」

生徒会室の会議スペースにある姿は全部で二人。テーブルの上には資料ではなく、参考書とノートが広げられている。もちろん、交わされる会話はどこをとっても話し合いではない。

「だいたい、さっきその公式は教えただろうが」

「え? どれ使うの?」

「…………これだよ」

「これ? だって……あれ?」

和意に指で示された公式をじっと見つめ、昶は小首を傾げる。今必死に頭の中で数字を当てはめているだろうその仕草は幼い。それを見守る和意の目は呆れ半分、可愛さ半分というところだろう。


「……やらしいな、あの顔」

ぼそっと呟いたのは少し離れた場所で会議を仕切っていた斎賀だ。その周りを固める生徒会面子も同意を示す。

「あれって昶限定でしょ?」

「親衛隊が見たらびっくりするだろうね」

「俺、慣れてきたつもりなんですけど、何度見ても怖いものを見た気がする……」

「―――聞こえてるぞ、金児」

「き、気のせいです!!」

離れているとは言っても、同じ部屋である。普通に話をしていれば十分声は届く。遠くから睨まれ、金児は必死に首を振って否定をした。

和意の視線が昶から離れたのをきっかけに、聡里は二人のほうへと近づく。

「昶、調子はどう?」

「……終わんない。もーヤダ。一昨日からず―――――っっと数学ばっかり見ていて頭おかしくなりそう」

「おまえが忘れていたのが悪いんだろうが」

「だ、だって……」

「ずいぶん便利な頭だな? ん?」

「…………ごめんなさいぃ」

にっこりと笑うその表情に反して目が恐い。

本当ならのんびりと過ごしているはずの数日が課題のせいで一変してしまったのだ。当然予定していた計画もパーになり、おまけにこうして生徒会室で家庭教師をする羽目になってるのだから、和意には頭が上がらない。


「小泉はそんなに苦手なのか?」

「苦手ってていうより敵、かな。授業が終わると必ず唸ってるし」

「成績表は低空飛行だぞ。なんせ頭が算数で止まってるからな」

計算はあくまでも算数の応用であり、数学にまで発展していない。それならそれで算数の部分だけをきっちりやればいいものを、律儀に余計なことまで考えるため、昶の成績は芳しくない。

「数学なんていらないのに……」

「その気持ちはわかるな」

この中で唯一同情したのは完全文系の高橋だけ。彼は持ち上がりで系列の大学を受けるため、余計な科目の授業はほぼカットされている。

昶の否定に答えを出したのは斎賀だった。

「生活に直接出てくるわけじゃないけれど、論理的に物事を考えるって意味では数学が必要なんだよ」

「論理的? だって、国語で会話するものでしょう?」

「国語はあくまでも文章の組み立て。数学は答えを出すために頭を働かすだろう? その組み合わせが巧く働くと人との会話もスムーズになるんだ。そうじゃなかったらいつまでも取り留めのない会話がだらだら続いてしまうね」

「…………」

「昶くん、その視線は何かな?」

「―――ええと、何でもないです」

初めて斎賀が年上に見えた、というのが正直な感想なのだが、それを口に出せるはずもない。曖昧に誤魔化す昶から感じ取ったのか、斎賀が胡乱気な視線を向ける。それを遮ったのは聡里だった。

「でもさ、課題はいいとして、課題テストはどうするの? 今は何とか大丈夫だろうけど、一週間後とか平気?」

「……平気じゃない。今でさえ頭パンクしそうなのに、これ以上余計な数字入れて数式覚えるなんて無理!!」

「今回の担当誰だっけ?」

「渡部先生」

「渡部先生だったら、去年和意のクラスを受けもっていたんじゃないのか?」

傾向読めるだろう? と高橋に振られ、和意は小さく舌打ちをする。

「余計なこと言うな」

「だって可哀想じゃない。それにほら、もしかすると生徒会とかにも来てくれなくなっちゃうかもしれないし」

「そうすると金児の仕事は増えるし、聡里くんも困る」

「……僕は昶にかかりっきりになるからいいですよ」

「それじゃ俺の立場は!?」

それぞれ好き放題にコメントをする中、和意は自分の隣を見やった。視線を感じたのか、顔を上げた昶は困ったという感情を隠さないまま和意を見つめてくる。

自覚なしに甘えを含んだ瞳に、和意は深い溜息をついた。

「……仕方ないな。対策は練ってやるから、おまえはとりあえず課題を進めろ」

「本当!?」

ぱっと顔を輝かせる年下の恋人を抱き寄せた和意は、しかし告げることだけはしっかりと口にする。

「ただし、ただで済むと思うな?」

「……それって悪役の科白だよ」

これから出される交換条件に思考を奪われ、そう呟くのが精一杯だった。




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