The SCHEMERS
「騒がしい季節」2~3の間くらいにあった、生徒会室での密談。
放課後を迎えた校舎というのは、えてして騒がしいもの。
その一方で、部活や帰宅のために生徒でごった返す廊下とは対照的に静かな場所も確かに存在する。HR棟から離れた生徒会室もその一つだった。
もっとも静かなのではなく、誰一人として口を開く気力もないというのが正解だが。
一教室と同じだけの広さを与えられた生徒会室。簡易応接セットを中心に机が適当な感覚で並んでおり、そのうちの四つが使用されている。残りには資料という資料が山のように置かれていた。
「高橋、コーヒー淹れてくれ」
パソコン画面から目を反らすことなく和意が言うと、すぐ側の机から「僕も」という力のない声が追従する。
指名を受けた高橋は作業を中止し、溜息をつきながら立ち上がった。その際に軽く身体を解し、唯一声をかけてこなかった人物を振り返る。
「コーヒー、金児は要らない?」
「……今は水分よりも横になりたいっす」
返った答えは半分泣き言に近い。
生徒会は、生徒の学校生活に関するイベントその他をすべて受け持つことになっている。
始業式を始めとする様々な行事はもちろん、部活動の裏表まで手綱を引かなくてはならない。新学期を迎えた今の時期は予算の関係もあり、本日はとうとう授業を放り投げてまでの作業をしていた。
「……休憩しよう」
破棄のない斎賀の声を合図に、和意と金児は動かし続けていた指を止めた。
颯爽とした歩き方をする者はない。生徒会室の中央に置かれた簡易応接セットへと集まると、高橋がそれぞれの前にカップを配った。
「……インスタントか」
「豆を挽く気力なんてないよっ」
むっとした表情をした高橋は、空いているソファへと腰を下ろす。どすん、と音を立てて座ると、自分用のマグカップを手に口を開いた。
「……もう少し人数がいれば仕事も手分けできるのに」
こぼれた愚痴はここ数日で誰もが実感したことである。
「そりゃ、生徒会長様が人を増やさないからな」
「会計自体いないっすからね」
生徒会役員は会長権限で選ぶことができるのだが、斎賀が会長に当選した時点で選び出したのは和意、高橋、金児の三人だけで他の役職は穴があいたまま。
要所要所で委員を募るため運営に支障はないが、こういう内部的な仕事となると、途端に人手が足りなくなる。
手伝いならともかく、役員として任命するには、勝手のわかる面子を優先してしまい、その結果、こうしてままならない状態に陥ってしまったのである。
口々に言われるぼやきに、斎賀が苦笑をした。
「僕だけのせいか? 前に連れてきたとき追い出したのは高橋達だろう」
人数が少ないというのは今に始まったことではない。しかし、以前手伝いに連れてきた生徒はほかでもない高橋の手によって追い出されたという過去がある。
「あたりまえでしょう。斎賀の顔しか見てないような人間がここにいて何の役に立つっていうのさ」
「そうですよ! あいつらは手伝いじゃなくて、ただ単に会長や羽柴先輩を間近に見たかっただけなんですから」
高橋の言葉に頷いたのは金児である。結局役立たなかっただけでなく、余計な仕事が増えて一番苦しまされたのだから、その頷き方も半端ない。
招いたわけでもないのに名前を出された当人としては、迷惑としか感じない。
「おい、ついでのように俺をだすな」
「別についでじゃないですよ。本当のことを言ってるだけです」
疲れが溜まっているせいで逆にテンションが高いのだろう。いつもと違い強気で返す金児に和意は肩を竦めることで流すが、勢いはそう止まらない。
ストッパー役の高橋は知らん顔を決め込んだらしく、渦中のときに言えなかった鬱憤を一気に吐き出そうと金児の躰が前のめりになる。
「しょうがない、人を増やすか」
文句の洪水を止めたのは、黙ってコーヒーを飲んでいた斎賀だった。
のんびりとした声音に金児は口を開いたまま斎賀の方へと向く。
「本当ですか!?」
「嘘ついてどうするんだよ。いいから座りな」
腕を組みソファーへ背中を預けた斎賀の表情は明るい。その表情が何か企みを思いついたときであることを知る三人は無言で視線を交わす。
「……あの、誰を入れるんですか?」
こんなとき、貧乏くじを引くのは下っ端である。
代表で金児が質問をすると、それには答えず、斎賀は隣に座る和意へと視線を向けた。含みのあるそれを受けた彼の返事は短かい。
「却下」
「まだ最後まで提案しきれてないんだけど?」
「聞く必要もないから言わなくていい」
呆れた視線を向けるが当の本人はまったく気にしていない。それどころか満面の笑顔を浮かべて言葉を更に紡ぐ。
「いいじゃないか、一緒にいられる時間が増えるんだから」
「おまえらと会って何が楽しいんだよ」
「顔が見られるだけでいいじゃないか」
「人事だと思って勝手なこと言うな」
「あの……」
具体的なことが表に出ないまま進められる会話に、金児が恐る恐る口を挟む。
「会長が言うのって、小泉のことですか?」
「そう。彼なら人柄も性格もわかってるし、いいんじゃないかなって」
いかにも今思いついたかのように話すが、ただ単にタイミングがなかっただけで、実際はもっと前から考えていたのだろう。浮かべられた満面の笑みがそれを物語っている。
和意が小泉昶と付き合いだしたのはほぼ一月前のこと。
しかし、学校生活としてみれば、直後に学年末試験があり、終業式があり、ろくな生活リズムを築くことなく春休みに突入してしまった。
もちろんお互い家族と一つ屋根の下で生活をしているのだから、毎日べったりして過ごすなんてことも不可能である。
おまけに新学期が始まった今は和意がこうして生徒会に時間をとられてしまい、二人が一緒に過ごせる時間は朝の登校時間しかないという状態だ。
あれもだめ、これもだめ。
そうなるとますます恋焦がれるのが人情というものだろう。
自分の中にこんな感情があるのかと和意自身驚くくらい、昶との時間を作ろうと必死になっている。
昶が生徒会に入れば顔を合わせる時間が増えるのは間違いない。
だが、それとこれとは別だ。
反論しようと口を開きかけた和意を遮ったのは、意外にも高橋の一言だった。
「いいじゃない、小泉を入れようよ」
「……おまえまでそれを言うのか?」
「だって小泉なら仕事の邪魔をしないだろうからさ。それに、金児の同学年を一人くらい入れておいてもいいと思うよ。ねぇ、金児」
「え!? ええと……」
突然同意を求められても返答に困る。だが、この状況は明らかに二対一でつくべき側もはっきりしていた。どれだけ和意に視線で脅されようと、選択肢を間違うわけには行かない。
「そうですね、俺も小泉とならやりやすいかなぁと思います。それにほら、小泉なら会長に媚び売って仕事放り出すような真似はしないだろうし」
言うことに欠いて何を言い出すのか。
余計な一言を付け加えた金児へ眇める目つきを向けていると、それに、と斎賀が続ける。
「側にいれば、和意だって安心できるだろう?」
斎賀に似つかわしくない単語に、和意は眉を顰める。身構える悪友に対し、斎賀は不穏な笑みを見せた。
「昶くん、今年の新入生にも人気あるんだよね」
新学期が始まってまだ二週間と経っていないのに、昶の名前が広がりだしているというのは、和意も新聞部から聞いている。
そのときは流していたのだが、斎賀が言い出すからには何かあったのだろうか。
僅かに表情を変えた和意に気づいたのだろう。斎賀はわざとらしく驚いてみせる。
「おや、聞いてない? 昶くん、昨日も告白されてたらしいぞ」
「―――――――」
「昨日は穏便に終わったみたいだけれど、いつもそうとは限らないからな。新入生とはいえ、体格の差はすでにでてるからね。後ろから襲われたら堪ったもんじゃないだろう」
飄々として言葉を続ける斎賀だが、その内容は声音を裏切っている。明らかに和意を煽って楽しんでいるのがわかる。
さらに追い討ちをかけたのが高橋だった。
「イベントの例もあるしね」
「……何のことだ?」
「ああ、和意はいなかったか。昶くん、襲われかけたんだよ。この部屋から見える場所だったから気づいたけれど、そうじゃなかったら危なかっただろうね」
「…………」
「あ、そういえば、まだ呼び出されてるみたいですよ。羽柴先輩とのことがあまり回ってないから、結局誰も落とせなかったんだろうって」
「二、三年に人気があるのは今も同じだし、これに一年も加わるとなると大変……って、あれ? 羽柴?」
高橋の言葉はふいに立ち上がった和意の動作で遮られる。
三人が見守る中、鞄に手をかけた和意は無言のまま入り口の向こうへと姿を消えた。
彼が向かう先が昶のところなのは容易に想像できる。
これから二人の間でどのような話し合いがされようと、明日には和意が嫌がる昶を連れてくるに違いない。
昶がここに出入りするようになるのは、また別の話である。
おまけ
残された三人はというと、扉が閉まった瞬間にお互いの顔を見合わせていた。
「……恐かったぁ」
「最初っから出し惜しみしないで連れてくればこんなに手間もかからなかったのに。別に羽柴にとって悪いことじゃないんだから」
「小泉の一件以来、羽柴先輩の雰囲気が変わったって噂流れてますよ」
「告白された云々で嫉妬するんだったらもっと独占欲を出しておけば済む話だと思うんだけどな」
「でれでれする姿を見られたくなかったんだろう」
「確かに、羽柴があんなに夢中になるなんて想像できなかったな……。あ、でもこれで確実に小泉は入るね。人手も増えて万々歳」
「ついでに工藤が入ってくれるともっと助かるんですけど」
「工藤の人脈も使えると予算成立も楽になるね」
「だめなら今度は昶くんをだしにすればいいことだ」
「それもそうですね」
にっと笑いあうその背後には黒い尻尾が見え隠れしていた。