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「それで、何が原因?」
放課後のファーストフードは小腹の空いた学生や買い物休憩の主婦と子供で賑わっている。その中の一角に席を陣取った二人はまずそれぞれの前にトレーを置いている。聡里はポテトに手を伸ばしながら、前振りもなく話の続きであるかのように切り出した。
仕事も何もかも放り出してから、聡里が二人分の注文を終えるまで約二十分。道すがら話をしていたのは生徒会絡みの件ばかりで、聡里は席につくまで一言も言及しなかった。
関係のない話題を振ることで、昶に考える時間を与えていただろう。そうでなければ学校を出る暇なく問い詰められていたはずだ。
「先輩が浮気でもした?」
聡里としては当然否定が返ってくるものと踏んでの言葉だ。だが、昶は手元のトレーから視線を定めたまま小さく呟く。
「…………わかんない」
予想外の答えに聡里はポテトを指から落とした。呆然と口を開いたまま見つめてくるその姿に、昶は苦笑を浮かべる。
「聡里、落ちたよ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ! あの先輩が!?」
信じられない、と聡里は言葉を続ける。
聡里と和意の付き合いは、不本意ながら恋人である誠吾とほぼ同じである。その間に彼がどんな交友関係を広めていたのかを知る聡里としては、正直彼が昶に近づくことを良しと思わなかった。
その聡里の目から見ても、今の和意は昶だけを視界に入れている。あの和意が、と誠吾とからかいのネタにしたのも最近の話だ。
「何か目撃したの?」
「目撃というか、聞いたというか……最近先輩の携帯に電話が多いんだよ。それは男女問わずなんだけど、一緒にいるときに何度か呼び出されてさ」
「呼び出されるって、昶をおいて違う場所に行くってこと?」
「そ。急用ができたから、ってそれだけ」
「それだけって、何だよ、それ」
思わず目を眇めた聡里に、昶は苦笑を浮かべる。
「もちろんいい訳も言ってるよ? 家からの呼び出しだ、とか。でも、さすがにこれだけ続くと……」
そう、猜疑心を抱いてしまうほど、和意の呼び出しは回数を重ねている。
和意と外で待ち合わせれば、食事の途中で電話に邪魔をされ、早々に食事を終える羽目になる。それが何度か続き、先日は約束の時間を過ぎてから電話でキャンセルをされた。
いつからか期待をするのは止めようと思い、それでも心のどこかで今日はずっと一緒だと信じる自分がいる。その微かな期待が思う以上に大きくて、和意から告げられる言葉に落胆する。
あっさりと肩を竦めて見せる昶の瞳に、隠し切れない傷が浮かぶ。
「まさか、金曜日もそうだったの?」
「そのまさかだよ」
百歩譲っても食事や二人の空気が邪魔されることは許せる。だが、電話を受け取った和意は必ず昶より電話の主を優先するのだ。
それが二人にとってどんなに時間が空いた後であろうと、関係ない。常に電話の主が優位にいる。
いつも自分のことを考えて欲しい。そんな乙女な発想をするつもりは毛頭なかった。
けれども、自分の心を押さえつけるのももう限界なのだ。
悪い、と謝る姿を見たくない。
またな、と言って去る背中を見たくない。
だったら先に去ってしまえばいい。
「あまりにもむかついたから、電話してる先輩を残してお店を出てきちゃったよ」
電話に呼び出され、五分待っても戻らなかったときに決意した。どうしてもっと早くしなかったのだろう、とそのとき初めて気づいたのだから我ながら鈍い。
「さすがに先輩も慌ててたな」
「そりゃそうでしょ」
「何で?」
「何でって……」
「だったら、もう少しまともな言い訳をしてくれてもいいじゃん」
かばんを持ち、コートを羽織り、店の外で電話を続ける和意に舌を突きつけた。慌てて電話を切ろうとする和意を尻目に背中を向けたものの、心は和意へと向いていたのだと思う。
彼が追ってきてくれることを望んでいたのだから。
「それで、先輩は何て?」
「何も」
「……何も?」
「本当に、何もないよ」
結果は昶の想像をあっさりと裏切ってくれた。追って来る気配もなければ、電話で言い訳をされることも顔を見せることもない。
「ま、まぁ顔をあわせるのが気まずいんだろうね。でも携帯に連絡……」
「電源を落としてあるんだ。だから、金曜の夜以来連絡とってない」
「………本気で言ってる?」
「嘘ついてどうするんだよ」
眉を顰める聡里に、昶は苦笑を浮かべる。
食事の最中だろうと何だろうと、容赦なく和意を連れて行ってしまう携帯。自分の物だというのに鳴り出すことが怯えてしまう。
神経過敏な反応だけれども、電源を切ることで少しだけ安堵した。
これで誰かに呼び出されることはなくなる、と。
「じゃ今携帯は繋がらないんだ?」
「携帯は部屋の隅に転がってる。電源を切ってるんだから、持ち歩く必要もないし。機械的なアナウンスを聞いて、本気で電波の届かないところばかりにいるなんて考えてたら笑えるよな」
「慌ててるよ、きっと」
「……どうだろうな」
心配そうに見つめてくる聡里から視線を逸らし、昶はそっと自嘲の笑みを浮かべた。
付き合ってそろそろ一年。お互いに家を知るのだから、携帯電話が繋がらなければ家に来ればいい。―――電話の相手よりも優先されるのだと態度で示して欲しい。
子供じみた我儘な思いもまた、携帯電話の電源を切る一因となった。
金曜の夜中は無理だろう、土曜の今日は? せめて日曜の夜だけでも―――。
彼を待っているのではないと自分に言聞かせ、実際に来なければ落胆する。
開かれない扉を気にして過ごすのも、もう嫌だ。
「昶、大丈夫?」
「……何が?」
「今、泣きそうな顔になってた」
「―――……そう、かな」
自覚のない表情は昶の口よりも雄弁なのかもしれない。
昶は溜息をひとつ落とすと、乾いた喉を潤すためにジュースを手に取った。




