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その2 商会にて




「私はキトラ=サルサ・ノンマルトン。

 金融屋を営んでいる」


 新しい屋敷に連れてこられたユーリは、主人の部屋に通された。

 書類が積まれた殺風景な部屋。

 明らかに年頃の少女には似つかわしくない、黒檀の重厚なデスクにどっしり肘をつき、キトラは話す。


「営んでいるというのはつまり経営者が私という意味でね。

 この建物はノンマルトン金融商会の事務所で、私はその会長にあたる」


 そう言って少女は口角を吊り上げる。


「町人、商人、農民。そういう奴らに金を貸してな、利子をガッポリ巻き上げてるんだ。

 お前は今日から、そういう金貸しにこき使われる身分になる訳だよ。

 どうだね、嬉しいか」


 ニヤ、と少女の酷薄な笑みが形作られる。

 ユーリの美しい――白磁の肌を持つ、まるで人形のように精緻な――貌が、戸惑いを浮かべた。


(嬉しいかと言われても――まさか、この年端のいかない女の子が金融商会をボスなのか?

 いや、まさか。そんなわけない、はずだ……)


 嬉しいかどうか以前の混乱が青年を襲っていたのであった。

 その感情を見咎めたのかどうか、キトラは不満そうに眉をひそめる。


「お前。さてはその顔、信じてないな?

 まぁいいよ。とにかく私はお前に、金貸しの元で働くのが嬉しいかどうか訊いてるんだ。

 はは、お前の自由を売り買いする、その金を操って貸し借りする仕事だぞ」


 少女はなおも嘲るような薄笑いを浮かべ、話し続ける。

 その言葉に青年は完璧な笑みを貼り付け、答えた。


「お嬢様がどのようなことをなさっていても、私は喜んでお仕え致します」

「………」


 百点満点、従者としては完璧な答えである。

 そんなユーリを眺め、あろうことかキトラは不服そうに唇を尖らせた。


「お前なぁ……どこでそんな風に躾けられたんだ。

 あーもういい、とにかくそういう世辞はいらん。お前の本心を聞かんと意味がない。

 何言っても絶対怒らないから。約束するから。

 率直な感想を言ってみろ?」


 呆れたような目でこちらを見つめる少女に、ユーリは逡巡する。

(変な子だとは思ってたが…なんだろうな、この肩すかしを食らってる感じ)


 綺麗な微笑みや甘い言葉、行き届いた気遣い。

 少女の胡乱げな半眼は、そういったものを全て下らないと切り捨ててでもいるように感じられたのだった。

(――深く考えても無駄だな。所詮、俺は学のない奴隷だ)

 思考を放棄して、ユーリは率直な感情を口にする。


「とりたてて、嬉しいとも悲しいとも思いません」

 そもそも、奴隷である彼は金など使ったことが無いのである。何の感慨も持てない。

 青年の答えを聞いたとたん少女は愉快そうに笑いだした。


「はははは! それが愛玩用奴隷クンの感想か! よろしい、大変結構だ。

 そうだな……じゃあまず、そのチャラチャラ伸びた髪を切ってこい。

 豪華な服ももっと普通のに替えんとな。そんな派手な金貸しなんぞ見たことがない」


「金貸し、ですか? 私が?」


「バカ野郎が、今日からこの金融商会でこき使うっつっただろうが。

 いいかユーリ。

 綺麗な服着て女の機嫌とって、ヘラヘラ笑ってばかりの仕事はもう終わりだ。

 お前はウチの平社員として扱い、一人前になるまで金融の仕事を徹底的に仕込む。

 仕事に関する文句は一切許さん。いいな?」


「かしこまりました、お嬢様」

 端正な顔に優雅な微笑を浮かべ、青年は返事をしたのだが。


「お前……今、なんつった?」

「かしこまりました、お嬢様、と」

「お、おお、お嬢様だと? バカ野郎! 二度とそんなフザけた呼び方は許さん!」

 突如激昂する少女キトラ。


「申し訳ございませんでした。なんとお呼びすればよいのでしょうか」

「言っただろう、私はノンマルトン金融商会会長だ。会長、と呼ぶがいい」

「では、会長様と」

「様はいらん、バカ。

 あーもう、いいからさっさと髪切ってこい。床屋は向かいの通りの右に向かって五件目だ、外に出ればすぐ判る。

 そうだ、その前にこの服に着替えて行け。

 その見た目と派手な服でウロウロされたら敵わん。地味な金融商会にどんな噂がつくか……おい、聞いてんのか?」


 タンスをがさごそ漁りながら男物の服を引っ張り出すキトラ。その緑色の両目がこちらを睨みつけている。

「ふ、はは」

「何がおかしい、バカ野郎」


 そんなのユーリにもわからない。ただ、急に笑いたくなったのだ。

 微笑んで、愛を囁いて、ただ主人を甘いぬるま湯に浸させ続けるだけの毎日。

 それが終わる。何もかもが変わる。この、ぶっきらぼうでちょっと不器用そうな女の子と一緒に。


 久しぶりに自然な笑みがこぼれた。何故かひどくすっきりした気分だった。

 重い鎖から解き放たれたような、ひどく愉快な気分。


「あー畜生、とっととその鬱陶しい髪の毛切ってこい!

 そこらへんの町人みたいな感じにしろよな!」

「了解しました、会長」

 ご主人様がご立腹だ。早く床屋に行かなければならない。


 優雅に伸ばされた、透き通るようなプラチナブロンドを、バッサリとやるために。




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