三話
色々考えた結果、私にシリアスは無理という結論にいたり修正。
最後の展開が変わってます。
「・・・ですから、生徒の皆さんも―――」
朝九時前後。月初めの朝礼で校庭に集められた生徒の一人となり、壇上で話す生徒会長の話を聞いていた。特に面白みも無く、私生活の注意事項や勉学に対する姿勢等、為になるのかならないのか曖昧な話が延々と続く。
校庭から見える校舎の時計が九時二十分を指す頃には、もはや生徒会長の話の内容など右の耳から左の耳へ通り抜けるかのように頭に入らず。早く終われ、集まった生徒一同の心はその願いのもとで一致していたように思う。
「――以上で、私の話は終わりです」
そう言うと一礼する生徒会長。やっと終わったか、そう緩んだ空気が生徒達に蔓延し、パチパチとやる気のない拍手に見送られて壇上から降りる生徒会長。
「以上で、朝の朝礼を終わります。一同、礼」
※ ※ ※
「あーもう、マジだるいわー」
教室に戻り席につくと、前の椅子に腰かけた夕が、軟体生物のごとくぐでんと私の机にもたれかかった。
「皆、話長いもんね」
八時半から九時二十分まで、五十分間ずっと誰かの話を聞かされるだけという、我々生徒にとっては迷惑でしかない月一の朝礼。正直、私も夕にならってだらけた姿勢をとりたいが、他のクラスメートがいる教室でそんな事は出来ない。
私があえて姿勢を正して座りなおすと、若干不機嫌そうに夕が言葉を吐いた。
「つーか、校長よりも話長いとか、ほんまに信じられへんわ……」
今日の朝礼の内わけは、校長十五分・生徒会長二十五分・その他十分だ。確かにその通りである。
「よくあんなに長々と話していられるよね。話し相手もいないのに、一人で喋り続けるなんて、私には無理」
「自分の言葉で越に入っとるんとちゃう?」
幼馴染という長い付き合いだからか、生徒会長に対する夕の評価は少々辛口だ。
「んー、ナルシスト的な?」
「的な」
冗談で言ったのだが、普通に肯定されてしまった。
そういえば過去の月一朝礼で、生徒会長が五十分丸々話し続けた事があった。なるほど、自分の言葉に酔っていたのならそれだけ長く話し続ける事も可能だろう。
「そういやぁやっさん、明後日の日曜ひま?」
私が生徒会長をナルシスト認定したところで、夕が話題を変えた。
「んー、特に用事はないよ」
一応携帯電話を取り出し確認したが、特に予定は入っていなかった。
「なら、一緒にFAOで冒険せん?」
「エフエーオー……?」
一度頭を捻り、それがファントム・アース・オンラインの略称だと気がつく。
「そういえば初日にちょっと遊んだだけで、それからずっと一緒にやれてないもんね」
私がFAOを始めてから、今日でちょうど十日。私の都合だったり夕の都合だったりで、一緒に遊べずにいたのだ。
パンプキンやヴィ、私が出合った人達を夕に紹介したいと思っていたこともある。私は彼女の提案に賛成するのだった。
※ ※ ※
そして二日後、日曜日。
「賞金首制度?」
「せや、FAOのちょっと特殊なシステムやね」
待ち合わせ場所に指定した止り木亭にて、私と夕はケーキをつつきながらだべっていた。ケーキはオーソドックスにイチゴのショート、やっぱり基本は外せないのだ。
「ステータスを開くと、一番下に罪科っちゅー項目があるやろ。PK、つまり他のプレイヤーを倒すとそれが増える。そしてその数字が大きくなってくると、ほれ、あんな風に手配書が張り出されるんや」
フォークでイチゴを転がしながら、止り木亭の壁を指差す夕。
そこにはウォンテッドという文字の下に顔写真が載せられた、いかにも手配書といった紙が数枚貼り付けられていた。ただしどの手配書も、普通なら賞金額が表記されているはずの場所にC・5やC・7などのよくわからない数値が書かれている。
「あのCってのは何?」
「Cは罪科のことで、数字がその値。倒せば罪貨っちゅう色々な物と交換できるアイテムが、数値分手に入るって感じやね」
「ふーん・・・。ねえ夕、ちょっと気になることがあるんだけど」
壁に並ぶ手配書を一つ一つ見比べ、少し疑問に思うことが出来たのだ。
「何か分からんことでもあった?」
「いや、壁の手配書を見るとさ。ちらほらとモンスターっぽいのが混ざっているんだけど、あれも賞金首なの?」
「そうや、モンスターのステにも罪科があるらしくてな。プレイヤーだろうがモンスターだろうが、PKすれば罪科が増えて、増えすぎれば賞金首や」
夕が言うには、モンスター一匹一匹が個体で判別されていて。経験値稼ぎなどでモンスターを狩っていると、同じモンスターでも時々罪貨を落とす奴が混ざっている事があるらしい。
「よく処理できるよね」
なんでも、SFC社内のサーバーでこのゲームの全てが管理されているらしいが、どれだけ高性能なシロモノなのだろう。従兄弟ならそのスペックを意味不明な単語を用いて事細かく説明してくれるのだろうが、私には想像もつかない。
「それでや。やっさんもそろそろこのゲームに慣れてきた頃だろうし、賞金首モンスターの討伐に挑戦しようや」
最後に残ったイチゴを口に放り込むと、どこからともなく一冊の本を取り出す夕。パラパラと頁をめくると、彼女は真中あたりで本を開いた。
「洞窟猪、Cの十一」
私は開かれた頁に書かれた文字を小さく読み上げた。
夕が取り出した本は手配書を束ねたようなもので、自動的に内容が更新される便利アイテムらしい。
「ほんじゃまぁ、行こか」
私がケーキを食べ終えるのを確認すると、そう言って席を立つ夕。
「ん、そうだね」
夕に続き席を立つ。
「おばさん、お勘定」
そうしてケーキの代金を払うと、私達は止り木亭をあとにした。
※ ※ ※
罪科持ちのモンスターをそのまま放置すると、時々ランクアップして強力になる固体がいるらしい。元のモンスターと比べて非常に強力になったそれは、適正レベルの装備で何の前情報も無しにやってきたプレイヤーに対処できるようなモノではなく、瞬く間に罪科を増やして手配書に載るのだという。
他のゲームで言うところのボスモンスターのような物であり、同様にそれを倒すのがこのゲームの醍醐味の一つであるようだ。ちなみに、ボスモンスターの後に“のような物”という言葉が付くのは、正確にはボスではなく某狩人ゲームの大型モンスターに近い感じだと夕が説明したからだ。結構レトロなゲームだが、未だに人気があるのだとか。
ただ、残念なことに私はそのゲームを遊んだ経験が無いので、どう違うかなど分からないのだけど……。
「賞金モンス狩り、メンバー募集!」
夕の大声に思考を中断して、周りの様子をうかがう。ここは街の中心である噴水広場と南門を繋ぐ大通りの途中、私がゲームを開始した初日にパンプキンと出合った場所の丁度反対に位置する場所だ。パーティメンバーを募ったり、パーティを探す人は大体この通りに集まるらしく、フリーマーケットのようだった北門への通りほどではないが、こちらの通りも大勢の人であふれている。
私の強さに合わせると、二人で賞金首モンスターを倒すのは厳しいという事で、私達もここでメンバーの募集をしていると言う訳だ。まあ、十分ほど経っても二人しかいないことから分かるように、未だに一人も集まっていないのだけど・・・。
「初心者でもOK、今なら可愛い女の子二人付きやでー!」
夕に借りた手配書の束をパラパラと捲って暇を潰していると。全然人が集まらないことに嫌気が差したのか、突然妙な事を言い始める夕。
“勧誘は私に任せとき!”などと自信満々に言うから任せていたが、こんな宣伝文句では恐らく逆効果だ。大体、夕はともかく、私について可愛いは余計だ。
それから更に十分。
流石にこのまま何もしないと言うわけにはいかないので、私も夕に並んでパーティの募集に挑戦してみた。だが、気恥ずかしさから上手く勧誘できず、結局メンバーは集めることは出来なかった。
声をかけてきたプレイヤーは数人ほどいたのだが、夕の知り合いがただ話しかけてきただけだったり(話の内容的にギルド関係の知り合いらしく、会話を終えると何処かへ行ってしまった)。夕の言葉に釣られてきたのか、私達のリアルの事をしつこく聞いてくる奴だったりと、まともにパーティに参加しようと声をかけてくるプレイヤーはいなかった。
初心者っぽいプレイヤーがちらちらと窺うようにこちらを見ていた事もあったが、声をかける勇気は出せなかったみたいだ。
「うーん、なかなか集まらんなぁ……」
勧誘を続けるのに疲れたのか、腕を組み休憩とばかりに地面にあぐらをかいて座る夕。女の子がそういう座り方をするのはどうかと思うのだが、まあ・・・いいか。
「もう二人で行かない? 今回倒しに行くモンスターって、夕のキャラクターなら一人でもやれるような奴なんでしょ?」
現在、私のキャラクターのレベルは六。多少上がったとは言え、まだまだ初心者の内に含まれるような低レベルのキャラクターだ。
今回倒しに行くモンスターは、そんな私程度のプレイヤーが数名いれば倒せる強さだそうだ。
「まあ、そうなんやけど。実はやっさんにパーティ戦闘の面白さを知ってもらうために、今日は弱い装備しか持ってきとらんのや」
そう言うと、夕は一本の剣を取り出し、私に見せるように持つ。いわゆるショートソードと言われる剣で、装飾も何も無い、いかにも量産品といった風体である。
夕いわく、FAOにおけるキャラクターの強さ=装備の強さであるらしい。大雑把に言うと、武器で攻撃力(ただし、素手の場合は筋力がそのまま反映される)、防具でHP・MP・防御力等が決定される。ちなみに魔法も装備扱いらしく、装備した魔法の効果は誰が使っても一緒だそうだ。
この説明だけ聞くと、レベルなんて上げなくても強い装備さえあれば簡単に強いキャラクターが作れると思うかも知れないが、それは間違いである。
装備には、武器防具魔法問わず装備ステータスという物が存在する。
例えば初期装備の木剣の必要能力値はオール1、どのような初期ステータスであろうと持てるようになっている。対して、現在私が装備している手斧の装備ステータスは筋力6・器用4といった具合だ。
装備ステータスを満たしていなくても、装備自体はできる。だが、満足に動けなかったりと、逆に弱くなってしまうそうだ。ちなみに、魔法だけは装備ステータスを満たしていないと装備できないらしい。
つまり、私と夕にどれほどレベルに差があっても、装備のランクを合わせれば同じ位の強さのキャラクターで遊べるというわけだ。まあ、キャラクターの強さは同じでも、私と夕のプレイスキルの差は変わらないため実際の強さは変わるのだけど……。
「しゃあないか……。じゃあ私の装備をちょっと強くして、二人で行こか」
しばらく考える仕草を見せた後、そう言って夕は立ち上がった。
「うん」
頷いて私も立ち上がる。
どうも夕は、私が他のプレイヤーとほとんど関わらずにゲームを遊んでいる事が気になって、今回パーティを募ろうと考えたらしいのだ。パンプキン達があまりに人間くさいので気にしていなかったのだが、彼女の心遣いは少し嬉しかった。
「えーと、転送石は、っと……あった」
そうつぶやくと、緑色の石を取り出す夕。
私はまだ行ったことはないが、FAOにはここ“はじまりの街”以外にも町がある。夕の取り出した転送石は地面に叩きつける等して割ることで、対応した町まで一瞬で移動できるという便利なアイテムだ。割ることで効果が発動することから分かる通り使い捨てで、一個の値段もそこそこ高く、頼りすぎると金(いわゆるゲーム内マネー)がすぐなくなるのが欠点だという。
「じゃ、ちょっと装備取ってくるわ」
転送石を持った手を振り上げつつ、私に言う夕。彼女が石を地面に投げつけると、それはパキンと軽快な音をたてて砕け、そこを中心に薄緑の光る魔方陣が描かれた。
夕は魔方陣に足を踏み入れると、薄緑の光は一際強く発光して彼女の姿を覆う。そして次の瞬間には光りが消え、同時に夕の姿も消えていた。どうやら魔方陣に入ると転送されるらしい。
「スミマセン、サッキパーティ募集ヲシテタ人デスヨネ?」
夕が転送される光景を、まるで手品みたいだったなと思って呆けていると。突然後ろから声がかけられた。
「へ? あ、はい、そうですけど・・・」
声をかけられるなんて思ってもいなかったものだから、少し驚いてしまった。少し動悸が早まるのを感じながら、声の方へ振り返る。
「僕ヲ、パーティニ入レテクレマセンカ?」
顔全体を覆い隠す黒い覆面に、和風な黒い服。
そこには、カタコトの日本語を妙に流暢に喋る忍者がいた。
※ ※ ※
「ト、言ウワケデース」
カタコト忍者の名前はトム、彼曰くジャパニーズ・ニンジャに憧れる留学生だそうだ。パーティに加えてほしいそうだが、私の独断で決める訳にもいかない。
現在、軽く自己紹介を交えつつ、夕が戻ってくるのを待っているという状況である。
「へえ、トムさんもこのゲーム始めたばかりなんですか。私もまだ始めたばかりなんですよ」
「オウ、ヤスーコモ始メタバカリナンデスカ。奇遇デースネ。」
トムはFAOを始めて、今日で大体二十日になるらしい。
トムのキャラクターのレベルは十六。私がのんびりしている所為なのか、それとも彼がレベルを上げる速度が早いのか、十日で十ものレベルの差がついている。夕とのレベル差も縮まってないし、少しレベル上げを頑張った方が良いかもしれない。
「おーっす、装備取ってきたでー」
私がレベルについて思考していると、早足でこちらに歩いてくる夕の姿が目に入った。
「おかえりー」
軽く手を振って夕を迎える。
「ただいま、っと。んー? やっさん、こちらはどなた?」
私の横に立つ忍者を見て、疑問を投げかける夕。見知らぬ相手だからか、言葉がやや丁寧だ。
「えっと、この人はトムさん。私達のパーティに入りたいんだって」
そう言って、夕にトムを紹介する。
「ヨロシク、オネガイシマス」
私の言葉の後、夕に向けてお辞儀をするトム。
「うーん、忍者やなあ・・・。ってことは、契約もそっち系なん?」
「イイエ。何カ、イメージト違ッタノデ・・・」
そうして会話を始める二人。私よりちょっとプレイ時間が多いだけなハズなのに、夕の質問にスラスラと答えていくトム。
正直、私は二人の会話の半分も理解できていない。うーん、FAOについてちょっと物を知らなさ過ぎだろうか?
「そういえばさ、トムさんって日本語上手ですよね」
このゲームの話についていけない私は、二人の会話がいったん区切れたタイミングを見計らい、別の話題を投入した。
別に自分だけ会話に混ざれないのが寂しかったとか、そう言うわけではない。ただ単に、発音が少し変なだけで普通に日本語を話すトムが気になっただけだ、それだけだ。
「アー、ハハハ。タクサン練習シマシタカラ・・・」
おでこをかくと、気まずそうに目をそらすトム。なにやらこの話題には触れてほしくなさそうだ。
「やっさん、やっさん」
ちょいちょいと夕に背中をつつかれる。
「ん、どうしたの?」
「ちょっとな。やっさんと二人で話したいから、トムは待っててな」
そう言うと、夕はトムから少し離れた位置へ私を誘導した。どうやら、何か彼に聞かれたくない話をするらしい。
トムのパーティ加入についての話だろうか?
「もしかして、トムさんをパーティに入れるのは反対とか?」
「ん? いやいや、結構マジメな感じやし、パーティに入ってもらうのは賛成やよ」
私なりにあたりをつけ、予想した内容ははずれだったようである。うーん、だったら何の話なのだろうか?
「実はな、トムと話してて一つ気がついたことがあるんや」
「気付いた事?」
語り始める夕。
「ほら、やっさんも言った通り。彼、妙に日本語が上手いやろ?」
「うん」
「でな、多分なんやけど・・・彼、日本人やない?」
「は?」
思わずポカンと呆ける私。いきなり何を言い出すんだよ、夕。
「ほら、~をみたいな外国人が良く間違えるところも完璧やし。それに私らの話す内容に対して、すぐに正確な受け答えをしてくる」
チラリとトムを見る。私達を気にしてはいるようだが、盗み聞き等する気はないようだ。
うーん、確かにその通りかもしれないけど・・・
「でもさ、日本に長く住んでいるのなら、それくらい出来るようになっても不思議じゃないんじゃない?」
視線を夕に戻し、夕の推測に異を唱える。
日本語は、英語圏の人たちからすると難しい言語らしい。だが、長い時間日本で暮らして、多く日本語に触れているのなら完璧に話せてもおかしくはないはずだ。
「いやいや、やっさん。彼は留学生って設定なんねんで? 一年やそこらで日本語をマスターって、不可能とは言わんけど少し無理があるやろ」
「まあ、確かに・・・」
でも、夕の言うとおりだとして、一つ分からない事がある。
「でもさ、じゃあなんでトムさんは留学生のふりなんてしているんだろ?」
正直、カタコト風に話すのって疲れると思うのだ。
「そりゃあ、ロールプレイっちゅうやつやない?」
「ロールプレイ?」
ゲームの事じゃないよね?
私は首をかしげた。
「あー、ロールプレイっちゅうのは・・・ごっこ遊びみたいなもんや」
そう言って、ロールプレイという物の説明を始める夕。
彼女の説明を要約するに、ロールプレイとは。プレイヤーキャラクターを作る際、その人物の設定も作りあげ、そのキャラクター自身になりきってゲームをする遊び方だそうだ。
夕曰く、そういうのはその人の勝手であり、他人が水をさすのはヤボだという。
「あー、何か凄くめんどくさい事して遊んでいるんだね・・・」
ネットゲームにハマッた忍者好きの留学生がプレイするキャラクターのロールプレイ。夕と話し合った結果、彼はそういうキャラクターを演じて楽しんでいると思われるので、多少変な所があってもそっとしておいてあげようという事になった。
※ ※ ※
トムをパーティに加えた我ら一行は、はじまりの街を出ると、青の平原を南西に抜けた先にある洞穴の前までやってきていた。
「ここが、その洞穴?」
暗く奥が見えない洞穴を眺めつつ、しゃがみこんで何か作業をしている夕に尋ねた。
「せや。プルミエ洞穴、適正レベル4~12の初心者用ダンジョンやね」
「ダンジョンニ入ルノハ初メテダカラ、少シ緊張シテマス」
作業を続ける夕の隣で、手に持つ曲剣の感触を握り締めるトム。
「あれ? トムさんって十六レベルですよね、ダンジョンでレベル上げとかやらなかったんですか?」
ダンジョンは通常フィールドよりもモンスターが湧きやすい。当然、多くのモンスターを倒せるダンジョンの方が早くレベルを上げられる。
十日で十ものレベル差があるものだから、てっきりダンジョンとかでモンスターをバリバリ狩っていたのだと思っていた。
「アー、ダンジョンハ基本的ニパーティデ行カナイト難シインデス」
「どういう事?」
「ダンジョンのモンスターは、フィールドの奴よりステータスが高く設定されてんねや。そのうえ数も多いから、一人で入ると適正レベルでも直ぐに囲まれてフルボッコにされんねん……。よっしゃ、完成!」
私が頭を捻っていると、作業を終えた夕が手に何か持ちながら立ち上がった。彼女が手に持っているのは、金属とガラスを組み合わせた飾り気のないランプだ。ガラス越しに煌々と火が燃えている。
先ほどからしゃがんで何かやっているなと思っていたが、どうやらランプに火を点けていたらしい。
「暗いところへ行くには明かりが必要、現実的に考えれば当然の事だけどさ。ゲームなんだから、いちいち火を点けるんじゃなくて懐中電灯みたいにスイッチ一つで明かりが灯るようにすれば良かったのに」
変なところに、妙にこだわっている。調理器具など大多数の人が日常でよく使うような物は妙に現代ちっくなくせに、携帯照明など電灯の配置されていない田舎でもない限りは持ち歩かないような物はいちいち古く使いにくい使用になっている。
「そうか? まあ確かに少し面倒やけど、ランプを用意している時の“これから冒険や”って感覚は私好きやで」
「そう言うものなのかなぁ・・・」
いわゆるロマンとか、そういった物の類だろうか。
「まあでも、やっさんみたいなユーザーの為に、スイッチ一つで灯せる奴もあるよ」
「え、そうなの?」
何度かはじまりの街の道具屋を物色したことがあるのだが、夕の言うようなスイッチ一つでオンオフできる照明は無かった覚えがあるのだが。私が見落としているだけだろうか?
「王都の魔法具店で扱っている魔法具って分類のアイテムでな、魔法のランプってそのまんまな名前で売られとる。まあ、値段も高いし壊れやすいしで、緊急時の予備照明用に一つアイテムイベントリに入れておくって感じやな」
「ふーん、そうなんだ・・・」
このファントム・アース・オンラインは、ディーオという一つの王国が舞台となっている。夕の説明を聞いたところ、王都ははじまりの街の三倍ほどの巨大な都市だという。
王都にしか無いのなら、私が知らないのも当然だ。
「あ、そういえばさ。もしかして、これも魔法具なのかな?」
そう言って私は腰紐に吊り下げたままにしてある、手のひらサイズの南瓜を夕に見せた。パンプキンに貰った南瓜ランタンだ。今の今までアクセサリーのように扱っていたものだから、これがランタンだという事をすっかり失念していた。
南瓜のヘタから伸びるて腰紐に括りつけた紐を、カチッと音の出るまで引っ張る。しかし、何故か南瓜ランタンは何の反応も起こさない。
「あれ?」
「どうしたん?」
「いや、これ一応ランプの類らしいんだけどさ。何か点かなくなっちゃった。壊れたのかな?」
手のひらで南瓜を転がし、傷などがついてないか確かめる。しかし、これといった異変は見つけられなかった。
「ヘーイ、二人トモ何シテイルンデースカ? ダンジョンニハ、入ラナイノデスカ?」
話始めた私達に業を煮やしたのか、トムが急かす。
「おお、すまんすまん。やっさん、アイテムは壊れたら消滅するから、きっと何か使えん理由があるはずや」
夕はトムに謝ると、少し早口で言う。
「使えない理由・・・」
手の上の南瓜を眺めて、ボソッとつぶやいた。
「まあ、その理由は後で調べようや。奴さん、ダンジョンに入りたくてウズウズしとるみたいやし」
そう言われてトムを見ると、確かに落ち着きが無い。
「マダデースカ?」
「ああ、ごめんなさい。すぐ行きます」
こうしてトムに急かされつつ、私達一行は洞穴に突入したのであった。
※ ※ ※
洞穴の中は多少でこぼこしてはいるが、踏みならされた道のように平坦な部分が多く歩きやすい構造をしていた。人が三人ほど並んで歩けそうな広さの穴を、ランプを持つ夕を先頭に私・トムの順で縦に並び進む。
よくある小説などと同じく、こういう場合は強い人で弱い人を挟んで進むのがセオリーなのだとか。要は強敵との遭遇等、とっさの事態にいち早く対応できるようにという事なのだろう。
「モンスターや!」
そうして色々思考しつつ歩いていると。突然、前を歩く夕が立ち止まり、左斜め前方の壁をランプで照らした。
薄い茶色をした洞穴の壁に交じる灰色、それは岩のようにゴツゴツとした皮膚を持つ蜥蜴であった。全長約三メートル、暗闇に適応している為か目は小さく退化し、変わりにエリマキのように大きく広がる耳が特徴的だ。
「スキンリザード、デスネ。イキナリコイツニ遭遇トハ、チョット面倒デス」
そうトムが呟いたところで、私達に気がついたのか蜥蜴が壁を這って向かってくる。
「私がけん制する。やっさんは隙を見て攻撃、トムはサポートや」
ランプを地面に置くと、蜥蜴に向かって走る夕。
「え、あ、ちょ・・・」
「了解デース!」
突然の事態にうろたえる私とは対象的に、トムは自分の役割を理解しているのか夕の置いたランプまで移動して何やら呪文のようなものを唱えだした。
「っちぃ! 相変わらず馬鹿みたいに硬い皮膚やな!」
夕が蜥蜴を細剣で攻撃すると、石と石を打ち付けあった時のような音がして剣が弾かれた。剣での斬撃はあまり効果がないらしい。
「魔法イキマス!」
大きな声で夕に合図をすると、両手を蜥蜴に向かって突き出すトム。
「ニンポー、ファイアーアロー」
彼がそう唱えると、一瞬で空中に魔方陣が描かれ、その中央から蜥蜴に向かって火の矢が発射された。いったいどの辺が忍法なのかは、きっと彼のみぞ知る事なのだろう。
詠唱と同時に蜥蜴から飛びのく夕。
「gyaaaaa!?」
火の矢が突き刺さると、効いているのか蜥蜴は悶えながら悲鳴をあげる。
「今や、やっさん!」
「!? うん!」
夕の一声に、私は自分のやることを思い出した。一度頷くと、手斧を両手で持って地面を蹴る。
「やぁぁああ!」
声を張り上げ、今だに身悶えしている蜥蜴に斧を振り下ろす。夕が攻撃した時の音とは違う、石を割るような鈍い音。その音とともに、私の手斧は石のような蜥蜴の皮膚にヒビを入れた。
「もういぱああっつ!」
私は再び斧を振り上げると、蜥蜴の皮膚に出来たヒビ目掛けて振り下ろす。
「危ない!」
誰かの叫び声、それと同時に吹き飛ぶ私。反対の壁まで飛ばされたところで、自分に何が起きたのかを理解した。攻撃に夢中で、蜥蜴の攻撃動作に気付いていなかったのだ。一度目の攻撃の直後、すぐに体当たりを繰り出した蜥蜴と斧を振り上げる私。当然二度目の攻撃が間に合うはずも無く、見事にカウンターを喰らったというわけだ。
「くっそ」
吐き捨てるように呟くと、体を起こし、吹き飛ばされる際に落とした手斧を拾って立ちあがった。
カウンターでダメージを受けたからか、それとも元々蜥蜴の攻撃力が高いのか。たったの一撃でHPの半分近くが無くなってしまっている。
「大丈夫か、やっさん」
「ヤスーコ、大丈夫デスカ?」
「ゴメン、油断してた」
今まで碌に反撃もしてこないモンスターとしか戦ってないものだから、何となく反撃はないものと無意識に思い込んでいたのかもしれない。
二人に謝り、再び戦線に加わった。
「kakakakakaka・・・」
私が戻ったせいかは分からないが、突然蜥蜴はかすれるような声で鳴き始めた。
「何や・・・?」
威嚇か、それとも何かの前動作か。不気味に鳴き始めた蜥蜴に、私だけでなく夕とトムも困惑しているようだ。
「夕、あの蜥蜴は私達を威嚇しているの?」
「分からん、スキンリザードの鳴き声なんて、私聞くの初めてやし・・・」
「僕モ、ハジメテデス」
こうして会話している間も、絶え間なく鳴き続けている蜥蜴。夕達の反応を見る限り、この蜥蜴が鳴くのはとても珍しいことらしい。
「動物が敵を前にして鳴く理由・・・」
威嚇なら戦闘開始する前に鳴くだろうし、そもそもこんなに長く鳴き続ける必要は無いはずだ。確かに多少不気味ではあるが、相手を怯ませられるようなものではなく、多少の時間稼ぎにしかならないだろう。
「あ……」
この鳴き声が時間稼ぎと考えると、私には一つだけ思い当たる理由があった。
「ねえ、もしかして仲間を呼んでいるんじゃぁ――――」
時既に遅し。私が口を開いた次の瞬間には、洞穴の奥から四匹の新たな蜥蜴が現れた。
「あかん!?」
「げ!?」
多勢に無勢となり、それぞれうろたえる両名。
「ど、どどどどうするの?」
当然、初心者な私が冷静なはずもなく、盛大にどもる。
「てったいてったい、撤退や!」
「さ、流石にこの装備で四匹は無理です」
一目散に逃げ出す二人。いや、初心者を置いていくなよ。
「あ、ちょ・・・。いやぁぁあああ!!」
迫る蜥蜴に、私は悲鳴をあげて逃げ出した。
※ ※ ※
洞穴を少し逆走して蜥蜴が追ってきてないのを確認したのち、今後の行動についての話し合いを兼ねた小休止をとることになった。
地面に置いたランプを中心に、お互いの顔が見えるように座る。
「あーもう、これだからFAOは止められんわ」
一番最初に口を開いたのは夕だ。妙に楽しそうに彼女は言う。
「えー、何でそんなに楽しそうなのよ」
「スリルとロマン、これぞ冒険って感じがするやろ?」
「オー、スリルヲ楽シムッテ事デスネ」
夕の言葉に同調するトム。
「スリルを楽しむ、ねえ・・・」
あれから更に二体増え、計七体となった三メートル超の大蜥蜴の群れ。それが壁や天井を這って押し寄せてくるのだ。妙にリアルな感覚のせいで感じる恐怖、私にはスリルを楽しむなどという余裕はなかった。
FAOには時々通常とは違う動きをするモンスターがいて、慣れた相手に意表を突かれるという事が多々あるらしい。二人の会見では、あの蜥蜴もそういうモンスターなのだろうとの事。
「さて、じゃあこれからどうしようか?」
蜥蜴から頭を切り替え、どう行動するかを二人に問いかけた。正直、私には何の案もないのである。
「トリアエズ、スキンリザードヲ避ケテ、ボスヲ目指スノガ懸命ダト思イマス」
「んー、まあそれが妥当やな」
私の問に、片手を上げて意見を言うトム。夕も彼の意見に賛成のようだ。
あの蜥蜴、スキンリザードは賞金首モンスターを除くとこのプルミエ洞穴で一番強いモンスターで、巣のような特定のたまり場がないらしく。普段はどのようなルートで洞穴を進んでも、大抵一~ニ体には遭遇してしまうそうだ。
レベル上げに来たのならともかく、今回の目的は賞金首の討伐。仲間を呼ばれる危険が出てきたいじょう、出来るだけ避けて行くのがベストである。
私達が遭遇した蜥蜴が仲間を呼んだ事で、奴らが一箇所に集まった今なら。ルートさえ選べば、賞金首の所まで蜥蜴と出会わずに行く事も可能だという。
幸い今回の目的である賞金首モンスターは蜥蜴と違い縄張りを持つタイプらしく、夕とトムの二人はそいつが居るであろう場所に心当たりがあるそうだ。
移動ルートを話し合った後、私達は再び洞穴の奥へと向かうのだった。
※ ※ ※
洞穴を進むと、広い空洞へと突き当たった。夕達によると、ここが目指していた場所らしい。
途中、蝙蝠や大ねずみといったモンスターと遭遇した。あの蜥蜴と比べると弱い相手ばかりであったが、それなりにアクティブモンスターとの戦闘経験は得られたと思う。
「あれが、賞金首?」
「大キイデース」
岩壁に身を隠し、空洞を覗き見る。日の光の入らない真っ暗なはずの洞穴、しかしコケやキノコなど発光する植物・菌類でも群生しているのか、地面や壁の一部が薄く発光することによりフロアの様子を知る事ができた。
楕円形の空間、そこには巨大な猪を中心に数匹の猪が点在していた。恐らくあの一際大きな個体が、今回私達が討伐しにきた賞金首“洞窟猪”なのだろう。ちなみに、周りの猪は洞穴猪という紛らわしい名前なのだとか。
「よっしゃ、じゃあ作戦どうりに行くで」
小声で私達に指示を飛ばす夕。モンスターとの戦闘を重ねる内に、自然と一番経験豊富な彼女が指揮をとることになっていた。
「じゃあ、投げるよ」
二人が頷くのを確認すると、私は握り締めた小袋を猪たちに向かって放り投げた。小袋は綺麗に放物線を描き、狙い通りの場所に落ちる。
地面に落ちた衝撃で緩く締められた口が開き、小袋はバラバラと無数の小さな楕円形の物体を吐き出した。はじまりの街でマキビーンズと言う名前で売られていたアイテムで、豆である。ゲーム内で色々な料理を作って見ようと思い買った物なのだが、本来は食材ではなくモンスターの気をそらすための物らしい。ちなみに、茹でるでけで塩茹でされた枝豆のような味がする。
どこからともなく飛んできた豆を不審に思ったのか、キョロキョロと辺りを見回す洞窟猪。しばらくそうした後、危険はないと判断したのか一鳴きして豆を食べ始める。同時に、周りの猪達も一斉に豆に群がった。
どうやら、作戦の第一段階は成功のようである。まあ作戦と言っても単純で、一箇所に猪を集めトムの魔法で攻撃、その後突撃して速やかに賞金首以外を一掃するというものだ。
「ジャア、イキマース」
そう言うとトムは、蜥蜴の時と同じように両手を猪達の方へ伸ばし、呪文のような物を口ずさむ。この呪文詠唱は演出のようなもので、魔法を使うとキャラクターがオートで唱え始める物らしい。詠唱が終わった後、キーワードを言うことで魔法が発動する。
「ニンポー、ストーンスパイク」
蜥蜴と相対していた時よりやや長い詠唱を終え、彼がそう唱える。すると突然猪達の集まる地面に大きな魔方陣が現れ、そこから飛び出した無数の石のトゲが次々と猪達を貫いた。
「今や!」
夕の掛け声に従い、フロアに突入する。魔法使用後の硬直時間が解けたのか、少し遅れてトムも続く。
「てえぇい!」
腹部等を貫かれてもがく猪達。手近な一匹を切りつけると、少しの手ごたえと共にあっさりと光の粒子となり消滅した。どうやらトムの魔法は、私でも一撃で倒せるほどに猪たちのHPを削っていたらしい。
私は次の猪に向けて走ると、両手で握る手斧を振りかぶった。
「あれ?」
三人の攻撃により次々と撃破される猪。夕が最後の一匹を倒した所で、ちょっとした違和感に私は首をかしげた。
全ての猪を倒し終え、がらんとなるフロア。何かが足りないような、何かを忘れているような――――
「やっさん、危ない!!」
「!?」
違和感の正体を考えていると、突然危険を告げる夕の声。運動音痴な私がとっさに反応できたのは、恐らく蜥蜴戦などの経験からきた条件反射のようなものだろう。
私が飛びのいたのとほぼ同時。私が立っていた場所の地面が大きく盛り上がり、勢いよく巨大な物が飛び出した。今回の標的、洞窟猪だ。
何か違和感があると思ったら、コイツのことを忘れていたのである。私が他の猪を倒すのに夢中になっている隙に、地中に潜っていたらしい。
「地中から突撃してくる猪とか、非常識だよ!」
モグラとか、そういう形状のモンスターが地中から強襲してくるのなら問題ないのだ。だが、それをやってきたのが猪となると、そう言わずにはいられなかった。
私の言葉など聞こえないかのように、再び地中に潜る洞窟猪。そこからの戦いは、私達の防戦一方だった。
地面の下から飛び出してはすぐに地中に逃げる猪、直撃こそ貰ってないもののジリジリとHPを削られていく。夕だけはタイミングを合わせて攻撃しているが、私とトムには避けるだけで攻撃する余裕はない。
「ジリ貧やな。一応攻撃しているはずやけど、全然ダメージを与えている気がせえへん」
「魔法デ、結構ナダメージヲ与エタハズナンデスケドネ。回復シテイル所ヲ見ルト、リジェネ持チデショウカ?」
「どうも、地面に潜っとる間に回復しとるみたいやな。かなり厄介やで、完全に予想外や」
避けるのに精一杯で会話に加わることは出来ないが、二人の話を私なりにまとめてみる。つまりは攻撃チャンスが少ない相手が自動回復持ちで、ダメージを与えても次の機会には回復されてしまうという事らしい。
「皆、いったん撤退するで!」
このまま戦っていても、ただやられるのを待つだけである。夕のその声を皮切りに、私達は通路まで撤退した。一度引いて、作戦を練るためだ。
私達が通路への撤退を終えると、洞窟猪は地中から顔を出し待ち構えるようにフロアの中央に陣取った。通路まで逃げれば、猪は攻撃してこないようである。
「どないせえっちゅうねん。かすっただけでHPをゴリゴリ削ってくるし、初心者用ダンジョンに発生させていい性能じゃあないで!」
通路から洞窟猪を睨みつけ、悔しそうに憤慨する夕。
「攻撃方法ガワンパターンダトカ、ソンナ理由デショウネ。コノ洞穴ノ賞金首モンスターデ罪科ガ十一モアルナンテ珍シイト思ッテイマシタケド、コレナラ納得デース」
そう言って、お手上げといった感じの仕草をするトム。薄々は分かっていたが、あの猪は初心者が相手にするには相当厳しい個体であるようだ。
「せめて重装備の大盾持ちがいれば、何とかなりそう何やけどな」
ない物ねだりをしてもしょうがないと、あきらめた風に言う夕。
「モシクハ、地中ニ攻撃デキル魔法持チノキャラクターデスネ」
夕に同調するトム。
「一応聞くけど、トムもやっさんもそういう魔法とか装備しとらんよね?」
「私まだ魔法持ってないよ」
「ナイデス」
夕の問いに、ほぼ同時に返答を返す私とトム。
「まあ、そうやろなぁ。私も、一応聞いてみただけやし・・・。地中攻撃用の魔法なんて範囲が限定的すぎるから、普通は誰もそんなもん装備せんわな」
そう言うと、夕は何かをあきらめるようにため息をついた。
「ねえ、その地中攻撃用の魔法って、どんな魔法なの?」
半ばあきらめムードな空気のなか、ふと気になった事を二人に尋ねた。単純に気になったという事もあるが、少しでも空気を換えようと思ったのだ。
「ん? そうやなぁ、指定範囲の地面を揺らす魔法とか・・・音で攻撃する魔法とかやな」
「音?」
「地面ニ潜ルモンスターハ、音デ敵ノ場所ヲ判断スルノデトテモ耳ガイイノデース。ダカラ、地中ノモンスターニハ爆音トカガ有効ナノデス」
夕の説明にすかさず補足を入れるトム。そういえばパンプキンは爆弾でイモムシミミズを引きずり出していたが、あれは爆発音で攻撃していたからだったのだなと思い至る。
「あ・・・」
そうした所で、私は自分が地中のモンスターに対し、攻撃できる手段を持っていることに気がついた。いや、正確に言うと攻撃できる可能性だが・・・。
「ねえ、二人ともさ。火薬とか、爆発する物持ってない?」
手のひらに収まる、茶色の南瓜。それを三つ取り出すと、私は二人に尋ねたのだった。
※ ※ ※
「自分で言い出しといてなんだけどさ、何で二人とも爆薬なんて持ってるの?」
パンプキンが使っていたものを真似た、私製南瓜爆弾。スカスカでほとんど中身がない硬南瓜、それに爆薬を詰めて導火線をつけただけの適当なシロモノだが、一応アイテム名は南瓜爆弾となっている。
地面に並べた完成品三つを眺めつつ、夕とトムの両名に尋ねる。
「爆発は・・・ロマンや」
「爆薬ハ、ニンジャノ必須アイテムデース」
すると、各々非常にコメントし辛い言葉が返ってきた。
「あー、うん。そうなんだ・・・、じゃあ作戦の確認だけど――」
「スルーはあかんで、やっさん。こういう時は、ビシィッとつっこまな!」
取りあえず流して、これからどう動くかの確認をしようとする。すると、実はツッコミ待ちの台詞だったらしい夕が口を挟んできた。
冗談っぽくても、時々本気で言っていることがある。あからさまな冗談以外は、一度スルーするのを推奨する。
「はいはい、なんでやねんなんでやねん」
「ひどい」
つっこんであげたのに、何故かヨヨヨといった感じにわざとらしく倒れる夕。さすがに、もうつっこまんぞ。
「気を取り直してっと。じゃあ、あらためて作戦の確認ね」
絵を描くように指で地面をなぞりつつ、そう言って話し合った事を一つずつ確認する。今回の作戦も結構単純なものなので、改めて確認する必要はないのかもしれない。だが、まあ一応だ。
「正直、上手くやれる自身がない」
確認を終えた後、自分の役割を思い返して独りごちる。
「大丈夫やって、きっと上手くいく。まあ、失敗しても稼いだ経験値と所持金がパーになって街に戻されるだけやから、安心しいや」
独り言が聞こえたのか、私の肩に手を乗せた夕が元気付けるように言う。
「オーケーィ、コチラハ準備完了デース」
トムが作戦の準備が整ったことを私達に告げる。
「ふぅ・・・。よし、じゃあ行ってくる」
私はそう言って気合を入れると、立ち上がりフロアへ向かう。通路からフロア内に侵入すると、それに気づいた猪がその前足と牙を駆使して地中に消えた。
「あいかわらず、ワケのわからない潜り方ね・・・」
ボソリとつぶやき、猪が地中に潜った場所に向かって走る。そして、半分ほど進んだところで立ち止まった。
地中に潜るモンスターは音で地上の敵の位置を判断する。それが洞窟猪にも当てはまるのなら、奴はここに現れるはずだ。
「・・・今!!」
わずかな振動。足がそれを感じるとると同時に、転がるようにその場から飛びのく。一瞬の間を置いて、私の立っていた場所の真下から勢いよく猪の巨体が飛び出した。
直撃は避けられたものの、足先がわずかにかすった事で体勢が崩れる。そして受身もとれず、勢いのままゴロゴロと転がった。
「くっ!?」
すぐに起き上がると、猪の状態を確認する。洞窟猪は、すでに地面を掘って潜り始めていた。
「夕! 今!!」
「わかっとる!!」
通路の方へ向かって叫ぶ。すると夕の声と共に、導火線に火がつけられた南瓜爆弾が猪に向かって投げ込まれた。
今回、私達が考えた作戦はいたって単純なものだ。囮役である私が猪を誘導、タイミングをみて着火した爆弾を夕が投げる、そして出てきた猪に対しトムが拘束力のある魔法で攻撃する。私と夕、囮役をどちらがやるかで少しだけもめた。だが、爆発のタイミングを猪が地面に潜るタイミングに合わせるのが私には難しそうという事で、こういう配役になったのである。
洞窟猪が地中に姿を消すと同時に、南瓜爆弾が地面に落ちる。そして、導火線の火が南瓜まで到達した。
“――――!!”
一瞬の閃光と共に、爆音と爆風を撒き散らして爆ぜる南瓜。畑でパンプキンが使った物に比べるとだいぶ威力が劣るようだが、それでも十分に破壊力はあるようだ。
「Bumowoo!!」
証拠に悲鳴のような鳴き声をあげて、地中から洞窟猪が飛び出した。地上に出た猪は、苦しいのかドタドタともがくように暴れだす。
「ニンポー、スチールヴァイン!!」
トムの呪文詠唱、それと同時に洞窟猪の周りに無数の小さな魔方陣が出現する。そして魔方陣から這い出た銀色の蔓が猪に巻き付き、瞬く間にその体を拘束した。
蔓を振り解こうと暴れる洞窟猪。作戦は成功、いわゆるチャンスである。
「やぁあ!」
私は声を張り上げると、もがく猪目掛けて手斧を振った。
「よっしゃ、行ける!!」
そう言って駆けつけた夕も攻撃に加わる。拘束され、地面に潜れない洞窟猪などただの大きな的でしかなく。トムの魔法の効果が切れる頃には、ボロボロの事切れる寸前といった有様となっていた。
「せえぇィ!!」
そして夕の放ったこん身の突きを最後に、洞窟猪は力なく倒れるのだった。足から少しずつ光の粒子となって消滅していく。
「やったー!」
「よっしゃ!」
喜び、両手でハイタッチを交わす夕と私。
洞窟猪が完全に消滅すると、その場に数枚のコインが散らばった。十一枚あることから、恐らくこれが罪貨なのだろう。
「じゃあ、パッパッと回収してくるわ」
そう言うと、夕は地面に散らばる罪貨を広い始める。そんな彼女を眺めつつ、私は大きく息を吸った。勝利の余韻とでもいえばいいのだろうか、言いえのない妙な高揚感。
「ソーリー」
そうして私が感動に浸っていると、突然後ろからトムが声をかけてきた。妙に流暢なカタコトなのは変わらないが、声色が何だか暗い。
「トムさん? どうかし――――」
何かあったのだろうかと思い、私が振り返ろうとすると――
「あ・・・れ?」
突然、何かが私の体を貫いた。
「え・・・?」
それは、刃渡り六十センチほどの小刀だった。それがわき腹からみぞうちへと、私を貫いている。
「チッ、ヤスーコガ動クカラ、クリティカルポイントヲ外シタジャナイデスカ」
吐き捨てるような台詞を言うと、トムは小刀を抜くついでだと言わんばかりに私の体を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされるままに地面を転がる。HPが四分の一まで減少し、何かの状態異常なのかピクピクと痙攣するようにしか動く事が出来ない。
「やっさん!?」
私が倒れる音で背後の異変に気付いたのか、驚いた表情の夕。
「ンー。ヤハリ一撃デ殺ルニハ、クリティカルジャナイトダメミタイデスネ」
「トム。アンタ、PKやったんかい!」
動けない私を見下ろしながらつぶやくトムと、彼に剣を向けて睨む夕。
「イエ、マダPKデハアリマセン。今カラナルノデスヨ」
トムはそう言って夕の方へ向き直ると、小刀を構えた。
「何でこんな回りくどいやり方を・・・」
油断なくトムを見据えながら、彼に尋ねる夕。確かに彼女の言うとおりで、何故わざわざ賞金首の討伐を終えるまで手伝ったのかが分からない。洞穴を移動している最中や、雑魚モンスターとの戦闘中など、騙し打つタイミングはいくらでもあったのに。
「裏切リトハ、相手ガアリエナイト油断シテイル時ニ行ウノガ一番効果的デス。本当ハ、ヤスコジャナクテ貴女ヲ刺シタカッタノデスガ・・・マア、問題ナイデショウ」
「言ってくれるやないか、それは私が誰か分かっての発言なんやろなぁ?」
両者睨み合ったまま、動かずに会話が続く。その間、私は立ち上がろうと試みるが、やはり体がまともに動かなかった。
「PKKギルド“猫目騎士団”。ソシテ、ソノギルドノサブリーダートライ。貴女ノ無敗伝説ハ有名デスカラネ、勿論知ッテマスヨ」
「別に私らは好きでPKKやってる訳やあらへんけどな、襲ってくる奴らを返り討ちにしてたら勝手にそう呼ばれるようになっていただけや」
強いとは思っていたが、二人の会話から察するに夕は相当に上位のプレイヤーらしい。
しかし、トムはどうする気なのだろう。パーティ情報で一度確認したから知っているのだが、彼がゲームを始めてまだ二十日のビギナーである事は本当なのだ。現に、私と同じく戦闘中はASSを活用していた。
そんな彼が、どうやって夕に勝つつもりなのだろう?
「ツマリ貴女ヲ倒セバ、一気ニ僕モ有名PKト言ウ訳デース!!」
そう言ってトムは走りだし、夕に斬りかかる。この時、武器だけでなく彼の格好全てが変わっている事に気がついた。さっきまでは安物っぽい感じの忍者服だったのに対し、今は細部までしっかり作りこまれた上質な物になっている。
「ちぃっ、面倒な!」
トムの小刀をショートソードで受けると、夕は舌打ちして距離を取った。完全にガードしていたように見えたが、何故か夕のHPがわずかに減少した。
「ヤスコニ合ワセル為ニ、今貴女ハ弱イ装備シカ持ッテイナイ。普通ニ戦ッテモ僕ジャ貴女ニ勝デショウガ、コレダケ装備ノ強サニ差ガ有レバ話ハ別デース」
そう言ってトムはニヤリと笑う。
「ふん、その程度で私に勝ったつもりか? なめんな!!」
夕はそう怒鳴ると、素早くショートソードを突き出した。圧倒的なその速度はトムの反応を許さず、彼のわき腹を切り裂いた。その勢いのまま、彼女は流れるような連続攻撃でトムのHPを削っていく。
「ぐっ、コノ装備差が有ルノニ!?」
そう言ってトムは苦し紛れに小刀を振るうも、大振りになった攻撃が夕にあたる事はなかった。彼が攻撃を空振って出来た隙を見逃さず、夕はカウンター気味に回し蹴りを放つ。
「はんっ! いくら装備差があろうと、その程度の腕じゃあ話にならんわ」
蹴りを受けて倒れ伏すトム。そんな彼を見下して、夕はそう吐き捨てるのだった。
「ぐっ、くそ! こんなはずでは!」
もうキャラを演じる余裕もないのか、普通に日本語を話し悔しがるトム。
夕に助太刀するために必死に体を動かそうとしていたが、どうやらその必要はないらしい。戦況は夕に優勢のようだ。
そうして私が少し安心していると、視界の端に妙な物が映った。
※ ※ ※
「何・・・?」
それは黒い靄に覆われた、人型の何か。赤く光る目と大きく裂けた口、人の形をしたそれは、あきらかに人ではなかった。
「モン、スター・・・なの?」
見るからにプレイヤーキャラクターではない。だが、モンスターだとしても異質なその姿に、思わずそんな言葉が口から漏れた。
人型のそれが両腕を上げる。すると、それを覆う靄の一部がその手元に集まり、漆黒の大槍が現れた。それは大槍をその手に掴むと走り出し、フロアの異変に気付かず争い続ける二人の戦いに乱入した。
「何や、こいつ!?」
寸での所でそれの接近に気付いた夕は、身を翻すと距離を置く。
「チャンス、デース」
トムもそれの存在に気付いているのだろうが、彼にとっては夕を倒す事のほうが優先されるようだ。彼は距離を取ろうとする夕に追いすがり、小刀を突き出した。
「ああもう! うっとおしい!!」
夕は小刀を剣で切り払い、返す刃で袈裟懸けにトムの体を切りつける。四分の一程度に減っていたトムのHPが、その一撃で零になった。
「くそ、またと無いチャンスが・・・」
その言葉を最後に、光の粒子となって消えるトム。モンスターもプレイヤーキャラクターも、やられた時の演出は同じであるようだ。
「ふん、どんなもんや」
トムの体が消滅したのを見て、ニヤリと笑う夕。恐らくそれはトムを倒した事で出来た、わずかな油断。そしてその油断が、彼女にとって致命的な隙を生んだ。
突然、人型のそれが大きく体を反らし手に持つ大槍を投げたのである。夕に向けて一直線に飛来する大槍。
「夕! 危ない!!」
ようやく動くようになった体を起こし、叫ぶ。
「!?」
しかし、人型のそれから目を逸らしていた夕の反応は遅れ――――
夕の肩を、大槍が貫いた。
大槍は夕を貫いてなおその速度を落とすことなく、彼女を串刺しにしたまま飛んでフロアの壁に突き刺さった。
「があぁぁあああ!?」
壁に張り付けにされ、苦悶の表情を浮かべながら悲鳴をあげる夕。そんな彼女を一瞥して、人型のそれは新たな大槍を作り出す。
ゆっくりと、夕に向かって歩き出すそれ。止めを刺すつもりだ。
「ダメぇ!!」
私は手斧を握り締めて、走る。
何かは分からない。だが、何か嫌な予感がするのだ。
取り返しのつかないような、何か。
とにかく、この人型の好きにさせてはいけない。
それが夕にたどり着く寸でのところで追いつくと、私はその首筋目掛けて手斧を振る。
「うぐぁっ・・・!?」
しかし、人の形のそれが振り返りざまに振った大槍になぎ払われ、フロアの中心地点まで吹き飛ばされた。
「うぅっ・・・」
殴打された胸が強烈に痛み、上手く呼吸が出来ずおまけに体が動かない。
「なん、で・・・いた、いの・・・?」
ゲームなのに、ゲームであるはずなのに。錯覚でも何でもなく、まるで鈍器にでも殴られたかのような、本物の痛み。
訳がわからなかった。
「そう、だ。夕、は・・・」
かろうじて動かせる首を捻り、夕の姿をさがす。そうしてやっと見つけた彼女は、人型の何かに槍で心臓の辺りを貫かれていた。
「あ、あ、ああ・・・」
頭の中が真っ白になり、上手く声が出せない。
人型のそれが纏う黒い靄が、槍を伝って夕を覆う。そして、それが槍を彼女から引き抜くと、夕の体は砂のように崩れて消えた。
人の形をした何かは、夕の消えた場所を一瞥する。そして、今度は倒れる私を見据えた。
「う、あ・・・」
ゆっくりと近づいてくる、人型の何か。
分からない。
あの人型が何なのかも、夕が何をされたのかも、崩れた夕がどうなったのかも、私には何一つ分からない。
一つだけ分かるのは、このままだと私も夕のようになると言うことだけだ。
だが、あいにくと私は抵抗する手段を持ち合わせてはいなかった。第一、体が動かないのだからどうしようもない。
人型の何かは私の前までやってきた。
「…………」
それが逆手に持って振り上げた槍を見上げて、何もかもをあきらめようとしたその時。唐突に、私の腰の南瓜ランタンが青く発光した。
「Gumaaaa!?」
南瓜ランタンの光を浴びると、人型の何かは突然悲鳴のような物をあげて苦しみだした。
「え・・・?」
呆然とその光景を見つめる。その間も、南瓜ランタンは段々とその輝きを増していく。
「Guamagaaaaaa!!」
そしてランタンが一際輝き、爆風のごとき光を放つと。光は人型のそれを覆う靄を吹き飛ばし、その正体をあらわにした。
「ほ、ね?」
それは烏の濡れ羽のような、漆黒の骸骨。その髑髏の両目と開いた口は、中で何かが燃えているかのように赤く発光している。
骸骨は今だ輝き続けるカンテラの光を嫌うように後ずさると、逃げるように背を向けて走り去った。
「何が、起きたの・・・?」
痛みの引いた体を起こし、呆然とつぶやく。
頭の中がグチャグチャで、上手く整理をつけられない。
「そうだ、夕。夕はどうなったの?」
よろよろと起き上がり、夕の消えた場所へと歩く。当然、そこには何も残されて居なかった。
「街に、戻ったんだよね?」
このゲームでHPが無くなったプレイヤーキャラクターは、最後に訪れた街に転送される。所謂デスルーラ。
冷静になって考えれば、アレは何かの演出だったのではないだろうか。例えば、まだ実装されていないこのゲームのメインクエスト。アレはそのテスト的な何かで、だからやられた時の演出が違ったとか。
「うん、きっと・・・そうだよ」
殴られて感じた痛みだって、調整ミスと考えればおかしな事は無い。
そう、何もおかしな事などないのだ。
「そうだ、夕に連絡しておかないと」
いつもなら、向こうから連絡が来てもいい感じなのに。きっと何か用事が出来てしまったのだ。
「夕、大丈夫だった? っと」
私はメール機能を立ち上げると、ボソボソ文面を読み上げながら文字を打つ。
“♪~♪~”
そして夕のアドレスに送信しようとすると、いきなり聞きなれた曲が流れ出した。私がずっと着信音に設定している物で、少し前にヒットした女性アーティストのデビュー曲だ。
曲が流れだすのと同時に、視界の右上に表示される受話器のマーク。そこでようやく、誰かから電話がかかってきている事に気がついた。
「夕!?」
急いで電話機能を立ち上げる。そして、どこからともなく現れた受話器を手に取ると、相手も確かめずに夕の名前を呼んだ。
『ちょっと、いきなり大声出さないでよ。びっくりするじゃない!』
「あ、うん。ごめん」
受話器の向こうから聞こえてきたのは、母の声だった。
携帯の着信音がなるのは、外部から電話等がかかってきた時だけだ。冷静に考えれば、夕からの電話のはずが無いのである。
よく分からないが、どうやら私は動揺しているらしい。
「それで、どうしたの?」
少し荒くなった呼吸を整え、母に用件を尋ねる。
『あーうん。今日遅くなるから、ご飯先に食べといてね』
「はいはい、了解」
『そんだけー、じゃね』
そんな言葉と共に、プツリと電話が切れた。まあ、いつもの事である。
「…………」
母との電話で、少しだけ頭が冷えたようだ。
私はメニューウィンドウを表示させ、フレンドの項目を選択する。そして一つだけ登録されている名前を選択すると、フレンド通話機能を使用した。
再び現れた受話器を手に取り、耳に当てる。すると、やや古めかしい電話の発信音が受話器から聞こえてきた。
五回ほど発信音が鳴ったところで、ガチャリと誰かが受話器を取る音がした。
「……夕?」
受話器の向こうに向かって、恐る恐る尋ねる。
『…………』
息づかいの細かい音は聞こえるのだが、返事がない。受話器を取る音が聞こえたという事は、そこには誰かがいるはずなのだ。
「ちょっと、悪ふざけはやめてよ!」
少し強めの口調で、受話器の向こうに話しかける。すると――
『フハ、フハハハ。この娘の命が惜しければ、今すぐはじまりの街まで戻ってくるのだぁ!』
そんな芝居がかった台詞が受話器から聞こえてきて――
「夕……、連絡くらい頂戴よ」
私は、ホッと胸をなでおろすのだった。溜め込んだ息を吐き出すように、少しだけ夕に小言を言う。
『いやー、スマンスマン。ちょっとややこしい事になっててな、連絡すんの忘れてたんよ』
「ややこしい事?」
どうやら、何かトラブルが起きたらしい。
『ちょっと電話じゃあ説明しにくい事態でな、ちょっと街まで来てくれへん?』
「ああ、うん。わかった」
そう言って通話を終えると、アイテムイベントリから灰色の石を取り出し足元の地面へと投げつけた。軽快な音を響かせ砕ける石。するとその石を中心にして、直径一メートル程の魔方陣が現れた。
これは転送石の一種で、ダンジョン脱出用のアイテムである。当然だが、使い捨てだ。
魔方陣に入ると一瞬だけ視界がホワイトアウトし、気付けば洞穴の入り口に立っていた。
「……便利だ」
初めて使った転移アイテムにわずかな感動を覚えつつ、私は街へと向かう。
「やっさーん!」
青の平原の中ほどまでやってくると、街の入り口で手を振る夕の姿が目に映った。競歩のごとく、少し速度を速めて歩く。
「やー、すまんねやっさん」
「いや、別に良いけどさ。で、結局なにがあったのよ?」
街の入り口にたどり着き、夕と合流すると。私は、早速夕に尋ねる。彼女の言うややこしい事とは、いったいどのような事態なのだろうか。
「いやー、なんちゅうかな……。ログアウト、出来へんねん」
ふざけるような様子も見せず、至って真面目に彼女はそう言うのであった。