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二話

 時刻は午後零時四十五分。とある高校の二年C組、ほんの五分前までクラスメートであふれていた教室は、その大半が食堂へ向かったことでがらんと風通しが良くなっている。

 そんな教室の窓際、前から三番目の席に私は自作の弁当を広げていた。弁当のメインはから揚げ、なかなかの自信作だ。


「やっさん、買ってきたで」


 そうして私が弁当の出来に改めて満足していると、ガラガラと勢いよく教室の戸が開かれ、紙袋を抱えた夕が教室に入ってきた。


「おかえりー」


 ゆるゆると左手を振りつつ、早速から揚げを一つ口に放り込む。醤油をベースに塩コショウで味を整えたから揚げ、実にいい塩梅になっている。


「いやー、途中であの堅物に出会ってしもうてな、危うく買われへんところやったわ」


 前の席の机を動かし向かい合わせにすると、対面に座り道中の出来事を語る夕。彼女の言う堅物とは、この学校の現生徒会長のことだ。

 成績優秀で教師からの信頼も厚い、生徒の見本のような人物。夕の幼馴染であるらしく、彼女に言わせるとただ融通が利かないだけとのこと。


「さて、これが約束の品ですぜお代官さま」


 突然芝居がかった口調になり、私に紙袋を手渡す夕。


「ほう、これが・・・」


 夕に合わせて、それっぽい台詞を吐く。ゴージャスロングチョコパン、私の足では入手不可能なシロモノなので、少し楽しみにしていたのだ。

 馬鹿みたいなやり取りをして、夕から紙袋を受け取る。勝手に開かないように張られたテープをはがし、早速紙袋を開けた。

 すると、そこには夢にまで見た・・・


「・・・焼きそばパン?」


 焼きそばパンが入っていた。焼きそばパンは男子生徒からの絶大な支持により、ゴージャスロングチョコパンと双璧をなす、この学校の人気パンである。当然、その競争率はとても高く、入手困難な品である事に違いは無い。

 私は一度首をかしげ、まあいいやと焼きそばパンにかじり付いた。少しだけ残念ではあるが、焼きそばパンでもなんら問題は無いので別にいいのだ。


「お、やっさん今日はから揚げか、旨そうやな」


 そう言って、私の弁当のから揚げを一つ摘む夕。


「あ、ちょっと・・・また勝手に人のおかずを」

「えーやん、減るもんやないし」

「いや、減るから」


 冗談交じりな相変わらずの夕にツッコミを入れつつ、焼きそばパンをかじる。まあ、夕のこの行動はいつもの事であり、それを見越してあらかじめ多めに作ってきているから問題は無い。それに、今日は焼きそばパンもあるので、彼女にいつもより多く食べてもらいたかったりする。


「いやー、相変わらずやっさんの弁当は旨いなぁ。店とかひらけるんとちゃう?」

「煽たって、何も出ないからね」


 くだらない冗談を交えつつ、私の弁当をバクバクと食べる夕。焼きそばパンを食べ終える頃には、弁当の中身は半分ほど減っていた。いつもは三分の一くらいしか食べないのに、今日は多めに食べたらしい。

 気が利くのか、ただ食い意地がはっているのか、相変わらずよくわからない友人である。


「それで、どこまで教えたんやったかなぁ?」


 鞄から、自分の弁当を取り出した夕が尋ねてくる。女子の物とは思えない、バカデカイ弁当箱。私の弁当を摘んだあとに、彼女はいつもこれを食べるのである。よくもまあこんなに食えるものだ。


「えーと、たしか私の交わした契約が、ユニーク契約? とかいう奴だって所まで」


 丁度一時間ほど前、授業合間の休憩時間に教えてもらったことを思い返しながら答える。


「そうやったね、じゃあ次はユニーク契約が普通のやつとどう違うかって説明やな」


 自分の弁当をつつきつつ、夕は解説を始めるのだった。


※ ※ ※


 一瞬視界が真っ白に塗りつぶされると、次の瞬間には石レンガの敷き詰められた広場に立っていた。昨日、初めてゲームに入った時と同じ、噴水のある広場である。

 昨日よりだいぶ早い時間に始めたのに、様々な格好の人々が現れては消える光景は相変わらずだ。人の出入りが激しいのは、やはりそれだけこのゲームが人気だということだろう。


「さて、何をしようか」


 残念な事に、夕はバイトで今日はインできないらしい。つまり、必然的に一人で何かすることになるわけだ。

 レベルを上げるか、それとも料理とか生産系の何かをやってみる。もしくは適当にぶらついてみるのも有りか・・・。


「む、ヤスコではないか。丁度良いところに来た」


 昨日と同じように、一人何をするか悩んでいると。いつの間にか、目の前にパンプキンが立っていた。


「ぱ、パンプキンしゃん!?」


 突然の事に驚き、噛んでしまった。


「むう、どうした? 吾輩の顔に、何か驚くような物でも付いているのか?」


 腕を組み、いぶかしむように私を見るパンプキン。


「い、いや。いきなりその顔が目の前に現れると驚くというか何というか・・・」

「・・・吾輩、凄く失礼な事を言われている気がするのだが」


 いけない、焦ってつい口が滑ってしまった。


「は、はは。それで、何か用ですか?」


 愛想笑いで誤魔化し、パンプキンに尋ねる。丁度良いとか言っていたので、きっと何か用があるのだろう。


「おお、そうであったそうであった。歳を取ると忘れっぽくていかんな」


 南瓜の被り物のせいで、外見からパンプキンの年齢を判断するのは難しい。だが、彼のこの物言いだと、そこそこ高齢という設定なのかもしれない。


「実は、吾輩の畑でモンスターが以上繁殖してしまってな。今から駆除に行くのだが、ヤスコも手伝ってくれぬか?」

「モンスター退治のクエストか・・・」


 ボソッと呟く。

 昼間、夕に聞いた説明だと契約にはレベルがあり、契約クエストというものをこなして行くことでレベルが上がる。ユニーク契約の特徴の一つがこの契約クエストで、普通の契約と違い発生がランダムなため非常にレベルを上げにくいのだとか。

 恐らく、これがその契約クエストなのだろう。夕に聞いた話だと、結構厄介なものが多いらしい。まだ二レベルの私に勤まるのだろうか?


「大きく手強い奴は全て吾輩が請け負うのでな、ヤスコには一番小さい奴を頼みたい。なに、ろくに動かん奴らだから、駆け出しのヤスコでも何とかなるだろう」


 どうやら、私の強さに合わせて難易度が下がっているらしい。なかなか親切に出来ているようだ。


「うーん、じゃあ手伝います」


 少し考えた後、パンプキンに了承の意志を伝える。

 他に何かやることも思いつかないし、モンスター退治ならついでに経験地稼ぎにもなるだろう。一石二鳥だ。


「よし、では早速吾輩の畑に向かうとしよう」


 そう言って街の出口へ向かうパンプキン。それに続き、私は街を出た。

 ゲームを始めた理由といい、この契約といい。何かずっと他人の意思に流されっぱなしな気がしないでもないが、私は積極的に動くような性質(たち)ではないと自負している。今は、このまま流れに身を任せていても良いと思うのだ。


※ ※ ※


「・・・」

「・・・」


 木漏れ日に照らされた、明るい森。『朝の森』という名前のフィールドで、青の平原を東に進むとたどり着く事ができる。

 その森の中を、私とパンプキンは無言で歩いている。別にずっと無言だった訳ではない、森に入ったばかりの頃は適当な会話はしていた。


「パンプキンさん」

「うむ・・・」


 ただ、何というのか・・・。


「ここ、さっき通りましたよね?」

「・・・うむ」


 私達は、現在森の中を絶賛迷子中であり。二時間近くも森の中をさまよっていれば、勝手に会話など無くなるものである。

 パンプキンが言うに、彼の畑はこの森の中にあるらしく。最初は森の中で迷うのもクエストの一部なのだと思っていたのだが、どうやらガチで迷っている様子なのだ。


「すまん、ヤスコ。吾輩、ちょっとだけ方向音痴なのを忘れていた」


 まあ、森の中で迷うというのは分からなくはない。道も標もない森の中を、迷わず進むのは難しいことだ。だが、自分の畑へ行く道中で迷うのはどうなのだろう。


「はぁ・・・。じゃあ、いつもはどうやって畑まで行っているんです? まさか、毎回こうして迷っているわけないですよね?」

「・・・うむ」


 頷きやがったよ、この南瓜。何か方向音痴とかそう言う問題じゃないだろ、これはもう。


「ハァ・・・。じゃあ、何か目印になるような物とかないんですか」


 ため息をつき、パンプキンに尋ねる。

 私はこのゲームの初心者だぞ、普通は世話される側だ。なのに、何で世話をする側になっているんだろう?


「目印・・・、目印なぁ・・・」


 ボソボソと呟きながら顎に手をあてるパンプキン。この分じゃあ、大して期待はできそうにない。


「じゃあ、木の幹に印をつけながら進みましょう。目的地へたどり着けるかは分からないけど、一度通った場所かどうかは分かるから」


 このままでは一向に話が進みそうに無かったので、私から一つ案を提示した。確実な方法ではないが、ただ何もせずに歩くよりはマシだろう。

 私は木剣を装備すると、一番近くの木の前に移動する。こんな木の棒で目印になるような傷をつけるなら、思い切り叩きつけないとダメだろう。何か、折れそうで恐い。


「えぇい!」


 上段に構えた木剣を、AASに任せて力いっぱい振り下ろす。弧を描き振り下ろされた木剣は、派手な音と共に木の幹に縦一文字の傷をつけた。

 縦に真っ直ぐ割れた木の表面、AAS無しではこうはならかっただろう。


「よし」


 自分の行動の成果に頷き、木剣をしまう。そして、パンプキンに進もうと声をかけようとしたその時。


「やーっと見つけたぁ!」


 突然、鈴のように響く声が聞こえたかと思うと、一人の女の子が木々の合間をぬってこちらに駆けてくるのが見えた。十歳くらいの可愛らしい少女で、腰まで届く艶のある黒髪と、宝石のような青い瞳をしている。


「む。おお、ヴィではないか」


 パンプキンは少女を知っているようで、ヴィという名前を呼んだ。


「もう、いっつも森で迷ってるんだから! さがすヴィの身にもなってよね」


 パンプキンの元までやってくると、少し頬を膨らませ見上げるようにして彼に小言を言う少女。


「むう。いつもスマンな、ヴィ」

「ほんと、せわが焼けるんだから!」


 だらしない父親と、それを心配する娘。そんな感じの、何か微笑ましい光景だ。


「ところで、お姉ちゃんはだれ?」


 パンプキンに向けられていた青色の瞳が、突然私を見つめる。単純な好奇心か、それとも何か他にもあるのか、宝石のような二つの眼は観察するようにじっと私を捉えている。


「私? 私は安子、えーと――」

「吾輩の弟子である」


 こういう時、名前以外は何と自己紹介しようか。などと考えながら少女に名前を告げると、突然パンプキンが口をはさみ私を弟子として紹介した。

 いきなり何を言い出すんだこの南瓜は!?

 私はパンプキンの弟子になった覚えはない。・・・もしかして、あの南瓜道とかいう契約を交わした事でそう見なされたのだろうか?

 パンプキンの顔をうかがっても、被り物の上からでは何も察するが出来ない。


「えっと、あの・・・いつの間に弟子に―――」

「ヴィはヴィだよ。そっかー、じゃあヤスコはヴィの妹弟子だね」


 私の言葉をさえぎると、年相応の笑顔で自己紹介するヴィ。何が嬉しいのか、妙にキラキラと瞳を輝かせている。


「うーむ、ヴィは別に吾輩の弟子ではないのだが・・・。まあ、似たような物であるし精々こき使ってやるが良い」

「だから、いつの間に―――」

「うん、こき使ってやるぞ。えっへん!」


 腕を組みうなる南瓜と、腰に手をあてふんぞり返る少女。私、何か空気である。


「・・・はぁ、もう弟子でいいです」


 あきらめるようにため息を吐く。多分、今のこいつらには何を言っても無駄だろう。身近に似たようなのが多いから、何となく雰囲気で分かってしまうのだ。


「それではヴィ、悪いが畑までの案内を頼むぞ」


 私があきらめのため息を吐いている内に、いつの間にやら話は進んでいたらしく。パンプキンはヴィに道案内を頼んでいた。

 子供に道案内を頼む大人。何ともまあアレな光景だ。


「まっかせなさい! ヤスコもしっかりついて来るように」


 胸を叩き、背伸びするような感じで私達を先導するヴィ。何だろう、妹弟子(?)の私がいるから張り切っているのかな?


※ ※ ※


 ヴィに続いて森を進むと、突然開けた空間へ出た。広い楕円形の空間で、陸上競技の四百メートルトラックを思い浮かべると分かりやすいだろうか。中心に丸太のログハウスがあり、その周りを囲むように土が耕され畑になっている。


「とうちゃーっく!」


 そう言うと、嬉しそうに跳ねるヴィ。


「何で森の中にこんなだだっ広い空間があるのよ・・・」


 森の中に畑があるというから、てっきり小さな空き地程度の大きさだと思っていたのだ。だが、蓋を開けて飛び出したのは、その十倍以上の大きな空間。

 いくらゲームだとは言え、森の中にいきなりこのような場所が現れるのはどうなのだろう。


「よし、では早速始めるとしよう」


 私が想像との差異に唖然としている間に移動していたのか、パンプキンがログハウスの方からこちらへ歩いてくる。彼はその両手に様々な道具を抱えており、私の前まで来るとそれらを地面に広げた。シャベルにスコップ、手斧に鍬、鎌にフォークと色々だ。


「畑に繁殖しているモンスターは硬い殻を持つのでな、ヤスコの持つその棒では少々心許ない。色々と用意したから、好きな武器を使うと良い」


 斧・鎌・フォークはまあ良いとして、シャベルにスコップに鍬を武器と呼んで良いものなのだろうか。確かに、私の持つ木剣(笑)よりは攻撃力が有りそうではあるが・・・。


「じゃあ、この手斧で」


 どれもこれもほとんど触ったことのない物ばかりなので、無難に武器として一番使いやすそうな手斧を選択した。


「ヴィも手伝う?」


 私が手斧を手に取る横で、シャベルを引きずるように持ったヴィがパンプキンに尋ねていた。


「いや、これはヤスコの修行も兼ねているのでな。ヴィは見学だ」


 そんなヴィをパンプキンは手で制し、シャベルを地面に置かせる。変人だが、さすがに子供にモンスター退治はさせないようだ。


「ぶー、つまんなーい」


 不満顔で口を尖らせるヴィ。不満ではあるが納得はしている、何かそんな感じだ。


「うーむ・・・おお! それならば、吾輩の家にスープの入った鍋がある。運動すると腹が減るのでな、ヴィはスープを温めておいてくれ」


 少し悩んだ後、何か思いついたように手を打ち鳴らし。パンプキンは、次の行動の指示を出しつつポンポンとヴィの頭を軽く叩く。


「ん、わかった。二人とも頑張ってね」


 パンプキンが手をどけると、ヴィは頷いてログハウスの方へ向かう。そして家の前で振り向くと、彼女は元気に手を振り中へと入っていった。


「いくぞヤスコ。先に言った通り、厄介な奴は吾輩がやるから、一番小さいのは頼むぞ」


 ヴィを見送ってすぐ。パンプキンは腰に下げた道具袋のようなものを漁りながら、再度確認するように言う。


「はい、分かってます」


 そう返事を返すと、手斧を両手で握り締め畑の様子を確認する。情報という物は、時に戦いの勝敗を左右するファクターとなりうる。私は初心者だ、そして初心者だからこそ注意深く相手の情報を探る必要があるのだ。

 そうして、妙な高揚感を感じつつモンスターを探す私であったが、そこで妙なことに気付いた。


「あれ? あのー、モンスター・・・居ませんよ?」


 というか、今更、ようやく、やっとのことで畑にモンスターの姿が無い事に気がついたのだった。


「少し待て、ヤスコ。・・・おお、これだこれだ」


 ようやく目的の物を見つけたのか、そう言うとパンプキンが腰の道具袋から何かを取り出した。それはまたしても南瓜であり、甘南瓜と同じ手のひらサイズの物だ。甘南瓜の皮が深緑色だったのに対し、こちらは木の幹のような枯れた茶色をしている。


「また南瓜ですか・・・。それ、何に使うんです?」


 相変わらずの南瓜推しに若干呆れつつ、南瓜の用途を尋ねる。

 まさかこの状況で食べる訳ないだろうから、きっとモンスターをおびき寄せる餌とかだろう。


「これか? これは吾輩の畑で収獲した硬南瓜を加工したものでな、まあ見ているが良い」


 また変な南瓜の登場である。この分だと、まだまだ変な南瓜が出てきそうだ。

 そうして、色々と想像を膨らませながらパンプキンの行動を観察する。


「とぉりゃ!」


 パンプキンは手に持つ硬南瓜のヘタを引っこ抜くと、私達に一番近い畑の中心にそれを放り投げた。


「奴らは普段地中に潜っていて、なかなか姿を現さんので――――」


 パンプキンの言葉の途中、投げられた南瓜が地面に落ちた。


“――――――!!”


 次の瞬間、強烈な光りと爆音を撒き散らし南瓜が爆ぜた。


「うっ!?」


 眩い閃光と爆風に、思わず腕で顔を防ぐ。

 そして爆風が収まるやいなや、今度は地面が小刻みに振動し始めた。


「くるぞ・・・」


 いつの間にか、両手に一本づつ手斧を持って構えるパンプキンが畑を睨み呟く。


「今度はな――」


“ギュアアァァァァァアア!!”


 ややビビリる私の声を遮り、地中から絞るような叫びを上げてそれは現れた。それは見上げるほど巨大で、イモムシとミミズを足して割らなかったような姿の、直視するのは避けたいようなシロモノだった。


「うわぁ・・・」


 しかも、サイズが巨大なため、見たくないのに細部までよく見える。キモイ。


「でえぇい!!」


 げんなりとする私を尻目に、パンプキンが巨大イモムシミミズ(たった今命名)に突撃していく。

 パンプキンが戦闘を開始すると、畑のあちらこちらからサイズの違うイモムシミミズがはい出てきた。一番小さいモノで人の腕くらい、こちらを攻撃してくる様子は無いものの、ウネウネと畑中で蠢く様が実に気持ち悪い。


「変なところだけリアリティに拘らないでよ・・・」


 きっとニヤついているであろう製作者の悪意に愚痴をこぼす。鏡が無いので確証はないが、きっと今私は涙目になっていることだろう。


「ふん、だら、ばあ!!」


 私がキモイ虫相手にしり込みしていると、変な声をあげて巨大イモムシミミズと戦うパンプキンの姿が目に入った。彼は両手の斧を交互に振るうと、虫の分厚い殻を叩き割っていく。

 刺しては引く、ヒットアンドアウェイを体現した夕の戦い方とは違う。攻撃に攻撃を重ねて相手を圧倒する、超攻撃型の戦闘スタイル。AASでは出来ない、彼独自の型。

 パンプキンはゲーム内のキャラクターであるため、始めからそういう動きが出来るようプログラムされているのだろう。だが、運動音痴な私からすると、やはり自分なりの動きで戦っている姿には少し憧れたりしてしまうのだ。


「はあ、やるか・・・」


 私は心を決めると、目の前で蠢くそれに視点をあわせる。そして、じんわりと汗をかく両腕を振り上げ、その手に持った手斧を思い切り振り下ろした。


※ ※ ※


「うう・・・、感触が・・・」


 巨大イモムシミミズが現れるたび、取り巻きのように多数のイモムシミミズが湧いて出る。その数は毎回固定で、大きめの奴が二匹、中くらいの奴が四匹、そして私が相手をした小さい奴が八匹だ。畑に巣くっていた巨大イモムシミミズは三匹なので、単純計算で私は一番小さい奴を二十四匹倒したことになる。

 まだ小さいためか、ブヨブヨとした皮のような柔らかい殻を断ち、その中の多分に水分を含んだ肉をグチャリと潰し切る感触。実際そのような事をした経験など無いのにもかかわらず、それをリアルだと感じるのあたりにゲーム製作者のこだわりがうかがえる。

 こういう体感型のゲームなのだから、リアルな感覚にこだわるのは分かる。だが、こういう部分までリアルにしないでほしかった。


「ヤスコ、お疲れー」


 精神的に参り地べたに座り込んでいると、いつの間にかやってきたヴィに声を掛けられた。目線を彼女に向けると、キッチンミトンをはめた両手で鍋を持っていた。


「スープできたよ、ヤスコも飲むでしょ?」

「え、ああ、うん貰う」


 そういえばパンプキンにスープを温めるよう頼まれていたなと、ヴィに返事を返しながら思いだした。

 私の返事を聞いたヴィは地面に鍋を置き、自分の腰に吊るした道具袋に手を入れて中から木製のカップとお玉杓子を取り出した。


「じゃあ、注ぐね」


 そう言って彼女が鍋の蓋をあけると、半透明の湯気と共に甘い南瓜の香りが立ち上る。半ば予想していたことだが、やはり南瓜のスープのようだ。


「はい、ヤスコの」


 ヴィはお玉杓子スープをすくうと、カップに注ぎ私に差し出した。


「ん、ありがと」


 お礼を言って、彼女からカップを受け取る。南瓜の皮も丸まる使ったのか、黄緑色のとろみのあるスープが木製のカップに並々と注がれている。特にお腹が減っているという事は無いが、なんとも食欲をそそる良い香りだ。


「あ・・・おいしい」


 早速スープを一口飲むと、思わずそんな言葉を口にしていた。恐らく南瓜と牛乳で作った簡単なスープだと思われるが、濃厚でいてほど良い口当たり、それと調和された素材の甘みのそれは至高の一杯と言っても良い出来だ。

 二口、三口とまだ熱いスープを口につけ、気付けばカップに注がれたスープは残りわずかになっている。


「・・・ふぅ」


 スープを全て飲み干すと、ホッと息を吐き出した。


「もう一杯飲む?」

「うん、おねがい」


 ニコニコと笑いながら私を見てそう尋ねるヴィに、すかさずカップを渡す。一杯目はすぐに飲んでしまったから、二杯目は良く味わって飲もう。


「はい。じゃあヴィは、パンプキンにスープをあげてくるね」


 私に二杯目を注いだカップを手渡すと、ヴィは鍋を持ってログハウスの方へ歩いていった。

 そういえば、パンプキンはモンスターの駆除が終わってすぐにログハウスに入っていったままだが、何をしているのだろうか?

 そんな事を考えつつ、ちびちびとスープを啜っていると、ログハウスからパンプキンが出てくるのが目に映った。

キョロキョロと周りを見回し、私の方に視線を合わせるとパンプキンはこちらへ向かって来る。ヴィに貰ったのか、右手には私の持つ物と同じ木製のカップを持っている。


「おお、こんな所にいたか」


 そして私の前で立ち止まると、声をかけてきた。


「どうかしました?」


 何か用があるのだろうとこちらから尋ねると、パンプキンは右手に持ったカップを一口口に流し込み、ウムと頷く。そして少し迷うような仕草を見せた後に、彼はそのギザギザの口を開いた。


「今日は突然つき合わせて悪かったな・・・」


 悪いと思っているのか、少し申し訳なさそうに言う。


「ああ、いえ。それは別に構わないです」


 森で長時間迷ったり、駆除モンスターがキモイ虫だったり、色々とパンプキンに振り回されて疲れたのは事実だ。でも、ヴィに出会えたり、美味しいスープを飲めたりと良い事も色々あったのも事実である。


「むしろ、こっちがお礼を言いたいくらいですから」


 良い事も嫌な事も色々あって疲れたけど、なかなかに充実した時間だったのだ。それは一人でレベルを上げているだけではきっと得られないものだ。

 おかしなものである。パンプキンとヴィはゲーム内のキャラクターに過ぎず、実質的に私は一人でゲームを遊んでいたに過ぎないのに。何故か一人では味わえないような、そんな充実感を感じているのだ。


「まあ、あの虫を退治するのはもう勘弁してほしいですけど」


 少し冗談めかして言う。こんな事を言ってはいるが、また頼まれたらきっと手伝ってしまうのだろう。


「うはは、ヤスコは虫が苦手かね」

「まあ、虫が好きっていう女はあんまり居ませんよ・・・」


 笑うパンプキンと、苦笑する私。


「わーい、見て見て。でっかいイモムシー!」


 そんな私達のタイミングを見計らったように現れたヴィは、どこで捕ってきたのか人の二の腕ほどの大きな芋虫(普通の奴)を見せびらかすかの用に持っていた。


「・・・ヴィはそうでもないらしいが」

「・・・私は都会っ子ですから」


 なかなか虫に触れる機会が無いので、耐性が無いのだ。まあ、時々家の水場付近に出没する黒い奴とは、何度触れ合っても耐性が出来そうにないが(というか、触れ合いたくない)。

 ヴィがはしゃいでブンブンと手を振るたび、勢いよく振られキィーキィーと悲鳴のような声で鳴く芋虫を哀れみつつ、私とパンプキンは会話を続けた。


※ ※ ※


「そうだヤスコ、これを持っていけ」


 しばらく会話を続けた後。突然パンプキンは話題を変えるようにそう言うと、腰の道具袋から何かを取り出した。手のひらサイズの物体で、よく見ればまたしても南瓜である。


「今度は何南瓜なんですか?」


 冗談半分に尋ねる。すると、パンプキンは手に持った南瓜の説明を始めた。


「さっき使った南瓜爆弾と同じ、硬南瓜を加工したものでな」

「南瓜爆弾・・・」


 イモムシミミズをおびき寄せるために使われたそれを思い出し、私は一歩パンプキンから離れる。そんな私に気付いていないのか、彼は説明を続ける。


「名づけて、南瓜ランタンである」


 パンプキンはそう言って、手に持つ南瓜のヘタの部分に付いている紐を引っ張る。すると、南瓜はまるで電球のように煌々と光を放ち始めた。


「はあ、ランタン・・・ですか」


 そう言って、恐る恐る南瓜ランタンを受け取る。ランタンということは光源は火のはずだが、不思議と発光している南瓜は熱くなく、それどころか逆に冷たかった。


「その明かりはいかなる闇の中でも辺りを照らす優れものでな、スイッチである紐を結ぶなどして腰に吊るしておけば使用中も手が塞がらなくて便利であるぞ」


 そうして、南瓜ランタンの説明を終えるパンプキン。


「でも、いきなりどうしたんです?」


 突然これを渡されても、意図が分からず困惑するばかりだ。


「吾輩、あまり金銭を持っておらんのでな・・・。このランタンと貸した手斧を、昨日の南瓜プリンと今日の労働の報酬として受け取ってくれないか?」


 そう言われて、そういえばお礼がどうとか言っていたなと思い出した。


「じゃあ、ありがたく頂戴します」


 貰わない理由も無いし、ここで受け取らないというのもアレだ。素直に受け取っておくことにした。


「ねー、南瓜プリンってなぁに?」


 受け取ったランタンと手斧をアイテムイベントリに放り込んでいると、芋虫をどこかに捨てて両手を空にしたヴィが隣で首をかしげていた。


「昨日ヤスコが作ってくれたお菓子である。甘くて、上手かったぞ」


 何か自慢するように、少し意地悪な感じで言うパンプキン。


「えー、パンプキンだけズルイ! ヤスコ、ヴィも食べたいー!!」


 パンプキンの態度に釣られてか、私の服の袖を引っ張るヴィ。


「ごめん、今は材料とか持ってないから作れないの。今度作ってあげるから・・・ね?」


 駄々をこねる彼女はちょっと可愛いかったが、このままでは一向に話が進まないのでなだめる事にする。


「本当? 約束だよ」

「うん、約束」


 そう言うと私は小指だけ立てた手をヴィの前に出す。


「?」

「指きり、知らない?」

「あ、知ってる」


 初めは私の行動の意味が分からないようで、頭上にハテナを浮かべていたヴィ。もしかして知らないのかなと尋ねると、意図を理解したのかその小さな小指を私のそれに絡ませた。


「「ゆ~びき~りげ~んまん、う~そついた~らは~りせ~んぼんの~ます」」


 一緒に歌って、私とヴィは約束を交わした。

 そうして指を離したとき、ふと視界の上部に表示された時刻が七時過ぎを指していることに気がついた。


「いけない、もうこんな時間か。そろそろ戻らないと・・・」


 六時半にはゲームを止めて、夕飯の買い物に行くつもりだったのだ。楽しくてつい時間を忘れてしまったらしい。


「む、帰るのかね?」

「えー、ヤスコもう帰っちゃうの?」


 私の言葉を聞いてか、それぞれの反応を見せる二人。


「はい、色々とやることがあるので・・・。ヴィも、またね」


 そう言って、二人に対し軽くお辞儀をした。


「うむ、そうか」

「ヤスコ、また遊びにきてね」


 そう言う二人の見送りの言葉を聞きながら、私はメニューを開きログアウトを選択した。ゲームに入る時に現れる魔方陣のような物が地面に現れ、そして一瞬光りそのまま消えた。


「あれ?」


 ログアウト時の視界の暗転も起こらず、パンプキンもヴィも変わらず私の視界に映っている。


「え、何で?」


 再びログアウトを選択するが結果は同じ、一瞬魔方陣が光るだけで何も起こらない。


「何で・・・、嘘!?」


 何度試しても、一向にログアウトできる気配は無い。私の頭の片隅に、ログアウト不可というどこかの小説か何かで読んだような単語が浮かび上がる。

 ゲームの中なのに、背中にジワリと嫌な汗がにじむ。焦りと不安、それに押しつぶされるように思考が重く頭が回らない。


「ヤスコ、どうしたのだ?」

「そ、それが、ログアウトできなくて・・・」


 突然聞こえたパンプキンの声、私は訳もわからずすがる様に彼に訴えていた。


「まずは落ち着け、ヤスコ。もしかして転移をしたいのか? ならば一度この畑から出ないといかん。ここは転移不可エリアであるからな、転移アイテムなどを使いたいのであれば一度エリアの外へ出る必要があるのだ」

「転移、不可エリア・・・」


 パンプキンの言葉で、私は若干落ち着くことが出来たようだ。焦りや不安はあるが、もうそれで訳が分からないという事は無い。パンプキンは私のログアウトという言葉を、転移系の何かだと解釈したらしい。

 ゲームからログアウトすると、次にゲームに入った時には自動で最後に訪れた街へとキャラクターが移動している。もしかしたら、そういうシステム関連でログアウト出来ないのかもしれない。


「森の中なら、ログアウト出来るはずである」


 私が落ち着いたのを確認すると、パンプキンは私達がこの畑に入ってきた森への出入り口を指差した。


「やってみます」


 つぶやくように返事を返し、私は畑から森へ移動した。私を心配してか、パンプキンも私についてくる。

 メニューを開き、ログアウトを選択する。すると足元に魔方陣が現れ、薄らと光りだした。先ほどと違い、その光りが消える事はない。


「良かった・・・、ちゃんと起動してる」


 そうホッと一息ついたところで、視界の中央に終了するかどうかの選択しが浮かび上がった。


「大丈夫なようであるな」

「はい、ありがとうございました。じゃあ、また」


 私は再びパンプキンに向かってお辞儀すると、終了を選択した。


「うむ、ではま――――」


 ログアウト寸前で口を開いたパンプキンの言葉は途中で途切れ、視界が暗転。そうして、気付けば自室に敷いた布団に寝転んでいた。


「ん・・・っと」


 VDギアを頭から外し、電源を切る。そして一度伸びをして、私は布団から起き上がった。


「さて、今日のご飯は何にしようかな」


 一言つぶやくと、私は台所へと向かうのだった。


※ ※ ※


「ヤスコ、やっぱり帰っちゃった?」


 安子を見送りパンプキンが畑に戻ると、少し寂しげな表情のヴィが彼に尋ねる。


「うむ」

「ヤスコ、また遊びに来てくれるかな?」


 パンプキンが頷くと、今度は不安そうな顔で言うヴィ。


「ヤスコのことが気に入ったのかね?」

「うん、何かお姉ちゃんが出来たみたいだったから・・・」

「そうか。まあ、ヤスコはまたと言っていたから、きっとまた来るだろう」


 ヴィを元気付けるように言うパンプキン。


「・・・でも、・・・は・・・なかった」

「ヴィ、どうやら迎えがきたようだぞ」


 ヴィがボソリとつぶやいた一言は、パンプキンに届く事は無く。彼は森への出入り口を指差した。そこには黒いフードとマントで全身を覆った人型の者がいた。


「リジュ・・・」


 ヴィは森の出入り口から歩いてくる黒マントを一目見てつぶやいた。


「ヴィさま、探しましたぞ」


 男性のような、それでいて女性のような中性的な声でヴィに話しかける黒マント。ヴィしか目に入らないようで、パンプキンの事は無視である。


「さあ、帰りましょう」

「うん、じゃあまたねパンプキン」


 一度パンプキンに手を振ると、ヴィは黒マントに手を引かれ森の方へ歩き出した。


「またな、ヴィ」


 パンプキンはヴィに返事をすると、彼女が畑から出るのを見送った。


「・・・・・・」


 パンプキンは、無言で空を見上げる。


「三万六千と五百二十四。・・・長いものだ」


 いつの間にか赤く染まり、月の昇り始める空を眺めて、彼は一人つぶやくのだった。



7・21 二話部分を纏め。

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