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一話

「ふぅ・・・」


 ドカっと擬音が出そうな勢いで座椅子に腰かけ、一つため息をつく。

 大体四畳半の和室、建築当初は白かった壁は十数年使ううちに薄く灰色に汚れ、張り替えてから一年ほどたつ足元の畳は少し色がくすんできた。

 そんな今の時代にしては珍しい自室の片隅。木製の机に置かれた真新しいデスクトップパソコンが、何とも古めかしい我が部屋の概観をぶち壊していた。

 このパソコン、送りつけてきた従兄弟が言うには最近発売されたばかりの最新式で、スペックとか詳しい事は覚えていないがとにかく凄いらしい。

 説明書を見ながら約一時間、苦戦しながらすべての機器の接続を終え。それから約三十分、ネットワークへの接続が完了した。


「あとは・・・これをパソコンにつなげば、ようやく準備終わりね」


 ややげんなりとつぶやき、パソコンの空箱の隣に放置していた、ギリギリ片腕で抱えることが出来るくらいの箱を手繰り寄せた。

 箱に表記されたタイトルは『バーチャル・ダイブ・ギア』、通称VDギア。一言で外見を表すと、接続用のコードがついたヘッドギアだ。元々軍事・医療用に開発されたそれは、頭に着用し起動すると使用者を擬似的睡眠状態にし、夢を見るような形でバーチャル空間を体感できるというものである。

 このVDギアが一般に販売されたのがおおよそ三年六ヶ月前、販売当初はその値段の高さとハードの性能に見合う内容のソフトがなかった為あまり売れ行きは良くなかった。だが、販売開始から三ヵ月後SFC社の開発した『マジック・アース・オンライン』という多人数参加型のRPGゲームの発売に伴い、VDギアは爆発的に普及した。

 ゲームの世界に入り、プレイヤー自身がその世界を冒険する。RPGをやったことのある多くの人が一度は見るであろう夢、それが叶うのだからVDギアとマジック・アース・オンラインの爆発的大ヒットは当然の帰結だったといえるだろう。

 私はVDギアをパソコンに接続して、データのインストールを開始した。インストールの完了を待つ間手持ち無沙汰になった私は、帰ってから座椅子の側に置いたままの鞄を漁り文庫本サイズのプラスティックケースを取り出した。

『ファントム・アース・オンライン ~スターターセット~』と表記されたそれは、文字どうりオンラインゲームのセットアップソフトだ。

 ケースを開けると、ケースの真中辺りに親指の爪位の大きさのカードが入っていた。これはVDギア専用のソフトカードであり、ギアの額部分にある差込口に差し込むことでゲーム等を楽しむ事が出来るというものだ。

 今から三ヶ月前。丁度前作であるマジック・アース・オンラインの発売から三年後、同SFC社からシステム・グラフィック等を大幅アップグレードした新作が発表、発売された。それが、今私が持つ『ファントム・アース・オンライン』である。

 同梱された説明書によると、前作から百年後の世界が舞台のようだ。

 パラパラと説明書を捲っているとパソコンが再起動を始めた。どうやら、VDギアのインストールが完了したようだ。


「よし、後はVDギアにこのROMカードを差し込んでっと・・・」


 VDギアにカードを差し込んだ時、不意に携帯の着信音が鳴り響いた。ジリリリというレトロな電話の着信音、誰かからメールが着たようだ。

 鞄の奥に入れっぱなしだった携帯を取り出し、横に取り付けられたボタンを押して開く。タッチパネル機能の付いていない骨董品のような携帯電話、いまどきこんな物を使っているのは私くらいのものだろう。少なくとも、私の学友にはいない。

 携帯を操作してメールを開く。メールの差出人は朝霧 夕、タイトルはスマン。内容は「少し遅れる、ごめん」だそうだ。

 この夕というのは高校の友人で、私にこのファントム・アース・オンラインを勧めた張本人だ。今日ゲームを始めたら彼女が色々と教えてくれる予定になっていたのだが、どうやら遅れるらしい。


「まあ、いつもの事だし・・・」


 夕は約束ごとに度々遅れることがある困ったちゃんだが、すっぽかす事だけは無い。その点だけは信用している。

 了解と一言返信して、私は携帯を机に置いた。そして、もう一度パソコンの接続等を確認してVDギアを着用した。

 カード差込口の隣にある起動ボタンを押し、VDギアを起動。四五秒ほどで段々目蓋が重くなり、これが擬似睡眠かなどと考えている内に私の意識は深く沈んでいった。


※ ※ ※


「データの初期化完了、ただいまよりプレイヤーキャラクターの設定を行います」


 加工された女性のような機械音声で目が覚めた。擬似とはいえ一応睡眠中なのだから、目が覚めたというよりは夢を見始めたといった方が適当かも知れない。

 真っ黒な空間にフワフワと浮いている、現在の私の状況を一文で表すならこうだろうか?

 何とも不思議な感じだ。


「始めに外見の設定を行います」


 再び機械音声が響くと、突然目の前に“私”が現れた。


「んな!?」


 驚いて、思わず声をあげる。

 幼い頃からの癖で、真っ直ぐに切りそろえた前髪に三つ編みのお下げ。微妙につり上がり、見方によっては睨んでいるように見える二つの目。高くも無く、それと言って低いわけでもない鼻。そして、悩みの種である頬のソバカス。

 何処からどう、誰がどう見ても私だ。

 体型に関してもそう、出るところは申し訳程度には出ているが、引っ込むところが微妙に引っ込んでない。自分のプロポーションに自信があるなら別にどうとも思わないのだろうが、私程度だとこうため息しか出ないわけだ。

 確か始める少し前に呼んだファントム・アース・オンラインの説明書に、初起動時はVDギアの機能により読み取ったデータからキャラクターの初期の外見が設定されると書いてあった記憶がある。何でも現実と余りにもかけ離れたキャラクターを作製してしまうと、脳に負荷が掛かる恐れがあるかららしい。

 要は身長や体型を極端に変える事は出来ないということだ。まあ、体型に関してはある程度の融通は利くらしいが、身長も体型も変える気のない私にとってはどうでも良い話だ。

 ただ、折角なので外見は弄ってみようと思う。別に自分の外見が嫌いだとか言うわけではないが・・・まあ、何となくだ。深い意味はない、断じて。


※ ※ ※


 結論から言おう。私のちょっと可愛い子になって色々と得しよう作戦は、開始一分で頓挫してしまった。原因を強いてあげるとすれば、私の根気の無さだろうか。

 このゲーム・・・というかリアルなグラフィックで、主人公(またはプレイヤーキャラクター)の外見をプレイヤーが設定するゲーム全般に言えることだが、設定する項目が多すぎるのだ。人によってはそう感じないのかもしれないが、私には多すぎる。

 一分ほど頑張ってみたが面倒になり、諦めて頬のソバカスを消すだけに止まった。


「続いて、能力の成長設定を行います」


 外見の設定を終了させると、機会音声のアナウンスが響く。それと同時に、視界の中央にあった“私”がスライドするように右へずれ、左半面に六角形のグラフのような物とその下に大きい三十という文字が現れた。

 六角形の中心から六つの頂点に向かってメモリが付いた線が引かれており、各頂点には体力・筋力・魔力・器用・敏捷・精神の文字が表示されている。そして、各頂点の文字の横には一と数字が書いてあり、六角形のグラフの中に頂点に向かう線の一メモリ目を繋いだもう一つの六角形が形成されていた。

 説明書によると、このファントム・アース・オンラインは、最初にキャラクターの各能力の成長力を決め、後はそれにしたがって能力が成長していくらしい。

 試しに、体力の項目を二にしてみる。するとグラフの中の六角形が体力の部分だけ二メモリ目まで伸び、下に表示された三十の文字が二十九に変化した。そのまま体力の項目の数字を増やしていくと、十になったところで数字が赤くなりそれ以上増やす事が出来なくなった。他でも試したが結果は同じだった。

 どうやら各項目の上限は十で、合計三十増やせるらしい。


「どうしよう・・・」


 私には、どのようなキャラクターにしたいか等の明確なイメージなんてない。そもそもオンラインゲームという物をやるのはこのゲームが初めてなので、セオリーという物も分からない。

 そうして悩む事約五分。とりあえず全てに五ずつ振り、全ての項目が六という何ともいえないキャラクターが出来上がった。


「最後に、名前の設定を行います」


 機械音声。


「名前か、うーんと・・・」


 しばし考えた後、名前を入力した。

特に考え付かなかったから下の名前そのままだが、姿が現実とほぼ変わらないのだし、名前を変えてもどの道私だと分かってしまうから良いだろう。


「プレイヤーキャラクターの登録が完了しました、それではゲームをお楽しみ下さい。ようこそファントム・アース・オンラインの世界へ」


 最後に機械音声の案内が聞こえ、一瞬視界が白く染まる。

 そして、気づけば見知らぬ場所に立っていた。


※ ※ ※


 中央に噴水が置かれ、地面に石のブロックが敷き詰められた正方形の広場。その中央に、噴水を背にする形で私は立っていた。

 騎士や魔女、はたまた忍者といった如何にもな格好の人達に、灰色の質素な服を着てキョロキョロと辺りを見渡している人が数人。

 私の服装を見てみると、数人と同じような布製の地味な衣服を纏っている。たぶん初心者は皆この格好なのだろう。

そんな事を考えている内に、光りで描いた魔方陣が広場のあちらこちらに現れ、幾人か広場の人口が増えた。内、二人ほどは私と同じ格好なので、きっと初心者だろう。

 夕がこのゲームを勧めるとき『今一番人気のあるオンラインゲーム』などと言っていたが、この短時間にこれだけ人の出入りが多いとなると誇張表現という訳でもないようだ。


「さて、どうしようかな」


 夕との待ち合わせ場所は、ゲームに入ってすぐの噴水広場とのことなので、まあ此処だ。待っていれば、そのうち夕が来て私に気付くだろう。何しろ、私の外見はほぼ現実のままなのだ。夕の性格なら、私だという確信が無くてもきっと声を掛ける。

 問題は一つ。キャラクター作製にあまり時間を割かなかったためか、まだ最初の約束の時刻より三十分も早い時間なのだ。

 夕のことだから早くて三十分、遅くて一時間の遅刻が考えられる。最低一時間も此処で立ち続けるのは、ちょっと勘弁願いたい。

 要は、夕が来るまで暇なのだ。


「とりあえず、ぐるっと街を見てみようかな・・・」


 少し考えた後、暇つぶしは散歩に決定した。


※ ※ ※


『はじまりの街 アルファブルク』、それが今私のいる街の名前だ。

街の北と南に設けられた大きな門に、周囲をグルリと囲う城壁。中世の都市をイメージして、それに少し現代チックなアレンジを加えた、いかにもファンタジーといった概観の街。


「しっかし、本当にバーチャルだとは思えないな」


 街中をブラブラと散歩しながら、思ったことをそのまま呟く。

 地を歩く感覚に時折ふく風、少しだけ空いた家屋の窓から漂う良い匂い。それらは私が想像していたものよりずっとリアルで、とても作り物だとは思えない程だ。


「いらっしゃいらっしゃい、色々仕入れてるよ!」


 しばらく歩くと、ガヤガヤと騒がしい喧騒のと幾つかの威勢の良い声が聞こえた。気になり音の方へ進む、すると街のメインストリートと思しき大通りに出た。

 人、人、人。まさしく人の群れと表現できる、大勢の人で大通りはあふれていた。

 そして大通りの両脇には畳一畳たたみ いちじょうほどの敷物に座り、色々な物を置いた人達が隙間無く並ぶ。置かれている物は様々で、剣や槍などの武器から透き通る緑色の液体が入ったビン、はたまた用途のよくわからない妙な置物など色々だ。

 どうやらここはフリーマーケットのような場所らしい。大通りのあちらこちらで、呼びかけや売買の交渉が行われている。


「へえー、色々あるんだなぁ・・・」


 人の波の流れに乗り、並べられる商品を眺める。

当然、ゲームを始めたばかりの私に買える物など無い。だが、目新しい物が多く、眺めているだけでそこそこ時間を潰せそうだった。

 そうして夕を待つ間、適当に店をひやかして回っていると。大通りの隅の隅、一人はずれた所で敷物を広げる人を見つけた。売る気がないのか、声掛けもしないでただ座っている。

 何となく好奇心に駆られ、人の群れを離れる。

 普通なら、私も他の人々と同じように通り過ぎただろう。ただ、その人は妙な格好をしていたので、ちょっと気になったのである。

 南瓜だ。

 斜めになった半月形の目が二つに、ギザギザの口。人の頭部にあたる部分が、目と口の部分をくり貫いた南瓜になっているのだ。恐らく、入り口で見た忍者などと同じコスプレ的な装備なのだろうが、ハロウィーンでもないのに南瓜頭とは何ともシュールな光景である。


「良い天気であるなぁ・・・」


 近づく私に気が付いたらしく、南瓜頭の人が話しかけてきた。声の高さからすると、男性のようだ。


「そうですね」


 青空に浮かぶ太陽を見上げ、当たり障りのないような返事を返す。実際、降り注ぐ日差しが心地良かった。


「貴方は何を売っているんです?」


 視線を南瓜の人に戻し、次いで彼の座る敷物に移す。敷物には、大小様々な南瓜が所せましと並べられていた。


「見ての通り、南瓜である」


 南瓜の人が、両手を広げて並べられた南瓜をアピールする。見たまんまだが、彼は南瓜屋らしい。


「南瓜か・・・いいですね」


 煮付けや天ぷら、タルトにプリン。南瓜を使った料理やお菓子は、中々に私好みだ。


「ほう、南瓜好きかね?」


 久しぶりに南瓜のお菓子でも作ろうかと考えていると、唐突に南瓜の人に尋ねられた。


「はい、美味しいですよね」

「うむ、うまいな」


 私の答えに満足したのか、ブンブンと首を縦に振る南瓜の人。南瓜を被って南瓜を売っているだけあって、かなり南瓜好きなようだ。


「それで君、南瓜料理ならどんなのが好みかね?」


 動きを止め顔を私に向けると、再び南瓜の人が質問を投げかけてきた。


「うーん、だいたい何でも美味しいけど・・・やっぱりお菓子かなぁ。ケーキとかタルトとか、南瓜プリンとか」

「南瓜・・・プリン・・・だと!?」


 南瓜の人が私の言葉に妙な反応を示す。ぷるぷると小さく震えたかと思うと、突如として彼は立ち上がった。


「そ、その南瓜プリンという物は、いったいどんな料理なんだい!? 甘いのかい、辛いのかい!?」


 ワナワナと震えながら、徐々に迫ってくる南瓜の人。少しずつ眼前に近づいてくる南瓜、真っ黒で底が見えない目とギザギザの口が段々と迫ってくる様は妙な迫力がある。


「あ、甘いです!」


 一歩引いて質問に答える。すると、南瓜の人はピタリと動きを止め、敷物の上に置かれた南瓜を一つ手に取った。片手に収まるサイズの小さな南瓜、坊ちゃん南瓜の一種だろうか?


「なら、これを・・・」


 そう言うと、南瓜の人は手に取った南瓜を私に差し出した。


「この南瓜、吾輩の特製で甘南瓜というのだ。これを使って、その南瓜プリンという料理を作ってくれないか? もちろん、礼はしよう」

「は、はあ・・・。まあ、いいですけど」


 少し戸惑いつつ、南瓜を受け取る。

 このファントム・アース・オンラインは、味覚を再現している事が魅力の一つであると夕が言っていた(いくら食べても太らないとか)。

 断りづらい雰囲気だった事もあるが、バーチャル世界での料理や食事に興味もあったし、まあ作ってみるのも良いかと思ったのだ。


『クエスト《南瓜料理》を受諾しました』


 南瓜を受け取ってすぐ。突然そんな半透明の文字が視界の中央に浮かび上がり、少しして消えた。


「え?」


 突然の出来事に一瞬思考が停止する。


「料理は、ここから街の南門へ行く途中にある宿屋『止り木亭』で調理場を借りると良い。吾輩からの依頼だと言えば、きっと貸してくれるだろう」


 フリーズする私をよそに、次に何処へ行けば良いのか教えてくれる南瓜の人。

 どうやら、私は一つ勘違いをしていたらしい。

クエストというのは、色々なゲームなどで使われているシステムで、要は簡単な仕事の事。クエストは斡旋所や、特定のゲーム内キャラクターから依頼されることがある。

 確か説明書に書かれていたのはこんな感じの文章だった。

 南瓜の人の頼みを聞いたらクエストが発生した。つまり、南瓜の人は特定のゲーム内キャラクターということになる。

私が他のプレイヤーだと思って話していたのは、なんとNPCだったのである。

 南瓜を被っているせいで、その表情は分からない。だが、南瓜の人との会話は、本当に他人と話しているようだった。少なくとも、私はそう錯覚した。

 恐るべし、ファントム・アース・オンライン。夕が絶賛するのも頷ける。


『メールが届きました』


 そうしてゲームの性能に驚愕していると、視界の隅にメッセージと手紙のマークが浮かび上がった。恐らく夕からの連絡だろう。

 これはVDギアを接続したパソコンと携帯を連動させると使える機能で、電話やメールの確認が出来る便利なものだ。VDギアの発売当初は付いてなかったそうだが、電話に出れないのは困るだろうという利用者の意見から付けられたそうだ。

 メールを確認すると、思ったとおり差出人は夕だった。今から行くので、待ち合わせ場所に来てほしいとのこと。


「あ、ごめんなさい。用事が出来たから、南瓜プリン作るまで時間がかかると思います」


 待ち合わせの噴水広場へ向かおうとして、南瓜の人のことを思い出して向き直る。ゲームのキャラクターだとは分かっているが、一言入れたほうがいいと思ったのだ。


「吾輩から頼んだのだ、美味しい南瓜料理のためならいくらでも待とうではないか」


 私の言葉に、しっかりと返答する南瓜の人。しかも、ちゃっかり美味しい南瓜料理に難易度を上げている。

 本当に凄いゲームだ。


※ ※ ※


 噴水広場へ向かう途中、夕からもう一件メールが届いた。それによると、もう彼女は到着したらしい。

 待たされたのはこちらなのだから、別に急ぐ必要はない。

 そんな事を考えつつ、やや早足で目的地へ向かう。

 広場に到着すると、そこには相変わらず多くの人が居た。灰色の服の初心者に、様々な格好の経験者。その比率はおおよそ一対一だ。


「夕はどこだろう・・・」


 噴水広場を見回しながら、それっぽい人物を探す。しかし、私の知る顔は広場のどこにもいない。自称ゲーマーである彼女のことだ、私と違いちゃんとキャラクターを作りこんでいるのだろう。


「おー、もしかしてやっさん?」


 こうなったら夕に私を見つけてもらおう、などと考えていると。聞き覚えのある微妙なイントネーションの声と共に、一人の女の子が近づいて来た。

 さらさらとした金色の髪と透き通るような青い瞳、真っ白な肌に驚くほど整った顔。白と赤を基調として、所々に意匠を施されたドレス。美しさと可愛らしさをあわせ持つその姿は、まるで御伽噺か何かのお姫様を連想させた。


「もしかして・・・夕?」

「やっぱりやっさんか、何かまんまやなあ」


 私が尋ね返すと、そう言って腕を組みウンウンと頷く女の子。

本人曰く、エセ関西弁だという微妙な言葉に良く腕を組む癖。彼女は、間違いなく私の友人である『朝霧 夕』だ。


「何か、全然違うね」


 目の前の女の子はおしとやかな淑女といったか弱い雰囲気だが、現実の彼女はボーイッシュで実に行動的な女の子だ。まるっきりの真逆である。


「まあ、折角のバーチャルなんやしな。こう、薄幸の美少女的な? 物語のヒロインみたいに成ってみたいやん」


 さばさばとした、とても気さくな性格の彼女だが。その実、中々のロマンチストだったりする。しかし、金髪の儚げな少女が関西弁(?)を話すのは中々シュールだ。


「そう言うやっさんは、外見をほとんど弄っとらんのやね」

「いや、はじめは頑張ってみようかなと思ったんだけどさ、何か設定する項目が多すぎて諦めたよ」

「そうか、まあやっさんやしな」


 彼女のなかで何か納得がいったようで、再び腕を組みウンウンと頷く夕。ちなみに、やっさんというのは、私の名前である安子(やすこ)からつけられたあだ名だ。


「もう、何に納得しているのよ・・・。それよりこのゲーム凄ね、夕が来るまで適当に街の中を回っていたんだけどさ。クエストが発生するまで、話していたのがゲームのキャラクターだって気が付かなかったよ」

「んー、さすがにそれは言いすぎちゃうん? まあ、やっさんはこういうゲームやるの初めてやから、そう感じたんかもなー。そういえば、私も最初は色々と感動したなぁ」


 何かを思い出すように、空を見上げる夕。そういうものなのだろうか?


※ ※ ※


 噴水広場から街の南門へ移動する最中、夕とフレンド登録というものを済ませた。相手がゲームにログインしているか否かの情報や、電話のような機能で連絡を取れるなど色々と便利なものらしい。

 小窓のような形で、視界の右隅に表示したフレンドリスト。今はまだ一人の名前しか記載されていないそれを歩きながら眺めていると、街の南門へ到着した。

 見上げるほど高い石レンガ製の城壁と、左右に開いた同じく見上げるほど大きな鋼鉄の大扉。重厚感のあるその門は、一度閉まってしまえばそう簡単には突破できない強固な雰囲気がある。


「ここから外に出れば目的地の『青の平原』や」


 そう言って門をくぐる夕。一度門を見上げると、私も門をくぐり街の外へ出た。

 踏み固められた道と途中にある川以外、見渡す限りに広がる芝。やや青みがかった緑の芝が一面を覆う様は、まさしく青の平原であった。


「うはぁ・・・」


 見慣れない風景に、つい妙な声が漏れてしまう。それはバーチャルであるはずなのに、人為的に残された本物の自然よりよほど美しかった。


「ただいまより、第一回トライの初心者講座はっじっめるでー!」


 平原を少し歩くと、突然妙なテンションになる夕。ちなみに、トライというのは、彼女のキャラクター名である。


「わー、ぱちぱち、どんどんぱふぱふー」


 夕に合わせて適当にはやし立てる。私自身、妙なテンションであるのは否定しない。


「よっしゃ、じゃあまず初期装備の『木剣』がアイテムにあるはずやから、それを装備してみ。ステータスで装備を選択して、木剣を選べばオッケーや」


 メニューからアイテム欄を開くと、夕に言われた通り木剣があった。他には南瓜の人から渡された甘南瓜と、初心者ポーションというアイテムが五個とある。

 アイテム欄を閉じ、今度はステータスを開く。


「装備っと・・・」


 ボソッと呟き、装備を選択。すると、木剣以外何もないアイテム欄が表示された。


「おー、何か出た」


 木剣を選択すると、突然腰に少量の重さが加わった。見ると、木の棒を粗く削っただけの、かろうじて剣に見えなくもない物がヒモで吊り下がっていた。


「・・・微妙」


 早速木剣を手に取り、中段に構える。

初期武器だからしょうがないのだろうが、何とも不恰好な武器だ。わざわざ削らず、ただの木の棒だったほうが、まだ格好が付いたのではないだろうか?


「やっさん、その棒であそこのペンギン殴ってみ?」


 そう言って夕が指差した先には、デフォルメされてややまぬけ顔になった一匹のペンギン。何でもこのゲームのマスコットモンスターで、陸ペンギンという何の捻りもない名前らしい。


「え、うん」


 木剣を構え、言われるままペンギンに近づく。

 しかし、剣という物を振るのにはそれなりの技術がいるはずだ、運動音痴かつ体育の授業で竹刀を振ったことがある程度の私に扱えるのだろうか?

 木剣を一瞥する。

 まあこの剣はほぼ棒であるし、叩きつける感じで振り下ろせば良いのかな?


「えーい」


 自分でも分かるへっぴり腰で木剣を振り上げる。

そしてそのまま振り下ろそうとした瞬間、突然何かに矯正されたように体が動き、私のモノとは思えない綺麗な軌跡を描いて木剣がペンギンに叩きこまれた。


「キュー」


 妙な声をあげ倒れるペンギン、徐々に光りの粒子のようになって消えた。


「へあ?」


 きっと今私は、結構なまぬけ顔になっているだろう。


「なはは、驚いたやろ?」


 したり顔で笑う夕。


「何、今の?」

「アクションアシストシステムってヤツやな、略してAAS。ほら、素人がいきなり剣とか振り回すのは無理あるやろ?」


 私のまぬけ顔がよほど面白かったらしく、悪戯成功みたいな顔して今起きた現象の説明を始める夕。

 武器は、ちゃんと当てないと低いダメージしか与えられない。AASは何時でもメニューのオプションでオン・オフの切り替えが出来るが、体運びを覚えるまではオンにしておいた方が良い。

 夕に説明された事を要約するとこうなる。説明を交えて、実際に彼女がやって見せてくれたところ。しっかりとした動作で攻撃を当てた時と、そうでない時とではおよそ四倍もの差があった。


「夕はアシストオフでプレイしているんだよね?」


 AASに任せてペンギンを叩く。


「せやで」

「どうやったら、そんな風にかっこよく動けるようになるの?」


 蝶のように舞い蜂のように刺す。夕の動きは、まさしくそんな感じだ。


「練習あるのみ、やな。まあ、マジックの頃はAASなんて無かったから、自然と出来るようになってたんよ」

「練習か・・・」


 元々、夕は運動神経が抜群で、初めての事でもすぐ上手に出来るようになる才人だ。運動音痴の私が同じ時間練習したとして、その半分程度動けるようになれば良いほうだろう。

まあ、彼女には彼女のコンプレックスもあるだろうし、別に妬んでいるということは無い。だが、時々羨ましくはある。


“パラッタッタッター”


 夕と会話しつつ六匹目のペンギンを倒した時、突然弾むようなリズムの音が鳴り響いた。


「お、レベル上がったで」

「そうなの? ・・・本当だ、上がってる」


 ステータスを確認すると、確かにレベルが二になっていた。


「やっさんのレベルも上がったし、戦闘講座はこの辺でええやろ」

「え? 戦闘ってこれだけ? 派手な必殺技とか、そういうのは?」


 約十五分。AASに頼って、ただペンギンを殴っていただけなのだが・・・。


「基本、このゲームに必殺技っちゅーもんは無いで。まあ、AASをオフにして、それっぽい動きは出来るけどな」

「えー、ちょっと残念」


 漫画とかの主人公みたくカッコイイ必殺技が出来るーとか、少しだけ楽しみにしていたのだ。私の運動神経では、夕の言うそれっぽい動きも無理だろう。


「代わりに魔法は派手なのが多いからな、そっちならやっさんも満足できるんやない?」

「魔法か・・・」


 私の心情を察してか、魔法の存在を示唆する夕。


「魔法って、どうしたら使えるようになるの?」


 魔法使いも中々カッコイイなーなどと考えつつ、夕に尋ねる。


「魔法は、魔法書っていうアイテムを使うと覚えられる、基本的な魔法は街の魔法屋に全部売ってるで。強い魔法はクエストの報酬とか、ボスモンスターのドロップとかやな」


 魔法の説明を始める夕。


「あと、契約ちゅーもんがあって、その契約者だけが使えるようになる魔法なんて物もあるで」

「契約?」

「他のオンラインゲームで言うと、ジョブみたいなもんやな。まあ、使える魔法が変わるのと受けれるクエストが変わるだけで、ジョブほど差は出えへんけどな」

「ふーん、夕はどんな契約をしているの?」


 試しに聞いてみる。まあ、参考までにだ。


「私か? 私は『戦道』やな。一定時間他の魔法が使えなくなる代わりに、筋力と敏捷を上昇させる魔法とかを使えるようになる契約や」


 魔法をあまり使わない、近接戦闘が好きな人達に人気の契約らしい。

 契約は一つしか行えず、メリットとデメリットがある。よく考えてから決めたほうが良いそうだ。

 そうして夕の色々な説明を聞いていると。


「うわ・・・呼び出しや」


 夕は突然顔をゆがめ、少し嫌そうな声色で言う。何かあったのだろうか?


「どうしたの?」

「ギルドからの呼び出しや」


 ギルドというのは、中世ヨーロッパの都市で発達した商工業者の同業者組合の事だ。オンラインゲームでは、プレイヤーどうしが集まって作るコミュニティの事として使われることが多い。このファントム・アース・オンラインも、その一つだ。

 ギルドから、夕宛てに連絡が来たらしい。


「すまん、やっさん。ギルドで揉め事が起きたみたいなんよ。どうも大事みたいで、私幹部やから行かなあかんのや。・・・ほんま、ゴメン」


 おでこの前で両手を合わせ、まるで拝むように謝る夕。


「別に怒ってないし、そんなに大げさに謝らないでよ。仕方ない事なんだし、それに色々と教えてもらったから十分」

「でもなあ・・・」


 そんなに気にする必要はないのに、申し訳ないといった感じに言う夕。


「なら明日、ゴージャスロングチョコパンを夕の奢りってことで」


 ゴージャスロングチョコパンとは、私の通う高校の購買に売っているパンだ。味・ボリュームが絶妙、そして値段もお手ごろという学校で一二を争う人気のパンである。当然、競争率は高い。


「ご、ごーじゃすろんぐちょこぱん・・・やて。鬼畜やな、やっさん」

「いやいや、その程度で鬼畜とか・・・。授業終了と共に、ちょっとダッシュするだけじゃない」


 私達の教室は学校の三階にある、対して購買は一階。ゴージャスロングチョコパンの入手には、相当な足の速さが要求される。恐らく、夕の足でもギリギリだろう。


「くぅ~、しゃあない。それで手を打とうやないか! ・・・でも、ちょっと分けてな」


 芝居がかった台詞の後に本音を一言付け加え、足早に去っていく夕。こういう場合は、適当な落しどころを提示するのが一番手っ取り早いのだ。


「さて、これからどうしよう」


 夕が街の中へ消えるのを見届けた後、これから何をするかを考える。

 やめるにはまだ早い。このまま戦闘を続けてレベルを上げるか、それとも街のまだ見てないところを回るか。


「あ、そうだ。そういえばプリン作らないと」


 南瓜の人から頼まれた南瓜プリン。たしか『止り木亭』で台所を借りられるんだっけ?

他にやりたいこともないし、とりあえず行ってみようかな。


※ ※ ※


 街へと戻り、十分ほど時間をかけて止り木亭を見つけた。柱と梁に丸太を使い、外壁に漆喰が塗られたログハウス。石レンガ製の家が立ち並ぶなか、一軒だけ木造の建物が交じる光景はとても良く目立っている。

 ロールプレイングゲームで宿屋と言えば、回復場所など重要な場所である場合が多い。恐らく、プレイヤーが良く利用する施設は、こうして目立つような外見にしているのではないだろうか?

 入り口のドアをゆっくりと開き、覗き込むように中へ入る。一階は食事スペースのようで、三つの円形テーブルに椅子が四つずつ置かれている。

 がらんとした店内、今食事をしている客は居ないようだ。


「ごめんくださーい、誰かいませんかー?」


 宿屋の奥まで聞こえるように、大きめの声を言う。すると、「はーい、すぐ行くよー」という声が店の奥から聞こえてきた。


「はいはい、いらっしゃい」


 そう言って店の奥から現れたのは、優しい笑顔を浮かべた恰幅の良いおばさんだ。


「止まりかい? それとも食事かい?」


 そう私に尋ねるおばさん。


「あ、いえ。南瓜を被った人にお菓子を作って欲しいと頼まれて、台所をお借りしたいのですが・・・」

「南瓜・・・ああ、パンプキンだね」


 おばさんは少し考えるような仕草をした後、そう言って両手を打ち鳴らした。

 今の会話からして、パンプキンというのが南瓜の人の名前なのだろう。何ともそのまんまな名前である。


「アイツの頼みなら断れないね。いいよ、貸してあげるからついておいで」


 私に向かって手招きすると、おばさんは宿屋の奥へ進んでいく。


「あの、カボ・・・パンプキンさんとは、どういう?」


 おばさんの後に続いて台所へ向かう最中、つい気になったので尋ねる。そして尋ねた後で、いきなりこういう事を聞くのは失礼だと後悔した。


「んー、昔ね、急に南瓜料理が食べたいって客がきてねぇ・・・この辺じゃあ南瓜なんて売ってないから困っていたのさ。そんな時、たまたま南瓜を売りに来ていたパンプキンとあったの。それから時々、アイツから南瓜を仕入れているのよ」

「そうだったんですか」


 どうやらおばさんは特に気にしていないようで、少し安心した。まあ、ゲームなのだから、そんな事気にする必要はないのかもしれない。だけど、会話とかがリアル過ぎて、何となく割り切れないのだ。

 夕の言っていた通り、こういうゲームをプレイするのが初めてで慣れていないからなのだろうか?

 そうこう考えている間に、宿屋の台所へ到着した。


「ここがうちの台所だよ。少しくらいなら置いてある食材を使っても良いからね」


 私を案内し終えると、そう言い残しておばさんは店の入り口の方へ去ってく。


「あ、はい。お借りします」


 おばさんの背中にそう声を掛けると、私は台所を見回した。

多少古い調理器具でも、一応一通りは仕込まれているので料理は作れる。だが、このゲームの舞台は中世の都市。下手をすると、まったく使い方の分からない物があるかもしれないのだ。


「・・・なにこれ?」


 そうして、少し意気込んでいた私の目に、ふと妙な物が映る。思わずそれを手に取ると、そんな言葉が口からもれていた。

 台形の木箱の上に、陶器のような素材のカップがつけられた器具。その横には、カップにかぶせるのにぴったりな木の蓋のような物が置いてある。カップの中を覗くと、底にプロペラのような物が見える。何か、どこかで見たことのある形だ。


「まさかね・・・」


 台所を見回し、切り分けられた林檎のような果物を見つけると、その一かけらをカップに放り込む。そして、蓋をして上から少し体重をかけると――――


“ヴィィィィィイン”


 細かな振動と共に、何か機械的な音がカップから聞こえてくる。そして体重をかけるのをやめると、振動と音は止まった。カップの蓋を開けると、そこには見事に形を失い液体のようになった林檎のような果物のなれの果てが・・・。


「これ、フードプロセッサーだ・・・」


 冷蔵庫に電子レンジ。外装こそゲームの世界観っぽい感じではあるが、よくよく見ると現代の調理器具が台所中に置いてある。恐らく、プレイヤーが色々とやり易いように配慮されているのだろう。現実ではなく、ゲーム故の事象である。

 まあ、私も使い慣れている道具の方が色々とやり易い。


「さて、やるか」


 そう一人ごちて、私は料理に取り掛かった。


※ ※ ※


安子の簡単クッキング


甘南瓜のまるごと焼きプリン 編


材料


甘南瓜 1個

牛乳 100cc

砂糖 大さじ1

玉子 2個


1・甘南瓜を電子レンジでラップなしで3分ほどチンして、上の部分フタになるところを切り取り、種は取り除いておく。


2・かぼちゃは器になる部分を厚めにのこして、実の部分をスプーンでこそげ取る。


3・けずりとったかぼちゃに牛乳、砂糖、玉子をあわせてフードプロセッサーかミキサーにかける。プリン液が滑らかになったらかぼちゃの器に注ぎいれる。


4・水を張った天板に乗せ、160度のオーブンで1時間くらいじっくりと湯せん焼きする。

竹串をさして何もついてこなければオッケー。


5・後は冷やして出来あがり。


注・現実には甘南瓜なる物は存在しません。


※ ※ ※


「よし、ちゃんと冷えてる」


 冷蔵庫から取り出した南瓜プリンを触り、しっかり冷えているかを確認する。


「箱に詰めて、後はカラメルソースを添えてっと・・・」


 プリンを冷かす間におばさんに言って用意してもらった、蓋のできる丁度良いサイズの深皿に南瓜プリンを移す。そして、別途に作っておいたカラメルソースを入れた陶器の小さなカップをその横に添えた。

 蓋を閉め、風呂敷のように大きな布で容器を包み、手で持てるように結ぶ。


「完成」


 そう呟いたあと、使った道具の後片付けを始める。貸してもらったのだから、綺麗にして返すのは当たり前だ。

 包丁やまな板、フードプロセッサーの汚れがしっかりと落ちているのを確認して元の場所へ戻す。最後にシンクを布きんで軽くふき、作業を終えた。

 風呂敷で包んだ容器を持って宿屋の入り口へ向かうと、おばさんが円形テーブルの椅子の一つに腰掛け帳簿のような物をにらみ付けていた。


「おや、できたのかい?」


 私に気付き、顔をあげるおばさん。


「はい、ありがとうございました」


 お礼を言って、深く頭を下げる。


「いいよぉ、そんなかしこまらなくても。またいらっしゃい」


 短い間だったが、おばさんとは結構仲良くなれた気がする。


「はい、じゃあまた・・・」


 軽くお辞儀をして、店を出た。


※ ※ ※


 止り木亭をあとにし、広い街中を進む。大通りを抜けると、相変わらず隅っこで南瓜を広げる南瓜の人を見つけた。


「おお、君! もしかして、出来たのかい?」


 近づく私に気がついたらしく、立ち上がり右手を振る南瓜の人。


「はい、これが頼まれていた南瓜プリンです。まあ、お店で出せるような出来じゃないので、パンプキンさんの口に合うかは分かりませんけど・・・」


 そう言いつつ、手に持った包みを南瓜の人に手渡した。


「こ、これが・・・」


 包みを受け取り、ふるふると震えながら手に持ったそれを眺める南瓜の人。一通り眺めたあと、いそいそと包みの結び目を解き始めた。


「・・・む? 君、そういえば何故吾輩の名を知っているのだ?」


 緑色のガントレットをはめた手の指で、引っかくように風呂敷の結び目を解こうと奮闘する南瓜の人。突然手を止めると、顔を上げて私に問いかけてきた。


「あ、それは宿屋のおばさんに聞いて・・・」

「おお、なるほど。オカミに聞いたのか」


 私の言葉に納得がいったようで、縦に首を振る南瓜の人。


「では改めて、吾輩はパンプキン。見ての通り南瓜である」


 そしてピタリと動きを止めると、南瓜の人は突然自己紹介を始めた。しかし、見ての通り南瓜とか・・・ツッコミ待ちだろうか?


「あ、私は安子です」


 一瞬妙な考えが浮かんだが、ここは素直に自己紹介した。


「ヤスコか、うむ覚えた」


 一言そう言うと、包みの結び目を解く作業を再開するパンプキン。彼の手により結び目はすぐに解かれ、容器の蓋が開けられた。


「これが、南瓜プリン・・・」


 容器の中には、中身をくり貫かれた甘南瓜の皮の器に入った南瓜プリン。


「皮ごと食べられるように作りました、そのカラメルソースをかけて食べると美味しいです」


 普通の南瓜プリンを作っても良かったのだが、パンプキンは南瓜がとても好きな様子であったので、このように丸ごと食べられる形にしたのだ。


「うむ、ではさっそく!」


 パンプキンはプリンの横に入ったカップを手に取り、カラメルソースをプリンにかける。そして彼はギザギザに空いた被り物の口を大きく開け(ゴムの様な素材で出来ているのか、伸びるようにして南瓜に開けられた口が開いた)、南瓜プリンをそのなかに放り込んだ。

 モゴモゴと租借するように動く南瓜の口。そしてしばらくして、ゴクンと嚥下する音が聞こえた。


「ど、どうですか?」


 現実には無いオリジナルであろう食材、甘南瓜。一口味見したところ、普通の南瓜よりも芳醇でとても甘みがあった。

 南瓜自体が甘かったので、プリンに入れる砂糖は少なめに作ってみたのだが・・・。


「・・・・・・」


 ピタリと動きを止め、そのままフリーズしたように動かないパンプキン。


「えっと、もしかしてまず―――」

「デリィィシャァアアスゥゥ!!」


 かった。そう私が言い切るのを断つように、いきなり大声で奇声を発するパンプキン。


「ヒャウ!?」


 驚いて、私も妙な声を出してしまう。


「まず特筆すべきは舌触りの良さ、そして濃厚な甘さを包む南瓜の自然な甘み。南瓜そのものを器としたのがグッド、さらにその器自体も食べられるところがさらに良い!!」


 グッとコブシを握りこみ、熱く語るパンプキン。どうやらお気に召したようで、一安心だ。


「ヤスコよ、吾輩・・・感動!」

「は、はあ・・・」


 少々大げさなパンプキン。私の料理なんて、感動するほどのものじゃあないはずなのだが・・・。


「ところでヤスコよ。南瓜であるのに、南瓜を食べる吾輩。これって共食いなのだろうか?」


 またいきなり、パンプキンが妙な質問をぶつけてきた。


「はあ、まあ良いんじゃないですか?」


 正直どうでも良いので、答えは適当だ。


「そうか・・・、そうか!」


 私の答えを聞くと、再びグッとコブシを握りこみ、何やら嬉しそうなパンプキン。

今の問いには、彼にとって何か意味のあるものだったのだろうか?


「ヤスコよ・・・」


 何と表せば良いのだろう、パンプキンの纏う雰囲気というのだろうか。それが突然真剣なものに変わる。


「は、はい」


 思わず返事を返し、パンプキンの言葉を待つ。

 妥協は許されない、そんな真剣な雰囲気。ピクリとも動いてはいけないような、そんな場の空気。

 緊張に張り詰めた空間で、パンプキンの口から発せられた言葉は―――


「南瓜という小宇宙、その果てにある神秘を目指したいとは思わぬか?」


 そんな意味不明の言葉だった。


「は?」


 思わず、そんな声が口からもれる。

 そうして呆然とフリーズして混乱する私の目の前に、突然『はい』『いいえ』という選択しが出現した。


「・・・・・・」


 重大な、ゲームのメインストーリーに絡むような話が始まるかと思ったら、飛び出したのは意味不明な台詞。何というか、肩透かしをくらったような感じだ。

まあ、流れ的なものを考えると。この選択しは、次のクエストを受けるか否かの選択しなのだろう。


「まあ、続きも気になるしね・・・」


 それにこのパンプキンは、私がこの世界で始めて会話したキャラクターだ。そういう意味でも、彼のクエストを進めてみたい。

 私は『はい』を選択した。

 そして次の瞬間―――


『契約《南瓜道》がなされました』


 視界の端に、そんな文字が浮かび上がった。


「へあ? ・・・けい、やく?」


 契約は一つしか出来ないから、よく考えて決めたほうが良い。

 このとき・・・私の頭の中には、夕に教えられた契約についての説明がグルグルと回っていた。

 この状況を一言で表すとするなら、あれだ・・・。


「やっちゃった?」



7・21 一話部分を纏め。

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