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三章 話し合い

 正義は水実をつれて、有紗たちのいる教室のそばにある、広いスペースにやってきた。ロビーというのかラウンジというのか、そういう感じの場所だった。イスやテーブルが点在している。今は授業中のため、人の姿はまばらだった。

「ふーん。なかなか綺麗なとこじゃない。さっきの教室の先にこんなところがあったのね」

 水実が感嘆を漏らす。周囲と比べて綺麗すぎるので違和感を生んでいたが、学生からも好かれている場所だった。

 正義を置いてきぼりに、トコトコと中央へ歩いていく。何歩か進んだところで、振り返った。

「ぼさっとしてないで、あんたも来なさいよ。ゆっくり話したいんでしょ」

 言葉は今までのようにきつめだったが、ここが気に入ったからなのか、表情は笑顔だった。満面ではないが、ご機嫌であることは分かるくらいに明るかった。正義は内心ほっとする。彼女が自分のペースで話すのは変わらないだろうが、怒っているよりは百倍マシだ。

「ほら、早く早く」

 笑顔の少女がバンバンと空いている机を叩く。なんだか子供のようだった。脱力気味に苦笑いしながら、正義はそれに従う。

「で、あの男が何か隠してるってことだったわね」

「うん。さっきの河竹くんは明らかに変だったから、そうだと思うんだ」

 大幸は饒舌ではないが、いつもならゆったりとながらしっかり会話を成り立たせる。なのに、さっきは完全に話を聞いていなかった。

「たぶん、会話が疎かになるくらい過去に引っ張られる、身近な人の死があったんじゃないかな」

「まあ、それくらいは誰でも推測できるわね。そして、そういう人であればあるほど、想いが強いがために歪んだ感情を持ってこの世に留まりやすくなる。調べるべきね」

「だね」

 返された言葉にうなずく。死んだときは、清らかで美しい想いだったとしても、強い想いは時にねじ曲がって悲劇の原因となる。二人の陰陽師も、想い過ぎたがゆえに、人間としての生を終えた後、事件を引き起こしてしまった霊を見たことがあった。

「じゃ、出てきたら捕まえて問いただしましょ。自分の命が関わるならさすがに言うでしょ」

 これしかないと言わんばかりに、水実が身を乗り出す。しかし、正義は控えめに反論した。

「いや、それはたぶん無理じゃないかな。さっき言わなかったんだから、命がかかってても言いたくないってことだと思うよ」

「えー? さすがに迫られたら言うでしょ」

 水実は食い下がるが、

「ううん。河竹くんはそういう人じゃない。言わないって決めてたら、たぶん言わないよ」

 さらに重ねられた反論に、眉をひそめた。

「面倒ねえ。じゃあ、どうしろっての?」

「そんなに難しいことじゃないよ」

 機嫌を崩し出しているのを感じとって、正義はすぐにフォローを入れた。さほど悩むところでもないのに、イライラされたら話が進みにくい。

「それだけ衝撃的な死だったなら、高橋くんの周りの人が分かると思うんだ。だから家族でも、昔からの友達でもいいんだけど、そういう人たちから聞けばいいんじゃないかな」

「あっ、そっか」

 今度は変に分かっていたようなふりをしなかった。できなかったのかもしれない。そう思えるくらい、まるで彼女の頭から家族と友人という存在が欠落していたような、そんな反応だった。

「なら、すぐ聞きに行かないと。もしかしたら、当たりかもしれない」

 と、水実が早くも腰を上げる。さすがのせっかちさだった。慌てて引き止める。

「ちょっ、待った待った!」

「何よ? 事は一刻を争うんだから、急がないと」

「確かにそうだけど、行動するにはまだ早いよ。まだ、どこが地元かも分かってないんだから」

 その言葉に、意気揚々と席を立った彼女の動きが止まった。怪訝な表情が正義に向く。

「あんた、それも知らないで周りから話を聞こうなんて意見出したの?」

「う、うん」

 素直にうなずいてから、

「でも、そこは何か理由をつけて聞き出せばいいと思うんだ。高橋くんの心に引っかかってる死そのものに直接触れなければ、地元がどこかくらいはたぶん答えてくれると思う」

 そう付け足した。

 水実はしばらく黙り込んでから、

「いいわ。あんたに任せる」

 正義の意見に同意した。さっきまでの態度からは想像できないほど、しおらしく。

「ん、ありがとう」

 なんだか信頼してもらえたような気がして、正義は嬉しくなった。お礼を口にしながら、自然と笑顔になる。

「べ、別に感謝される筋合いはないわよ」

 突っぱねられても、嬉しさは変わらなかった。




「俺の地元?」

 授業が終わった後、正義たちは再び有紗と大幸を捕まえた。目的はもちろん、大幸の地元を聞き出すことである。

「うん。二人とも、霊感の有無はともかくとして、霊に好かれやすい体質みたいだから、土地の霊の様子も調べておきたいんだ。有紗と僕は同じだからともかくとして、大幸の方は知らないからさ」

 話を進めていたのは、正義の方だった。水実にも一応、彼は自分が訊いていいのか確認したのだが、またしおらしい様子で、かまわないと言われたのである。不思議に思ったものの、正義は特に何も尋ねなかった。

 そして、その地元のついての話は、

「今住んでいるところじゃなくていいのか?」

「えっ?」

 展開が怪しくなった。

「あれ、河竹くんて、実家通いじゃなかったんだ」

 内心、そういえば聞いたことなかったと冷や汗をかきながら、正義は苦笑いを浮かべて、頭をかいた。嫌な予感しかしない。

「違う。そういえば言ってなかったな。俺の出身は広島県だ」

「ひ、広島県!?」

 予感は見事に的中した。水実も正義の後ろで、口をポカンと開けている。都心部からははずれた場所にある大学とはいえ、彼らがいるのは東京都内なのである。有紗を襲ったものの正体を突き止めるためとはいえ、おいそれと行ける距離ではなかった。

「ほ、ホントに? だって、言葉とか全然訛ってないし……」

「ああ、それは両親がこっちの出身だからだ。周囲の影響で方言は染みついてるから、地元の友達とかとしゃべれば自然と訛るが」

 そう言った時、普段から影のある大幸の目の奥にさらに暗いものが見えた。それに気づいた正義は、腹をくくる。

「なるほどね。じゃあ、広島のどこかも教えてくれないかな」

 彼の申し出に、大幸は目を見開いた。水実と有紗も、思わず顔を向ける。

「えっ、ああ……。別にかまわないが。本当に行くのか、日高。大変じゃないのか?」

「まあ大変だけど、命に関わってることだから、妥協できないんだ。それに、遠出は慣れてるし」

 それは嘘ではなかった。二人の命、大幸には悪いが、それも想い人のものがかかっているのだから、遠いという理由で調査を疎かにするわけにはいかなかった。父の仕事について行っている都合で、ちょくちょく遠くまで出張しているので、体力的には距離もそこまで苦にならない。

「分かった。教える。行く時は知らせてくれ。父さんたちに言って、休めるようにしてもらうから」

「うん。ありがとう、河竹くん」

 正義は屈託なく笑った。




 大幸から家の場所を教えてもらった後、正義たち大学生三人はもう授業がなかったので、帰ることにした。しかし、そこで問題を提起したのが、水実だった。見えない敵の襲撃に備えるために、有紗か大幸の家の近くで待機すると言い出したのである。

「その方がいいとは思うけど……」

 言われて、正義は腕を組んだ。いつ襲われるか分からない以上、彼女の意見は一理ある。

「だったらやるべきよ。二人に一カ所にいてもらうか、あたしとあんたが分かれるかで、警護すればいいんだし」

 さらっと言うが、それほど簡単なものではなかった。

「そうは言うけど、そんなうまいこといくかなあ。それにまず、君は大丈夫なの?」

 有紗と大幸の事情もあるが、まずは水実のことから尋ねた。

 ところが、

「何がよ」

 彼女はあっけらかんとそうしていた。なぜ自分が心配されているのかが、分かっていないようだった。

「いや、何がって……。家とか帰らなくて大丈夫なの? それに、学校とかもあるんじゃ?」

 その反応に戸惑いつつ、具体的な事項を上げる。すると、水実は機嫌を悪くした。

「家なんて知らないわ。家出してきたのに、なんでのこのこ帰らないといけないのよ」

 廊下の端に立っている正義たちを、沈黙が包んだ。

「学校もない。通っていないもの。中学を卒業してそれっきりよ」

 かなり怒りを殺した声だった。今までは変に枷をかけず表に出していたがゆえに、今は相当本気で怒っているのだと出会ったばかりの三人でも分かる。

「だから、あたしにはなんの問題もないわ。あなたたちが了承しなくても、勝手に監視させてもらう」

 動揺する三人にかまわず、水実ははっきりと言い切った。ふんっと鼻を鳴らして、そっぽを向く。

「まさちゃん、あの子どうするの?」

 そんな態度を見て、有紗が水実に聞こえないように尋ねた。

「確かに。監視云々は一旦置いとくにしても、彼女の処遇は考えるべきだろうな。あの様子じゃ、家の場所を教えてくれそうにないし、帰ろうともしないだろう。どうするんだ?」

 大幸も同じ問いをする。

「うーん、どうしよ。二人もちょっと考えてくれない?」

 正義は、うなってから二人に同じ問いを返した。

「いいけど……」

「力になれるかどうか分からないぞ……?」

 二人の返答は煮え切らない。自分たちより、正義の方が水実に近いと思っているので、彼よりいい考えは出せないのではと思っているためだった。

 井戸端会議状態の三人に対し、当の水実は家のことでも考えているのか、関心を示している様子はない。正義は、今のうちに早く結論を出さないといけない気がした。有紗、大幸と一緒に、頭をひねる。しばらくして、正義がスタンダードな案を口にした。

「誰かの家で泊めるっていうのは? 一番安全だし、もしかしたらそのうち自分の家のことを話してくれるかも」

「それはいいわね。監視のためとか理由つければ、断らないだろうし」

「確かにいい案だが、誰の家に泊めるんだ? 女性であることを考慮したら、新見さんの家が一番だが」

「えっ、私の家!?」

 有紗が今までの声量からしたら大きな声を出して、思わず水実の方を見る。直感で、話がまとまる前に加わられるとこじれそうな気がしていたのである。しかし、まだ彼女は三人の存在を忘れたままで、上の空だった。会話に戻る。

「……一応、お母さんたちとかけ合ってみるけど、ダメだったらどうするか考えといてね?」

 そう言って、有紗は二人から少し離れてから携帯を出した。すぐさま確認するらしい。

 その後ろ姿を見つつ、

「ダメだったら、うちかな? そういえば、河竹くんちはダメなの? 一人暮らしならなんとかなるんじゃ……」

「……理論的にはな。だが、一人暮らしの男の家に女性を一人で泊めるというのは、あまり好ましくない」

 男子二名は律儀に次の手を話し出した。正義としては、そういう風に考えている大幸になら、任せても大丈夫な気がしたが、有紗がどう思うかを想像すると、あまり推す気にはならなかった。自分の想い人が他の異性といるのが辛いというのを、彼はよく知っていた。大幸と水実が一つ屋根の下というのは、何もなくても有紗は嫌に感じるだろうと考えたのである。つまるところ、彼は根っからのお人好しだった。

「なら、あっちゃんがダメだったらうちでいこう。母親がいなくて、男二人で住んでるから、あの子は嫌がるかもしれないけど」

 最終的に正義は、二つ目の候補は自分の家にすることにした。大幸の反対もなかった。

 そこに、有紗が電話を終えて戻ってくる。明るい笑顔を見せていたので、結果が良好だったのは聞かずとも分かった。

「大丈夫だって。あとは、あの子さえ了承してくれれば平気」

「そっか、よかった」

 正義は胸をなで下ろした。あとは、水実本人に確認するだけである。

「なんの話をしてるの?」

 そこに、タイミングよく水実がきた。

「ん、ああ、警備の話だよ。僕が大幸の家を張るから、君はあっちゃんの家に泊まってそっちを担当するって感じにまとまってきてるんだけど、どうかな」

 正義が説明する。大幸の家に行くなんて予定はまだ立ててなかったのだが、彼女を納得させるには、そう言っておく方が無難だった。今回の騒動の性質上、そうしなければならないだろうというのもある。

「ふーん、なるほどね」

 彼女はしばらく考え込んだ。少し緊張する。

「……それでいいわ」

 なので、了承の言葉をもらった時は、かなり安心した。しかし、

「でも、一つだけ注文」

 顔の前に出された人差し指に、正義は再び緊張する。

「注文?」

「そっ、注文。まあ、そんなに無茶なことじゃないわ」

 まだ不機嫌なのか、少し冷たい口調だった。

「退治はあくまで、あたしがやる。だから、その男はあんたの家に置いて。あんたの家とあたしが泊めてもらうこの人の家、近いんでしょ?」

「えっ、あっ、まあ」

「なら、そうして。いいわね」

 有無を言わせまいと、水実が正義を睨む。彼は困ったように頭をかいてから、

「えーと、そういうわけなんだけど、河竹くん、うちに来れる?」

 大幸に確認をとった。

「ああ、かまわない。でも、一回家に寄らせてくれ」

 正義の苦労に苦笑しながら、彼は了解した。

 こうして四人は、まず学校から近い大幸の家に向かうことになった。




 学校の最寄り駅から二駅行き、そこからしばらく歩くと、小規模のアパートがあった。少し痛んだ部分も見られるが、わりと綺麗な外観をしている。

「ここ?」

「ああ」

 正義の問いに大幸がうなずく。彼の部屋は、二階の一番奥だった。鍵を開け、中に入る。

「私たちも入っていいの?」

 思わぬ展開に緊張しているのか、有紗がいらぬ確認をした。他にバレないように、正義は密かに苦笑する。ただ、同時にチクリとした痛みも感じた。

「もちろん。ついて来ていいって言ったのに、外で待ってもらうのは悪いし」

 大幸は特に不審がる様子もなく、振り向いて微笑した。

「あっ、うん。そうだよね」

 有紗があわあわする。その反応も、正義の心に棘を刺した。

 と、一瞬彼は意識が飛んだ。膝が落ちる。

「どうした、日高?」

「えっ? わっ、まさちゃん、大丈夫?」

 有紗と大幸が気づき、声をかけた。水実だけは難しい顔で正義を見下ろしている。

「あっ、あはは。大丈夫、大丈夫。ちょっと疲れてるのかな?」

 驚きを隠して、正義は笑った。それを見て、二人がほっとした顔になる。

「なんだか知らないが、体調には気をつけた方がいい」

「そうだよ。無理しないでね、まさちゃん」

 ただ、完璧には不安を拭い去れず、それぞれ言葉をかけた。

「いや、ホントに大丈夫だから」

 それに対し、正義は右手を振る。確かに“今は”もう大丈夫だった。

 水実は厳しい顔のまま、やりとりを見ていた。




「準備するから、ゆっくりしててくれ。そこらへんにあるものは好きにいじってていいし」

 そう言って、大幸はマイペースに準備を始めた。正義たちは、部屋の真ん中に置かれた四角いテーブルを囲んで座りながら、室内を見回す。好きにいじっていいとは言われたものの、物の種類に乏しかったので、大量にある本ぐらいしか手に取れるものはなかった。

「なんか、経営学科にしても経済関係の本が多いね」

 有紗が本棚を見て、何気なくつぶやいた。それが聞こえたらしく、大幸が翌日の教材をカバンにしまいながら言葉を返す。

「まあね。言ってなかったけど、実家が小さな会社を経営してて、そこを継ごうと思っているんだ。だから、必然的にね……」

「えっ、そうなの? 河竹くん、すごいね」

 聞いた瞬間、有紗が興奮気味な声を上げた。大幸は何も言わず、どこか悲しげに微笑する。

 そこから、有紗はかなりテンション高く大幸に質問を重ね始めた。ただ、普段が落ち着いているので、言うほどでもない。二人の会話を横目に、水実が正義の隣に来て、肘で小突いた。

「何……って訊くのは愚問かな」

「当たり前でしょ! 何してんのよ、あんたは!? さっき、身体を乗っ取られかけてたじゃない!」

 できる限り小さく、水実は声を荒げた。さっき玄関で正義の意識が飛んだのは、疲れからでもなんでもなく、“霊に一瞬身体を奪われかけた”のだ。

「……ごめん。あれは完全に油断してた」

 それを責められ、彼は素直に謝った。

「気をつけなさいよ、まったく! 陰陽師が霊に身体を盗られるなんてシャレにならないわ!」

 まったくもって言われた通りなので、返す言葉がない。黙ってうつむくしかなかった。

「で、相手の霊力は追えないの?」

 その態度を見てか、水実は少し声を柔らかくして、そう尋ねた。

「ダメだった。動揺してたからっていうのもあるけど、相当に気配を隠すのがうまいよ。父さんなら、追えたかもしれないけど」

「そっ。じゃあ、何か分かったことは?」

「そうだな……」

 腕を組んで考え込む。

「たぶん、あれは女性だと思う。陰気の性質がそうだったから。あとは……」

「あとは?」

「どっちを狙うか分からない。さっき僕を乗っ取ろうとした時は、河竹くんを狙ってた」

「ようするに、ますます相手の正体が分かりづらくなったってことね。女性ってことだけは分かったけど」

 ため息まじりに、水実が話をまとめた。確かに、その捉え方は正しい。しかし、口には出さないものの、正義にはある推測があった。もしそれが正しければ、相手の動きの意味と、大幸が身近な誰かの死を話をしたがらない理由の両方で説明がつく。ただ、確証がない。




 四人で正義の家に行き、大幸を泊めていいかを確認したところ、直斗は二つ返事で了承した。それから彼は水実のことにも触れ、彼女と直接話しもしたが、深くは尋ねてこなかった。

 その後、水実が境内を見て回りたいと言ったので、ぐるぐると歩いた。何か気に入ったのか、上機嫌で有紗と寺を後にした。笑顔でキョロキョロとしていた彼女の姿はなんだか子供っぽかった。

 時間が経ち、夜。晩ご飯の後、男子二名は正義の部屋にいた。一人部屋ではあるが、物の多さのわりに小綺麗にされていて、二人でも狭くは感じない。正義のイメージどおりの清潔感があった。

「お父さんも、やっぱり陰陽師ってやつなのか?」

 テレビ台の下のゲーム機をいじりながら、大幸が口を開いた。

「うん。僕の知識も技術も、全部父さんからもらったものだし、僕よりずっとすごい人だよ」

「……そうか。立派な人なんだな」

「うん。……本当に、そう思うよ」

 心の底からの言葉だった。

「でも、家事は全然だめなんだけどね」

「はは。俺のとこと一緒だ」

 正義の付け足しに、大幸は微笑した。どんなに笑っても、彼は微笑だった。

 それから二人は、父を尊敬する者同士、その話題で盛り上がったのであった。

 一方、少し時間が戻るが、有紗の家には仏頂面の水実の姿があった。眼前には、有紗の母である花枝はなえが作った肉じゃが置かれている。

「ねえ、有紗」

「何?」

「あの子、なんていうか独特よね……」

「う、うん。ちょっと不思議な子なの」

 ダイニングのテーブルに座る水実を、新見親子はキッチンから見ていた。母の言葉に、有紗は引きつった笑いを浮かべる。母を心配させまいと、水実は友人ということにしていたのだが、とにかく彼女の行動は不思議だったのである。

 家をあちこち探索し、ふと物を手にとってはぶつぶつとつぶやき、かと思えば何かを探るように沈黙する。有紗はなんとなくその意味が分かったが、特殊な人間であるのを知らないと、理解しがたいことだった。

 そして水実は今、夕食として出された肉じゃがを凝視していた。

「と、とりあえず、私たちも座ろうよ」

「……そうね。そうしましょうか」

 有紗の言葉に花枝も同意し、二人はすでに水実のいるテーブルの席についた。水実の隣には有紗が座り、花枝は反対側に腰を下ろす。

「じゃあ、食べよっか」

 有紗が笑いかけると、

「えっ? そ、そうね」

 水実はちょっと戸惑った表情を見せてから、手を合わせた。

「いただきます」

 そして、そろそろと箸を伸ばした。肉じゃがを口へ運ぶ。しばらく咀嚼してから、

「おいしい……」

 ポツリとつぶやいた。

「お口に合ったかしら?」

「えっ? えっと……」

 水実は花枝からふいにきた質問に驚いたのか、少し慌てた様子を見せたものの、

「すごいおいしいです」

 はっきりと答えた。

「そう、よかった」

 それを聞いて、花枝は満足そうに目尻を下げた。有紗もつられて笑顔になる。

 結局水実はこの後、見てる方の気分がよくなるほどよく食べ、新見親子はその姿を微笑ましく見守ることになった。




 食後、二人の少女は有紗の部屋にいた。

「はあ、ちょっと食べ過ぎたわ」

 水実が机のイスに座ってお腹をさする。

「威勢よく食べてたもんね。そんなにおいしかった?」

「そうね、いつも家で食べてる物よりは、かなりよかったわ」

「そっか。お母さんも嬉しそうだったよ。『あんなにおいしそうに食べてくれるとは思わなかった』って」

 有紗が機嫌よく笑う。周りの人が嬉しそうだと、自分も嬉しくなる性格なのである。

 しかし、一方の水実は、どこか寂しげな表情を浮かべた。まだ会って一日経っていないが、それは初めて見る表情だった。

「……どうかした?」

「別になんでもない」

 不思議に思って、有紗が問いかけたものの、答えてくれそうな様子はなかった。

「……お母さん、か」

 水実がひそかにつぶやいた時、“それ”は訪れた。

 敵の襲撃だった。

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