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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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君が目覚める日を信じて

作者: 勉強中
掲載日:2026/10/07

 さらさらとした柔らかい感触が顔を包む。近くでは波の音が聞こえ、心地よい風も――


「……って! 砂じゃねぇか!」


 急いで体を起こし、顔の砂をパタパタと取り払い目を開ける。すると目の前には、月明かりを映し、ゆったりと波が流れている広大な海があった。

 風に髪を煽られながら、ついに来たのかと身を震わせる。


「チッ、夜かよ〜」


 朝ならまだ情報収集ができ、楽に進められると思っていたのだが、そんなに都合良くはないかと、肩を落とす。

 そのような愚痴をこぼしていると、目の前の空間から光の画面が開かれる。それは、物理法則を無視し、空気中に浮いている。


「本当にゲームの世界に来たんだな……」


 ゲームの中で死ぬと現実で意識不明になるというVRゲーム、『スキルエスケープ』その噂を聞いて興味本位で入ってみたが、まさか五感まで再現されているとは、中々の技術だ。今までにない体験に少し口が緩んでしまう。


「あ〜今ここで選ぶのね」


その光の画面には数多の生物の名前が載っており、検索バーまであった。

 このゲームは色々な生物をコスト内で選び、自分の能力にして2日間孤立した島で生き残るというサバイバルゲームだ。よって、この選択でその人物の愚かさが分かると俺は思う。


「コストが余ると能力が強化される……」


そのように画面端に小さい文字で書いてあり、とても性格の悪いゲームだと目を細める。これは細部まで見る必要がありそうだ。


「うわ、神話生物までいんのかよ……コストたけー……」


ゲームで情報は命だ。可能な限り生物の特徴を読んでおこう。




◇◆◇◆◇◆◇◆




 夏の夜特有の涼し気な風が蝉の音を連れてやってくる。その音さえなければもう少し楽だったのだがそれは仕方ない。

 足で草の感触を味わいながら辺りを見渡していると、遠方から音が聞こえる。その音は、草の感触を味わいもせず、豪快に踏んでおり、木が倒れる音まで聞こえてくる。


――この音は明らかに人ではない。


 もちろん、神話生物を選択し、体の構造が変わった人間という可能性もあるが、この大胆で不規則な音の移動は知性があるものとは思えない挙動だ。


「しかも、こっちに向かって来てるじゃねぇか……」


 その音は少しずつ大きくなり、あと数分もすればこちらへ音の主が正体を現すだろう。

 この島にいる未知の存在を実感し、背中に汗が伝う。

 今すぐここから離れなければ――いや、違う


「危ねぇ……保身に走るところだった」


 これはゲームだ。例えここで死んで、意識不明になるとしても、ゲームであることに変わりはない。


「せっかくなら、楽しまないと損だろ!」


 胸の鼓動が速くなる。きっとこれは、恐怖ではなく高揚感だ。そう自分に言い聞かし、自ら音の正体へ向かう。

 

「やべー!走っても全然疲れねぇ!」


 豪快に土を蹴り、風をきり、常時最速のスピードを維持することができている。

 俺が選択した一つ目の生物はダチョウ。

 通常なら息を吐くときは、酸素を取り込めないが、鳥類は息を吐くときも酸素を取り込める。さらに、聴覚、視力、走力のおまけ付き。

 神話生物に比べると、速度はないが十分なスペックだ。

 しばらくすると、奥から人影が見える。その人物はフサフサの毛が顔以外から生えており、体格から推測するに女性で、今も懸命にこちらへ向かって走っている。


「おいおい、まじか……」


 その女の後ろには、女の何倍もの大きさの、足の生えた四足歩行の魚が陸を這いつくばって走っている。


「試してみる価値はあるか……」


 俺が選択した二つ目の生物はタコだ。

 これを選んだときに、突然タコの足が尻尾のように生えた。

 その尻尾を自切し、電気クラゲの毒針を押し込み、タコの足へアリのフェロモンで止まれと指示を出す。それを手に持ちながら向かってくる女と魚の数十メートル離れた正面へ立った。


「え!?」


 女は自分を見て、目を見開いていた。いきなりのことに頭が追いついていないのだろう。

 これが本当に出来るかどうかは賭けだがやるしかない。

 

「口は閉じたほうが身のためだぞ!」


 魚へ戯言を吐き、俺の切ったタコの足を口の中に真っ直ぐ投げ込む。魚がそれを口にいれるとタコの足がいきなり暴れ出し魚に棘が刺さる。すると、魚は一瞬で動きを止め、パタリと倒れる。

 そのあまりにも異端な光景に女は、足を震わせ、口を手で押さえている。


「……毒が回ったみたいだな」


 魚は微塵も動かず、どこを見つめているのかもわからない状態だった。

 タコの自切できる足に電気クラゲの毒針、それを制御するためのアリのフェロモン、上手く機能してくれて良かった。


「……助けてくれてありがとう」


 女は魚を見た時の恐怖で声も出ていなかったが、ハッと我に返り、手で頭の後ろをかきながら不服そうに感謝の言葉を伝える。


「どういたしましてー」


「あなたもこのゲームに参加したの?」


 女が疑問の言葉をぶつけながら、一歩、一歩とこちらへ歩き出す。


「それ以上近寄るな」


「……え?」


「君もルールくらいは知ってるだろ。この島にいるプレイヤーの中に一人狂人がいることを」


 島にいるプレイヤーは、基本的に協力者で『遭難者』と呼ばれる。だがその中に一人だけ『狂人』という敵対者がいる。

 彼女が狂人だった場合、これ以上距離を詰められたら俺は死ぬ。彼女の見た目は狼の獣人で、推測からしてワーウルフだ。

 俺の能力じゃ、真っ向勝負で勝つことは絶対に出来ない。


「わ、私は、狂人じゃないわ! さっきだってモンスターに襲われてたじゃない!」


 女は魚を指さし、大きな声で訴えてくる。とても演技とは思えないが、一瞬の油断が命取りになるこの状況で簡単に信用する訳にはいかない。


「襲われるふりなら誰でも出来る。第一、君のその能力なら倒せたんじゃないか?」


「あんな気持ち悪いのが出てきてすぐ、戦おうって判断できる訳ないでしょ!」


「……あ」


 あまりにも当たり前のことを聞き、思わず口が開く。そして、自分の感覚が狂っていることに気づき、相手に合わせることのできなかった自分を反省する。


「でも証拠がないとなー」


「証拠って言っても、何も……」


 女からは狼の威厳を感じず、情けなく言葉を詰まらせていた。


「わかったよ。信じはしないけど、とりあえずは一緒に行動しよう」


「べ、べつにアンタと一緒に行動したいわけじゃないから!」


 女は足で地面を叩き、生い茂っている草を平坦にする。


「その言葉で君が、狂人じゃないってことは分かったよ。」


 これは嘘だ。

 今も普通に疑っている。しかし、俺も瞬殺されるほど弱くはないし、こいつから逃げ切れる自信もある。

 ここで言い争いをするよりかは、こいつと一緒にいたほうが絶対に合理的だ。




「そ、そう? まぁ、アンタがどうしても一緒が良いって言うなら……一緒にいてあげてもいいけど……」


 女のその手で頬をかく動作に、この時代にしては随分と分かりやすいツンデレだなと思った。




◆◇◆◇◆◇◆◇




 少し湿った空気が肌に癒しを与える。川は緩やかに流れるが、その音を打ち消すように滝が己を主張する。そんな自然豊かな川の近くの岩に腰を掛けている。


「じゃあ、自己紹介をしよう。 俺のゲーム名は、シェダルね。星の名前から取ったやつ」


五感まで再現されていて、つい勘違いしてしまうがこれはゲームだ。簡単に個人情報を出すのは良くない。


「……私はモモネコ。実家で飼ってる猫の名前がモモだから、これにした」


 女――モモネコはハッと目を丸くさせてから、自己紹介をする。きっと、本名を名乗る場面だと勘違いしたのだろう。


「アンタに聞きたいことがあるんだけど、なんでこのゲームをやろうって思ったの?」


「好奇心かな。まだこのゲームをクリアした人の情報が一つも載ってないからさ。あくまで俺の推測だけど、毎回狂人が勝ってるんだと思う。人を意識不明にさせた人がネットで自慢できるわけもないし。だから、俺は遭難者側で勝利を収めたい! それだけの理由だよ」


「あ、頭おかしいんじゃないの! アンタが死ぬことで周りに迷惑がかかるとは思わないの!?」


 モモネコが滝にも負けない声を荒げ、腰を掛けていた岩から立ち上がり、俺の肩を強く握る。しかし、彼女の何かを思うような目に惹かれ、これは攻撃ではないとすぐに分かった。


「死ぬ前提で動くわけないだろ、勝つ気でいるんだから。それと現実では、意識不明な。別に死にはしねぇよ」


 モモネコの態度とは正反対と言える涼し気な風が肌に伝わる。


「……私の妹もアンタと同じような理由でこのゲームをプレイしてたわ。それからずっと、意識がないの。だからこのゲームに入ったら何か手がかりがつかめると思って入ったのに、怖くて動けない自分が嫌になってきて……」


 モモネコの肩を握る力は次第に弱くなっていき、俺の肩は解放された。しかし肩には、哀愁がまだ残っている。

 彼女の声は少しずつ震え、小さくなるが、何故か耳から離れないほど強烈な音だった。

 好き勝手生きてきた俺にとっては、どういった言葉をかけたら良いかもわからない。


「……まぁ、あれだ。とりあえず寝れるうちに寝ておけ」


 この空気とモモネコの顔を見るのに耐えられなくなり、話をそらした。


「……ありがとう。」


 空を見ると、明るい月が見える。まだまだ沈む様子がなく、この時間を引き延ばしているかのようだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆





――明らかにおかしい


「おい、モモネコ、悪いが起きてくれ」


 自分の思い違いの可能性があるため、モモネコの肩を叩き、起きるように促す。


「……うん? どうしたの?」


 モモネコがゆっくりと目を開け、あくびをしながら体を起こす。


「お前、大体何時間くらい寝た?」


「えーと、3時間くらいは寝てると思う……」


 モモネコは自信なく頭を傾げながら答える。


「さっきから月の位置が1ミリも動いていない」


「……でも、私の体感だから3時間もたってないだけじゃない?」


 モモネコは事態の深刻さにはまだ気づいていない様子で、口に手を当て開いた口を隠しながら、そう言う。


「俺が違和感を覚えて自分で数え始めたときから、5時間は経っている」


「え! 5時間も数えてたの!?」


「それはそこまで重要じゃない。問題は月の方だ」


「でもゲームだし、いきなり朝になるとかもあるんじゃない?」


「残念だがそれはない」


 突如、後ろから謎の低い声が聞こえる。

 

「ッ!」 


 後ろを振り返るとそこには、茶色のコートを羽織り、額に角、背中に茶色い羽根が生えた、神々しさを感じさせる中年の男がそこに立っていた。


「誰だ!」


 急いで距離を取り、手から糸を出して中年の男を拘束しようとする。だが、男が目の前からいなくなる。


「なるほど。蜘蛛か。単体では弱いがコスト余りで強力な糸が出せると言ったところか」


 自分の後ろから低い声が聞こえる。

 あの一瞬で移動できたと言うならテレポートの類の可能性もあるが、頭の角、移動した時の肌に伝わる強風でわかる。男が選んだ生物、麒麟の超速移動だろう。


「シェダル!」


 モモネコは初めて俺の名前を呼び、狼の鋭い爪を立てた毛むくじゃらの手を文字通り伸ばし、男に向けて放つが、男には当たらず明後日の方向に行き、精度の低さが窺える。


「待て、戦うつもりはない。話を聞くんだ」


 男が両手を挙げ、敵対心がないことを表す。


「そんな簡単に信じられるわけないでしょ!」


「待て、モモネコ。相手は俺を殺すことが出来たのにしなかった。ここは相手の話を聞いたほうがいい。」


「……わかった」 


 モモネコは爪をしまい、一歩下がる。


「それで何の話だ?」


 相手は俺を殺さなかった。この男は信用しても良さそうだ。

「時間のことだ。このゲームに朝が来ることは無い」


「証拠でもあるのか?」


「俺はこのゲームに入ってから時間を数えていたが、28時間経っている」


「「ッ!?」」


 このゲームは2日間生き残るゲームだ。そもそも朝が来ないというのであれば、クリア方法なんてない。


「それだと私たちは、ここから出られないじゃない!」


「その可能性もある。しかし、48時間経てば2日経ったとゲームがカウントする可能性もある」


 男は頭に手を置き、モモネコに告げる。


「どちらにしろ、とにかく生き残ることに変わりはねぇだろ。せっかく3人集まったんだ。おっさんも一緒に行動しようぜ」


「すまないが、私は他に調査しなければならないことがある。先程のことを伝えたかっただけだ。」


「は?」


 男はそう言い、目の前から風とともに姿を消した。


「一体あの人なんだったの……?」


 地面に手を置き、ため息を付きながらモモネコは座り込んだ。


「それは考えるだけ無駄だ。それよりもモモネコ。お前は何の生物を選んだんだ?」


 男との戦闘でモモネコの手は伸びていた。ワーウルフにそんな能力があるとは書いていなかった。よって、ほかにもモモネコは生物を選んだのだろう。


「え? 私はワーウルフとスライムを選んだわよ」


「お前、思ったより頭はいいんだな」


「思ったよりってなによ! これでも勉強はできるほうなんだからね! ……頭は?」


 ぐったりとしていたモモネコが、先程までの状態が嘘のように大きな声を出し、最後には疑問を頭に浮かべた。


「ワーウルフと探索能力と攻撃力にスライムの物理攻撃無効は、モモネコの目的と確かに合ってるもんな」


「そうよ。でもこのゲーム自体には妹を助けるための手掛かりはなかったわ」


「後は狂人もただのプレイヤーなのかどうかだな」  


「それって、もしかして……」


「あぁ、狂人が黒幕の可能性も十分に考えられる」


 それを聞いた途端モモネコは、目を見開き、直ぐに立ち上がる。

 

「可能性が少しでもあるなら狂人を探しましょう」


「まぁ、あと20時間しかないらしいし、付き合ってやるよ」


「……ありがとう」


 彼女は目の前を真っ直ぐ見て、お礼を言葉にする。髪が風に煽られ、今までの情けない彼女はどこへ行ったのかと思うほど様になっていて心奥に何かが突っかかっている感触を覚えた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。


「アンタってなんの生物選んだの?」


 森の中を探索中、相変わらずの涼しい風が肌に当たっている中で、モモネコは後ろを振り向いてこちらへ疑問をぶつけて来た。


「俺が選んだのは、タコ、電気クラゲ、蜘蛛、トカゲ、ヒトデ、ダチョウ、アリ、くらいかな」


「想像したらかなり気持ち悪いわね……なんでそんな生物選んだの?」


「簡潔に言うと、多彩な攻撃と再生力が欲しかったんだよ」


「へー」


 モモネコは途中で前を見つめ直し、そそくさと歩き始める。

 自分から聞いておいてその反応はいかがなものか。


「ちょっと待って」


 しばらく歩いていると、モモネコが手を横に出し、止まれの合図を俺に送る。

 モモネコのその目線の先には、二足歩行の銀の槍を持ったウミガメらしき者が立っていた。


「どうする? 逃げる?」


「今すぐ逃げるぞ」


 急いで後ろを振り向き、強く前に足を踏み込む。

 相手は銀の槍を持つウミガメだ。こちらのワーウルフに銀は弱点で、ウミガメなら電気クラゲの毒も効かないだろう。あまりにも不利な相手だ。


――都合が良すぎないか?


 銀の槍を持ったウミガメという、あまりにもこちらに不利で相手に有利な条件。

 そもそもこのゲーム説明にモンスターが出るなんて聞いていない。

 となると、これは狂人が仕組んだものと考えたほうが納得できる。


「モモネコ、多分あれは狂人関係のなにかだ」


「……ッ! だったら、ここで逃げるわけには行かないじゃない!」


「でも、相手を倒す手段を持っているのはお前しかいない。俺の毒は多分あいつには効かないだろうし」


「……わかったわ」


 モモネコはそう言い、足や腕を爪で引き裂く。


「まさか!?」


 モモネコと離れた足や腕はグニャグニャと形状を変え、小さいモモネコへと変貌した。

 モモネコ自身も、多少小さくなってはいるが、何の問題もなさそうだ。


「スライムの分裂能力か!」


「これで6対1ね!」


「出来るか分からないが、俺が蜘蛛の糸であいつを拘束する! だから注意を惹いてくれ!」

 

 モモネコはコクリと頷き、分身たちと共にウミガメへ爪を立て、攻撃をする。

 その隙に糸を相手へ向けて放つ――直後、ウミガメは無数の槍でも使っているかのような速度で、糸を、分身を、モモネコを刺した。


「……は?」


 これ以上言葉が出ない。夢か現実かも分からないこの現象に、頭が真っ白になる。


「クソ! らしくないぞ!」


 驚いてる暇はない。落ち込んでいる暇もない。急いで頭をフル回転させ、解決策を考える。

 ウミガメから逃げているときは、相手はまだ追いつけていなかった。ということは、槍さばきだけで足は、そこまで速くはないのだろう。

 あいつに勝てる道は現れない。それなら、ここから逃げるしか、方法はない。

 モモネコには悪いが、今回は逃げることに徹しよう。


「モモネコ生きてるか!?」


「生きてはいるけど、傷が再生しない……」


 モモネコは、腹を刺され普通なら死んでいてもおかしくない状況だが、血も出ていないし臓器もない。きっとスライムの能力のおかげだろう。


「とりあえず今は逃げるしかない!」


「え?」


 モモネコは勝てないと頭では理解しているはずだ。しかし、その逃げるという選択肢がなかったかのような驚いた顔をしていた。


「いいから早く!」


「ッ!」


 モモネコは腹を押さえ、歯を食いしばりながら走る。モモネコは、目の前の自分の妹を助けるための可能性から逃げることになる。だからそれは当然の反応だ。



◆◇◆◇◆◇◆◇




 今どれくらいの時間が経っているかはわからない。しかし、口の中が渇き息が荒れていて走るのがもう限界に近づいているのだけはわかる。

 

「……もう、ウミガメの姿は見えないな」


「そうね。足音も聞こえないし、撒けたと思うわ」


「それより腹は大丈夫か? 痛みとかは……」


「スライムの能力のおかげで痛みは特にないわ」


 モモネコは刺された腹を押さえ、息を荒くしている。

 痛みはないと言ったがきっと嘘だろう。

 彼女の呼吸のリズムや吸い方は、単純な酸欠ではなく痛みを我慢するときのそれだ。

 

「とにかく休憩しよう。あそこに洞窟が――」


 突如、背中に強い衝撃が伝わるが、気づいた時にはもう遅かった。後方から暖かい風が吹いてくると思っていたそれは次第に熱に変わり、炎として、こちらへ来ていた。


――それだけならまだ良かった


 そこには、俺の身代わりになって炎を受けた彼女がいた。

 彼女の身体からは熱を感じた。しかしそれは、体温ではなく、炎によるものだった。

 

「おい、しっかりしろ!」


 その問いかけに意味はなかった。返事は返ってこないのだから。

 スライムは物理攻撃が無効というだけで、特殊攻撃耐性はない。ワーウルフの再生力も、銀を受けた効果で止まっており、発動することはないだろう。

 彼女は目を閉じ満足そうに微笑んでいた。

 自分がもっと上手くやっていればこんなことには、ならなかったはずなのに。


「なんでこんな――」


 目の前が真っ暗になる。

 別に目を瞑っているわけでも、意識がなくなった訳でもない。

 ただ暗い、それだけだ。

 手や足を動かしても何も変わらない。

 思いっきり走ってみると、ゴツンと足の指に何かが衝突した。

 あまりの痛みに足を押さえようとすると、またゴツンと腕が何かに衝突した。

 そして気付く。

 今自分はVRゴーグルをしていることに。

 ゴーグルを外すと、いつもの見慣れたカップ麺の容器などが放置してある小汚い部屋が目に映る。

 現実に帰ってきた。


「もしかして、2日経ったのか?」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 体を包む温かい毛布。そして、ふかふかのベッド、起きる気力が一切湧かない。

 あれから2日、何も食べず飲まず、布団のなかで生活をしている。

 空腹よりもこのぽっかり空いた何かの方が、よほど苦しいと感じる。


「君、家に居るならチャイムにはちゃんと出るべきだ」


 突如、低い声が部屋に響き渡る


「……え? ……はぁ!?」


 そこには茶色いコートを着た男性の姿があった。


「ここ俺の家ですよ!?」


「ほう。現実ではちゃんと敬語が使えるのか」


「いや!? そうじゃなくて、ここ! 俺の家!」


 あまりの事態に今までの空っぽの何かが少し埋まった感じがする。


「あぁ、鍵が開いてたからな。入らせてもらったぞ。この声を聞けば誰だか分かるだろ?」


「あの速いおっさんだろ? なんで俺の家知ってんだよ」


「それは企業秘密だ。それよりも私が話したいのは、『一ノ瀬 鈴花』のことだ」


「……? 誰のことですか?」


「あぁ、本名は聞いてなかったのか」


「てことはまさか……」


「察しの通り、君と一緒にいた獣人のお嬢さんのことだよ」


 今まで空っぽだった何かが、完全に埋まったわけではない。しかし、何か身体に熱を覚えるような、そんなものが湧き出てくる。


「彼女は今意識不明で、病院にいる。ここから少し離れたところに居るのだが、君が行きたかったら――」


「どこにあるか教えてください」


「……わかった。ついてきてくれ」


 男は、背中を向け玄関に向かって歩き出す。

 正直何が起きているか分からないが、彼女に会えるのなら、そんなことはどうでもいい。




◇◆◇◆◇◆◇◆




「そういえばなんで、俺はゲームの世界から出られたんですか?」

 

 彼女の病室への移動中、少しの気まずさに負けて、疑問を口にした。

 もうゲームのことなんてどうでもいいのに。


「あぁ、2日経ったという単純な話だ。」


「でもずっと夜でしたよ」


「あれは九尾の幻術だ。夜でもセミが鳴いていただろ? それが証拠だ。狂人の正体は九尾だった」 


 男の言葉に腑に落ちる。確かに九尾ならあの魚やウミガメのモンスターも9つの尻尾を化かして、出現させることは可能だ。


「でも、なんで九尾だってわかったんですか?」


「私が倒したモンスターが突如尻尾に変わったんだ。それから推測したまでだ。」


「……」


 狂人の正体も何もわからないまま終わってしまった。よく考えれば、あの五感を再現できるゲーム自体、今の技術で作れるとは思わない。

 しかし、もうそんなことはどうでもいい。


「この扉を開けると彼女は居るはずだ。意識不明だがな」


「……あなたは入らないんですか?」  


「私は引き続き調査をしなければならない。君一人で行きたまえ」  


 男はコツコツと廊下に足音を響かせ、去っていった。


「……よし」  


 意を決して扉を開ける。

 するとそこには、目を閉じ、ベッドに仰向けになっている桃色の長い髪をした女がいた。

 男曰く、大学生で、俺と同い年らしい。

 

「……涙はでねぇか」


 彼女に会っても涙が頬を伝うことはなく、この空っぽのなにかも、満たされることはなかった。


「毎日見舞いに来るよ」


 空は快晴。

 病室の窓が開いていて、心地よい風が彼女の前髪と俺のなにかを揺らす。

 まるで世界が地球の住人を祝福しているように感じ、自分たちは蚊帳の外なのかと肩を落とした。

 

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