第3話:揺れる死葉、覚醒の桃刃
五傑虫・鉄岩を退けたかずやとさきは、追っ手を撒くために深い森へと逃げ込んだ。月明かりが木漏れ日となって降り注ぐ中、二人は古びた大樹の根元で腰を下ろす。
「……大丈夫? かずや。」
さきが差し出した水を、かずやは震える手で受け取った。鉄岩との死闘で、さきの持つ白い鎌は刃こぼれし、彼女自身の表情もまた、インセクト・コードによる「狩猟本能」に侵食され、どこか虚ろで鋭いものに変貌していた。
「……ああ。さきこそ、その傷……ボロボロじゃねぇか…。」
「平気よ。これが私たちの日常だから。組織にいた頃は、もっと……」
その言葉を遮るように、周囲の枯れ葉が不自然に舞い上がった。
「――もっと、無慈悲に命を刈り取っていた。そう言いたいのかしら? さき?」
闇から染み出すように、枯れ葉色の女性、十戒虫ルナ・ブレイドが姿を現す。
さきは反射的に白い鎌を構えるが、ルナは攻撃を仕掛けず、冷ややかな瞳でさきを見つめた。
「ルナ……やはり、あなたが来たのね。」
「さき…忘れたとは言わせないわ。養成所の日々……あたしたちは二人で一つの『断頭台』だった。あたしが闇に潜んで獲物を追い詰め、あんたが白く輝く刃でトドメを刺す。完璧な相棒だったはずよ。」
ルナの声には、深い憎悪と、それ以上の哀しみが混じっていた。
「なのに、あんたはあの日、何も言わずに消えた。……あたしを一人、あの地獄に置き去りにして。あなたが守ると言った『誇り』は、その程度のものだったの?」
「……違うわ、ルナ。わたしはただ、これ以上誰かを傷つける自分に耐えられなかっただけ。」
「言い訳よ。今のあんたは、その薄汚れた白い鎌と同じ。ただの壊れかけの道具に過ぎないわ。意地を張らずにとっとと地獄へ堕ちなッ!!」
ルナは鋸状の鎌をゆっくりと持ち上げる。そして囁くような声で呟きながら闇夜の森と同化していく。
「……さき、あたしを捨てた報いを受けなさい。」
彼女の「擬態」は、森の風景そのものと化し、さきの五感を翻弄する。
「ルナ……!」
さきは白い鎌を構えるが、深まる狩猟本能が彼女の鼓動を荒くさせ、加えて擬態による見えない波状攻撃、ルナの鋸状の鎌に翻弄されて全身を切り裂かれていく。
「さき! 殺されるな!!自分を失うな!!」
動けないかずやの必死の叫び。
「外野は黙ってな!!」
―ドスっ…
「…うわっ…!!」
「かずやぁ!!!」
「あんな死に損ないに構ってる余裕なんてないわよねぇ!さきぃぃ…!!
ルナの乱撃は止めどなく襲いかかり、さきの身体をズタズタに切り裂いていく…。
「も、もうダメかもしれない…」
抵抗する力もなくなり意識が朦朧とし始めた時、さきの耳にかずやの言葉が突き刺さる。
「…おれのことはいい…お前はお前の心配をしろぉ…お前の、お前の人生を生きるんだよぉ…!!」
かずやのその声が、本能に飲み込まれかけていたさきの意識を繋ぎ止めた。
(わたしは……壊されるだけの道具じゃない。この温かさを守るために、わたしの色で……!)
その瞬間、さきの手元で鈍く光っていた白い鎌が、熱を帯びて鮮やかな桃色へと変容した。
驚くべきことに、鎌が桃色に染まると同時に、さきの全身を包んでいた刺々しい殺気がスッと凪いでいった。コードが「組織の強制的な戦闘モード(白)」から、「さき自身の意志による安定モード(桃)」へと再定義されたのだ。
「なっ、なんなのよこれっ…!コードを自らの手で書き換えた…!?」
目の前の光景に唖然とするルナ、そして徐々にその桃色の鎌が身体に馴染んでいくさき。
暴走しかけていた狩猟本能が和らぎ、さきの瞳に理性が戻る。
「……今のわたしは、負けない!!」
覚醒したさきは、かずやの手を借りることなく独りで地を蹴った。
本能に振り回されない精密な動き。さきはルナの擬態を力でねじ伏せ、桃色の刃でルナの鋸鎌を根元から粉砕し、その獲物を真っ二つに叩き割った。
「……本能を飼い慣らしたというの……?」
「はぁ、はぁ…これがわたしの強さよ、ルナ!そしてわたしの選んだ人生を…できればあなたにも理解して欲しい…でも、やっぱりわたしには、自分自身を否定する人生なんていらないの!!自分らしく生きて、この命の花を咲かせたい!!」
「…さき…。いいわ、好きにするといい。だけど、今あたしにトドメを刺さなかったこと、きっといつか後悔することになるわ!」
完敗を喫したルナは、憎悪と困惑を瞳に宿し、闇へと消えた。
森に再び静寂が戻る。さきの手元には、穏やかに輝く桃色の鎌。
「……不思議ね。あんなに苦しかった本能が、今は不気味なくらい静かだわ。」
「綺麗な桃色の鎌…いや、花が咲き始めた…。やっぱすげーよ、さき!お前ってやつはよぉ!!……いててて…。」
さきの覚醒した姿に身体の痛みも忘れて手放しで喜ぶかずや。
「ふふっ、ありがとう。あなたのおかげよ、きっと。」
さきは桃色の鎌を消し、かずやに優しく微笑みかけた。それは組織の「兵器」ではなく、一人の「少女」としての笑顔だった。
読んでいただきありがとうございます。
桃色の鎌へと覚醒し、狩猟本能という呪縛から解放されたさき。かずやとの絆も一層深まり、これから起こる激しい戦いへの準備が整いました。
次回はさきの妹、こはなちゃんの登場、そして復讐に燃える元警察官、黒鉄 豪が登場し、ますます目が離せない展開となります。ご期待ください。




