第1話:その目に宿る七つの星
「テントウムシ」
太陽に向かい飛び立つ姿から名付いた、半球形の甲虫。
多くは鮮やかな「警告色」を持ち、外敵には苦い汁で対抗する。アブラムシを食べる益虫として有名だが、草食や菌食の種も存在し、生態は多様なのだとか…そして、幸運の象徴とも呼ばれている…。
放課後、夕陽が差し込む静かな校舎の裏庭。ちょっとやんちゃでお調子者、でも心根の優しい普通の高校生かずやは、生け垣の陰で一匹の不思議な輝きを放つテントウムシを見つける。
「おっと、こんなところにいたら踏まれちまうぞ」
指先に乗せた瞬間、その虫はパッと赤い光の粒となって、かずやの右目へと飛び込んだ。
「痛っ……! なんだ、今の……?」
激痛は一瞬で引き、代わりに右目の奥が熱く脈打つ。鏡代わりにスマホの画面を覗き込むと、自分の瞳の中に、見たこともない鮮烈な「黒い斑点」が一つ、カチリと音を立てて浮かび上がっていた。
「今…テントウムシが目の中に入った…よな?」
そんな非日常的な出来事に唖然としながらも、かずやは帰路につく。
この出来事が、かずやの運命を凄惨な戦いへと誘うトリガーであったことは、まだ誰も知らない。
翌日。クラスに一人の美少女が転校してくる。名前は白咲 さき(しろさき さき)。
白銀の髪を揺らし、氷のように冷たい瞳を持つ彼女は、誰とも言葉を交わさない。だが、その視線は常に、無意識に右目を隠そうとするかずやに向けられていた。
「転校生か…美少女だけど、関わることもねーよな!」
「…にしても、白咲さき、か…綺麗なお顔に綺麗な名前…きっと悩みとかねーんだろーなぁ!」
チラチラとその美少女に視線を送りながら、かずやは右目をこすり外を見た。雲ひとつない、太陽の照りつける朝だった。
放課後、部活に帰路にと生徒が散り散りになる中、かずやはさきに呼び出される。
「あなたちょっと、付き合ってくれる?」
かずやはドキッとすると同時に焦りを隠すように答える。
「お、おれっ?べ、別にいいけど…この学校のことが知りたいなら、他の女の子とか声かけてみたらいいんじゃ…」
「いいから来なさい!!」
かずやの言葉を遮るかのような強い口調でさきはかずやの手を無理やり引っ張った。
生徒のいない教室に移動し、振り向きざまにさきは言う。
「……組織の『セブン・スター』。まだ第1星しか灯っていない、ただの素人ね。……今のうちに摘み取っておくわ。」
彼女の右腕が陽炎のように揺らぎ、巨大なカマキリの鎌を思わせる「空気の刃」が形成される。彼女こそ、悪の組織『エクリプス・スウォーム』が放った刺客、コードネーム『白銀の処刑人』だった。
「死になさい、セブン・スター。それが組織の、そして『白咲』という名に刻まれた私の使命よ」
さきの放つ目に見えない斬撃が、教室の机を豆腐のように切り裂く。
「うわぁ!!…っ…なんなんだよ急にッ!!それに今何をした!!?」
聞く耳を持たない様子でさきは第二撃を繰り出す。
間一髪でかわすかずや。かずやは死の恐怖に襲われるが、その瞬間、右目の斑点が熱く燃え上がった。
「まさか…第1星「天道」が発動した…!!?」
かずやの変化を即座に見抜き、さきは両手を鎌のように交差する。
それに反応するようにかずやの体は重力を無視し、壁を、天井を、音もなく駆け上がる。
「なんだこれ……壁が、地面みたいに見える……!」
天井を逆さまに走り、さきの死角へと回り込むかずや。しかし、さきの動きはさらに速い。彼女の瞳が赤く濁り始め、周囲に制御不能の刃が荒れ狂う。
「…くっ、早く仕留めなければ…わたしの能力が暴走してしまう…!
「なんだかよくわかんねーけど、これでもうお前の攻撃は当たらねーよ!全部逃げてやる!!」
「くそ…身体が熱い…精神が乗っ取られそうな感覚ッ…でも、白咲の名に恥じぬ生き方をすると決めたんだ!もう引き返せないんだ!!」
気付けば涙を流しながら刃を振り回すさき。彼女は組織の道具として生きることに絶望し、心の中で助けを求めていた。
さきのその様子を見て、かずやは逃げるのをやめた。第1星の力で天井から急降下し、刃の嵐の中を真っ直ぐに突き進む。
「やめろ、白咲! お前の名前は、誰かを傷つけるためにあるんじゃない!」
頬を切り裂かれながらも、かずやはさきの懐へ飛び込み、その震える肩を強く抱きしめた。
「その名前にどんな意味があるか知らねーけどよ、お前は『白咲』という冷たい操り人形じゃねぇ!お前自身の人生を生きろよ!名前の通り『白咲さき』をお前が咲かせろよ!!」
かずやの右目から放たれた温かな光が、さきの赤い瞳を浄化していく。鎌は消え、力なく座り込むさき。
雨が降り始めた屋上で、二人は肩を並べて座り込んだ。
「……あなたのその右目にあるのは、組織が開発した究極の遺伝子兵器『セブン・スター』の完成体よ。」
さきは静かに語り出す。昆虫の身体能力を植え付ける『インセクト・コード』計画。彼女はその失敗作「ハナカマキリ」の遺伝子を組み込まれた人間であり、かずやの目にある「テントウムシ」だけが、全ての能力を束ねる唯一の成功体であることを。
「組織は…、エクリプス・スウォームは、個人の自由がないの。組織はインセクト・コードを使って、人間を「一匹の虫」に変え、トップである「王」の意志だけで動く巨大な群れに作り替えようとしている。わたしは「ハナカマキリ」の遺伝子を組み込まれたわ…あなたのその身体に傷をつけたのはこの能力…。でも、実験段階で昆虫の狩猟本能の制御が効かないことがわかって、失敗作みたいな烙印を押されてる。さっきのわたし、見たでしょ?やっかいよね、こんな殺戮マシーンみたいなやつ。」
さきの話に驚くと同時に、現実と照らし合わせながら追いつかない理解をなんとかしようと模索するかずや。
「で、でもよ、すげーなんというか、あれだよな…綺麗だったし…白咲…」
「おちょくらないで」
さきはかずやの喉元に右手の鎌を突きつける。
「うわぁごめんって!!やめろよそーゆー冗談はよぉ!
「それはこっちの台詞。変なこと言うと裂くわよ?」
「うっ…わかりました…。」
かずやは何も言えなくなり、さきとは反対方向に視線を向けた。
「で、あなたのテントウムシの能力…『セブン・スター』のコードがなぜ特別なのか、なぜ狙われているのか、それについて話させて。」
「テントウムシは、古来より天の道…つまり「太陽へ向かう虫」として神聖視されてるの。このコードは、他の全てのインセクト・コードを強制的に従わせ、調律する力を持っているとされているわ。」
「あなたの能力が覚醒すれば、周囲の能力者のコードは「王」の出現に呼応して活性化したり、逆に完全に無効化されたりする…つまりはすべてのインセクト・コードは「王」の意のままに操れる…、エクリプス・スウォームの狙いはこの世の完全統治なのよ!」
「…もしかしたら、わたしの暴走を止めたのも、この「調律」の力があったのかもって思うの。もしくは別の…。」
そう言うと、少し頬を赤らめるさき。かずやに見えないよう、かずやとは反対方向に視線を向けた。
「と、とにかく、あなたの『七つの星』が全て点灯した瞬間に、あなたの命ごと回収するつもりよ!」
「回収なんて、させるかよ!!」
かずやは力強く立ち上がる。
「組織が何と言おうと、この力でお前を助けられた。これは……誰かを守るための力だ!」
さきは少しだけ微笑み、かずやの手を握る。
「バカね、本当。……でも、決めたわ。わたしは組織を裏切る。あなたの『七つの星』が完成するまで……わたしが、あなたの盾になってあげる。」
「お、おぅ…ありがとな!よろしく頼むぜ!!」
雨が上がり、夜空には星が輝き始める。かずやの右目の中で、新たな覚醒を予感させる「2つ目の星」が、うっすらと鼓動を始めていた。
読んでいただきありがとうございました。
かずやとさきの出会いにより、2人の凄惨な戦いが幕開けました。今後どのようなインセクト・コードを持つ敵が現れるのか、ご期待ください。




