2 見知らぬ世界
出来れば1話あたり5000字くらいにしたいと思っています。ついつい長くなるので気をつけたいです。
【大陸歴1415年5月2日】
俺の名前は、澤部十四郎。小さなwebデザイン会社で働いている。年齢は今年で33歳だ。
幼馴染で妻の美南、今年で9歳になる娘の友里と三人で、平凡だけれど、それなりに幸せな暮らしをしている。
どこにでもいる、しがない普通のサラリーマン。そんな俺は今、とんでもない事態に陥ってしまっていた。
「ここ・・一体どこだ?」
俺が脳内で呟いたその言葉に答えたのは、全く知らない言語を話す女の声だった。
『時空衛星及び本部との次元通信が遮断されているため、現在位置を特定することはできません。』
この女、さっきから、俺が何かを頭で思うたびに、話しかけてくるのだ。でも、その内容が全く理解できない。
実は俺、ついさっき目を覚ましたばかりだ。そして、目を覚ましたきっかけも、この女の声だった。
『迷宮生成システム起動可能魔力量まで回復しました。守護者不在のため、ステルスモードでシステムを再起動します。』
ついさっき、頭の中でこの女の声が響き、俺は目覚めたのだ。ちなみに、眠る直前のことはよく覚えていない。
確か、会社から家に帰る途中だったはずなんだが、気が付いたら、いつの間にか、こんなところで眠ってしまっていた。本当に、訳が分からない。
今の俺は体を動かすことはおろか、声を出すこともできない。唯一動かせるのは『目』だけだ。
ただ、これが不思議なことに、今の俺は目を動かすだけで、自分の全周360°を見渡すことができる。ものすごく奇妙な感覚だ。
俺の目に映るものは、さらさらとした黄色い砂と雲一つない馬鹿でかい青空だけ。旅行会社の依頼を受けたときに、資料で見たサハラ砂漠そっくりの光景が、周りに広がっている。
どこまでも続く砂の海。おそらく、ここは砂漠のど真ん中。周囲には人どころか、生き物の気配すらない。
周囲の様子から察するに、今の俺は砂に半分埋もれているようだ。それなのに、燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びても、まったく砂の熱さを感じない。
時折風が吹いてきて、俺の周囲の砂を運んでいくが、俺はその風の動きを感じることもできなかった。
そこで俺は、ようやく気が付いた。これ、ゲームの中なんじゃないか?
以前担当したイベント会場の案件で、最新のVRゲームの体験をしたことがある。今の状態は、あの時のゲームにとても近い気がするのだ。
そう考えれば、すべてが腑に落ちる。多分、俺は今、ゲーム内のアバターの中に入った状態なのだろう。ただ、どうしていきなりゲームの中にいるのかは、さっぱり分からないけど。
まあ、ゲームだということが分かれば、少し気持ちが落ち着いてきた。
分からないことを気にしても仕方がない。とにかく、今、できることをやんないとな。
前向き・ポジティブが、俺の売り文句なんだ。美南にもよく「トシは能天気過ぎるけど、そこがいいところよね」と言われている。
その後、色々視野を変えてみたものの、俺は自分のアバターを、自分で見ることはできなかった。
バグだろうか。それともこういう仕様? まあ、どちらにしろ、今の俺にはそれを確認することはできない。
俺、こんなところでゲームをやっている場合じゃないんだが。早く家に帰らないと、美南と友里が心配する。それに、やりかけの仕事も山積みだしな。
そこでふと思いついた。ゲームなら、視界のどっかに、メニュー画面があるんじゃないか?
俺は早速、辺りを見回し、どこかにあるであろう、ゲームのメニュー画面を探した。すると思った通り、視界の端に小さな白いアイコンが、横一列に並んでいるのに気が付いた。
「なあんだ、やっぱりあるじゃないか。」
俺はその丸いアイコンを目で追ってみた。すると、俺が視線を向けたアイコンだけが、黄色い色に変化していく。
ふむふむ、視線だけで操作するシステムなのか。なんか、すげえ。
ソシャゲ以外のゲームなんて、学生の頃にやったスマブラが最後だけど、最近のゲームは随分進化しているらしい。
並んだアイコンは全部で6つ。それぞれに違うイラストが描かれている。
俺は、とりあえず、右端にある、二重丸の描かれたアイコンに意識を向けた。俺が作るサイトのデザインでも、こういうのって大概、右端にシステムのメニューを置く場合が多いからね。
キーボードやマウスはないので、とりあえず脳内で「アイコン開け!」と念じてみる。すると思った通り、アイコンが大きく広がり、俺の視界の中に半透明のウインドウが現れた。
薄緑色のウインドウ内には、見たこともない文字が羅列されている。どことなくアルファベットに似てる気がするけど、書かれているのは、明らかに英語ではない。
でも、この画面の感じは見た覚えがある気がする。
「・・これ、ステータス画面か?」
いくつかに分かれた項目や横棒グラフの周辺には、おそらく数字と思われる文字が並んでいる。なんで数字だって思ったかって言うと、形がアラビア数字になんとなく似ていたからだ。
ステータス画面(?)の中にも、いくつかのアイコンがあったけど、それらは全部暗転していた。一応、視線を向けて「開け!」と念じてみたけれど、なんの反応もない。
『管理メニューを実行するためには、管理者権限が必要です。』
女の声で、同じ言葉が繰り返されるだけだった。言葉は分かんないけど「動かないよ」って言ってるんだろう、多分。
俺は仕方なく、別のアイコンを試してみようと思った。すると、そう思った途端、それまで開いていたステータス画面が小さくなり、元の二重丸のアイコンに戻った。
すげえ。こいつ、まじで俺の脳内を直接読み取ってやがる。どういう仕組かわからないけど、このゲームを作ったやつは、俺の想像もできない、ものすごい技術を持っているようだ。
今度は、6つ並んだアイコンの左側から試してみることにする。
一番左にあるのは、四角形の描かれたアイコンだ。「開け」と念じると、アイコンが広がり、俺の視界を覆い尽くす程の、巨大な半透明の立方体になった。立方体の辺の部分は、緑色の光る線で縁取られている。
『迷宮領域を生成するには、ステルスモードの解除が必要です。アクティブモードに移行してもよろしいですか?』
また、女の声がしたけれど、俺は目の前に広がった立方体の方に気を取られていた。
俺を中心に広がった立方体の大きさは、だいたい一辺が5m程。小さめの小屋くらいの大きさだった。なんだ、これ?
俺が「閉じろ」と念じると、立方体はまた元のアイコンに戻る。開くとまたさっきと同じ女の声がするだけだ。
「どうすればいいんだよ、これ?」
俺は何度か、同じことを繰り返してみた。すると、女が何かを俺に問いかけているのではないかと気が付いた。ゲームのチュートリアルとかでよくある、確認メッセージみたいなやつだ。
俺は立方体を広げた状態で、女の声に「YES!」と念じてみた。
『迷宮生成システムをアクティブモードに移行。10DPを消費し、空間の侵食を開始します。』
女の声が脳内に響いた途端、俺の視線がスッと砂の中から浮かび上がり、ちょうど人間の目の高さほどになった。同時に目の前に広がっていた立方体が消えた。
すると、不思議なことに、俺は急に自分の身体が大きくなったような気がした。正確に言えば、俺自身の感覚が広がった、とでも言えばいいのだろうか。
実際には大きくなっていないし、俺自身にはなんの変化もない。ただ、俺はさっき立方体があった空間の様子が、まるで自分の体のことのように、はっきりと分かるようになった。
ついさっきまで、全く感じられなかった、砂や太陽の熱や、風や砂の動きを、今は感じることができる。
「あっつ!!」
急に砂漠の太陽の熱をまともに感じたことで、俺は思わずそう叫んでしまった。すると、また女の声が脳内に響いた。
『迷宮領域からのフィードバックを軽減します。』
その途端、感じていた熱がすうっと引いて、快適と思えるくらいの温度になった。なんか知らんが、脳内の女が調整してくれたのか?
「ありがとな。」
伝わるかどうかわからないけど、とりあえずお礼を言っておく。こういう、ちっちゃなコミュニケーションって、仕事をうまく進める上では大事だよな。
『空間侵食完了と同時に、外部魔獣の誘引を開始します。一刻も早い守護者の選定を推奨します。』
脳内の女が、またなんか言ってる。多分、俺の感謝の言葉に答えてくれたんだろう。意外と話しやすい人なのかもしれない。
それにしても、熱や風の動きまで感じられるなんて、本当にすげえゲームだ。
でもまあ、考えてみれば、脳内から直接情報を読み取ってるくらいだ。直接脳に情報を送り込んで、触覚なんかも再現できるのかもしれないな。知らんけど。
とりあえず、視点が上がったので、俺は辺りの様子を見回してみた。
太陽の傾きから考えると、今は昼を少し過ぎた頃じゃないかな。
どちらを向いてもほとんど同じ景色だが、おそらく西と思われる方角に何かの白い影のようなものがうっすらと見えた。
もしも蜃気楼でないとすれば、集落ではないかと思われる。これがRPGなら、あれは最初に立ち寄る村ってところか。あそこに行くことでクエストやイベントが発生するに違いない。
そう考えたら、俺のアバターが、すーっと西の方に移動し始めた。驚いて「止まれ!」と念じると、すぐに移動が止まる。
どうやらこのゲーム、アバターの移動も、念じることで操作できるようだ。俺は、改めてアバターを移動させてみた。でもすぐに、見えない壁に当たって、それ以上前に進めなくなってしまった。
『アクティブモード中の迷宮核の移動は、迷宮領域内に限られています。』
また、女の声がする。その後、色々試してみて、俺が移動できるのは、さっきの立方体があった場所だけだということが分かった。
つまり、さっきの立方体をたくさん出して繋げていけば、移動できる範囲が広がるってことか。多分、そうやってゲームを進めていくのだろう。
でも俺は別にこのゲームを進めたいわけじゃない。このゲームから抜け出したいだけだ。
俺は一旦、移動をやめて、別のアイコンを試してみることにした。
今度は左から2つ目。四つ足の動物のようなものが描かれたアイコンだ。「開け」と念じると、また薄緑色のウインドウが開く。
でも、今度のウインドウには、ほとんど何も書いていなかった。左上に小さなアイコンが一つ、ぽつんとあるだけだ。
そのアイコンには、人間の手が描かれている。さっきのが移動のアイコンだったから、今度は手を動かすアイコンかもしれない。
俺はアイコンに「開け」と念じてみた。
『魔法生物生成コマンドの実行には10DPが必要です。よろしいですか?』
また、女の声が聞こえた。多分、確認メッセージだと思った俺は、頭の中で「YES!」と元気よく念じてみた。
種族:迷宮核
名前:澤部十四郎
迷宮レベル:1
総DP:9990
獲得DP/日:10
消費DP/日:0
【獲得DP/消費DPについて】
迷宮核がその一日に獲得できるDPと、固定的の消費するDPを表す。DPが0になると、核は消滅する。
お読みいただき、ありがとうございました。




