126 包囲防衛戦 ①
ここからはかなり不快な展開になります。残酷描写・子どもへの暴力描写が苦手な方は、お気をつけください。読みたくないという方のために、一言あらすじをつけておきます。
【一言あらすじ】バグラ襲来、住民退避。消えない不安。
【大陸歴1415年11月20日 早朝】
〈十四郎視点〉
その日は、あまりにもいつも通りの朝から始まった。
夜明けとともに始まった農作業を終え、共同住宅でみんなが朝食の準備をしているとき、フーリアちゃんが晴れ晴れとした表情で俺に伝えてきた。
「御使い様! ダルハンさんの娘さんのための薬がようやく完成いたしました。」
彼女の言葉に、みんなの表情がわあっと明るくなった。
交易商人ダルハンさんの娘さんは、砂肺熱という難病に苦しんでいる。
これは魔力の高い子どもが稀にかかるという病気で、普通の手段では治療ができない。
でも、フーリアちゃんの一族に代々伝わるという秘薬なら助かる可能性があるかもということで、彼女はずっと薬作りに取り組んでいたのだ。
ダルハンさんがシャーレを発ったのはおよそ2ヶ月前。
順調に航行していれば、そろそろ薬を取りに戻ってくる頃だ。
フーリアちゃんはお祖母さんから薬作りについて学んでいたらしいけど、実際にこの薬を作るのは初めて。
この2ヶ月の間、彼女は何度も試行錯誤しながら、独学で薬を完成させた。
すべてはフーリアちゃんの努力の賜物。間に合って本当によかった。
俺がユーリィに頼んで感謝の気持ちを伝えてもらったら、彼女はにっこりと微笑んだ。
「いえ、薬の材料を揃えてくださったのは、御使い様や冒険者の皆さん、そして生活を支えてくれた、ここにいる皆のおかげです。」
それを聞いた皆は口々に「おめでとう!」「よく頑張ったね!」「さすがはフーリアおねえちゃん!」と言い、薬の完成を自分のことのように喜んでいる。
その後の朝食も、とても和やかで温かな雰囲気に溢れていた。
皆のこんな暮らしを守らなきゃなと、俺は改めて思った。
最初にその違和感に気づいたのは、風からだった。
シャーレを取り囲む10mの石の外壁。その南側に位置する大扉の上で、俺とパトラはいつもように、街の様子を観察していた。
でも、いつもなら砂を撫でるように流れる風が、今朝は妙に重い感じがする。
「パトラ、なんか今日の風、変じゃないか?」
「昨夜から風の向きが変わっています。そのせいではないでしょうか?」
なるほど言われてみれば、いつもなら南側から吹き付けてくる温かい風が、今日は吹いていない。
ユーリィが夏が終わると、少し風が不安定になると言っていたから、そのせいかもしれないな。
いったんはそう納得したものの、俺はなぜか胸騒ぎを消すことができなかった。
ユーリィたちはいつものように農作業に勤しんでいる。
桟橋の倉庫前に作られた仮設の市場からは、いつも通り売り買いをする商人たちの活気ある声が聞こえる。
北側に見える丘小人たちの工房からも炉の煙が立ち上っている。
いつも通りの朝。なのになぜか落ち着かない。
「パトラ、念のため、見張り塔にいる分身たちに気をつけるように伝えてくれ。」
「承知いたしました、主様。」
そんなやり取りをした直後。
地面の下から何かが唸っているような、鈍い振動が伝わってきた。
「パトラ、今の聞こえたか?」
「はい、主様。」
そう言ったパトラは、さっと南側に顔を向けた。
「南方より何者かの船が接近してきています。かなりの数です。」
俺は反射的に南の地平線に目を向けた。次の瞬間。
果てしなく続く砂丘の向こうから、砂煙が立ち上がるのが見えた。
そしてそれに続いて、せり上がるように、黒い帆を掲げた大船団が姿を現す。
十数隻の船で構成された船団は、砂の蹴立てながら、ゆっくりとこちらに近づきつつあった。
「パトラ、鐘を!!」
俺が念話で伝えると同時に、外壁の上に設置された4基の見張り塔から、一斉に半鐘が響き渡った。
緊迫した鐘の音に、一瞬、街の動きが止まる。
しかし、桟橋にいる船乗りたちにも、船団の姿が見えたのだろう。
直後、叫び声が上がった。
「敵襲だぁぁぁ!!」
「黒帆に金の六ツ星! 六都市同盟の私掠船だ!」
「砂賊だ! 砂賊が来るぞっ!!」
その言葉で、すべてが繋がった。
バグラ。ついに、あいつが来たのだ。
「主様、どうされますか。」
迷っている時間はない。
「ユーリィのところへ急ごう! レオニスさんに知らせて、街のみんなを避難させるんだ!」
「承知いたしました。」
パトラはすぐに俺を抱きかかえると、そのまま外壁から飛び降り、ユーリィのいる畑に向かって走り出した。
「御使い様!」
すぐに向こう側から走ってくるユーリィと出会った。畑を見守っていたパトラの分身体が、念話で知らせてくれていたらしい。
「皆は?」
「お母さんがすぐに共同住宅の方へ連れていってくれました。でもまだ、ハナたちがヤギの柵の方にいて、トゥンジャイが迎えにいってます。」
一瞬、嫌な予感が胸をよぎる。しかし、それを確かめるゆとりは無かった。
合流した俺たちは、すぐにレオニスさんの事務所に向かった。
事務所の前、女神の泉の周囲には、すでに多くの人たちが集まっていた。
皆一様に荷物を抱え、逃げ場を求めて、右往左往している。
俺たちが広場に近づくと、人々は一斉に俺たちの側に駆け寄ってきた。
慌ててころんだ老人が、他の男たちに踏み潰され悲鳴を上げた。
「お助けください! 御使い様!」
「御子様! どうかお救いください!」
必死の形相で群がって来る群衆に、ユーリィの足が止まる。
すると、次の瞬間、パトラが短刀を構えて、さっと群衆の前に立った。
悲鳴を上げて、後ずさる群衆たち。
「下がりなさい。主様とユーリィ様に近づくことは許しません。」
パトラはそう言ったが、当然念話では伝わる訳もない。
しかし、ユーリィがそれを伝えることで、ようやく群衆は道を開けてくれた。
事務所に行くと、すぐにレオニスさんが俺たちを見つけて駆け寄ってきてくれた。
「御使い様! お待ちしていました!」
俺はすぐにユーリィに、俺の指示を伝えてもらった。
ユーリィは、固唾の飲んで周囲を取り囲む群衆たちにも聞こえるよう、大きな声で話し始めた。
「御使い様が、皆さんの避難場所として大倉庫と桟橋の地下空間を解放するとおっしゃっています。避難が完了したら、御使い様の御力で入口を完全に閉ざします。」
それを聞いた群衆から、安堵の声が上がる。ユーリィは続けた。
「避難場所には、明かりと水、そしてトイレがあります。避難している間、ここにいるパトラさんの兵士たちが皆さんを守ります。レオニスさんには、避難している方たちをまとめて欲しいとおっしゃっています。」
レオニスさんは大きく頷くと、群衆に向き直った。
「シャーレの御使い様の御力により、皆さんは保護されます! 私の指示に従い、すぐに避難を始めてください!」
レオニスさんはそう言うと、その場にいる商人たちの名前を次々と呼び始めた。
「ハサンさん! あなたはフラシャールの商人たちをまとめて桟橋北側に避難させてください。
マルコさん! あなたはアシュルの商人たちをお願いします。避難場所は桟橋南側です。
ナジンさん、あなたは南方の商人たちを大倉庫へ。」
すると、名前を呼ばれなかった商人の1人が、抗議の声を上げた。
「南方の連中には、六都市同盟の商人もいる。こいつらは避難の必要はないはずだ!」
そうだと同意する声が、その男の周囲から上がる。
ナジンという商人の周囲にいた男たちが、怒りを込めた目で抗議した男を睨みつけた。
一瞬、険悪になった雰囲気を、レオニスさんはピシャリと叩き潰した。
「御使い様の決定に異議を唱えるものは、避難しなくて結構。神の慈悲は無限ではありません。特にこの砂海においては。そうですね、御子殿?」
急に呼びかけられたユーリィは、戸惑いながらもはっきりと応えた。
「はい。御使い様は、皆さんが争うことを望んではいらっしゃいません。」
ユーリィの言葉に、不満や怒りのつぶやきは、水を打ったように鎮まった。
「時は一刻を争います。さあ、すぐに避難を!」
レオニスさんの声で、男たちは我に返ったように動き始めた。
さっき衝突しかけた男たちは、まだギクシャクした様子だったが、表立って何かするまでには至っていない。
でも、これ、後々トラブルの種になりそうだ。気をつけておかないと。
その後、レオニスさんが出した的確で、無駄のない指示によって避難は進んだ。だが、それでも。
「ひいいいぃい! もうおしまいだぁ!!」
「俺たちの荷物は!? まさか、あの連中か!?」
「砂賊が来るぞ! 早くしろ!」
「お前こそ道を開けろ、このノロマが!」
街は恐怖により、混乱の渦に飲み込まれた。
人がぶつかり、叫び、転び、泣き出す。
中には船の帆を掲げて慌てて出航しようとする者。
騎鳥にありったけの荷物を積み込んで、街から逃げ出そうとする者たちまでいた。
まずい。このままだと、避難が間に合わない。
俺はすぐに街の警備にあたっていた魔獣たちを、その場に差し向けた。
ハニワ防衛隊。スナマン。ツチマン。土ゴーレム。そして自動人形たち。
整然とした動きで迫ってくる魔獣たちの先頭に立つのは、俺とユーリィ。そしてパトラだ。
「皆さん、落ち着いてください!」
ユーリィの声に続いて、自動人形たちが、魔法の槍を上空に打ち上げる。
弧を描いて空中に打ち上がった光を見て、人々は一瞬で大人しくなった。
ちょっと強引だったが、効果は覿面だ。
「避難場所は十分に確保されています。まとめ役の方の指示に従ってください。」
俺の命令に従い、ハニワ防衛隊が群衆の中に割入る。
列を整えた彼らの動きにつられて、群衆はようやく整然と動き始めた。
スナマンが倒れた人を助け起こし、ツチマンとゴーレムが崩れた荷物を運ぶ。
自動人形たちは人々の先頭に立ち、まとめ役の誘導を手伝った。
「すごい・・!」
「魔獣たちが、俺たちを助けてくれるなんて!」
「これがシャーレの御子様の奇跡か!」
誰かが、呟いた。混乱した人々の瞳に、冷静さが戻ってきた。これなら避難もうまくいくはずだ。
だが、安心する暇はない。
俺はその場を魔獣たちとレオニスさん、そしてパトラの分身体たちに任せ、ユーリィと共に外壁へと昇った。
近い。もうはっきり見える。
黒い帆を掲げた砂上戦艦。その甲板に立つ、武装した男たち。
そして中央の船。
その先端に、一人の男が立っていた。
他の連中とは、明らかに質が違う。
激しく揺れる船上でも、まったく微動だにしない。
それなのに、あいつだけ周囲の空気が歪んでいるように見えた。
あれはあいつの放つ闘気か。
それとも、俺が感じている恐怖が見せた幻なのだろうか。
まだ距離がある。それなのに、目が合ったと感じた。
あいつは俺たちを真っ直ぐに見つめている。俺たちがそうであるように。
そう思った瞬間、無いはずの俺の心臓が嫌な跳ね方をしたような気がした。
バグラは、笑っている。
獲物を見つけた肉食獣のような、静かな笑み。
その背後で、手下たちが何かを叫び、動き回っていた。
だが、奴だけは違う。
一切、慌てていない。焦りも、警戒もない。
その静かで残虐な微笑みは、すでに勝利を確信している顔だ。
まるで、捕らえた獲物をどう甚振ってやろうかと考えているかのような・・。
バグラはゆっくりと、こちらへ向かって左腕の銀鈎を持ち上げた。
次の瞬間。
ゴッという音とともに帆が一斉に膨らみ、船団が一斉に加速した。
砂を蹴り上げ、逃げ場を潰すように、扇状に広がっていく。
シャーレを完全に包囲するつもりのようだ。
「くそっ! 誰も逃さないってことか!!」
あいつは楽しんでいるんだ。
こっちの弱さも、混乱も、全部。
そう確信できることが、何よりも俺の心をゾッとさせた。
包囲が徐々に狭まり、俺の領土に近づいたことで、ナビさんの警告が俺の脳内に流れた。
『迷宮領域に、人間の敵性集団が接近中。敵意が許容量を突破すると、迷宮暴走の危険性が高まります。迷宮領域内の戦闘員は直ちに迎撃してください。』
ナビさんの言葉はほとんど分からないままだ。だけど、強い危険を伝えてくれることだけはなんとなく分かる。
目の前に迫っているバグラは、俺が今まで経験した中で最大の危機。
しかし、俺も座してそれを待っていたわけではない。
これまで残り少ないmpを必死にやりくりしていたのも、すべてはこのときのためだ。
「バグラを迎え撃つ。」
俺の言葉に、ユーリィとパトラが力強く頷いた。
俺は外壁に取り付けられた大扉型ゴーレムに命じて、扉を閉ざした。
重い石の扉がひとりでに動いてゆっくりと閉まっていく。
ドシンという音を立てて扉が閉まると同時に、外壁の脇に立っていた2体の石ゴーレムたちが、ゆっくりと動き出した。
それに合わせて、砂の中に姿を隠していた俺の魔獣軍団がのっそりと姿を表す。
迎撃体制は整った。あとは敵を迎え撃つだけ。
それなのに俺は、なにか大切な事を忘れているような、言い知れぬ不安を消すことができないままだった。
お読みいただき、ありがとうございました。




