125 パトラ強化計画 後編
街作りパートは一旦これで終わりです。次からはかなり胸糞な話が続きます。苦手な方のために一言あらすじをつけようと思います。
【大陸歴1415年11月19日 早朝】
〈十四郎視点〉
翌朝、俺はユーリィとパトラ、そして実験で呼び出した魔獣を連れて、ドルガンたちの工房を尋ねた。
仕事熱心な丘小人たちは、すでに仕事の準備に取り掛かっていたところだった。
ドルガンとリグドは、俺の連れてきた魔獣を見て腰が抜けるほど驚き、這々の体で家の中に閉じこもってしまった。
「鷲獅子じゃないか! こんな危険な魔獣を連れて来るな!」
そう。俺が連れてきたのは、鷲の頭と獅子の下半身を持つ巨獣、鷲獅子だった。
「大丈夫ですよドルガンさん、リグドさん。この鷲獅子は御使い様が呼び出してくださったもの。とても人を傷つけることはありません。」
そうそう。召喚された魔獣は、完全に俺の管理下にある。
中には不死者みたいに無差別に人を襲う奴もいるけど、鷲獅子はかなり賢いらしく、俺のいうことをちゃんと聞いてくれるのだ。
ユーリィが呼びかけて、ようやく扉を薄く開く職人たち。
彼らは、ユーリィに顎の下を撫でられて小鳥のように目を細める鷲獅子をじっと眺めた。
「・・本当に危険はないんじゃろうな?」
「・・いきなりガブッとやられたら敵わんぞ?」
ずいぶん疑り深いな。パトラだって魔獣なのに、この怖がり方は異常じゃないか?
ユーリィが俺の言葉を伝えると、彼らはドアの隙間から抗議の声を上げた。
「当たり前じゃ! 鷲獅子は、わしらの出身地である北方山脈では、翼竜と並んで、最も恐れられておる魔獣じゃ!」
「雷のようにヒューンと飛んできては、あっという間に家畜や人をさらっていくんじゃぞ! 怖くないほうがおかしいわい!」
2人はバタンと扉を閉めてしまった。
「どうしましょうか、御使い様?」
困った顔で俺を見上げるユーリィ。
あーあ。せっかく、職人として他の誰もやったことのない仕事を持ってきたのになー。
鷲獅子用の装備を作れるなんて、きっとまだ、世界中の誰もやったことがないんじゃないかなー。
俺はユーリィに頼んで、2人の職人にそう伝えてもらった。
「・・まだ誰もやったことがない仕事じゃと?」
「・・鷲獅子用の装備? その話、もっと詳しく!」
ユーリィの言葉を聞いた2人は、狙い通りすぐに食いついてくれた。
ドアの少し開いてこっちを覗き込む2人に、ユーリィが説明をした。
「御使い様は、パトラさんを鷲獅子に乗せて空中での戦闘をさせたいとおっしゃっています。そのための装備を、お二人に作ってほしいそうです。」
「鷲獅子に乗って戦うじゃと!? なんじゃ、その楽しそうな計画は!」
「鷲獅子騎士というわけか! そんな面白いもの、他に聞いたこともないぞ!」
2人は大きく扉を開け、ようやく姿を見せてくれた。
大人しくその場に座る鷲獅子の横で、俺は自分の計画を2人に話した。
「なるほど。話は分かった。この鷲獅子に乗るための鞍と装具を作ってほしいというわけじゃな?」
「じゃが、馬具とはまったく異なる作りが必要になる。見てみないことには、なんとも言えんぞい。」
なるほど、それもそうだ。
俺は2人を連れて北側の外壁付近へと移動した。
この辺りはまだ廃墟が残る無人地帯。ほとんど手つかずのままの場所だ。
朝が早いこともあり、まだ周囲に人の姿はない。
俺はパトラに頼んで、鷲獅子の背中に乗ってもらった。
座った状態でも2m近くある背に、ひらりとパトラが跳び乗ると、鷲獅子が少し不満そうに体を揺すった。
途端に職人たちは、表情を強張らせた。しかし鷲獅子は、それ以上暴れたりはしなかった。
パトラが手で軽く鷲獅子の背中に触れると、鷲獅子は大きく翼を広げた。
その幅は軽く6〜7mはある。パトラを乗せた鷲獅子は、獅子の足で強く地面を蹴ると、翼をはためかせて一気に空へと駆け上がっていった。
振り落とされないよう、鷲獅子の体にしっかりとしがみつくパトラ。
凄まじい風が巻き起こり、ユーリィと職人たちが砂埃の中、地面にころりと転がる。
同時に、遠くの方から人間の悲鳴が、響いてきた。
どうやら鷲獅子が飛び立ったことで、街の人たちがその姿に気づいてしまったようだ。
しまった。人が増えている今、この規模の魔獣を見せるのは軽率だったかもしれない。
俺はすぐにパトラと鷲獅子をまた地上に戻した。
パトラが鷲獅子から飛び降りると同時に、血相を変えたレオニスさんが、武器を手にした男たちを引き連れてこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「これは一体、何の騒ぎですか!?」
荒い息を吐きながら、珍しく険しい表情を浮かべたレオニスさんに、俺は事情を説明した。
「・・なるほど。街の防衛強化策の一環だったと。事情は分かりました。しかし、街中に危険な魔獣を侵入させるときには、一言ご連絡いただかなくては困ります!」
レオニスさんは男たちに事情を説明して謝罪し、彼らをすぐに帰した。
その後、俺たちはそろって、レオニスさんから懇懇と説教をされる羽目になった。
職人たちは「なんでわしらまで・・」と言いかけたが、レオニスさんに睨まれてすぐに口を噤んでいた。
「・・まあ、これだけ強大な魔獣を従えているということが伝われば、街の安全のアピールにはなるでしょう。ただし、同時に狙われる理由にもなり得ますが。」
レオニスさんはそう言って、小さくため息を吐いた。
「それで、検証の結果はどうだったのですか?」
ようやく説教が終わり、レオニスさんは職人たちに尋ねた。
「今、飛んでおるところを初めて見たが、騎乗した状態で戦うには、相当な工夫が必要じゃと感じたぞい。」
「風圧と上下運動への耐性、さらには翼の可動域を邪魔しない構造も必要になる。まずは『落ちぬこと』が大前提じゃな。」
さすがは職人たち。たった一回の飛行を見ただけで、様々な問題点を発見してくれたようだ。
レオニスさんは、それを聞いて大きく頷いた。
「最初は奇想天外な発想に驚きましたが、実現できたら有効な防衛手段になりそうです。御使い様の計画がうまくいくことをお祈りしておきます。」
レオニスさんはそう言うと、優雅な仕草で一礼して、その場を立ち去っていった。
心配かけて本当に申し訳なかった。次からは、ちゃんとレオニスさんにも相談しようと心に誓う。
「よし、では早速試作に取り掛かるとしよう。」
「パトラ殿の武具用ベルトを作った時の革がまだ残っておる。すぐに作るから、工房へ来てくれ。」
俺たちは再び工房へと戻った。
すると、工房の周りには人だかりができていた。
「ひえー、本当に鷲獅子だよ!」
「あの可愛い子が、シャーレの御子様かい? あんな強大な魔獣を従えるなんて、すごい力を持っているんだな!」
遠巻きにこちらを眺める人たちは、そんなことを話している。
みんなにジロジロ見られて、ユーリィは少し恥ずかしそうにしていた。
見物人たちは、入れ替わりながらも、少しずつ数を増やしていく。
当たり前だけど、初めて見る顔ばっかりだ。
こんだけ人の出入りが増えると、全員を把握するのって、かなり難しい。
レオニスさんは、門に守衛を置くといいって言ってたけど、そんな人材はまだいないしね。
ていうか、みんな暇なんだな。仕事ほっぽりだして、大丈夫なんだろうか?
俺がそう言うと、ユーリィが困ったように俺に応えた。
「この街には娯楽がないって、ピノンさんが言ってましたから。きっと、みんな面白がっているんだと思いますよ。」
そういうことか。この出来事を、シャーレで体験した土産話として、彼らは持ち帰るつもりなのかも知れないな。
「追い払いますか?」と聞いてくれたパトラに、俺は「大丈夫だよ」と答えておいた。
ただ、この迂闊な判断を、俺は後にひどく後悔することになる。
そんな風にしばらく待っていたら、革と刃物を手にした職人たちが、また工房から姿を見せた。
彼らは鷲獅子の体をあちこち測り始め、それに合わせて器用な手つきで革を切っていく。
そしてそれを、素早く縫い合わせ始めた。
革を切るのはドルガン。縫い合わせるのはリグドだ。
瞬く間に出来上っていく装具に、見物人から歓声が上がる。
「なんじゃ、随分と賑やかじゃのう。」
「じゃが見られておると、ついつい張り切ってしまうぞい!」
頑固だが、意外とノリがよい2人。なんだかんだ言っても、仕事を褒められるのは、やはり嬉しいものらしい。
作業は昼を挟んで、夕刻まで続けられた。
「まずは試作じゃ。一度乗ってみてくれぬか。」
金具と革でできた装具を鷲獅子につけ終えた2人が、パトラに言った。
パトラは2人が用意した鞍にひらりと跳び乗った。野次馬たちから、また歓声が上がる。
職人たちは、鞍から伸びたベルトを使って、パトラの両脚を鷲獅子の体にピッタリと固定した。
パトラの座る鞍は、前後が少し高くなっている。
座席のような鞍にも、固定用のシートベルトがついており、見るからに安定感がある設計だ。
「今から飛びまーす! 皆さん、風に気をつけてくださーい!」
ユーリィの呼びかけに、野次馬たちは少し距離をとった。
「いきます。」
パトラが鷲獅子の首に触れる。次の瞬間、巻き起こった風とともに、鷲獅子は大空へと舞い上がった。
風に煽られた野次馬たちは、悲鳴とも歓声ともつかない声を上げて、鷲獅子を指さした。
「すげえ、あの黒い女兵士! 本当に鷲獅子に乗ってるぞ!」
「あんなに高く飛んで怖くないのかな?」
「いいなあ、俺も乗ってみたいぜ!」
口々に叫びながら、上空を飛ぶ鷲獅子の姿を目で追っている。
ただ中には、他とは違う目つきでこちらを観察している者もいた。
鷲獅子だけではなく、武具や装具、そして俺たち。まるで街そのものを値踏みするような視線だ。
商人や職人たちは、普通の船乗りたちとは目の付け所が違うのかも知れない。
「もういいぞ、パトラ。一度降りてきてくれ。」
俺が念話で伝えると、すぐにパトラはまた同じ場所に鷲獅子を降ろした。
風を切ってひらりと着地した鷲獅子を見て、野次馬たちから歓声と拍手が巻き起こった。
「今日はこんなもんじゃろう。」
「今回の試作を改良して、さらに良いものを作ってみる。その装具はつけたままにしておくから、しばらく使ってまた話を聞かせてくれ。」
こうしてこの日の作業は終わった。
初日にしてはかなり良い成果が得られたと思う。
これはひとえに、パトラの戦闘適性が高いからだろう。
「ありがとうございます。しかし、今回は試行回数が少ないため、空中での戦闘にはまだ不安要素が多いです。」
パトラは俺にそう言った。
でも、これから飛行訓練を重ねていけば、きっとその不安も解消されるはずだ。
野次馬たちも解散し、俺たちはユーリィと一緒に共同住宅へと戻った。
「今日は本当にありがとうユーリィ。」
俺が礼を言うと、ユーリィはにっこり笑って頷いた。
「少しびっくりしたし、恥ずかしかったですけど、御使い様とパトラさんのお役に立ててうれしかったです。」
可愛らしいその笑顔を見て、俺はこの子たちがこれからも幸せに暮らせる街を作らなくてはという思いを一層強くした。
ユーリィと別れた俺たちは、また地下実験場に向かった。
「これからも、この街を守っていこうな。そのために、力を貸してくれパトラ。」
「もちろんです。主様のために私が存在するのですから。」
パトラだけではない。ドルガンも、リグドも、レオニスさんも。
そして、ここにはいないけど、マールたちだって。
いろんな人たちの力で、この街は大きくなりつつある。今日俺たちを見ていたあの野次馬たちだってそうだ。
みんなが安心して暮らせる街。現実にいる俺の家族に誇れる街を作らなくっちゃな。
解決しなくてはいけない問題は、まだまだある。でも、今のところは順調に街作りが進んでいる気がする。
この調子でがんばっていこう。
俺はそう思い、その夜もパトラと一緒に、地下実験場での戦闘訓練を続けたのだった。
だから、俺はまったく気がついていなかった。
あの野次馬の中にいた男たちが、その夜、そっと街を抜け出していたことに。
男たちの向けた視線が単なる『見物』ではなく、悪意ある『偵察』だったことに。
、そして今回の俺の迂闊さが、最悪の事態を招く引き金となることにも。
やがて迎える崩壊の時へ向かって、シャーレの平穏は今はまだ静かに、しかし確実に、歩みを進めていた。
【大陸歴1415年11月19日 深夜】
〈間者視点〉
夜の闇に紛れ、間者は息を殺して砂丘を越えた。
背後にある街、シャーレの灯りは、すでに遠い。
人気のない砂原を進んだ先、黒々とした船影の中に、彼を待ち受ける男がいた。
「戻ったか。聞かせろ。」
「話す前にまずは約束の金だ。」
彼の言葉に、大柄な男が懐から布袋を取り出し投げよこした。
中身を確かめた彼は、男に自分が見てきたものを話した。
「シャーレは外から来る連中で溢れてる。統制は未熟。門の警備も甘い。出入りの管理はほぼないな。」
わずかな沈黙。彼は続けた。
「だが、戦力は異常だ。」
男は彼の言葉に大きく頷いた。
「魔獣を従える『御使いの御子』ていうガキを中心に、防衛が固められてる。俺が見たのは、鷲獅子に乗る兵士の姿だ。」
「鷲獅子だと?」
「ああ、まだ試しって感じだったがな。」
「厄介だな。」
そう言いながらも、その声音に恐れはない。むしろ愉しんでいるようにも聞こえる。
「他にはどうだ。」
「腕の良い職人もいる。兵士の武具の質は高く、数も多い。」
「だが、統制は甘いと。」
「ああ。指揮官らしきやつはいない。御子を中心にすべてが動いてやがる。」
男はニヤリと笑った。
「落とせるな。」
男はさらにもう一つ、布袋を彼に投げ渡した。ジャリッと重い音が響く。
「こっちも揃い次第動く。準備が整ったら、合図をくれ。」
彼は袋の中の銀貨を確認し、大きく頷いた。
「任せてくれ。ガキの1人ぐらい、どうってことないぜ。」
彼は笑った。だがその笑みは、金を受け取った時よりもずっと歪んでいた。
「油断するなよ。動きがバレちゃ、元も子もない。」
「そんなヘマするかよ。」
そう言い残し、彼は船を降りた。
再び砂丘を越え、シャーレに戻る。
外壁の上の見張り塔には、黒い女兵士がいる。
しかし、高い潜入技術を持った彼にしてみれば、あんな兵士などただの飾りに過ぎない。
闇に紛れ、彼は再びシャーレに戻ることに成功した。
「決行は明日。たっぷり暴れさせてもらうとするか。」
残忍な光を瞳の奥に隠した彼は、目立たない商人の姿になりすますと、闇に溶けるように姿をその隠したのだった。
種族:迷宮核
名前:澤部十四郎
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