124 パトラ強化計画 前編
洗剤を変えたら、トイレが驚くほどきれいになって感動しています。科学ってすごいですね!
【大陸歴1415年11月18日 昼下がり】
〈十四郎視点〉
レオニスさんと別れた後、ユーリィたちはいつものようにお昼の休憩に入った。
太陽の光が一番強くなるこの時間、街はとても静かになる。
俺はその間、自分のステータスを読んでいた。
実はこの10日間あまり、俺は時間を見つけては、レオニスさんから読み書きを教わっていた。
もちろん、レオニスさんはとても忙しい人だから、1日にほんの少しずつなのだけど。
それによって分かったことは、この世界内で使われている大陸公用語の文字は28文字だということだ。
基本的な24文字と記号付き母音文字4字で構成されている。
発音ルールもかなりシンプルで、いわゆる冠詞にあたるものや不規則動詞などもない。
あと、同じ品詞は必ず同じ母音で終わるというルールもあるため、一度ルールが理解できれば、かなり分かりやすい。
ただ、単語数は膨大なので、今はそれをひたすらに勉強中だ。
「ふむふむ、魔獣たちの名前はなんとなく読めるようになってきたぞ。」
召喚アイコンに表示される魔獣たちの名前や能力も、少しずつ読めるようになっている。
ちなみにパトラは『蟻人』という魔獣らしい。うん、そのままだな。
「私も主様のおかげで、文字の仕組みが分かるようになりました。」
パトラは俺よりもずっと覚えが早い。
彼女は文字と音のつながりで苦戦していたけど、俺と一緒に勉強している内にすんなりとできるようになってしまった。
最近ではマジで、有能な秘書になりつつある。
「主様のお役に立つことができてうれしいです。」
俺の思考を読み取ったパトラは、念話でそう話しかけてくれた。
彼女と俺の会話は、基本的に日本語だけど、最近は大陸公用語が少しずつ混ざるようになってきた。
これはパトラの能力と言うよりも、俺の言語力が上がっているからなんだろうと思う。
「そうですね。最近の主様は、ユーリィ様との会話も、よりスムーズに行えている気がします。」
「そうかな。ありがとうパトラ。」
パトラの言う通り、ユーリィとの日常会話では、ほとんどパトラの通訳を必要としなくなっている。
さすがにレオニスさんと話すようなお金にまつわる専門的な内容だと通訳無しは、厳しいけどね。
「あ、お金といえばさ。俺、自分のステータス内の所持金を読めるようになったんだ。」
「お金というと、ユーリィ様たちが使っている銅貨や銀貨のことですね?」
その通り。俺は今、『宝物庫』内に銅貨774枚、銀貨17420枚を所持している。
この宝物庫は、ナビさんが管理しているアイテムストレージのようなもの。その他にも、いろいろなアイテムがあるらしい。
俺は気が付かなかったけど、バグラたちや魔獣との戦いで、これらのアイテムを手に入れていたようだ。
このことについては、まだ誰にも言っていないけど、今度機会を見てレオニスさんに相談しようと思っている。
彼ならきっと、よい活用方法を考ええくれるだろう。
太陽が少し傾いて過ごしやすくなった頃、ユーリィたちの休憩が終わった。
静かだった街にも徐々に活気が戻ってくる。
今のところすることもないし、ユーリィたちの農作業を見学に行こうかと思っていたら、ドルガンたちが俺とパトラを尋ねてやってきた。
「頼まれておったパトラの装備50組、ようやく完成したぞい。工房に引き取りに来てくれ。」
煤だらけで疲れた様子だが、満足気な表情で、ドルガンとリグドはそう言った。
仕事の速さに驚きつつ、俺はパトラ、ユーリィと共に、丘小人たちの工房に向かった。
「これはとても美しいですね。」
出来上った短刀と手裏剣を手にしたパトラは、波模様の浮かぶ刃先を見ながらそう言った。
普段はあまり感情を出さない彼女が、惚れ惚れしている様子が見て取れる。
よほど気に入ったようだ。
「そうじゃろう。細かい加工はリグドの手も借りてな。自信作じゃ。」
「研磨と武具を収納するベルトの加工は、わしが担当させてもらった。わしらにとっても東方武器は初めての仕事じゃったから、楽しかったわい。」
「はい。とても素晴らしいです。ありがとうございます。」
丁寧にお辞儀をしたパトラの言葉を、ユーリィが伝えると、2人は満足そうに何度も頷いた。
「では代金は、一組あたり銀貨7枚(およそ14万円)と言いたいところじゃが、今回は6枚に負けておこう。」
「わしらも初めての武器で、勉強させてもらったしのう。試作みたいなものじゃし、今後も使ってもらえればうれしいぞい。」
なんかすごい太っ腹なこと言い出した。でも、本当にいいのだろうか?
俺がそう尋ねると、ドルガンはニヤリと笑って俺の方を見た。
「気にすることはない。何しろ、燃料費が一切かかっておらんからの。お主の生み出す炎のおかけじゃよ。」
なるほど、それで特別サービスってことなのか。それなら納得だ。
「主様の魔力で鍛えた武具・・!」
なんか、パトラからすごい強烈なハートマーク付きの感情が伝わってくる。
喜んでくれてるみたいだから、まあ、いいけどね。
俺はアイテム創造アイコンを起動し、その場に銀貨入りの革袋を呼び出した。
ステータスの所持金を見ると、銀貨の欄が16820枚になっている。
こうやって自分の状態を確認できるって、やっぱりすごくいい。
文字を読めるようになって本当に良かったよ。
「それでどうするんじゃ? 運ぶなら荷車でも用意するが?」
「いえ、その必要はありません。ここに分身体たちを集めます。」
パトラがそう言うと間もなく、シャーレの警備にあたっていた彼女の分身体たちが続々と工房に入ってきた。
そして、装備を身に付けた彼女たちは、すぐにまた自分の持ち場に戻っていった。
「いやはや、驚いたのう。本当に全員が同じ動くと見た目をしておるんじゃな。しかし、頼もしい限りじゃ。」
「最近はこのシャーレにも人が多くなっておる。不審な動きをする者や厄介事を起こす連中もおるという話じゃ。わしらの武具が、街の役に立つならこんなにうれしいことはないぞい。」
パトラの動きを観察していたドルガンとリグドは、感心したようにそう言った。
職人たちに礼を言って、俺たちは工房を後にした。
すると、珍しくパトラが俺にお願いをしてきた。
「主様、もしよければ、手裏剣の練習をしてみたいのですが。」
もちろん断る理由はない。俺は農作業の手伝いに行くというユーリィと別れ、パトラと2人で、共同住宅の地下にある実験場に向かった。
地下実験場に着いてすぐ、俺はスナマンを一体召喚した。
練習の的代わりだ。
砂の体を持つスナマンなら手裏剣が刺さっても問題ないからな。
10m離れた位置に立ってスナマンとパトラが向かい合う。
「では、いきます。」
踊るような奇妙な動きをするスナマンに向かって、パトラは野球のピッチャーみたいな投げ方で手裏剣を投げた。
しかし、手裏剣はまったく明後日の方に飛んでいき、実験場の壁にあたってカツンと音を立てた。
うん。全然ダメだ。こりゃ、実戦で使うにはかなり時間がかかりそうだぞ。
「申し訳ありません。すぐに改善いたします。」
俺の思考を読み取った彼女は、俺に申し訳なさそうに頭を下げて、落ちた手裏剣を拾いに行った。
「いや、ごめんパトラ! 焦らなくていいから!」
慌てて言い訳をする俺。
嘘をつくつもりはないけど、考えが筒抜けなのって、こういう時ちょっと気まずいよね。
また、パトラが構えて手裏剣を投げる。今度はダーツを投げるときみたいな投げ方だ。
狙いはかなり正確になったけど飛距離が足りず、スナマンに届く前に手裏剣は落ちてしまった。
「今度はかなり良くなったじゃないか。いいぞ、パトラ!」
「ありがとうございます、主様。」
素直に褒めたら、すごく喜んでくれた。
3回目の投擲。今度は低く構え、全身のバネを使って手裏剣を投じる。
風を切って飛んだ手裏剣は、スナマンの体を貫き、後ろの壁にあたって澄んだ金属音を響かせた。
「すごいじゃないか、パトラ! たった3回で命中させるなんて!」
俺がそう言うと、彼女は少し恥ずかしそうに頷いた。
「ありがとうございます、主様。でも、正確には3回ではありません。150回です。」
えっ、どういうこと?
「同じ装備をしている分身体に、同じタイミングで、それぞれすべて違う動き、力加減を検証させました。その中で最適と思われるものを絞り込んで、この動きを見つけたのです。」
なるほど、そういうことか。すべての分身体の情報を共有して、それを瞬時にフィードバックしてたわけだ。
分身体を持つ彼女の本当の強みは、数の多さよりも、この学習能力の高さなのかも知れないな。
その後、パトラは動きまわるスナマンを狙ったり、自分が動き回りながら目標を狙ったりする練習を繰り返した。
その結果、日付が変わる頃には、10m程度の距離であれば、どんな状態からでも最小の動きで、目標を捉える事ができるまでになっていた。
「本当にすごいよ、パトラ。」
俺が心の底からそう言うと、彼女は俺に向かって深く頭を下げた。
「すべては主様の御力のおかげです。他にも、いろいろな武具の使い方を学んで参ります。どうぞ主様のために、私の力を存分にお使いください。」
彼女からは満足そうな感情が伝わってくる。
彼女のこの思いに応えるためにも、もっともっと街作りを頑張らなきゃいけないな。
彼女と魔獣たちが守る街の様子を頭に思い描く。
その時、俺はふとあることを思いついてしまった。
「なあ、パトラ。俺すごいこと、思いついちゃったんだけど。」
「・・! とても素晴らしいお考えです。私にお任せください。必ず、成功させてご覧に入れます。」
俺の考えを読み取ったパトラは、すぐに賛同してくれた。
これがうまく行けば、街の防御力は格段に向上するはずだ。
そのためには、まずは実験だよな。
俺は自分のアイデアを検証するため、すぐに魔獣召喚アイコンを起動したのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。




