123 街作りに向けて
桜の花が咲いているのを見ました。だんだん春が近づいてきているんだなと感じました。
【大陸歴1415年11月8日 昼頃】
〈カム視点〉
体力を回復させ、新たな装備を整えたカムたちは、再びシャーレ近郊の迷宮、通称『鉄獣の迷宮』に挑んでいた。
鉄モグラや亡霊騎士との数回の戦いを経て、前回門番と戦った広場までようやくたどり着く。
「宝箱、ちゃんとあるね。よかったぁ!」
ピノンがうれしそうに広間に入り、2つ並んだ宝箱を前に、こちらをくるりと振り向いた。
「右と左、どっちから開けてみる?」
「左じゃない?」
「右。」
スパイアとベローは同時に答えた後、2人で顔を見合わせた。
「やっぱり、右かも!」
「左だ!」
また、顔を見合わせる2人を見て、ピノンはケラケラと笑い出した。
「カムはどっちがいい?」
おどけた様子で言うピノンに、丸太を担いだカムは、フッと笑みを漏らした。
「もう、決めてあるんだろう? 左だ。」
「ありゃ、バレちゃってた?」
ピノンはそう言うと、左側の宝箱の前にしゃがんだ。
「ベロー、スパイア。戦闘の準備だ。」
丸太を構えたカムが、ピノンに歩み寄る。
ベローはハッとした顔で、手甲を構えた。
「一体何が始まるの?」
双剣を構えてベローと並んだスパイアが尋ねる。
「見てれば分かるさ。」
スパイアが怪訝な顔で見つめる中、ピノンが宝箱の蓋に手をかける。
「いくよー! 3,2,1,はい!!」
掛け声とともに大きく蓋を開いた直後、ピノンはすぐに後ろに跳び下がった。
その直後、蓋が恐ろしい速度でひとりでに閉まる。
きれいな形をしていたはずの宝箱がぐにゃりと歪んだかと思うと、箱の縁に沿って巨大な牙がずらりと飛び出した。
「魔獣!?」
「ああ、宝箱写しだ。行くぞ!」
ピノンを追いかけて床を跳ねるように前進してきた宝箱写しの前に、カムが立ち塞がる。
魔獣が大きく口を開いた瞬間を狙い、カムは口の中に丸太をねじ込んだ。
さらに、ベローが拳で追撃を加える。激しく打ち据えられ、魔獣はぐにゃりと体を歪めた。
一拍遅れて、スパイアが床を蹴り、双剣で斬り掛かった。ひしゃげた宝箱から、ドロっとした黒い液体が漏れる。
集中攻撃を受けた宝箱写しは、やがてぐしゃりと体を崩し、黒い液体となって床の上に広がった。
ピノンはその液体の中に、手袋をした指を入れると、無色の魔石をつまみ上げた。
「よし、一丁上がり! 無属性の魔石、ゲットしたよ!」
「どうして、あれが宝箱写しだって分かったの?」
うれしそうに魔石を見せるピノンに、スパイアが尋ねると、彼は右側、本物の宝箱の方を指さしてみせた。
「ここを見て。ほら、星印があるでしょ?
これ、前来た時においらが付けておいた傷なんだ。」
見れば確かに、蓋の上に小さな星印が付いている。鋭い何かで引っ掻いたような傷跡だ。
「2つ並んでるのって怪しいからさ。念のため付けておいたら、なんとびっくり! 今日見たら左側にも、おんなじ星があったんだ。それでピンときたって訳。」
「へー、そんなことが。でも、それじゃもし、右側が魔獣だったら分かんなくない?」
「もちろん。だから、ちゃんと左にも書いておいたよ。同じ場所にハート印をね。そしたら、星に変わってるんだもん。思わず笑っちゃったよ。」
そう言ってケラケラ笑い出すピノン。
スパイアは呆れたように、肩をすくめた。
「ベローは途中で気がついたみたいだけど、カムは知ってたの?」
「いや、知らなかった。だが、ピノンとは長い付き合いだ。俺たちをからかおうとする時の顔くらい、目を見れば分かるさ。」
カムを見て、照れたように笑うピノン。でもすぐに手をパチンと打ち合わせると、右側の宝箱の前にしゃがみ込んだ。
「少し離れてて。今から鍵を開けるから。」
ピノンは腰につけた物入れから解錠道具をつまみ出し、宝箱を調べ始めた。
「ドルガンに頼んで新調してもらったけど、まだ手になじまないな・・よし、開いたよ。」
ピンという甲高い音がして、宝箱の鍵が外れた。
ピノンは慎重に蓋に手をかけ、一気に開くと同時に、すぐに後ろに跳び下がった。
一瞬の緊張。しかし、何も起こらない。
4人は大きく息を吐いて、宝箱の前に集まった。
「中身は・・おっ、銀貨だ! あとは装備品と・・石?」
「その石を見せてくれ。」
仲間たちが宝箱の中身を取り出す間、カムは石を掌に乗せてじっと見つめた。
一見何の変哲もないただの石。
しかし、最初から感じていた通り、石からは強い大地の脈動が発せられていた。
「その石、何なの?」
「おそらく、龍脈石だろう。強い大地の加護が感じられる。身につけることで、森林司祭の魔法を助けてくれる秘物だ。」
「へー、すごいじゃん!」
「他の装備はどうだった?」
「短剣と胸当て、あとは脛当てだね。」
ピノンはそう言って、床の上に並べた装備を指し示した。
カムは装備の前に跪き、唱句を唱え始めた。
「大地に満ちる大いなる力よ、精霊の導きに従い、悪しき呪いを齎す力を我に示せ。〈呪物看破〉」
カムが触れると、床の上の装備は淡い緑色の光を放った。
「呪いはかかっていない。身に付けても大丈夫そうだ。」
カムの言葉を待ちかねたかのように、仲間たちは装備を身に付けた。
「あの石の門番にダメにされちゃったから、ちょうど新しい短剣が欲しかったんだよね!」
「この胸当て、金属なのにすごく軽くて扱いやすいわ。」
「ありがたい。ただ、ちょっと妙だと思わないか?」
脛当てを身に付けたベローの言葉に、ピノンとスパイアが顔を見合わせる。
「・・確かにみんな『自分に合ってる』の出てるね?」
「そんな都合のいい話、ある?」
仲間たちの視線がカムに集まる。
「迷宮の魔力が影響しているのかもしれん。」
「それってさ、迷宮がおいらたちの『欲しいもの』を見てるってこと?」
ピノンの言葉を聞いたカムの脳裏に、シャーレの御使いの姿が浮かぶ。
レオニスを通じ、この迷宮の討伐を依頼してきたのは、あの御使いだ。
やはりあの御使いが作り出したものなのではないか?
そして、その御使いの目的は・・。
カムは自分のこの思いを口に出すべきかどうか悩み、結局黙っていることにした。
確証がないのはもちろん。
しかしそれ以上に、この迷宮の奥から漂ってくる底なしの悪意と、あの御使いから感じられる温かな雰囲気が、とても同じものだとは思えなかったからだ。
「・・なんか気持ち悪いね。」
スパイアは両手で自分の肩を抱き、周囲を見回す。
「気をつけるに越したことはない。」
ベローの言葉に、仲間たちは無言で頷く。
その直後、ピノンは仲間たちに向かって、手をさっと差し出した。
「なんにせよ強くなるなら大歓迎! これくらいは覚悟の上でしょ。なんたって、おいらたちは冒険者なんだから。」
おどけた表情を作ったピノンに、カムは思わず笑みをこぼした。
「ああ、そうだな。」
仲間の手がピノンの小さな手の平に重なる。
カムは仲間たちの顔をゆっくり見回し言った。
「油断せずに進むぞ。」
「おう!」
声をひとつに合わせた彼らは、その場を後にし広間の奥にあった扉を開けた。
「つきあたりに、下への階段か。先は長そうだね。」
ピノンが先行し、罠の探索を始める。
カムは丸太をしっかりと握り、その後ろ姿をじっと見つめた。
【大陸歴1415年11月18日 早朝】
〈十四郎視点〉
「なんか、人増えてない?」
シャーレの街を一望できる南の外壁の上。俺は隣りにいるパトラとユーリィにそう話しかけた。
「明らかに増えていますね。」
「砂嵐のときにきた船乗りさんたちが、あちこちでシャーレの噂を広めているらしいですよ。昨日、夕ご飯を届けた時に、レオニス様がお母さんにそう話してました。」
「へえ、そんなに話題になってんだ。」
俺は桟橋に集まっているたくさんの船を見た。
西の外壁から大きく張り出した桟橋には、大小さまざまな船が停泊し、男たちが忙しそうに動き回っている。
荷を運ぶ怒鳴り声や、値段を巡る言い争いが、風に乗ってここまで聞こえてくる。
ついこの間まで静かだった場所とは思えない賑わいだ。
ちょっと前までは、船が領土に出入りするたび、ナビさんが俺に警告してくれていた。
でも、この2,3日前から、それがあまりにもひっきりなしなので「船の出入りは知らせなくていい」とお願いして、止めてもらっていたのだ。
なんとなく人が増えてる気はしてたけど、目の当たりにするとその多さに驚かされてしまう。
このまま好き勝手に集まり始めたら、あとで取り返しがつかなくなるかもしれない。
そんな不安が、胸の奥に引っかかった。
「そういえば、カムさんたちは戻ってきた?」
「昨日の夕方、船に乗って戻ってきました。鉄の素材をたくさん持ち帰ったそうです。今日はまだ出発していません。代わり、今朝早く他の人間たちが迷宮に入っていきました。」
俺の問いかけに、パトラはそう答えた。
パトラによると最近、迷宮の噂を聞きつけた人間の冒険者たちが、討伐に加わるようになったそうだ。
最初にそれを聞いた時、俺はカムさんたちが他の冒険者たちとのトラブルに巻き込まれるのではないかと心配した。
ただ、今のところ、大きな揉め事などは起きていないらしい。
迷宮付近で警備をしているパトラの話だと、彼らは双方とも、互いに関わらないようにしているそうだ。
確かに考えてみれば、魔獣の多い場所で揉め事を起こすなんて、自殺行為だもんな。
俺のmpは相変わらずじわじわ減っている。けど、人が増えたことで回復量も上がった。
相変わらずmpのゆとりはほとんどないけど、今のところすぐにゼロになる心配はなさそうだ。
でも、いつ何時、何が起きるか分からない。ちょっとしたことがきっかけで、以前みたいに急に減ることがあるかも知れない。
出来れば、早めにカムさんたちが討伐して欲しいところ。だから、そのための助力は、これからも惜しまないつもりだ。
その日の昼前、ユーリィたちのところにレオニスさんが尋ねてきた。
「建物を増やしたい?」
「ええ。このところ、その要望がかなり出ています。定住して働くことを望んでいるようですよ。」
ユーリィに食器を返し、持ち帰りの昼食を受け取った彼は、俺にそう告げた。
「具体的には、どの辺りに建てるつもりなんだ?」
「シャーレの北側には広い土地がありますよね。ただ、ドルガンたちの工房があって、かなり騒音や臭いが酷い。ですから、北側には職人たちやそれに関連した人たちを集めようと思っています。」
なるほど。もう区画の案もできてるってことか。
「はい。もちろん、御使い様の了承を得た上でのことですが。」
もちろん、俺に異論はない。
ユーリィにそう伝えてもらうと、彼は優雅に微笑んで言葉を続けた。
「ありがとうございます。桟橋に繋がる大倉庫がある辺りには、交易商人たちのための宿や倉庫、酒場などが必要になりそうです。」
レオニスさんは一度言葉を切り、浮遊する俺を真っ直ぐに見上げた。
「ただ、1つ確認しておきたいことがあります。御使い様の御力で、すべての建物を建てることは可能ですか?」
そう言われて、俺は言葉に詰まってしまった。
ユーリィたちが暮らしているような共同住宅を全員分、一度に準備するには、到底mpが足りない。
mpの余裕を見ながら少しずつ建てていくことになるだろう。
俺がそう言うと、レオニスさんは大きく頷いた。
「大変結構。むしろ、その方が好都合です。」
えっ、そうなの?
「実はすでに何人か、便利な区画に陣取り、勝手に建てようとしている者もおります。このままでは揉め事になるでしょう。」
それは困るな。
「はい。ですからその上、すべてを御使い様にしてもらえるとなれば、住民たちは無秩序に要求してくるようになります。」
確かにそうだ。無料だって分かったら、ますます揉め事が増えそうだな。
「ですから、管理のためにこちらである程度選定し、土地の使用料を徴収します。あとは住みたいと思う者たちに任せましょう。その方が住民たちの仕事も増えます。それに。」
レオニスさんは、口角を引き上げて言った。
「より儲かります。」
すごくうれしそうなレオニスさん。上品だけど、やっぱこの人、商人なんだなと思ってしまった。
それにしても、俺が1人で全部やらなくていいっていうのは、ちょっと目から鱗だったよ。
「これまで、御使い様の建築については、対価が曖昧でしたからね。差し出がましい提案で恐縮ですが、もし御使い様の御力を使うなら、相応の対価を要求すればいいです。そうですね・・ドルガンたちが工房代として支払った額を基準に考えたらよいでしょう。」
それはナイスアイデア。お金を要求されれば、あまり無茶なことは言わなくなるだろうし。
「あとは、区画を分けて、より便利な場所ほど使用料を高くするといいですね。揉め事がひどくなる前に、対処しなければ、街の治安が低下します。決めるなら、早いに越したことはありません。秩序は、最初に形を作った者のものになりますから。」
それなら、ある程度住民の棲み分けもできていいかも知れない。
俺はその方向で進めて欲しいと、レオニスさんに伝えた。ユーリィからそれを聞いた彼は「ありがとうございます」と言って、恭しくお辞儀をした。
それにしてもなんだか、本格的に『街』って感じになってきたな。
「ええ、ここはもう立派な街ですよ。そして、これからもっともっと、大きくなります。」
レオニスさんは姿勢を正すと、俺に深くお辞儀をした。
「どうぞこれからも末永くこのシャーレをお守りください、御使い様。」
種族:迷宮核
名前:澤部十四郎
迷宮レベル:12
総DP:34230
獲得DP/日:39550
消費DP/日:35000
【宝箱写し】
種族:魔法生物
属性:無属性
召喚コスト:500DP
維持コスト:50DP/日
保有スキル:〈変身〉
他の物に姿を変え人を襲う変形魔獣と呼ばれる魔獣の一種。主に迷宮に出現し、宝箱に変身して宝箱を開けようとする冒険者を襲う。鋭い牙は一撃で大人の腕を食いちぎるほど鋭いが、脅威はその程度。動きは鈍く、攻撃方法も噛みつくしかないため、正体を見破られた時点でほぼ戦闘は終了していると言っても過言ではない。上級種になると呪文を使ったり、罠の効果を使って攻撃したりするなど危険度が多少上がる。長年、研究者の間で「宝箱写しは魔獣なのか、それとも罠の一種か」で意見が分かれていたが、倒されると無属性の魔石を残すことから、現在は魔獣であるという説が濃厚となっている。ただ、罠説を主張する研究者は「魔石は元々宝箱に入っていた中身に過ぎない」と主張しており、現在も論争は続いている。
お読みいただき、ありがとうございました。




