122 罠と門番 後編
今日は急に寒くなって、朝から震えています。キーボードを打つ指が痛いです。暖かくなるのが待ち遠しいです。
【大陸歴1415年11月6日 昼下がり】
〈ベロー視点〉
まとわりつくような濃い闇の中。
ベローは身構え、左右の拳に装備した手甲を胸の前で打ち合わせる。
飛び散った火花がフラッシュのように一瞬、不死者の姿を暗闇から浮かび上がらせた。
鎧に宿った邪悪な意思が、ベローの視線と絡み合う。
「来い。叩き潰してやる。」
半身に構えたベローは、拳を突き出して挑発した。
鎧の不死者は声なき怨嗟の雄叫びを上げ、方形の棘付き盾を構えて突進してきた。
しかし、ベローは落ち着いて呼吸を整え、半身に構えたまま、その場から動かない。
盾の棘がベローに迫る。
次の瞬間、ベローは地面スレスレまで体を下げて、不死者の視界から完全に姿を消した。
目標を失った不死者が混乱して足を止める。それに合わせ、ベローの強烈な足払いが不死者に炸裂した。
空中で一回転し、激しく床に落下する不死者。その衝撃で鎧はバラバラに砕け、床に散乱した。
残りは2体。通路が狭いため、一度に襲われることがないのはありがたい。
ベローは床に散らばった鎧の残骸を踏み越え、次の鎧騎士に向かい合った。
空っぽの鎧が繰り出す片手長剣の一撃を、金属の手甲で受け止める。
「ベロー! 後ろ!!」
カウンターの一撃を繰り出そうとした瞬間、スパイアの叫びが耳に届いた。
ハッとして構えを解き、咄嗟に身を翻らせる。
いつの間にか元通りの姿に戻った鎧の騎士が放った長剣の突きは、ベローの右肩をかすめた。
「ぐうっ!」
その瞬間、焼けた金属を押し当てられたような痛みが走った。
熱を奪われ凍りついて変色したベローの鱗が、パラパラと砕けて床に散らばった。
「こいつら、生命力を奪うのか!?」
再び襲いかかってきた剣を躱し、後ろ回し蹴りを放つベロー。
しかし、兜を蹴り飛ばされた騎士は、兜を拾い上げ、すぐに元通りの姿になった。
「クソっ! キリがない!」
思わず悪態が口を付いて出る。
長剣の攻撃に加え、盾突撃。
さらには、後方から繰り出される投擲武器がベローに襲いかかる。
幸いなことに、剣以外の攻撃では生命力の吸収は起きないようだ。
しかし、たった一度の集中攻撃によって、ベローは傷を負ってしまっていた。
いつもなら、前列で攻撃を押さえてくれているカムの不在。
それが今、彼に大きくのしかかっている。
再び前後から同時に長剣が繰り出された。
体をひねって躱し、前後の敵を同時に打ち砕く。
そこへ後列の騎士から、投擲短刀が放たれた。
刃の先にあるのは、彼の心臓。前後からの攻撃は、このための囮だったのだ。
咄嗟に手甲を胸の前で合わせて防ぐが、間に合わない。
しかし、短刀は空中でその動きを止めた。上空から放たれた白い糸が、短刀を絡め取ったのだ。
「スパイア!」
「後ろのやつは任せて!」
糸を使って天井に張り付いたスパイアが、後列の騎士に向かって双剣を振るう。
予想外の場所からの一撃に、後列の騎士はあっけなく砕け散った。
しかし、それもまた一瞬のこと。
散乱した鎧は時間を巻き戻すかのように、わずか数秒で再び元の姿に返った。
スパイアは糸と双剣を使い、上空から牽制を続けている。
だが、闇の視界が完全に確保できていないため、なかなか決定打には至らない。
このままではジリジリと削られるばかりだ。
そのとき、追い詰められたベローの脳裏に、かつてカムの語った言葉が閃いた。
『不死者を倒すには聖なる武器が有効。だが、実体のある不死者の場合、呪いの核となっている部分を正確に破壊すれば、倒すことも可能だ。もっとも、並大抵の技術では困難だが。』
ベローはハッとして、再び不死者の姿を見た。
蛇人の持つ温度を正確に読み取る力。それを最大限に発揮する。
すると、鎧の一部に、周りより温度が低くなっている場所があることに気がついた。
ベローは斬り掛かってくる騎士の剣を素早く躱すと、あえてその懐に飛び込み、体ごとぶつかって鎧を壁に押し付けた。
左手で暴れる鎧を押さえつけ、その状態で体を大きくひねる。
そして短く息を吸い、一瞬で吐き出すとともに、体の回転を右拳に乗せて一気に鎧に打ち込んだ。
鎧を貫いた拳が壁に突き刺さる。その瞬間、鎧は動きを止め、ガラガラと音を立てて床に崩れ落ちた。
「見つけた!」
後ろから斬り掛かってきた不死者の攻撃を躱し、距離を取る。
はからずも、後方で戦っていたスパイアと背中合わせになった。
「倒せたのね、さすがベロー!」
「ああ、一気に行くぞ!」
ベローとスパイアは、襲いかかってきた騎士たちを迎え撃った。
ベローの蹴りとスパイアの双剣が、空っぽの鎧を打ち砕く。
ベローは散乱した鎧の中から呪いの核を見つけ出すと、拳とかかとを使いそれを叩き潰した。
「無事か、スパイア!?」
不死者を倒したベローは、すぐにスパイアに駆け寄った。
彼女の蜘蛛脚のうち、3本が途中から無くなってしまっていた。
「平気よ。しばらくすれば、また元に戻るから。それよりも、カムたちは大丈夫かしら。」
2人はすぐに金属扉に向かい、なんとか鍵を開けようと試みた。
しかし、扉は開かない。扉の中からは、岩を打ち付けるようなドーンという大きな音が聞こえてくる。
「中でも戦ってるみたいね。」
「ピノンが魔法の罠だと言っていた。中にいるのは間違いなく門番だろう。あいつを倒さない限り、この扉は開かない。」
「そんな。一体どうしたらいいの?」
涙目になるスパイアの手を、ベローは強く握った。
「信じて待とう。カムは俺たちよりもずっと強い。ピノンだってそうだ。2人ならきっと勝てる。」
ベローは半ば自分に言い聞かせるようにそう言った。
スパイアは涙を拭い、大きく頷いた。
互いの指先も見えない闇の中。
2人は手を取り合い、ひたすらに仲間の勝利を祈った。
〈カム視点〉
「よし、始めよう。」
カムが言うと同時に、ピノンと岩塊が動き出す。
「やい、ミートボール! こっちを見ろ!」
ピノンは突進してくる岩塊の前で、腕をひらひらと振って見せた。
岩塊は向きを変え、速度を上げて、ピノンを押しつぶそうと迫る。
しかしぶつかる直前、ピノンは闘牛士のようにさっと身を翻し、岩塊をやり過ごした。
勢い余って壁に激突する岩塊。ドオーンという轟音と共に、一瞬動きが止まる。
「へへーん! 悔しかったら、捕まえてみな!」
その場でトンボを切って宙返りし、お尻をペチペチと叩くピノン。
岩塊は再び猛然とピノンを追い始めた。
ピノンが岩塊を引きつけている間、カムはその場に座り込んで両手を床についていた。
じっと目を瞑り、口の中で唱句を唱えながら、大地の中に流れる力をその身に集めていく。
やがて、カムの右手が金色の光に包まれた。
ゆっくり立ち上がったカム。
カムとピノンは視線を合わせ、小さく頷いた。
「ほらほらこっちだ、ゴロゴロ野郎!」
幾度となく壁に激突しながら、それでも執拗にピノンを追い続ける岩塊。
一際激しく壁にぶつかった後、ピノンはあえてギリギリまで岩塊に接近した。
ブルッと岩塊が大きく震え、勢いよく炸裂する。
「あらかじめ分かってたら、避けるのなんか簡単さ!!」
ピノンは身を翻し、飛び散る石をすべて避けてみせた。
轟音とともに、広間に散乱する石。
それに合わせ、カムは床に右手を当て、詠唱を完成させた。
「世界を支える大いなる大地よ、古き大地の理、恵みをもたらし、汚れを受け止めるその力を持って、我に示せ。〈地脈感知〉」
カムの右手に蓄えられていた金色の光が、床の上に大きく広がった。
床の上に散乱した無数の石を、光が包み込む。すると、その中の一つが濁った赤い光を放った。
「カム!!」
ピノンは確信を持って素早くその石を拾い上げると、カムにその石を投げ渡した。
「ふん!!」
石を受け取ったカムは、それを渾身の力で金色の光を放つ床に叩きつけた。
カムの足元で、石は真っ二つに割れた。その瞬間、彼の全身をなんとも言えない不快なざらつきが駆け抜けた。
まるで物言わぬ魔獣の断末魔のようだ、とカムは思った。
その後、金色の光が消えても、再び石が動くことはなかった。
先程のざらついた感じを最後に、もう大地の歪みを感じることは無くなっていた。
門番を倒せたのだと、カムは朦朧とした意識の中で確信した。
ガチャリという音がして、扉の鍵が外れると同時に、ベローとスパイアが広間に飛び込んできた。
「うわっ、大丈夫!? 二人ともボロボロじゃん!」
「あんただって人のこと言えないじゃない! なんで下着になってんのよ!」
「しょうがないじゃん! この石の魔獣に全部取られちゃったんだから!」
ピノンが床に散らばる石を指差し、スパイアに答える。
いつもの賑やかな掛け合いを聞きながら、カムは仲間たちのところへゆっくりと歩き始めた。
しかし、数歩歩いたところで激しいめまいを感じ、その場にがっくりと膝をついた。
「カム!!」
仲間たちが駆け寄ってくる。心配して顔を覗き込む彼らに、カムは荒い息を吐きながら答えた。
「すまん。少し無理をした。」
魔獣と組み合った時に感じた歪んだ大地の力。
それを探知するための〈地脈探知〉で、魔力を限界まで使い切ってしまったのだ。
さすがに五節詠唱は無理があった。
カムは、仲間たちの生命線である自分が、ひどい無茶をしてしまったことを深く反省した。
「これ以上は危険だ。幸い、この場所は鍵のかかる扉がある。しばらく休んでから、シャーレに帰還しよう。」
「それはいいね! ここの門番はもう倒しちゃったから、外から侵入してこない限りは安全だよ。」
迷宮には、安全地帯と呼ばれる魔獣が出現しないエリアが存在する。門番を倒した後の部屋などがそれにあたるのだと、ピノンはスパイアに説明した。
「休むことにはあたしも賛成よ。だけど、この石は大丈夫なの?」
床の石を指さし案ずるスパイアに、カムは答えた。
「この門番は、おそらくゴーレムの一種だと思う。迷宮の魔力によって生み出された魔獣だろう。しかし、核を破壊したから、もう無害のはずだ。」
仲間たちはカムをその場に寝かせた後、荷物を回収し周囲の安全を確認しはじめた。
「これ見て! カムが割った核から、魔石が出てきたよ!」
「これは・・デカいな。」
ベローの言う通り、掌からはみ出すほどの大きさの魔石は、宝石のように透き通った金色の光を放っていた。
その後、ピノンはボロボロになった自分の服と装備を回収し、スパイアとベローは倒した魔獣の素材と魔石を集めた。
ただ、広間にあった2つの宝箱は、ピノンの解錠道具がすべて壊れてしまったため触ることができず、そのまま放置することになってしまった。
彼らは野営の準備を整えると、カム以外の3人が交代で見張りをしながら、広間で一晩を過ごした。
翌朝、彼らは帰路についた。
「調子はどう、カム?」
「ああ、もう魔力もだいぶ回復した。みんなのおかげだ。ありがとう。」
途中、鉄モグラと鎧騎士に遭遇したものの、ベローの活躍とカムの魔法によって退けることができ、なんとか無事に地上へとたどり着くことができた。
「よお、あんたがカムかい?」
地上に出た彼を出迎えたのは、褐色の肌をした船乗りだった。
「俺はディエゴ。レオニスって奴に頼まれて、あんたを迎えに来た。」
驚く彼に、船の上から2人の丘小人たちが声をかけてきた。
「おお、無事に帰ってきたな! 本当によかった!」
「なかなか出てこんから心配したぞい!」
鍛冶職人ドルガンとガラス職人リグドは、獣人たちの無事を心から喜んだ。
戸惑いながらもうれしい気持ちで、彼らは船に乗り込んだ。
「よし、じゃあ出発するぜ!」
四角帆が風をつかむと、小型船はゆっくりと砂の上を走り始めた。
カムは船の上から、次第に遠ざかっていく迷宮をじっと眺めた。
「しんどかったけど、がんばってよかったね。」
ピノンの言葉に、仲間たちが頷く。
「こんなに良くしてもらったんだもの。絶対に迷宮を攻略しなきゃね。」
「次はあの宝箱を回収しなくっちゃ!」
「できるだけ早く戻ってこよう。」
ピノン、スパイア、ベロー。
誰一人欠けることなく、ここにいることが、カムには本当にうれしかった。
「ああ、そうだな。また、みんなで。」
カムは大きく頷き、眼前に迫ってきたシャーレを見つめた。
砂原にそびえる白い砂色の外壁は、太陽の光を反射し、これまでになく美しく輝いて見えた。
【空鎧の騎士】
種族:不死者
属性:闇属性
召喚コスト:600DP
保有スキル:〈生命力吸収〉〈投擲〉〈盾突撃〉〈魔法無効化(小)〉〈物理攻撃被ダメージ減(大)〉〈神聖攻撃被ダメージ増(極大)〉
打ち捨てられた騎士鎧に宿った不死者。彼らの剣には触れたものの魂と肉体を凍りつかせ、生命力を奪い取る効果がある。物理攻撃を受けると鎧をバラバラに自壊し、ダメージの殆どを無効化してしまう。倒すには、鎧のパーツを再生できないほど徹底的に破壊するか、数多くあるパーツのどこかに隠された呪いの核を打ち砕くしかない。魔力を帯びた防具の効果で、低位の呪文を打ち消すことも可能。様々な特殊能力を持っているが、憑依型不死者共通の特徴として動きはやや鈍く、攻撃技術はさほど高くない。また、神聖攻撃に非常に弱く、僧侶の〈不死者払い〉や聖水などで簡単に消滅してしまう。
【磁力獣】
種族:魔法生物
属性:土属性
召喚コスト:1800DP
維持コスト:300DP/日
保有スキル:〈金属吸着〉〈石礫放出〉〈突撃〉〈斬撃攻撃被ダメージ減(大)〉〈魔法攻撃被ダメージ減(大)〉〈打撃攻撃被ダメージ増(小)〉〈状態異常無効〉
ゴーレムの変異種。鉄分を多く含んた石の集合体。集合体を形成する石はおよそ直径10cm。合体すると直径2mほどの大きさになる。普段はバラバラになった状態だが、外敵に遭遇すると魔力核が存在する要石を中心に寄り集まり、球体となる。このとき、周囲の金属を強力に引き寄せる魔力の力場を発生させる。球体の状態になると、力場は消える。攻撃方法は単純で、転がって相手に突進するか、自ら弾け飛んで周囲に石礫による打撃を与えるかしかできない。その分、防御力は非常に高く、要石を破壊するか、打撃攻撃以外で倒すのは困難である。
お読みいただき、ありがとうございました。




