121 罠と門番 前編
今日も移動が多くて疲れました。明日はすこし休めそうです。
【大陸歴1415年11月6日 昼過ぎ】
〈カム視点〉
カムたちは魔獣と遭遇することなく、迷宮のある谷間へと辿り着いた。
谷間の入口付近には、砂漠アリを伴った黒い鎧姿の女騎士たちがじっと彼らを待っていた。
カムたちの姿を見た騎士は、すぐに両手を挙げて敵意のないことを示した。
「あれが、御使いが言ってたパトラの仲間みたいね。彼女たちのおかげで、魔獣に襲われずに済んだみたい。頼もしいわ。」
スパイアがホッとしたように言う。
それを聞いたピノンは、口の中で小さく呟くように言った。
「(おいらにはあの黒騎士たちのほうが、下手な魔獣なんかよりずっとおっかなく見えるけどね・・。)」
4人は隊列を整え、迷宮に入った。
昨日と同じ、ピノン・カム・スパイア・ベローの順番だ。
「昨日より気配が強いな。」
カムの言葉に、ベローが珍しく返事をした。
「嫌な感じがする。」
迷宮の奥から、禍々しい気配を伴った魔力が流れてくるのが感じられる。
仲間たちもそれに気づいているようだ。
「進もう。」
カムは丸太を握る手に、力を込めた。
罠を警戒しながら、一歩ずつゆっくりと進んでいく。
「結構、複雑なのね。」
スパイアがふうっと息を吐いた。
最初の通路の行き当たりは、丁字路になっており、そこからは左右どちらも、入り組んだ道がずっと続いている。
途中、3回ほど鉄モグラに遭遇したものの、今のところ脅威となるような魔獣や罠には遭遇していない。
ただ、迷宮の奥に進むための扉や階段も、見つかっていなかった。
地図を書きながら進んでいたピノンが、ふと顔を上げる。
「静かだな。」
「確かにそうね。魔獣が出なくて助かるわ。」
スパイアの言葉に、ピノンは小さく頭を振った。
「ううん、そうじゃない。この構造なら、そろそろ階段か部屋がなきゃおかしい。それなのに、何にも音がしないんだ。」
「普通は音がするものなの?」
スパイアの問いに答えたのは、カムだった。
「迷宮は自分の核を守るために、要所要所に強い魔獣を配置することが多い。門番や階層守護者と呼ばれる連中だ。」
「そうそう。だから、そろそろ魔獣の気配がしなきゃおかしいんだよ。門番たちは、普通の魔獣よりもすごく強いんだ。凶悪な罠が仕掛けられてることもあるし・・・!」
「ピノン?」
急に黙り込んだピノンの名を、スパイアが呼ぶと、彼は手でさっとそれを押し留めた。
「(見て。あの突き当り。扉がある。)」
ピノンは囁くように仲間に伝えた。
角灯に照らし出された通路の行き当たりには、熊人のカムでも普通に通り抜けられるくらいの金属扉があった。
ピノンは「待ってて」と言い残し、そろそろと扉に近づいていった。
慎重に辺りを調べるピノンを仲間たちはじっと見守った。
スパイアが固い唾を飲む音が、はっきりと聞こえる。
カムはじっとりと湿った掌を、そっと毛皮で拭った。
程なくピノンは音もなく駆け戻ってきた。
「扉の前には罠はないみたい。扉自体にも罠はなかったよ。ただし、魔法の罠はおいら感知できないから。みんな、注意してついてきて。」
扉の前まで進むと、再びピノンは声をひそめた。
「(中からも音はしない。でも、扉を開けたら何か、飛び出してくるかも知れない。警戒してて。)」
ピノンが道具を使って、ドアの鍵を解除する後ろで、仲間たちがそれぞれの武器を構える。
カムはいつもの丸太。
スパイアはドルガンに鍛え直してもらった双剣。
そして、ベローは新調した手甲を身に付けている。
カチャリという音が響き、ピノンが仲間たちを振り向いた。
仲間たちが頷いたのを見た彼は、すぐに扉を押し開き、さっと壁際に後退する。
扉から明るい光が漏れ、薄暗い通路を照らす。
「・・何にも出てこない?」
短剣を手にしたピノンがそう呟くと、カムは扉に向かって一歩踏み出した。
「これは・・明らかに罠だな。」
カムの言葉に、仲間たちも部屋を覗き込む。
そこにあったのは20歩(およそ15m)四方の正方形の広間だった。
天井もドーム状になっており、通路よりやや高くなっている。
壁には聖堂のような柱状装飾が施され、魔法の灯火が灯った燭台が各所につけられていた。
部屋の奥の壁にはこちら側と同じような金属扉が付いており、その両側には2つの宝箱が配置されている。
そして、白い石の床の上には、握りこぶしほどもある赤黒い色の石が、無数に散乱していた。
「ピノン、他に通路は?」
「ないね。進むしかなさそうだよ。」
カムの問いかけに、ピノンが答える。
カムは仲間たちに目を向けた。全員、同じ気持ちなのがすぐに分かった。
「広間を調べよう。」
「じゃあ、いつも通り、おいらが先に行って調べるね。」
ピノンはそう言うと、慎重に部屋に足を踏み入れた。ところが、その途端。
「うわわっ!? ひ、引っ張られる!」
広間の中央に向かって、ピノンの体がジリジリと引き寄せられていく。
彼の手にしていた金属製の角灯は、手を離すと同時に宙を跳んで、広間の中央に吸い寄せられてしまった。
腰につけた短剣もベルトからひとりでに飛び出す。
見れば、床に散乱していた赤黒い石も、中央に集まりつつあった。
「魔法の罠だ! 金属が吸い寄せられてる! スパイア、ベロー! 離れて!」
床に倒れ込んだピノンは、必死にもがきながら叫んだ。
引き寄せられているのは、彼の服や背嚢のあちこち仕込んだ投擲刀や解錠道具。
それらを必死に外そうとする間にも、身体中にある道具類のせいで、すごい勢いで床の上を引きずられていく。
身軽なことも災いし、一瞬の内に扉から5歩(およそ4m)ほど離れてしまっていた。
「ピノン!」
パーティの中で唯一、金属の装備を身に付けていないカムが、背嚢を放り出してすぐ部屋に飛び込んだ。
こちらに向けて伸ばしたピノンの手を掴むと、ようやく彼を止めることができた。
「ぐっ、なんて力だ!!」
ピノンの手を握るカムが思わず言葉を漏らす。
広間の中央に近づくほどに、金属を引き寄せる力は強くなる。
カムは足を踏ん張り、ピノンの体を少しずつ扉の方へと引き寄せた。
床に散乱していた赤黒い石は、広間の中央で巨大な球体へと変貌を遂げていた。
球体に吸い寄せられたピノンの角灯が悲鳴を上げるように軋む。
やがて互いに引き合う石の圧力に押され、角灯はぐしゃりと音を立てて潰れた。
〈ベロー視点〉
引き寄せる力に抗おうと奮闘するピノンとカム。
スパイアとベローは、2人を助けるため、その場に背嚢を下ろすと、自らの装備を外し始めた。
それと同じタイミングで、床の上に散らばっていた赤黒い石が広間の中央にすべて集まり、一つの巨大な岩塊となる。
直後、まるでそれを待っていたかのように、広間に通じる唯一の扉が音を立てて閉まった。
続いて、ガチャリと鍵のかかる音が響く。
角灯と広間の光が失われたことで、2人のいる通路は暗闇に閉ざされた。
「ピノン! カム!!」
自分の指も見えない暗闇の中、スパイアは扉を必死に開けようとした。
しかし、重い金属扉はビクともしない。
「ベロー! 2人で扉を・・!」
「危ない! スパイア!」
スパイアがベローを振り返ると同時に、ベローは彼女を体ごと押し倒した。
直後、金属同士が激しくぶつかる音が響く。
通路の向こう。暗闇の奥からスパイアを狙って飛来した何かが、金属扉に激突したのだ。
それはガランという音を立て、石の床の上に転がった。
「スパイア、ケガはないか?」
「あたしは大丈夫! それより、何?」
「厄介なやつが現れた。」
暗闇を見つめるベローの瞳孔は、蛇のように細くなっていた。
蛇人特有の赤外線暗視が、闇の中の輪郭を浮かび上がらせる。
彼の目には、近づいてくる魔獣の姿がはっきりと見えていた。
闇の奥から、ガシャリガシャリと音が響く。
音の正体は、ボロボロになった片手長剣と棘付き盾を装備した全身鎧の騎士たち。
ただし、その円筒兜の奥からは、一切の息遣いが感じられない。
重々しい動きにも関わらず、体重を感じさせないその音には、生命の気配がまるで無かった。
「不死者だ。カムが言っていた空鎧の騎士ってやつだろう。」
先程スパイアに向けて放たれたのは、騎士の盾の裏に仕込まれていた短刀。
ベローはその鋭い感知力で、背後から接近する不死者の気配にいち早く気づくことができたのだ。
「全部で3体ね。」
「お前も見えるのか?」
ベローの問いかけに、スパイアは首を振った。
「ううん。でも空気の震えで、なんとなく分かるわ。」
蜘蛛脚に生えた微細な毛によって、周囲の動きを感知できると、彼女は説明した。
実はこの時、彼女は恥ずかしさから頬を赤らめていたのだが、暗闇故にベローはまったく気が付かないままだった。
「上出来だ。援護を頼む。」
「もちろん。気をつけてね、ベロー。」
スパイアを背に、ベローは立ち上がり騎士たちと向かい合った。
その時、彼らの背後にある扉の向こうから、巨大な何かがドンと壁に激突する音が聞こえてきた。
どうか無事でいてくれ。
扉の向こうで戦う仲間を思い、ベローは強く握りしめた拳を構えた。
〈カム視点〉
広間に散らばっていた赤黒い石。
握りこぶし程もあるその石は、広間の中心に寄り集まり、やがて一つの巨大な岩塊へと変わった。
同時に、カムの背後の金属扉がガシャンと音を立てて閉まる。
カムはその音に、捕らえた獲物を逃すまいとする、迷宮の底知れない悪意を感じずにはいられなかった。
扉が閉まって間もなく、岩石から発せられていた金属を吸い寄せる力は何の前触れもなく消えた。
ピノンの手を掴み、岩石に引き寄せられまいと足を踏ん張っていたカムは、急に引き寄せる力が消えたことで、ピノンと共に後ろ向きにひっくり返ってしまった。
「うわわわっ!」
床をコロコロと転がるピノンが悲鳴を上げる。
勢いよく転がった彼は、ぶつかる前に壁を蹴って、さっと起き上がった。
「大丈夫か、ピノン?」
「うん。おかげで助かったよ、カム。あのままミートボールにされるかと思っちゃった。」
服のホコリを払いながら、おどけるピノンを見てカムはそっと安堵の息を吐いた。
しかしそれも束の間。
ゴンという大きな音がしかたと思うと、巨大な球体となった岩塊が、恐ろしい速度で2人に向かって転がり始めた。
背後にいるピノンを守るため、カムは咄嗟に大きく両手を広げた。
「ふううん!!」
カムは気合の声とともに、自分の体ほどもある岩塊の突進を受け止めた。
踏ん張る足が滑り、爪が石の床に大きな傷をつける。
「カム!」
「大丈夫だ。それより扉を!」
ピノンはすぐに、背後にある扉を調べ始めた。
岩塊は恐ろしい力で、カムを押しつぶそうと迫ってくる。
カムは動きを止めたピノンを守るため、岩塊を必死に押し返した。
「ダメだ! 開かないよ!!」
悲鳴のような声を上げたピノンに、カムは冷静に答えた。
「では、反対の扉だ。」
すぐに岩塊の脇を通り抜け、部屋の奥の扉に向かうピノン。
出来れば仲間と合流したかった。
しかし、扉が開かないのならば仕方がない。
この岩塊は、おそらく門番。
扉を開ければ、動きが止まるはずなのだが・・。
カムがそう考え、ピノンが奥の扉に辿り着いたその時、巨大な岩塊がブルッと大きく震えた。
彼の森林司祭としての感知力が、歪んだ大地の脈動を感じ取る。
「伏せろ! ピノン!!」
咄嗟に岩塊から離れると同時に、カムが叫ぶ。その直後、巨大な岩塊は中心から弾け飛ぶように炸裂した。
「ひええっ!!」
「ぐわああっ!!」
飛び散った石が、周囲の壁や天井に当たり轟音を響かせる。
ピノンはなんとか躱すことができたものの、カムは至近距離から石による打撃を受けた。
かろうじて腕で頭をかばうことができたが、全身にひどい打撲を負うことになった。
ピノンは一瞬、倒れ込んだカムに駆け寄りかけた。
だが、彼がのっそりと起き上がったのを見て、唇を噛み、すぐに目の前の扉に取り付いた。
痛みを堪えて立ち上がったカムは、全身を見下ろした。
石の直撃を受けたものの、厚い毛皮と皮下脂肪のおかげで骨に異状はない。
まだ戦えることにホッとし、ピノンが扉の前にいることを確認して大きく頷いた。
部屋の中には、さっき飛び散った石が無数に転がっている。
カムはピノンのもとへ向かおうとした。
その時、周囲の石が一斉にころりと転がった。
そして、そのまま吸い寄せられるように、入口側の扉の方へ集まり始める。
「うわっ!」
扉を調べていたピノンが、引きずられるように床に転がる。
「またおいらを吸い寄せる気だな! でも残念! 同じ手にはもう引っかからないよ!!」
ピノンは素早くベルトを外し、革鎧と上着、ズボンを脱ぐと、下着姿になった。身に付けていた金属類をすべて無くしたことで、ピノンは身軽に動けるようになった。
「へへーん! どんなもんだい!!」
球体に向かって吸い寄せられていく装備を見送り、ピノンはその場でさっと宙返りをしてみせた。
「ピノン、扉は?」
「こっちもダメだった。やっぱ、あいつを倒さないとこっから出られないみたい。」
ピノンは両手を大きく広げて肩をすくめた。
カムは再び球体になろうとしている岩塊を見つめ、考えはじめた。
ピノンはその横顔をじっと見つめる。
武器である丸太は、背嚢と一緒に扉の外。
つまりここにいるのは、丸腰の熊人と草原小人だけだ。
そして相手は正体不明の巨大な岩塊。魔獣であるかどうかも、定かではない相手だ。
岩塊がいる扉の向こう。ベローたちがいる通路から、かすかに金属を打ち合わせる音が聞こえる。
通路の外でベローとスパイアが戦っていることを、カムは確信した。
仲間たちが分断されたこの状況に、カムは目には見えない迷宮の悪意を感じずにはいられなかった。
ベローがいれば、その拳や蹴りで岩塊にダメージを与えることもできただろう。
しかし、今はそれを望むべくもない。
カムは、打開策を必死に考えた。
そして、さっき岩塊が炸裂した時に感じた脈動を思い出した。
あれは岩塊の中心付近から、外側に向けて発せられていた。
そして、石が集まった位置。最初は中心で、次は入口の前だった。
もしかすると・・。
「なんか思いついたみたいだね!」
顔を上げたカムを見て、ピノンはうれしそうに言った。
「ああ。試してみたいことがある。協力して欲しい。」
カムはピノンに作戦を伝えた。
「お安い御用さ。あの真ん丸野郎には、装備を全部ダメにされちゃったからね! きっちりお返ししてやろう!」
ピノンの差し出した手に、カムはそっと掌を合わせた。
お読みいただき、ありがとうございました。




