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119 船主との交渉

 三連休目前ですが、休みがとれるかちょっと分かりません。少しでも書く時間がとれるとよいのですが。

【大陸歴1415年11月6日 昼前】


〈十四郎視点〉


 俺とユーリィ、パトラは、レオニスさんに先導されて桟橋へと向かった。


 西の外壁に接するように作られている大倉庫の前では、あちこちに天幕が張られ、ちょっとした市場のようなものまでできていた。


 天幕からは、活気のある男たちの声が聞こえる。


 最近、この辺り賑やかだなとは思ってたけど、いつの間にこんな風になっていたんだろう?






「雨が上がってすぐ、商人さんたちがここに集まっていろんなものを交換しているみたいですよ。」


 ユーリィが俺にそう言うと、レオニスさんがそれに続けた。


「集まる商人たちを管理する必要があったので、私の方で人を雇って仮交易所の設営を進めさせていただきました。お、ちょうどあそこにいますね。」


 レオニスさんの目線に気づいた男がこちらに駆け寄ってくる。


「おお、これはレオニスさん! 後ろにいらっしゃるのはひょっとして、噂に名高いシャーレの御子殿ですかな?」


 恰幅の良い商人風のオッサンが、俺たちを見かけて声をかけてきた。


「お初にお目にかかります。私、この交易所の管理を担当させていただいているバルハムと申します。」


「バルハムさんは、私が以前から懇意にさせていただいている方なんですよ。生活雑貨を扱う商人で、航行の経験も豊富。ご家族で中型船を使った交易をしていらっしゃるんです。」


 レオニスさんがそう紹介すると、バルハムさんは大げさに手を振った。






「いやいや。いまだに自分の店も持てないようなしがない交易商人です。ですが、今回お話をいただきまして、しばらく家族でお手伝いをさせていただくことになりました。よろしくお願いいたします。」


 ベテラン商人らしく、すごく人当たりがよくて腰の低い人だ。


 握手を求められたユーリィは、目を白黒させながら彼の手を握っていた。


「それでレオニスさん。今日はどのような御用ですか?」


 レオニスさんが迷宮が発見されたこと、現在獣人たちがその調査にあたっていることを伝えると、バルハムさんの目がキラリと輝いた。


「それは・・儲け話の匂いがしますな。」


「おっしゃるとおりです。他に迷宮討伐に参加できそうな冒険者たちをご存知ありませんか?」


「ふむ、ついこの間まで傭兵くずれの連中がいましたがね。昨日からついぞ姿を見かけません。船に乗った形跡もないので、遠征にでも出かけたのかも知れませんが。」


 そいつらには心当たりがあるぞ。


 レオニスさんに法外な交渉をふっかけてきた、あのクズどもに違いない。


 あいつら、いなくなったのか。どこに行ったんだろう。別の仕事でもみつけたのかな?






「他の冒険者たちは、戻ってしまいました。おそらく、この街の調査依頼を受けていたんでしょうな。」


 そう言えば、カムさんたちもそんなこと言ってたっけ。


 このシャーレの内情を調査する依頼があちこちの冒険者ギルドで出されているって。


「迷宮が発見されたとなれば、冒険者ギルドも本格的に動くでしょう。私の方で人を頼んで、知らせましょうか?」


「そうおっしゃると思い、シャールの代表者代理人としてすでに文書を作成してあります。」


 レオニスさんはそう言って、封蝋のされた手紙を革のカバンから取り出した。


「さすがはレオニスさん。では、すぐに手配いたします。宛先はフラシャール冒険者ギルド本部でよろしいですな?」


「お願いします。支払いは後ほど。」


「もちろんです。私の方でもやってきた冒険者に、迷宮発見を知らせておきます。」


「他にも冒険者の方がいらっしゃるんですか?」


 ユーリィがそう尋ねると、バルハムさんは恭しい口調で答えた。






「その通りでございます、御子殿。シャーレの噂は砂海のあちこちに広まっておりますから。内砂海で安全に魔獣狩りができる拠点があると知れば、仕事を求めて冒険者が続々とやってきますよ。」


 砂海の内陸部には、長期滞在できる村がほとんどない。稀少な魔獣の素材を求める冒険者にとって、このシャーレは絶好の環境なのだと、バルハムさんは教えてくれた。


「その上、迷宮が発見されたとなれば、その数は飛躍的に増えるでしょう。冒険者が増えれば、彼らを相手にする商人や職人、それに商売おん・・ごほん。」


 ぽかんとした顔のユーリィを見て、彼は急に言葉を止め、わざとらしく咳払いをした。


「・・女性たちも増えます。間もなく、この街は人で溢れることになりますよ!  いやあ、儲け話の匂いがしますなあ。」

 

 それは大変なことになりそうだ。


 街を発展させるために人を増やすつもりだったけど、そんなに急に増えて大丈夫だろうか?






「そのために法を作り、人を雇って、街を管理する必要があるのです。御使い殿は私に、その覚悟があるとおっしゃいましたね。」


 彼はそこで口調を変え、俺にまっすぐ向き直った。


「それとも、今からでも投げ出して、フラシャールか六都市同盟に従属しますか?」


 いや、それだけは絶対にできない。


 俺の心情的にも、そしておそらく、この世界ゲーム攻略上でも、だ。


「大変結構。力をお貸ししますよ。」


 レオニスさんはそう言うと、優雅に笑ってみせた。






 バルハムさんと別れた俺たちは、大倉庫を通りぬけ、桟橋に向かった。


 外壁に通じるスロープを昇り、石造りの大扉を通って桟橋に出ると、そこには大小様々な船が停泊していた。


 俺が見ている間にも船が桟橋を離れていき、そしてまた、新たな船が入ってくる。


 桟橋につけられた船からは、桟橋に向かってかけられた板梯子を使い、男たちが荷物の積み下ろしをしていた。


「彼らはここで荷を交易し、水を補給して、また出航していくんです。バルハムさんには彼らから、桟橋の使用料と水代、交易税を徴収していただいています。」


 なるほど、こうやって街って回っていくのか。


 ここ数日、レオニスさんが忙しそうにしていたのは、この段取りをつけるためだったらしい。


 知り合いの商人さんが見つかったとはいえ、僅かな期間でこれだけの仕組みを作るなんて、やっぱこの人めちゃめちゃ有能だわ。


 元々大きな都市で働くエリートらしいけど、どうしてここにやってきたんだろう?


 よく考えたら俺、レオニスさんのこと何も知らないや。今度ゆっくり話を聞いてみたいものだ。






「さて、それでは目当ての船を見つけましょう。」


 これだけの船の中から、どうやって見つけるのかと思っていたら、彼はその場に立って、じっと桟橋を眺め始めた。


 てっきり、一隻ずつ尋ねて回るのかと思っていたのだけど。


 レオニスさんは、船ではなく、そこで働いている男たちの様子をしばらく観察した。やがて。


「あの船にしましょう。」


 レオニスさんはそう言うと、迷いなく歩き出した。俺たちもその後を追う。


 彼が目指しているのは、桟橋の端の方に停まっている全長10m弱くらい小型船だ。


「どうしてあの船なんですか?」


 ユーリィがそう尋ねると、レオニスさんはうれしそうに笑った。






「帆の縫い方と船体の形を見てください。他の船と違い、少しほっそりしているでしょう? あれは西側諸国の船です。」


 なるほど、言われてみればほんの少し違う気がする。でも、言われないと自分では絶対に気付けないや。


 船の下では、若い男が慣れた手つきで舵索の結び目を締め直していた。


「船主はあの男でしょう。」


 船の側には他にも若い男や、年配の商人風の男性もいる。


 なのにレオニスさんは、迷うことなく男に話しかけた。


「あなたがこの船の船主ですね?」


 長い黒髪を後ろで一つ結びにした男は、褐色の瞳でじろりとこっちを睨みつけた。


「そうだが、あんたは?」


「このシャーレの代表者代理人レオニスと申します。迷宮調査に協力してくれる船を探しています。」


「迷宮だと!? この近くなのか?」


 レオニスさんが説明する間、屈強な体つきをしたその男は、桟橋の下から俺とユーリィ、そしてパトラのことをじっと観察していた。


 特に、パトラを見る時の目は鋭く、警戒の色がありありと表れていた。






「話は分かった。だが、獣人のために船を出せってのか? 北方エラリス人のあんたが?」


 日に焼けた顔を訝しむように歪める男。それに対して、レオニスさんは迷うことなく即答した。


「そうです。」


 細めていた男の目が、僅かに見開かれた。


「・・あんた、獣人を信用してるのか?」


「いいえ、獣人は信用できません。」


「正直だな。」


 その瞬間、男の目に冷ややかな光が宿る。


 しかし、次のレオニスさんの言葉で、その光はあっという間に消え去った。


「ですが、カムたちは信用できます。」


 呆気にとられた表情をした後、男は「はっ!」と短く笑った。


「獣人を名で呼ぶか。なるほどな。」


 男は綱を使って器用に身体を持ち上げると、ひらりと桟橋に飛び乗ってこちらに近づいてきた。






「その距離なら往復銀貨3枚。魔獣に遭遇したら危険手当としてさらに2枚。それでどうだ?」


「・・それで構いません。」


 レオニスさん、答えるまでに一瞬間があったな。これって相場に比べてどうだったんだろう?


「船を出してやる。俺はディエゴだ。」


 ディエゴは腰の布で手を乱暴に拭くと、白い歯を見せて手を差し出した。


「助かります。」


 レオニスさんも同じように手を出したが、ディエゴに強く握られて、ちょっと顔を顰めていた。


 その後、細かい話を詰めた後、俺たちは一度レオニスさんの事務所に戻ることになった。


 ドルガンたちに、運搬船が見つかったと知らせるためだ。


「レオニスさん、手は大丈夫ですか?」


 赤みの残る指先を見てユーリィが尋ねると、レオニスさんは小さく苦笑した。






「革手袋みたいに硬い手で思い切り握られましたからね。少々痛い思いをしました。ですが、どうやら彼に気に入ってもらえたようです。」


「そうなんですか?」


 ユーリィが不思議そうに尋ねると、レオニスさんはにこりと微笑んだ。


「ええ。適正ですが、ややこちらに有利な条件を提示してくれました。あれならば、カムたちが船賃を負担することになっても、それほど重くはないはずです。」


 なるほど。そういうことか。あの若い兄ちゃん、意外とイイ奴だったらしい。


 レオニスさんの見る目が確かだったってことだな。


 俺がそう伝えると、彼は真面目な顔で言った。


「今回の交渉はうまくいきました。これで遠慮なく、交渉手数料がいただけますね。」


 そして、赤くなった指を振りながら、笑ってこう付け加えた。


「本当は傷病手当もいただきたいところなのですが。今回は特別に、サービスしておきます。」

お読みいただき、ありがとうございました。

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