118 迷宮探索準備
すぐに甘いものが欲しくなってしまうので困っています。ストレスでしょうか?
【大陸歴1415年11月6日 早朝】
〈十四郎視点〉
迷宮が発見されたという知らせを受け、俺はすぐにパトラとユーリィを連れて、ドルガンたちの工房に向かった。
「カムさん、迷宮が見つかったって本当ですか?」
「ああ。砂丘の谷間で見つけた。石の階段が地下へ続いていた。ここから南西へ、1時間ほど歩いた辺りだ。」
ユーリィの問いかけに、カムさんが答えた。さらに、ドルガンが続ける。
「カムたちが持ち帰った魔獣の外皮から、鉄を取り出してみた。かなり質のいい鉄だ。」
ドルガンはそう言って、短刀を取り出しパトラに手渡した。
「カムが持ってきた素材で試しに作ってみた。振ってみな。」
パトラが短刀を振るうと、刃が鋭く風を切った。
「これは、以前のものに比べてかなり使いやすいです。」
パトラの言葉をユーリィが伝えると、ドルガンは満足そうに頷く。
「カムが言うには、今回見つかった迷宮は『資源迷宮』の可能性があるらしい。もしそうなら、この街の鍛冶は一変するぞい!」
資源迷宮?
「迷宮の中でも、特定の資源が湧くタイプの迷宮です。鉄、銅、銀・・そういうものが、魔獣の素材や宝箱の中身として出現します。」
つまり、鉄が採れる迷宮かもしれないってことか。
「そうじゃ。もし本当なら、鍛冶屋にとっては宝の山だぞい!」
満面の笑みを浮かべるドルガン。
しかし、俺はそれを素直に喜ぶ気になれなかった。
「どうかなさいましたか、主様?」
「いや、この間の地響きがあった日から、妙にmpが回復しなくなってるだろう?」
俺はユーリィに悟られないよう、こっそりとパトラにだけ答えた。
俺のmpは今もジリジリと減り続けている。
少しでも消費量を減らすため、今は大浴場と桟橋の給水施設を一時停止している状態だ。
「カムさんは、迷宮は周囲の大地の力を吸って成長する、と言っていた。もし仮に・・その迷宮が俺の魔力を吸っているとしたら?」
「今回出現した迷宮が、主様の力を奪っているということですか? 許しがたいことです。すぐに眷属を向かわせ、排除いたします。」
「いや、ちょっと待ってパトラ!」
俺は慌ててパトラを止めた。その気配を察したのか、ユーリィが俺の方を不思議そうに見上げている。
話が早いのは助かるけど、まだただの仮説に過ぎない。
とはいえ、タイミングが合いすぎてるし、偶然とは思えないけど。
俺の仮説を確かめるためにも、カムさんたちに調べてもらうほうがよさそうだ。
俺はユーリィに、それを伝えてもらった。
「御使い様が、迷宮のことをもっと調べてほしいとおっしゃっています。」
「ああ。俺たちもそのつもりだ。周囲の地形もだいたい把握している。ただ、そのための準備が必要だ。」
準備?
「迷宮まではシャーレからさほど離れてはいない。往復するのは苦ではないが、道中で魔獣に遭遇する可能性が高い。迷宮は周囲の魔獣を引き寄せ、狂わせる性質があるからだ。」
「そうそう! 昨日も、種類の違う魔獣が群れを作って襲ってきてさ! ものすごく凶暴になってたし! そんなの普通なら絶対ありえないからね!」
ピノンが大げさに震えながら、カムさんの言葉にそう付け加えた。
なるほど。迷宮に近づくと、魔獣の危険度はより上がるようだ。
迷宮に入る前にそんな魔獣との戦闘で消耗するのは、確かに避けたいよな。
よし、それは俺の出番だろう。
「御使い様が、すべてではないが、周辺の魔獣たちはできるだけ排除するとおっしゃっています。」
ユーリィの言葉に、カムさんは驚いた顔で俺の方をじっと見た。
「・・それはありがたい。ぜひ、お願いしたい。」
話によると、迷宮が出現したのは俺の領土外。当然、俺やユーリィが直接行くことはできない。
俺の味方の魔獣軍団なら、行くことは可能。でも、彼らは俺の領土から数十m離れると細かい命令が出来なくなってしまう。
迷宮が魔獣を狂わせる性質があるなら、俺の魔獣軍団を近づけさせるのは危険だ。
命令を聞かなくなるくらいならまだマシだけど、トチ狂ってカムさんたちを襲ったりしたら目も当てられない。
だから、ここはパトラにお願いしようと思う。
彼女の分身体は、俺のmpに関係なく動いてくれるので、こういう時はマジでありがたい。
「索敵のために、拠点の周囲に配置している分身体を集めれば、迷宮周辺の魔獣の排除は可能です。」
パトラはそう言った後、間髪入れず俺に疑問を投げかけた。
「それ以前に、私の眷属たちで迷宮を排除してしまえばよいと思うのですが?」
「いや、それは危険過ぎる。迷宮の影響がパトラの分身体にまで及ぶかも知れない。だから、迷宮への道中の魔獣を排除するときも、できるだけ近づかないようにして欲しい。」
「承知しました。主様の言うとおりにいたします。」
言葉とは裏腹に、パトラからは強い不満の気持ちが伝わってくる。
これはマズイ。きちんと気持ちを伝えておくべきだ。
「パトラが俺を裏切るようなことはしないって、よく分かってる。でも、君を危険に晒すのは嫌なんだ。」
「主様・・!」
今度はすごく強い好意が伝わってきた。いや、素直でうれしいけど、チョロイン過ぎないかパトラ。
ともあれ、パトラの機嫌が直ったところで、俺は再びカムに尋ねた。
「御使い様が、他にどんな準備が必要なのか教えてほしいとおっしゃっています。」
「通常、冒険者が迷宮を発見した場合、冒険者ギルドに報告することが義務付けられている。」
「そんな決まりがあるんですか。」
「ああ。迷宮は極めて危険な存在。安全を期すためだ。報告後、第一発見者による命名と初探索権が申請される。これは迷宮の存在を広く知らせると同時に、違法な探索を防ぐための手続きだ。」
「勝手に入っちゃいけないんですか?」
「迷宮には貴重な遺物や財宝が眠っている場合が多い。我先に探索をし、命を落としたり、周辺の住民に危害を及ぼしたりする例が後を絶たなかったため、この決まりができたそうだ。」
命からがら逃げ出した冒険者が、迷宮の魔獣を街まで誘導してしまい、大きな被害が出たことがあると、カムさんは説明してくれた。
確かにそんな事になったら、大迷惑だよな。
「申請後はギルドを通じて、その土地の領主からの周辺調査依頼が出される。周囲の魔素濃度や魔獣の広がり具合、強さなどを調べるためだ。それでだいたいの迷宮難度を知ることが出来る。」
「迷宮難度っていうのは、その迷宮がどのくらい手強いかってことですか?」
ユーリィの言葉にカムさんはにっこりと笑った。
「そうだ。迷宮を討伐するには、最奥に潜む迷宮核を破壊する必要がある。そこに到達するまでの困難さを、大まかに示したものだ。この時点で、第一発見者が探索を諦めることも出来る。身の丈に合わない探索は、文字通り自殺行為だからな。」
「その代わり、ギルドに発見を正式登録してあれば、初探索権を競売にかけることが出来るんだ。もし難度の高い迷宮だったら、とんでもない金額を手にすることもあるんだよ!」
カムさんの言葉をピノンがそう補足した。
「そんな仕組みなんですね。じゃあ、カムさんたちは今から登録をしに行くんですか?」
ユーリィが尋ねると、カムさんはきっぱりと首を振って否定した。
「いや。今から登録を終えて戻ってくるとなると、一ヶ月以上もかかってしまう。だから、今回は緊急例外措置を取るつもりだ。」
「なんですか、それ?」
「迷宮の近くに集落があって危ない場合は、登録するより先に、中を調べてもいいってことになってるんだよ。」
「もちろん、その土地を管理する領主の承諾を得た上で、だが。」
ピノンの言葉にそう付け足した後、カムさんは俺の方を向いた。
「御使い殿。改めてお願いする。この辺りの領主は、あなたの他にいない。我々が調査するのを正式に認めてもらいたい。」
もちろん、異存はない。むしろ、こっちからお願いしたいくらいだ。
「ふむ。わしとリグドが証人になろう。なんならレオニス殿に、証書を作成したもらったほうがよいかもしれん。」
ドルガン、ナイスアイデアだ!
でも、レオニスさん、最近すごく忙しそうなんだよな。大丈夫だろうか?
「それは、一刻を争う事態ですね。すぐにでも証書を作成し、迷宮調査の準備を始めましょう。」
俺たちが事務所に出向いて相談すると、レオニスさんはすぐに仕事を中断して、俺たちの申し出に同意してくれた。
「カムの話では、まだ迷宮はできて間もないとのこと。これ以上成長する前に、できるだけ早く討伐したほうがよいでしょう。」
レオニスさんの言葉にカムさんが大きく頷く。
じゃあ、この後はどんな段取りで進めればいいのだろうか?
「御使い様とパトラさんによって周辺の安全が確保できるのであれば、迷宮の側に周辺の警備拠点となる仮野営地を造営した方がよいかも知れませんね。」
「それは助かる。」
カムさんがそう言うと、レオニスさんは小さく頷いた。
「そのための人手を集めましょう。船乗りたちの中に協力してくれる者がいるかも知れません。資金は大丈夫ですか?」
一応、ドルガンたちが支払ってくれたドワーフ銀貨が残っているし、バグラたちから回収した銅貨や銀貨もある。
俺がそう答えると、レオニスさんは満足そうに微笑んだ。
「それは結構。私の方でここ数日回収した交易税も手元にあります。資金は十分でしょう。あとは資材とそれを運ぶ手段。砂上船かラクダですが・・。」
「迷宮は砂丘の谷間だ。あまり大きな船は入り込めない。」
「なるほど。では、小型砂上船を扱う船主に協力を仰ぎましょう。船があれば道中も安全ですし、回収した鉄素材の運搬も容易になります。」
すると、カムさんは心配そうな視線をレオニスさんに向けた。
「今回、探索するのは獣人たちだ。人集めは難しいかもしれん。」
レオニスさんは、少しの間黙っていた。しかし、すぐに顔を上げ、まっすぐにカムさんを見上げた。
「西側諸国では、獣人は比較的受け入れられていると聞きます。そういった船を中心に交渉しましょう。」
「野営地の造営は、わしらも協力できるぞい!」
「貴重な素材が手に入る絶好の機会かもしれん。ぜひ手伝わせてくれ!」
ドルガンとリグドも名乗りを上げてくれた。
「・・助かる。ありがとう。」
わずかに震える声でそう言ったカムさんを、彼の仲間たちは優しい目で見つめていた。
「では、俺たちはすぐに準備を整え、迷宮探索に出発しようと思う。少しでも早く、中の様子を探っておきたい。」
「でっかくなる前に退治しないと、大変なことになるからね! おいらたちがちゃんとやっつけるから、心配しないでねユーリィ!」
「あたし、今回が初めての迷宮探索なの。今、すっごくワクワクしてるわ!」
「・・よろしく頼む。」
カムたちはそう言うと、事務所を出ていった。てかベロー、マジで無口だな。
「わしらは工房に戻って、野営地造営の準備をしておくぞい。出発が決まったら、教えてくれ!」
ドルガンとリグドも、事務所を離れる。
残ったのは、俺とユーリィ、パトラ、そしてレオニスさんだ。
「さて、我々も仕事に取り掛かるとしますか。まずは船主との交渉ですね。」
レオニスさん、めちゃめちゃ忙しいはずなのに、仕事を増やして申し訳ない。
なんか、ちょっとやつれてる気がするんだけど、大丈夫だろうか?
「やつれてはいませんよ。このところ、携帯糧食続きなので、ちょっと辟易してはいますが。」
「えっ、それはダメです! ちゃんと食べないと倒れちゃいますよ! あたしがごはんを届けましょうか?」
「そういうわけには・・いえ。それは助かります。代金を支払いますので、お願いできますか?」
「もちろんです! お母さんとサラおばさんにお願いしてみます。ただ、お金は受け取ってくれないと思いますけど。」
そう言えば、この街には食料品店もなければ、食堂も存在していない。
レオニスさんみたいな単身赴任者にとっては、ものすごく生活しづらいよな。
いっそのこと、サラさんたちに食堂を開いてもらうのはどうだろうか。今度、相談してみよう。
「サラの作るお菓子はとても味が良いです。きっと、他の人間も食べたがると思います。」
パトラも俺の考えに賛成してくれた。
人前に出るのが苦手なサラさんも、厨房で料理をするだけなら、協力してくれるかも知れない。
それならレオニスさんも気兼ねなく、食事を出来るはずだ。
俺がそう言うと、レオニスさんはうれしそうに頷いて言った。
「前回の冒険者との交渉では、手数料を稼ぎ損ねましたからね。今度は、うまく交渉をまとめて、食事代を稼がせていただきます。」
レオニスがいたずらっぽい口調でそう言うと、ユーリィは目を丸くした後、クスクスと笑い出した。
彼はそんなユーリィを愛おしむように見つめた後、俺に向かって言った。
「では、御使い殿。桟橋へと参りましょう。」
種族:迷宮核
名前:澤部十四郎
迷宮レベル:12
総DP:6310
獲得DP/日:39550
消費DP/日:35000
お読みいただき、ありがとうございました。




