116 迷宮を求めて 前編
今日は朝から書けて、とても楽しかったです。天気がいいので、午後からは少しお出かけしようと思います。
【大陸歴1415年11月5日 深夜】
〈冒険者視点〉
月明かりの下を進む6人の男たち。
薄汚れた鎧と錆の浮いた武器を身に付けた彼らは、一様に浮かない顔をし、冷たい砂の上を重い足取りで歩いていた。
「やっぱりあの仕事、受けときゃよかったかな。」
「まさかあの獣人どもが、あんなにあっさり達成しちまうとは、思わなかったぜ。」
「シャーレ神の魔導具でも盗めねえかと街に残ったせいで、調査依頼も他の連中に先越されちまったしな。」
レオニスと名乗る商人がやってきたのは、ほんの2日ほど前のこと。
彼らは自分たちの運のなさを嘆きながら、ずっと愚痴をこぼし続けている。
しかし、誰一人として、それが自分たちが欲をかきすぎたせいだとは思っていない。
「女にちょっかい出そうにも、あの妙な人形どもがウロウロしてるせいで、ろくに声もかけられねえ。」
街で見かけた美しい女や娘たち。
酒場すらないこの街で、隙あらば自分たちの欲望を解放しようと、彼らは企んでいた。
しかし、女たちの周りには、陶器でできたおかしな格好の兵士が常につきまとって、まったく手出しができなかったのだ。
もともと彼らは、フラシャールでも同じように厄介事を起こし、追われるように流れてきた者たち。
冒険者ギルドに調査依頼が舞い込んだのを幸いに、ほとぼりを冷ますつもりでここまで逃げてきたのだ。
もちろん、うまい獲物が見つかれば、それも同時に手に入れたいという思惑もある。
つまり彼らは、後先考えずに犯罪に走り、行き当たりばったりで行動を決めるという、冒険者の中でもかなり質の悪いならず者集団だった。
「その分、この遺跡探索で、がっぽり稼がせてもらおうぜ。」
そんな彼らが聞きつけたのが、獣人パーティが依頼の際に訪れたという、シャーレ神の遺跡の話である。
獣人たちは依頼の達成を優先し、せっかくお宝が眠っていそうな遺跡を探索しなかったという。
さすがは頭の足りない獣人たち。実にバカな連中だ。
せっかくだから、ちょっと魔獣を倒すついでに、遺跡のお宝をごっそりいただいて帰ろう。
獣人たちにできたくらいなんだし、自分たちなら余裕でこなせるはずだ。
何の根拠も計画もないまま、彼らは酔った勢いとノリだけで、ここまでやってきていた。
強いて唯一褒められる点を挙げるとするなら、人目を避けるために、深夜に行動を開始したところくらいだろう。
「初めて見る形だな。」
月の光を受けて、四角錐の形をした石造りの建物が白い光を反射している。
「罠はない。開けるぞ。」
重い石の扉を調べた盗賊が、そう言って扉を押し開く。
遺跡の中からは、壁や天井が放つ光で、薄ぼんやりとした視界があった。
彼らは盗賊を先頭に、地下へ続く階段を降りた。
「こりゃあ、たまげた! シャーレ神の祭壇か?」
階段の先にあった広間を見て、男たちは声を上げて喜んだ。
美しい女神像が安置された祭壇には、魔法の灯火が灯り、広間の壁一面に描かれた美しい壁画を照らしている。
「かなり古いもんだな。だが、ちょっと見た感じ、他に部屋はなさそうだ。」
「隠し扉があるかもしれねえ。探索してみよう。」
「何も見つからなきゃ、あの女神像の首と壁画の一部を持っていけばいい。ギルドに調査報告の資料として提出すれば、いい金になるぜ。」
「これだけの遺跡なら、好事家の連中が高く買い取ってくれるかも知れねえぞ。」
欲にかられた男たちは、バラバラになって、各自扉や床を調べ始めた。
しかし、悲劇は突然訪れた。
「があああっ!!」
「どうした!?」
壁から突き出た白い手に首を掴まれた男は、何の抵抗もできないまま絶命し、ビクンと身体を痙攣させて、床に崩れ落ちた。
直後、壁の中から、男の命を奪った恐ろしい怪物が姿を見せる。
「死霊だ!! 取り囲まれてるぞ!!」
現れたのはフード付きの黒い長外套を纏った半透明の不死者。
フードの中に浮かぶ黄色い瞳は、逃げ惑う男たちを見て歓喜の色を帯びた。
「お、おい出番だ!」
床にへたり込んだ太った僧侶の尻を仲間の1人が蹴り上げる。
元盗賊崩れの僧侶は、薄汚れた聖印を懐から取り出すと、しどろもどろになりながら、うろ覚えの聖句を唱え始めた。
「け、穢らわしき死者たちよ、と、とこ、常世の国へと、かへり・・うわあああっ!?」
聖句が完成するよりも早く、死霊は長外套を大きく広げ、僧侶の身体を包みこんだ。
一瞬にしてすべての生命力を奪われた僧侶は、物言わぬ肉塊となって冷たい床に転がった。
「生臭坊主め! 肝心なときに役に立ちゃしねえ!」
「〈死の接触〉だ! 気をつけろ!」
「化け物どもめ! これでもくらえ!」
死んだ僧侶の荷物を漁り、聖水の小瓶を引っ掴んだ男が、目の前に迫った死霊に中身をぶちまける。
しかし、ゆらりゆらりと揺れる死霊には何の効果もなかった。
フードの中の半透明の顔が、残虐な笑みを浮かべる。
「せ、聖水が効かない!? ぎゃああっ!!」
哀れなこの男は、僧侶がこぼした聖水を水で薄めていた事を知らなかったのだ。
「に、逃げろ!!」
仲間が倒れるのも見ずに、男は階段へ走った。
足がもつれ、転びそうになりながらも必死で駆け上がる。
出口が見えた。助かる!
そう思った瞬間だった。
背後から、冷たい手が肩に触れた。男はゆっくり振り向く。
フードの奥で、黄色い瞳が笑っていた。
次の瞬間、彼の叫び声が遺跡の中に響いた。
〈十四郎視点〉
『迷宮領域内で敵性魔獣と人間による戦闘が行われました。当該領域は現在、敵性魔獣の影響下にあるため、人間の肉体を吸収することができませんでした。』
明け方頃、唐突にナビさんのアナウンスが流れた。
慌ててステータスを確認してみるも、特に変化はない。昨日から続いている倦怠感も、相変わらずそのまま。
残念ながら、mpが突然減少し始めた異変とは、関係ないようだ。
「主様、大丈夫ですか?」
「ありがとうパトラ。心配ないと言いたいところだけど、あんまり大丈夫ではないな。」
心を直接読み取る彼女に嘘をついても仕方がない。俺は正直に伝えた。
「今は少しでも多くの魔獣を狩って、mpを回復させたい。よかったら、パトラも協力して欲しい。俺はその間に、原因を探るため、レオニスさんから文字を教わることにするよ。」
「承知いたしました。全力で狩らせていただきます。」
「ありがとう。あと、ユーリィたちにはこのことは内緒にしておいてくれ。余計な心配をかけたくないんだ。」
パトラからはじんわりと不満な気持ちが伝わってくる。しかし彼女は何も言わず「分かりました」とだけ答えた。
夜が明け切る前、俺とパトラはいつものようにユーリィたちの共同住宅に向かった。
それぞれがする仕事の内容と分担を聞いた後、俺はユーリィを連れて、レオニスさんの事務所を訪ねた。
しかし、生憎彼は不在だった。
シャーレを離れようとする船主との税に関する交渉や、商業ギルド事務所を設立するための人材探しなどで、奔走していたからだ。
とてもじゃないが、ゆっくり文字を教えてくれるようなゆとりはなさそうだ。
「御使い様、レオニス様にご用事があったんじゃないんですか?」
「ううん、今はいいんだ。別に急ぐことでもないし、今度また改めて来ることにするよ。」
俺が字を教わるためには、ユーリィの協力が不可欠。
でも、そうなると、ユーリィに俺の不調を知らせることになってしまう。出来ることなら、それは避けたい。
畑に新しい作物の種を播きにいくというユーリィと別れ、俺は外壁の外に出た。
すると、ちょうど探索に出発しようとしていたカムさんたちと出くわした。
「御使い様とパトラ殿。今日はユーリィは一緒じゃないのですね?」
カムさんは丁寧に話しかけてくれたが、ユーリィがいないので返事をすることもできない。
仕方がないので、空中に浮かんだまま体を揺すって彼らを見送ることにした。
「待っててよね! おいらたちが、迷宮を見つけてきてあげるからさ!」
元気よくこちらに手を振りながら、去っていくピノン。
「彼らが危険な目に合わないよう、周辺の魔獣たちを俺の方に誘導しておくか。ついでにmpも稼げるし。」
「主様、またご自分を囮になさるおつもりですね?」
念話越しに、パトラの心配と非難の気持ちが伝わってくる。
「危なくなったらすぐに逃げるよ。ミニピラミッド・・は、フーリアちゃんがいないと危ないか。」
ミニピラミッドの祭壇付近は、俺がたびたびスケルトンの呼び出し実験をしたせいで、不死者のたまり場みたいになってしまっている。
おかげで、不死者に強いフーリアちゃんがいないと、うっかり中に入れなくなってしまったのだ。
なんかちょっとずつ、出てくる不死者も強くなってる気がするんだよね。知らんけど。
「今日はパトラの巣の方に行ってもいいかい?」
「もちろんです! 主様の身は、私の眷属たちの総力を挙げて、全力でお守りいたします!」
途端にパトラの機嫌が良くなった。久しぶりにパトラの巣も見学したいと思っていたところだし、ちょうどいいかも知れない。
パトラが呼び寄せた将軍アリに乗り、俺たちはシャーレの東にあるパトラの巣に向かったのだった。
〈カム視点〉
「これは・・明らかにおかしいな。」
カムの呟きに、他の3人が同時に頷いた。
「草の生えている場所が、はっきり分かれすぎてるよね。外壁の内側とその近くには、花が咲いてる場所もあるのに、他のところはもう枯れ始めてるもの。」
まさにピノンの言う通りだった。
これはシャーレ神の加護によるものだろうか。それとも、砂海ではこれが当たり前の光景なのか。
本格的に砂海を旅するのは、今回が初めての彼らには、そのどちらとも判別がつかなかった。
だが、カムには1つだけ思い当たることがあった。
それは以前探索した迷宮周辺の様子。
荒れ果てた森の中に、忽然と現れる豊かな緑。この光景は、それにとてもよく似ている。
もしや、あのシャーレ神の御使いの力は、迷宮の力をもとにしているのではないか。
ふとそんな考えが頭をよぎる。
しかし、彼はあえてそれを口に出さなかった。
神に仕える者として、核心もなく言及するのは冒涜にあたるのではないかと思ったからだった。
「昨日の地響きのこともある。もしかしたら、大地に何らかの異変が起きているのかも知れない。草の生え方に注意しながら、探索を始めよう。」
「そういうことなら、おいらにお任せだね!」
草原での探索。
野伏であり、草原小人であるピノンにとって、それは生まれつき備わっている当たり前の技能だ。
嬉々として進んでいく間も、大きな目は油断なく周囲を観察している。
普段はふざけてばかりいても、ピノンが常に仲間たちを守るために細心の注意を払っていることを、カムは知っていた。
彼がまだ幼い頃、寄進に赴いた孤児院で初めて会った時の面影がふと思い出される。
泥だらけの笑顔で「いつかおいらも仲間に入れてくれ!」と言ってきた、小さな草原小人。
放っておけばすぐ無茶をするところまで、あの頃と何も変わっていない。
その姿を思い出し、カムはひっそりと笑みをこぼした。
「? 何笑ってんのさ、カム?」
「いや、なんでもない。ただの思い出し笑いだ。」
「ふうん? まあ、いいや。ちゃんとおいらについてきてよね。」
「ああ、頼りにしているとも。」
ピノン。ベロー。スパイア。
皆、かけがえの大切な仲間たち。
絶対に守らなくては。
カムは丸太を掴む手に、ぎゅっと力を込めた。
【死霊】
種族:不死者
属性:闇属性
召喚コスト:800DP
保有スキル:〈闇属性魔法(低)〉〈生命力収奪〉〈死の接触〉〈魔法耐性(中)〉〈不死者化の呪い付与〉〈物理攻撃無効〉〈神聖攻撃ダメージ増加〉
生前強い魔力を持っていた者が、呪いによって不死者化した霊体魔獣。魂だけの存在と成り果てた後でも、生前の魔力を用い〈暗闇〉や〈幻影〉といった闇属性の低級呪文を使うことが出来る。また、その魔力ゆえ強い魔法耐性を持っており、低位の呪文はほとんど効果がない。彼らは生者の生命力を一瞬で吸い尽くす〈死の接触〉というスキルを有しており、不死耐性の低い相手を触れただけで絶命させることができる。非常に恐ろしく厄介な魔獣であるが、生者の気が溢れる場所には近づくことができないため、廃墟や迷宮など特定の場所以外に出現することはない。
お読みいただき、ありがとうございました。




