112 獣人たちの戦い 前編
しばらく日常パートはお休みです。戦闘シーンが多くなりますので、上手に書けるようにがんばります。
【大陸歴1415年11月2日 昼前】
〈十四郎視点〉
長い沈黙の後、ようやくレオニスさんが口を開いた。
「分かりました。あなたがたに依頼します。契約内容を書面に起こしますのでしばらく待っていてください。文字は読めますか?」
レオニスさんの問いかけに、クマがのっそりと手を上げた。
「俺が読める。大丈夫だ。」
「結構。」
レオニスさんはそのまま2階に上がり、きれいな浮き彫りがされた木箱を持って戻ってきた。
中に入っていたのは、きれいに整頓された筆記具と薄茶色の紙。
彼はサラサラと迷うことなく、羽ペンを動かして文章を書いていく。
マールに習ったものと同じとは思えないほど、整っていて美しい文字だ。レオニスさんに教わったほうがよかったかな?
レオニスさんが書いている間、部屋の中は静まり返っていた。ペンが紙をこする音だけが響く。
すると突然、俺たちに最初に話しかけてきた少年が、ユーリィに向かって話しかけてきた。
「おいら、こういう静かなのが苦手でさ。君が噂のシャーレの御子でしょ?」
「シャーレの御子? 何ですかそれ?」
思わず聞き返したユーリィに対して、少年は口角を大きく上げて微笑んだ。
「みんな言ってるよ。この街は、不思議な光の玉を操るシャーレの御子が作ったんだって。おいら、ピノンっていうんだ。君、何ていう名前なの?」
「あ、あたしはユーリィです。でも、あたしは御子なんかじゃありません! むしろ、御使い様があたしたちを守ってくださっているんです。」
「へー、そうなの? でも、おいらが聞いた話じゃ、君が魔獣たちを操ってこの街を守ってるって噂だけどね。」
美しい蜘蛛娘が、彼に言葉を続ける。
「あたしもそう聞いた。実際、この街の周囲には魔獣が全然いないもの。たまに見かけても、襲ってくることなく、すぐに逃げちゃうし。あ、あたし、スパイアっていうの。よろしくね、ユーリィ。」
ああ、それ、俺がアリ太郎軍団たちにそう命じてるからだ。
基本的に、今このシャーレに近づく船や人間は襲わないように言ってある。
もちろん、襲いかかってくる野良の魔獣たちには容赦しないし、人間に攻撃されたら反撃するつもりだが。
「よ、よろしくお願いします、スパイアさん。あと、魔獣たちの行動はすべて御使い様のお力によるものです。あたしは何もしていません。」
「その光の玉って、本当にシャーレ神の御使いなの? おいらてっきり、精霊かなんかだと思ってたよ。」
精霊ってなんだ? また知らない単語が出てきたぞ。あとでユーリィに聞いてみよう。
「少し静かにしていただけますか?」
レオニスさんが冷たい声でそう言うと、また静かになってしまった。
でも、ピノンと名乗った少年は悪びれることなく、ぺろりと舌を出し、ユーリィに小さくウインクをしてみせた。
思わず吹き出したユーリィは、小さな咳払いをしてそれを誤魔化した。
「書面が完成しました。この条件でよろしいですか?」
「・・こんなに良い条件でいいのか?」
「労働に対する公正な評価です。あなたがたがそれを達成できるなら、ですが。」
レオニスさんは、まだ熊獣人、カムたちのことを疑っているようだ。
「土の小魔石10、火の小魔石5だな。確かに引き受けた。期限は10日。必ずやり遂げてみせよう。」
すると、その言葉を聞いたピノンが「えっ!」と声を上げた。
「10日で低級魔獣15体以上? その間、ずっと砂漠で野営するってことじゃん! それじゃベローが干し蛇になっちゃうよ!」
緑の鱗を持つ爬虫類男がむっつりと顔を顰めたのを見て、蜘蛛娘はくすりと吹き出し、彼の横顔を見つめた。
「仕方なかろう。お前がすぐに魔獣を見つけてくれれば、もっと早く戻ってこられる。」
熊人カムの言葉に、ピノンは大げさにため息を吐いた。
「はあー、いっつもそうやって俺に丸投げじゃん。魔獣の痕跡を追うのも、大変なんだからな! 暑いし砂まみれになるし!」
「頼りにしてるね、ピノン。」
そう言うと蜘蛛娘スパイアは、ピノンの頭をそっと撫でた。
「子ども扱いすんな! だいたい、おいらのほうが歳上なんだからな!」
いや、そんな声変わり前の男の子みたいな声で言われても、説得力ゼロなんだが。
「あの、魔獣を見つけるのってそんなに大変なんですか?」
ふざけ合う2人にユーリィが問いかける。おお、ちょうどそれ、俺も聞きたいって思ってた。
魔獣なんて勝手にバンバン襲いかかってくるもんだと思ってたんだけど、違うのかな?
「魔獣は基本的に野生動物と同じだからね。人間を好んで襲う不死者は別として、普通は逃げていく場合が多いんだ。」
ピノンの言葉をスパイアが補足する。
「砂漠みたいに開けた場所だと、捜すのも大変なの。逆に襲いかかってくるのは、人間を餌にするような凶悪なやつばっか。それこそ命懸けよ。ただ、迷宮の内部だと事情は違うみたい。あたしは駆け出しだから、まだ潜ったことはないんだけど。」
すると、ピノンは大げさに震え上がってみせた。
「おいらも少ししか探索したことないけど、あそこは地獄だよ。普段絶対出会わないような魔獣たちが、群れになって襲いかかってくるんだもん。ずっとあんなとこにいたら、頭おかしくなっちゃうよ。な、ベロー?」
「うむ。」
爬虫類男が静かに頷く。こいつ無口だな。あと、何気に細マッチョイケメンだ。ウロコ無かったら、かなりモテそうだ見た目だな。
「無駄話はそれくらいにして、すぐに出発しよう。今は雨の影響で、魔獣たちが活発になっている。運が良ければすぐにでも出会えるだろう。」
カムの言葉に、獣人たちは静かに頷いた。
立ち上がって暇を告げる彼ら。俺はユーリィに頼んで彼らを引き止めてもらった。
「あの、御使い様が、皆さんの力になれるかも知れないとおっしゃっています。」
1時間後、俺はパトラ、ユーリィと共に、ミニピラミッドの前にいた。もちろん、カムたち獣人パーティも一緒だ。
普段は乾いた砂に覆われているこの場所も、今は砂がしっとりと湿っている。
ミニピラミッドの周囲は、所々草が生い茂り、色とりどりの小さな花が良い香りを漂わせていた。
「こんなところに遺跡が! 見たことない形だ! ねえ、あとで探索してみよう。すごいお宝があるかも!」
ピノンの言葉をユーリィが笑って否定する。
「ここは、御使い様がお作りになった聖所です。中にはシャーレ様の祭壇があるだけですよ。」
「そうか、それならば後ほど礼拝させていただこう。こう見えても司祭の端くれなのでね。」
巨大な丸太を軽々と担いだカムは、真面目な顔でそう言った。
お前、回復役だったの!? どう見ても前衛だろ!
「しかし、本当にこんな場所で待っているだけで、魔獣が現れるのか?」
「はい。この聖所は魔獣たちに狙われてるみたいなんです。以前、あたしもここで砂漠ハゲワシの群れに襲われたことがあります。」
「砂漠ハゲワシ!? よく生き残れたね、ユーリィ。」
細い腰に革ベルトを巻いた蜘蛛娘スパイアが驚きの声を上げた。
彼女のベルトには、揃いの双剣がぶら下がっている。彼女はどうやら剣士のようだ。
ユーリィの言っていることは半分正解。魔獣がここに現れるのは事実。でも、実際に狙われているのはミニピラミッドじゃなくて、俺の方だ。
このゲームのプレイヤーである俺は、魔獣を引き付ける。その仕様をうまく使えば、彼らの依頼の助けになるはず。
そう考えたのだ。
「主様。そうはおっしゃっても、やはり危険です。」
パトラが念話で俺に心配を伝えてくる。
さっき、俺が自ら囮になる作戦を提案したとき、一番反対したのがパトラだった。ちなみに、もう1人の同率一位はユーリィである。
「心配なのは分かる。だから、危なくなったらすぐに逃げるよ。」
「当然です。ユーリィ様と主様は、私が必ずお守りいたします。」
パトラは食い気味にそう答えを返してきた。
今、周囲には、最低限の味方魔獣たちしか配置していない。おびき寄せた野良の魔獣たちを、効率よくこちらに引き寄せるためだ。
今回はあくまでカムたちの手伝い。正直言うと、彼らがどんな戦い方をするのか、ちょっと興味がある。
「来たよ!」
砂に耳を当てていたピノンがそう叫ぶと、一気にその場の緊張が高まった。
俺とユーリィは、彼らの邪魔にならないよう、ミニピラミッドの入口辺りまで後退した。
パトラに庇われながら、じっと待つ。
すると間もなく、足元を揺るがすような地響きとともに、砂が大きく動くのが見えた。
波のように揺れ動く砂によって、小さな花々が引き裂かれる。
「で、デカい! これ、絶対低級じゃないよ!!」
ピノンが悲鳴のような叫びを上げる。
次の瞬間、爆炎のように巻き上がる砂の中から、巨大な影が飛び出し、ピノンに襲いかかった。
「ふんぬっ!!」
とっさに飛び出した熊人カムが、丸太でその影の動きを遮った。
「た、助かったよ、カム!!」
「早く下がれ! こいつは・・・厄介だぞ!!」
カムに止められて、怒りの形相を剥き出しにしているのは、巨大な蛇の頭だった。
その太さは80cmを下らない。大きく広げた口は、小柄なピノンを容易に丸呑みに出来るほどだ。
大きく振るったカムの丸太を避け、大蛇は素早く首を引いた。そして直後、長い身体を思い切り砂に叩きつける。
衝撃を受けた砂は大波となって、後ろにいる俺たちのところにまで押し寄せてきた。
ユーリィは俺を抱きかかえると、身体を丸めて砂に背を向けた。
足元をさらわれたユーリィとパトラが、砂の上に転がる。
ミニピラミッドの壁に激しく叩きつけられる2人。でも、俺はユーリィのおかげでダメージを負わずに済んだ。
砂を波のように動かす衝撃波。見かけによらずとんでもない威力だ。これも魔法の一種なのだろうか?
カムたちも砂に足を取られ、動きを止めた。大蛇は、再びピノンに襲いかかる。
「なんで、おいらばっかり!!」
ピノンは慌てて立ち上がり、トンボを切ってその場を離れ、間一髪のところで大蛇の牙から逃れることができた。
ピノンを食べ損ねた大蛇は、そのまま砂に潜って姿を隠した。
しかし、うねるような砂の動きは相変わらずだ。地中に潜んで、襲いかかるタイミングを測っている。
彼らを取り囲むように動く砂の長さから、この大蛇が恐ろしく長い身体を持っていると容易に想像できた。
やがてまた砂が盛り上がる。しかし、蛇男ベローは、それを完璧に読み切っていた。
彼は、飛び出してきた頭を長い手足で絡め取ると、そのまま強く締め上げ始めた。
「いいぞ、ベロー! さすが蛇同士!」
「一緒にするな!」
ピノンの軽口に、ベローは短く言い放った。
締め上げられた大蛇の口から紫色をした泡と細い舌が飛び出す。
大蛇は組み付いたベローを引き剥がそうと、何度も彼ごと頭を砂に叩きつける。
しかし、彼はそれを物ともせず、首を締め上げ続けた。
「いいぞ! そのまま絞め落としちゃえ!」
ピノンがそう叫んだ瞬間、スパイアが砂を蹴り、高く飛び上がった。
「もう一つ、来るよ!!」
盛り上がった砂の中から現れたもう一体の大蛇の頭と、スパイアの双剣が空中で交錯する。
ベローはさらなる攻撃を避けるため、拘束を解いて砂の上に降り立った。
「助かった、スパイア。」
「ううん、気にしないで。それより、あれ!」
巨大な蛇が、ついに砂の中から全身を表す。
優に30m以上はあるその身体は、本来尾があるはずの部分が頭になっていた。
「双頭の毒蛇! 中級魔獣だ!」
スパイアをかばうようにして大蛇と向き合ったベローが叫ぶ。
巨大な魔獣が身体を伸ばし、頭を高く持ち上げる。
その4つの瞳に凶悪な光を宿し、大蛇は獣人たちと向き合った。
そして次の瞬間、鏡写しになったかのような動きで、2つの頭が彼らに襲いかかったのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。




