110 相談役
着る服を間違えて、今日一日ずっと寒かったです。この季節は服選びが難しいですね。
【大陸歴1415年11月2日 早朝】
〈十四郎視点〉
大雨が上がった翌日。マールがシャーレを離れ、フラシャールに行くことになった。
「アッシャール提督、よろしくお願いします。」
「任せといてよ、レオニスさん。手紙の配達と頼まれたものの調達。ちゃんと果たして戻ってくるからさ。」
「どのくらいで戻っていらっしゃる予定ですか?」
明るく笑うマールにユーリィが尋ねると、彼女は後ろにいるオリーを振り返った。
「砂嵐の後で、風は少し弱まってるからね。いつもより時間がかかるかも知れない。早くて20日だね。だいたいひと月くらいと思っておいてくれたらいいと思う。」
褐色の半妖精オリーは、人差し指を立てながらそう言った。その指の周囲には、うっすらと紫色の燐光が漂っている。
「風は安定してるけど、船足が出ない分、魔獣や砂賊に出くわすかもしれない。航路の掃除も兼ねて、あたしらもたっぷり稼がせてもらうつもりだよ。」
マールは不敵に笑った後、ユーリィをそっと抱き寄せ、レオニスさんに聞こえないよう、耳元で囁いた。
「レオニスはいい奴だが、根っからの商人だ。丸め込まれないように気をつけな。」
驚いて目を丸くするユーリィに、マールはいたずらっぽくウインクしてみせた。
「じゃ、行ってくる! あたしが戻るまで達者でな!」
真っ赤に塗られたド派手な砂上船が、帆で風を掴み、ゆっくりと遠ざかっていく。
俺たちは桟橋から、小さくなっていくその姿を見送った。
船を見送った後、俺たちはレオニスさんの事務所に移動した。
事務所と言っても、受付と書き物机があるくらいで、まだガランとしている。当然、働いている人もいない。
レオニスさんの他、俺とユーリィ、パトラ、ユミナさん、フーリアちゃんも同席している。
座卓に皆が座ったところで、俺はレオニスさんに切り出した。
「税って、どう取ればいい?」
この間、この世界の税については少し説明をしてもらった。
税を集めるおおまかな理由や、その種類についてだ。
この世界の税には一般的に住民税、売上税、通行税などがある。
これらの徴収は主にその土地の統治者が行っている。でもその他、各種ギルドや役人が手数料名目で徴収しているものもあるらしい。
また、その目的や税率も、地域によってかなり異なっているとのことだった。
俺は普通のサラリーマンなので、税は給料から天引きされていた。
だから、直接誰かに税を払っているという感覚はほぼない。
強いてあげれば、消費税くらいか? いや、でもあれは預かり税じゃないんだっけ? うーん、マジで分からん。
それはともかく、具体的に税の取り方なんか、分かるはずがない。
そこで、このシャーレにふさわしい税額や徴収方法を聞こうと思ったのだ。
ユーリィから俺の言葉を聞いたレオニスさんは、俺の方に目を向けて言った。
「御使い様、最初に一つ訂正しておきたいことがあります。税は取るものではありません。集めるものです。」
「取るのと集めるのって、なにか違うんですか?」
ユーリィが俺の代わりに質問してくれた。ナイスだ、ユーリィ!
レオニスさんは優しく微笑んでユーリィに向き直った。
「集めた後には必ず、それを配るという段階があるんだよ。住民は何らかの見返りを期待して、税を差し出している。」
「差し出す? 税は無理矢理取られるものだって思ってました。」
「もちろん、誰だって好き好んで大事な金を差し出しているわけじゃない。だからこそ、領主はそれをいろいろな形で、住民たちに返す義務があるんだ。」
つまりは、街の維持費。インフラ整備や防衛などの諸経費ってことか。
「その通りです、御使い様。しかし、これらの経費は、なかなか目に見えにくいもの。取り扱いを誤れば、途端に不正の温床となります。住民は不満を抱くようになり、ひいては治安悪化につながりかねません。」
それは非常に困る。そんなことになるくらいならいっそ、外から来る人間を排除してユーリィたちだけを守ったほうがマシだ。
俺がそう言うと、彼は小さく頭を振った。
「そこまで極端に考える必要はありませんよ。ただ私は、公正な仕組みを作りたいだけです。」
「公正な仕組み?」
ユーリィの問いかけに、レオニスさんが冷静だが、熱のこもった声で答えた。
「そう。できるだけ不公平でなく、富める者も貧しい者も、互いに支えあえる。出し合った金がどう使われているかを、全員知ることが出来る。そんな仕組みが必要なんだよ。」
「あたしたちは、税がなくても皆で助け合ってますよ?」
「小さな村ならそれで十分。しかし、ここシャーレは、その規模を遥かに越えようとしている。ユーリィは、見も知らない旅人のために、家族の大切な食料を分け与えようと思うかい?」
「えっと・・少しだけなら?」
ユーリィの答えを聞いたレオニスさんは、にっこりと微笑んだ。
「君はいい子だね、ユーリィ。でも、君みたいに思わない人も多い。だからこそ、それを支える仕組み、つまり制度が必要なんだよ。」
それはまさに理想だな。でも、俺もある程度大人だ。世間の不条理も、少しは味わっている。
もちろん、レオニスさんもそれは分かっているだろう。世の中は理想論だけでは回らない。強制力を伴う仕組みが必要だ。
俺がユーリィを通じて、彼にそう伝えると、彼は真剣な目で頷いた。
「力による強制は絶対に必要です。しかし、理想なき力は、容易く暴走します。」
彼は自分でそう言った後、痛みをこらえるように、ギュッと奥歯を噛み締めていた。
きっと、俺よりもずっといろいろな不条理を目の当たりにしていたのだろう。
この人は信用できる。
俺は直感的にそう思った。
「レオニスさん、もしよかったら、俺の相談役になってほしい。」
俺はユーリィにそう伝えてもらった。すると彼はわずかに目を眇めて、俺の方を見た。
「私を相談役に、ですか。」
「御使い様は、レオニスさんの知恵をお借りしたいと言ってます。」
「ふむ。では見返りは?」
報酬の金銭と相談役としての権限。
あとはそうだな。レオニスさんの理想を叶える手伝いが出来ると思う。
ユーリィの言葉を聞き、レオニスさんはじっと俺を見つめた。
「それは、あなたの力を私が利用してもよい、と捉えてよろしいのですか?」
利用するってことを隠さないんだな。やっぱこの人、信用できるわ。
「御使い様は、あたしたちに危害が及ばない限りは、構わないとおっしゃっています。あと。」
「あと?」
「あと、御使い様もレオニスさんを、存分に利用させてもらう、だそうです。」
それを聞いたレオニスさんは、細い目を更に細めて、くっくっと笑った。
「あなたは、神の使いとは思えない方ですね。もちろんいい意味で、ですが。」
彼は表情を正して、俺に向き直った。
「では、交渉成立です。ひとまず、税の徴収人を雇えるようになるまでは、私の方で担当させてください。」
それは助かる。むしろ、こっちからお願いしたいぐらいだ。
「その際、シャーレの御使いの名を使わせていただきます。税率のほか、商業ギルドの手数料も、集めさせていただきます。税率や額、徴収方法は私にお任せいただけますか?」
もちろん俺に異論はない。
「それでいいとおっしゃってます。」
「私が不正を働き、私腹を肥やすかも知れませんよ?」
「そうなれば、レオニスさんの理想が遠のくことになるだけだ、だそうです。」
俺の言葉を聞いて、彼はフッと笑い、ユーリィに右手を差し出した。
ユーリィがその手を握り返す。
「どうぞこの街のために、私を使ってください。私も、あなたを使わせていただきますので。」
そう言って微笑んだ彼の瞳は、ここではない何処か遠い場所を映しているような色をしていた。
心強い相談役を得たので、俺は早速彼の力を借りることにした。
「薬を作るために、魔石が必要なんだ。くわしい話は、フーリアちゃんから聞いて欲しい。」
俺の言葉を受けて、フーリアちゃんが彼に説明をした。彼は頷きながらそれを聞いていた。
「魔石は専売制ですからね。冒険者ギルド経由でしか流通しません。ギルドを通さず魔石を売買すれば、冒険者側にギルドから重いペナルティが課せられます。まっとうな冒険者なら、そんな危ない橋は渡らないでしょう。」
彼は一度言葉を切り、小さな声でこう付け加えた。
「もちろん、それでも闇取引に手を染める者はいますが。」
魔石は魔獣を討伐することでしか、得られないそうだ。
命懸けで戦って手に入れたものだからこそ、より慎重に取引しようとする気持ちは理解できる。
ちなみに俺は今まで数え切れないほど魔獣を倒しているが、魔石という代物にお目にかかったことは一度もない。
俺の味方の魔獣たちが倒した魔獣は、倒した魔獣がそのまま食べてしまうか、ナビさんが吸収してmpに変換している。
多分そのせいだと思うけど、はっきりしたことはまだ分かっていないのが現状だ。
「交渉次第ですが今からフラシャールの冒険者ギルドに依頼をかければ、ひと月ほどで手に入れられるかも知れませんよ。いつ頃までに必要なんですか?」
「ダルハンさんがここを出たのが9月の終わりです。娘さんは西方都市にいらっしゃると言っていました。」
「西方都市ですか。ここからだと・・おそらくたどり着くまでにひと月。往復ならここへ帰ってくるのは11月末。ギリギリですね。私も航行には疎いので、正確なことは分かりませんが。」
俺はマールに見せてもらったガンド大砂海の地図を思い出した。
東西に大きく広がる砂漠の真ん中。そのやや東寄りの場所に、このシャーレは位置している。
ダルハン一家が向かった西方都市は、南西の果て。大砂海の南側を東西に走る、南砂海道という航路の西端だ。
「魔石を手に入れても、すぐに薬を加工できるわけではないんです。中和剤を作るのにも、かなり時間がかかります。私の魔力が低いせいなのですが・・。」
フーリアちゃんは、悔しそうに唇を噛んだ。
「それは仕方ありません。本来なら魔法薬製造は、錬金術師の領分です。ほぼ独学でそこまで辿り着けたことを、むしろ誇るべきですよ。」
フーリアちゃんは、俺の想像以上にすごいことをしていたようだ。
あ、でも、それなら、出来上がった中和剤を購入すればいいんじゃないか?
俺がそう言うと、レオニスさんとフーリアちゃんが揃って首を横に振った。
「魔力中和剤は、その性質上、周囲の魔素を吸収して、すぐに変質してしまうんです。」
「長距離の移送が難しいので、流通はしていないですね。」
思った通りにいかないもんだ。この課題、達成条件シビアしすぎないか?
みんなが黙り込む中、レオニスさんが顔を上げて俺の方を見た。
「時間的制約があるなら、仕方ありません。裏技を使いましょう。」
え、そんなのがあるの?
「はい。幸か不幸か、シャーレにはまだ冒険者ギルドがありません。そして、今回は魔石の使用目的が非常にはっきりしている。」
ふむふむ、それで?
「この点を踏まえて、公正証書を作成します。シャーレの代表者であるユミナさんが売買の見届人となり、私がそれを証明するという形にすれば、臨時取引の事後申告が可能です。」
それって、本当に大丈夫なのか。かなり、恣意的にルールを使ってる気がするんだけど。
ユーリィがそう伝えると、レオニスさんはニヤリと笑った。
「それは、私の腕の見せ所ですね。」
あ、やっぱりかなり無理筋なんだ。でも、こういう言い方、プロっぽくてすごく頼もしい。
「そうなると、あとはこの条件で仕事を受けてくれる冒険者を捜すことですね。」
「シャーレにも、何人かそれらしい人が来ていますよね?」
フーリアちゃんの言葉に、レオニスさんは大きく頷いた。
「おそらく、私と同じように、冒険者ギルドから調査依頼を受けている者たちでしょう。私たちの依頼を受けてくれるかは・・・やや分が悪いですね。」
彼はそこで言葉を切り、小さくため息を吐いた。
「アッシャール提督がいれば、もっと話が早かったのですが・・。済んだことを悔やんでも仕方がありませんね。」
レオニスさんはそう言うと、俺の方に向き直った。
「相談役として、冒険者との交渉は私が担当します。もちろん、手数料はいただきますが?」
それは当然だろう。俺はそれで構わないと伝えた。
「ありがとうございます。それでは、冒険者との交渉には、御使い様とユミナさんにも同席していただきます。」
冒険者ってのは、危ない連中らしいから、それは当然だ。むしろ断られても、護衛を同行させるつもりだった。
そう伝えると、レオニスさんは満足そうに俺の方を見た。
「統治者自ら問題解決に奔走する。相談役として、本来なら咎めるべきことです。しかし、あなたならそうおっしゃるだろうと思っていました。」
あれ? ひょっとして今、俺試されてたのか?
俺がそう言うと、レオニスさんは今日一番のいい笑顔を見せた。
「今後はあなたの見えないところで多くの問題が発生するでしょう。そうなっても、今のあなたの思いを忘れずにいていただきたいです。」
彼は優雅な仕草で立ち上がると、さっと手を広げていった。
「では、早速仕事に取り掛かるとしましょう。」
種族:迷宮核
名前:澤部十四郎
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