109 夏の終わり 後編
切りの良いところまでと思ったら、ちょっと短くなっちゃいました。あとアイス食べすぎて、今朝からお腹が痛いです。
【大陸歴1415年10月24日 早朝】
〈十四郎視点〉
三日目の朝。ようやく砂嵐は、その力を失い始めた。
夜明けとともに外に出てみると、拠点のあらゆるものが、降り積もった砂で真っ白に変わっていた。
高い壁に囲まれた広場は薄暗く、世界が停まったかのよう。
時折吹いてくる風が、さらさらと砂を動かす音がはっきり聞こえるほど、静まり返っている。
パトラとユーリィを連れて、外壁に登ってみた。
静まり返っていた広場周辺とは違い、桟橋ではすでに何人もの男たちが、作業に取り掛かっているのが、遠く見えた。
北の地平線はまだ薄く煙っているが、砂嵐の気配はすでにない。
東の空を見ると、朝焼けが空を染めようとしている。しかし、その色はいつも以上に赤く滲んで見えた。
「主様、あれをご覧ください。」
パトラが指さす南の地平線から、湧き上がるように黒雲が現れた。
それは凄まじい速さで空全体に広がり、美しい朝焼けをあっという間に覆い隠してしまった。
びゅうっと吹き抜ける生暖かい風。
響いてくる遠雷。
大きな雫がぽたりと落ちてきた。
乾いた地面に、黒い染みが出来る。
雷鳴。そして、空が割れた。
ばらばらばらばら、と無数の水滴が砂を叩く。
やがてその水滴は、俺が今まで体験したこともないほどの、凄まじい豪雨となった。
「わーい! 雨だ! あめだ!」
三姉妹とトゥンジャイくんが、歓声を上げて飛び出してくるのが見えた。
続いて姿を見せた大人たちも、笑顔で空を見上げていた。
滝のような雨は、拠点内に降り積もった砂を一気に押し流していく。
濡れた砂の匂いが立ち上り、砂色の世界が色を取り戻した。
子どもたちは泥だらけになりながら走り回っている。みんな顔を上げて口を大きく開き、歓声を上げて笑い続けていた。
子どもたちが家畜小屋の扉を開くと、それを待ちかねたかのように、羊やヤギたちが飛び出してきた。
雷鳴に驚きながら走り回る様子は、まるで忙しないダンスを踊っているようだ。
一方、桟橋からは、男たちの活気のある声が響き始めた。
「容器を出せ! ありったけ並べろ!」
樽、壺、鍋、革袋。様々な容器を使って、水を集める。
そしてその水を、大きな樽の中に移し替えて貯めていく。
動きは素早いが、みんなの顔には笑顔が溢れていた。
人にとっても、動物にとっても、文字通りの恵みの雨だ。
生き生きと動き回る人たちの姿を見て、俺は胸の奥から温かい何かが湧き上がってくるのを感じた。
その後、雨は三日三晩、降り続いた。
ユーリィたちは、新しく栽培する作物の準備に追われ、忙しく働いていた。
タカキビの種を水につけたり、野菜の苗を丁寧に選り分けたり。
農具の手入れにも余念がない。
小さな子どもたちも、家畜の世話にかかりきり。
三姉妹は家畜たちを追って泥の上で転び、笑い、叱られ、そしてまた走る。
家畜たちは砂嵐でくすんでしまった艶を取り戻し、落ち着いた息を吐くようになった。
砂嵐の間ののんびりが嘘のような忙しさだ。
食事が終わるとすぐに、泥のように眠りに落ちてしまう。
みんな疲れているようだが、それでも口元には笑みが浮かんでいる。
新たな糧を生み出そうとする希望で、みんなの瞳はきらきらと輝いていた。
俺はその間、拠点の基礎と水路を作り直していた。
こんなに激しい雨は想定していなかったので、砂が柔らかくなり、土がぬかるんでいる場所が多くなった。
みんながよく移動する動線を石畳で補強し、排水を考えた水路を作る。
外壁や建物の上にも、雨を逃すための排水路と勾配を作っていった。
拠点内に貯まった水の処理には、土ゴーレムに協力してもらった。
ゴーレムたちは身体に水を蓄えると、それを排水路まで運んで、一気に排出する。
動線部以外のぬかるんだ地面も、彼らが砂を運んできれいに均してくれた。
そんな俺たちの様子を、拠点内で仕事をしている男たちは、興味深そうに横目で眺めている。
でも、傍らにいるゴーレムやパトラを恐れているのか、決して近づいてこようとはしなかった。
するとその時、少し離れた場所にいた樽を運ぶ若い男の足が泥に滑り、盛大に尻もちをついた。
「馬鹿野郎、気をつけろ! ケガはねえか?」
怒鳴りながらも、別の男がすぐに駆け寄り、笑い混じりに腕を引っ張り上げる。
「雨が上がったら、すぐ出発だ。ここに船が集まったおかげで、珍しいもんが色々手に入ったからな!」
「これで無事に戻れたら、かなり儲かるぞ! こんなとこでケガしてる場合じゃねえ!」
足を止めた男たちに、他の船員たちからの声が飛ぶ。
桟橋に続く大倉庫の中では、年配の男たちが荷を確認しあい、握手をしている様子が見えた。
そして倉庫の外側では、少年の面影を残す若い男たちが雨樋の先に樽を据えている。
彼らはこぼれた水を少しでも無駄にしないよう、鍋まで並べていた。
彼らに指示を出している背の高い男は、眉間に皺を寄せ、周囲を見回している。
「俺たちの飲み水はもう十分だろう。あとは家畜たちの分だな。あと、どのくらいいけそうだ?」
「親方に聞いてきます!」
たちまち鍋を抱えた少年が走り出す。
俺は外壁の上から、その様子を見下ろしていた。
彼らは俺が作った排水路や雨樋、水場を上手に使ってくれている。
彼らは誰に命じられたわけでもない。自分の意志で、それぞれの役割をまっとうしようとしている。
彼らはゲームのNPCであり、プログラムに沿って行動しているに過ぎない。
それでも、自分の仕事が多くの人によって生かされていることが、なんだか誇らしかった。
三日目の午後、ようやく雨脚が弱まった。
雲の切れ間から光が差し込み、どこまでも透き通った空が顔を覗かせる。
俺はユーリィと小さな子どもたちを連れて、外壁に登ってみた。
「みどりだ!」
ニナが嬉しそうに指を指して、こちらを振り返った。
無限に続く白い砂原に、点々と緑が浮かんでいる。
芽吹いたばかりの小さな芽だ。
死んだように広がっていた砂の海に、今は命の色が輝いている。
変化は拠点の中にも起こっていた。
外壁の周囲に植えられたナツメヤシの根本には、青々とした草が茂っていた。
浮かれて走り回る子どもたちの後ろで、ユーリィが静かに膝をついた。
指先でそっと小さな草の芽に触れる。
「・・柔らかい。」
彼女の声はかすかに震えていた。
澄み渡った空気に満ちる雨上がりの匂い。そして。
「ああ、あれ!!」
小さい子どもたちが空を指差す。
巨大な虹が、俺たちの頭上を横切っていた。
端から端まで、くっきりと映える七色の橋。
子どもたちはまた歓声を上げた。
大人たちも、幸せそうな笑顔で空を見上げている。
「夏が終わりましたね。」
ユーリィはそう言って、俺に微笑みかけた。
俺は外壁の高さまで浮かび上がり、拠点の全景を見渡した。
湿った大地と、小さな緑。
人々の営みと、どこまでも響く笑い声。
たとえこれが、仮想の世界の出来事だったとしても、構わない。
「ここは俺の、俺たちの街だ。」
俺は我知らず、そう呟いていた。
いつかこの世界を離れ、現実に戻ることになったとしても、この街だけはずっと守り続けたい。
そして、家族に再会したら言うんだ。どうだ、俺の作った街はすごいだろうって。
そのために、今はもっともっと力をつけ、深くこの世界を理解しなくては。
「私も主様を全力でお支えいたします。」
俺の気持ちを読み取ったパトラが、念話でそう伝えてくれた。
「ありがとう、パトラ。これからもっともっと忙しくなる。よろしく頼むよ。」
俺の言葉に、パトラは小さく頷いた。
彼女の黒く滑らかな外殻は、澄み切った光を反射して、明るく輝いていた。
種族:迷宮核
名前:澤部十四郎
迷宮レベル:12
総DP:15430
獲得DP/日:39550
消費DP/日:35000
お読みいただき、ありがとうございました。




