108 夏の終わり 中編その2
急に寒く寒くなったので、しまっていた服をまた引っ張り出す羽目になりました。皆様、ご自愛くださいませ。
【大陸歴1415年10月23日 午後】
〈十四郎視点〉
昼を過ぎても砂嵐は一向に弱まる気配を見せなかった。
皆は部屋の中で、のんびりと思い思いに過ごしている。
ユミナさんとサラさんは、おしゃべりしながら糸を紡いでいる。糸の原料は羊毛だ。
ナズちゃんとパリンちゃん、フーリアちゃんは、三姉妹にせがまれて、楽器の演奏を教えていた。
ユーリィはトゥンジャイくんと一緒に石並べに夢中だ。
俺は部屋の中を漂いながら、楽しむ皆の様子を観察していた。すると突然、パトラが俺に話しかけてきた。
「主様、マールとオリーがこちらに近づいてきています。」
彼女の声はユーリィにも聞こえていたらしい。ユーリィがハッと顔を上げると同時に、扉を激しく叩く音が聞こえた。
「おーっす! ユミナ、御使い殿! 遊びに来てやったぞ!」
ユーリィが鍵を開けると同時に入ってきたマールは、満面の笑顔でそう言った。
「マールさん!? 風は大丈夫だったんですか?」
「ああ、うん。こいつがいるから大丈夫!」
ユーリィの問いかけに、オリーが疲れた顔でため息を吐く。
「あたしの精霊を、風除け代わりに使わないでほしいんだけど・・。」
「いいじゃん。あんただって暇だって言ってたでしょ?」
マールはそう言うと、ユミナさんの横にどかっと腰を降ろした。
「船員どもと来たら、酒と賭け事とケンカばっかりでさ。かと思ったら、寝てばっかりだし。おまけに大浴場は使えないし。」
そうそう。大浴場は今、営業停止してるんだった。この砂嵐の中じゃ、どうせ誰も使わないと思ったからだ。
けどまさか、風魔法を使ってまで、砂嵐の中を出歩くやつがいるとは思わなかった。
「それでここへ遊びに来たってことですか。」
「まあ、そんなとこ。今何してたの?」
「特に何もしてませんよ。お菓子食べたり、おしゃべりしたり、歌ったり?」
ユーリィのその言葉に、オリーが目を輝かせた。
「お! リュートあるじゃない!」
彼女はそう言うと、パリンちゃんのところに駆け寄った。
「へー、結構良い品だね。この弦、魔獣の腱だ。どうしたのこれ?」
「御使い様が出してくださいました。」
パリンちゃんがそう言った途端、オリーはすっと表情を引き締めた。
「・・そうなんだ。それであんたたち、何か差し出したりした?」
「差し出す? 一体何をですか?」
パリンちゃんは、きょとんとした表情で、ナズちゃんと顔を見合わせた。
それを見たオリーは、しばらく彼女たちを観察した後、小さく息を吐いた。
「代償もなしにそれだけの奇跡を・・まあ、いいや。ちょっと弾かせてもらっていい?」
「もちろん、いいですよ。」
パリンちゃんからリュートを受け取ったオリーは、慣れた手つきで弦をかき鳴らした。
「すごくうまいですね!」
「まあね。里でもよく弾いてたし。フレンの街で、しばらく吟遊詩人してたこともあるんだよ。」
「そうなんですか? ぜひ一曲聞かせてください!」
「いいよ。じゃあ、一曲お聞きください!」
オリーは繊細なメロディを奏でながら、静かに歌い始めた。
透き通るような彼女の声が部屋の空気を震わせると、彼女の周りからフワリと紫色の燐光が舞い上がる。
あれって、もしかして魔力の光なのだろうか?
皆が曲に聞き入る中、ユミナさんがマールにお菓子の入った小皿を差し出した。
「マール様、召し上がりますか?」
「もちろん。あ、これうまいな。前にも食べさせてもらったよね?」
「もう何年も前ですね。ちょうど砂嵐の時期にいらっしゃったことがありましたっけ。」
遠くを見るような目で見つめ合う2人。マールは手に残った菓子を一口で頬張ると、ゴクンと飲み込んだ。
「懐かしいなあ。いやー砂嵐、最高だな!」
「最高なんですか?」
ユーリィがそう尋ねると、マールは指を1本立てて言った。
「この時期は、魔獣も砂賊も全然出てこなくなるからね。傭兵団も休みってわけ。もっとも、こんなにゆったりした気持ちで休めたのは、本当に久しぶりだけど。」
「あたしたちはいつもこんな感じです。マール様は、普段はこんなじゃないんですか?」
「デカい港に船がつけられてたら、問題ないんだけどね。運悪く内砂海や砂海道の真ん中辺りで遭遇しちゃったら、もう最悪だね。」
マールによれば、砂海は中心部に近くなるほど、集落が少なくなるのだそうだ。
そんな場所で砂嵐に見舞われたら、最寄りの集落に逃げ込んで、凍えながら砂嵐が過ぎ去るのを待つことになるのだという。
しかも、それでもまだマシな方で、集落にたどり着けなかった場合は、文字通り砂海の砂屑になってしまうらしい。
その話を聞いたユーリィは、怖そうに身をすくませた。それを見たマールは、安心させるように、どんと胸を叩いてみせた。
「でもこれからは、内砂海にもこのシャーレの港があるから、問題ないね!」
「シャーレの港? 確かに、ここは御使い様がお作りになった村ですけど・・?」
「ああ、言ってなかったっけ? この村、シャーレって名前になったから。ていうか、すでに村って規模じゃなくなってるし。」
こいつ今、さらっと大事なこと言わなかったか?
いつの間にそんなことになってたんだ。
俺がユーリィを通じてそう問いかけると、マールはあっけらかんと答えた。
「あたしがフラシャールに帰ったときに、登録しといた。その時に名前がないと困るからさ。シャーレって名前にしたわけ。公式航路図にもそれで記載されてるよ。」
マールは懐から小さな航路図を取り出すと、皆に見せた。
茶色い厚紙の真ん中あたり、彼女が指さす小さな点の横に、文字が書いてある。
これが俺の拠点のようだ。初めて、この世界の地図を見た。
話には聞いてたけど、この拠点は本当に、空白地帯のド真ん中にある。
あとでこの地図についてはもっと詳しく聞かせてもらおう。
今は、文字も読めないしな。
地図を見たユーリィは、少し困った顔をしてフーリアちゃんの方を振り返った。
「神様の名前を使うって、大丈夫なのかな?」
「御使い様のお作りになった場所だし、聖地としてはありなんじゃないかしら?」
フーリアちゃんもちょっと思案顔だ。
でも、マールはそれに構うことなく、ユミナさんに「これあたしが書いたんだよ!」なんて言いながら、自慢げに地図を見せている。
ていうか、こいつ字が書けたんだな。ちょっと意外だ。
「あ、当たり前だろ! これでも、私掠船の提督だ。免状の申請やら、討伐契約やらで、いろいろ必要になるんだよ!」
ほえー、そうなんだ。
脳筋キャラだと思って、完全に舐めてたわ。さすがは『紅玉女帝』。
「いや、女帝言うなし。」
せっかく褒めたのに、マールは不満げにそう言った。でも、ユーリィはそんなマールをキラキラした目で見つめた。
「本当にすごいです、マール様! あたし、前から文字を読んでみたいって思ってたんです。」
「ま、まあね? 難しいところはザッパに助けてもらってるケド・・。」
そうだ。せっかくだし、こいつに字を教わってみたらいいんじゃないか?
この世界の文字が読めたら、俺のステータスも読めるようになるかも知れないし。
ユーリィが俺の言葉を伝えると、マールはぎょっとしたようにこちらを見た。
「え、御使い殿が人間の文字を?」
「あたしも、ぜひ教えてほしいです!」
俺たちの会話を聞いて、皆がこっちに目を向けている。
「実は、あたしも文字を読めるようになりたいって思ってたの。」
「ナズも? あたしもそうだわ!」
「村にいる時は、女の子は文字を読めなくてもいいって言われてたもんね。でも、ここには男の人がいないもの。読めるようになったほうがいいわ。」
ユミナさんとサラさんは戸惑っているようだが、2人以外は文字の練習に乗り気みたいだ。
そうなれば、文字の練習する道具が必要だな。俺はアイテム創造アイコンを起動させながら、傍らのパトラにも声をかけた。
「パトラもやってみるか?」
「主様がなさるのであれば、私もぜひご一緒したいです。」
床の上に描き出された魔法陣から、白墨と黒い石板を人数分出現させる。
子どもたちはそれを見て歓声を上げた。
ただ、オリーだけは、険しい表情でじっと俺の方を見ている。なんかマズかったのだろうか?
ちなみに、今回のアイテム創造の消費mpは1200だった。数は多いのに、楽器に比べて格段に消費が少ない。
どうやら鉱石系のものは、消費mpが比較的少ないようだ。ただ、理由は分からない。
こういうのも、ステータスが読めるようになったら、もっとよく理解できるようになるのだろう。
ユーリィにお願いして、皆に筆記練習具を配っている間に、俺はスナハンドを1体召喚した。
身体がない俺にとっては、こいつが腕代わり。一生懸命練習して、文字を覚えるぞ!
「んじゃ、まずは名前を書くか。あたしがお手本を書いてやるから、それ見て練習しな。」
ふと思いついて、ユーリィとユミナさんの名前を見てみると、最初の文字の形が同じだった。
思った通り、この世界の大陸公用語は、アルファベットと同じ表音文字のようだ。
ただ、母音と子音の区別があるのか、音に対応した文字が何文字あるのかすら分からない。
まずは練習しながら、そこを探っていこう。
「御使い殿は・・『トシュロー』でいいか?」
十四郎と音が近いトシュローは、この世界の言葉で『使者』という意味らしい。
俺はスナハンドを使い、石板に字をかきながら、文字の構造を理解していくことにした。
「ニナ、じょうずにかけたよ!」
「あんた、ここが逆になってるじゃない。ほら、リナ姉ちゃんに貸してごらん。」
「やだー! じぶんでできるの!」
「あらあら、喧嘩しちゃダメよ。」
三姉妹も賑やかに文字の練習をしている。マールは時折修正を加えながら、皆の文字を見て回った。
「うん、みんなできてるな。御使い殿は・・何だそりゃ。全然ダメじゃないか。」
そんなの俺だって分かってる。ただ、スナハンドを動かすのが、思った以上に難しいんだよ。
でも、苦労して何度も書いたおかげで、文字の形と音の組み合わせはなんとなく分かってきたぞ。
「・・お前、結構うまいな。」
パトラの書いた文字を見たマールがそう呟く。
パトラの文字はものすごく規則正しい。まるで定規で測ったみたいに、縦と横の線が完璧に揃っている。
ただ、パトラ自身は釈然としない様子だ。
「形を真似ることは出来ましたが、この模様にどんな意味があるのか、私にはまったく理解できません。」
パトラは念話で俺にそう伝えてきた。
アリから進化した彼女たちは声を発しない。音で言葉を伝える文化がないのだから、文字と音のつながりを理解するのはかなり難しそうだ。
「パトラ、俺が教えるよ。文字の構造を理解できたら、一緒に練習しよう。」
「ありがとうございます、主様。」
パトラからすごくうれしそうな気持ちが伝わってきた。
念話でどこまで伝わるか分からないが、自分の練習にもなるし、一緒に勉強していけたらいいよな。
「よし、じゃあ次は好きな言葉を書いてみよう。手本を書いてやるから、持ってきな。」
「ニナ、ナツメとミツってかく!」
マールは皆が持ってきた石板に、希望する文字を書いてやっていた。
みんながそれぞれ練習し始める。
でも俺はその間も、自分の名前を書く練習を続けていた。
くっそ、どうしてもうまく行かない。
何度も何度も同じ文字を書いていると、初めて漢字を習ったときのことも思い出してしまう。
あんまりうまくいかないので、ふと、漢字で名前を書いてみた。すると、驚いたことに、意外なほどスラスラと書けてしまった。
書けないのはスナハンドの性能のせいじゃない。
俺の理解が足りていないだけだな。ひたすら練習するしかなさそうだ。
俺が漢字で書いた名前を消そうとしたとき、マールがそれに目を止めた。
「御使い殿、何だその文字?」
「もしかして、神々の文字なのでしょうか!?」
目ざとく見つけたフーリアちゃんが、目をキラキラさせて尋ねてくる。
いや、ただの日本語だし。これ以上変な誤解をされるのはゴメンだ。
俺が文字を消すと、フーリアちゃんはすごく残念そうな顔をした。
いくら日本語がうまく書けても、ここでは何の役にも立たない。読めるのは俺しかいないからな。
俺はその後もひたすら練習を続けた。
「意外と粘り強いんだな。」
マールが感心したように呟く。
まあね。前向きさと根性だけしか、取り柄がないからな。
しばらく続けていたら、コツが掴めたのか、かなり手本に近い文字が書けた。
「あ、かなりきれいに書けましたね!」
ユーリィも褒めてくれた。我ながら会心の出来だ。
この感じを忘れない内に、更に練習してみよう。
俺がスナハンドで文字を消すと、ユーリィが「あ」と小さく声を上げた。
「せっかくきれいにできたのに、消えちゃいましたね。」
まあ、練習だからな。これで終わりってわけじゃない。
消えたら何回でも、また書けばいいんだから。
「そうですね。御使い様のおっしゃるとおりです。」
ユーリィは石板の表面をこすって、自分の名前を消すと、マールに差し出した。
「マール様、ここにシャーレって書いてください。」
「いいとも。お安い御用だ。」
お、それなら俺もお願いしたい。
俺もユーリィと一緒にシャーレという文字を何度も練習した。
これが俺たちの街の名前。そう思うと、なんだか急にこの場所への愛着が強くなったような気がする。
やっぱ、名前って大事なんだな。
『迷宮領域の固有名称が迷宮核により【シャーレ】として登録されました。以後の侵攻作戦において、当該迷宮領域をシャーレと呼称します。』
『固有名称の決定により、迷宮複製機能が解放されました。シャーレの領域侵食深度が増大しました。複製核による侵食が可能になりました。』
お、ナビさんがなんか言ってるぞ。相変わらず何言ってるか、さっぱり分からんけど。
でも、きっと俺たちの街の名前が決まったことを喜んでくれているんだろう。多分。
その後、俺はマールに「税」や「港」、「魔獣」などの文字を教えてもらった。
そのおかげで、俺は自分のステータス画面を少しだけ読めるようになった。
まだ、ほんの断片だけど、この調子で頑張れば、いつかこの世界のことを本当に理解できる日が来るはずだ。
いつかこのゲームをクリアし、現実に戻れるその日を目指して、がんばろう!
結局、マールの読み書き教室は、夕飯の時間まで続いた。
マールとオリーは「ユミナとサラの手料理最高だな!」と言いながら、料理を平らげ、満足して帰っていった。
「今日はすごく楽しかったです。おやすみなさい、御使い様。」
「うん、おやすみユーリィ。」
俺は食事を終えた皆が、床に就くのを見守った。
眠ることが出来ない俺にとっては、夜はとても長い。でも、今日はいつもと違う。
なんてったって、文字を練習するっていう最高の暇つぶしがあるからだ。
「私もお付き合いいたします、主様。」
そうそう、練習相手のパトラもいるしな。
俺は皆の石板に残った文字を頼りに、練習を始めた。
ユミナ、ユーリィ。
サラ、ナズ、パリン、フーリア。
ニナ、リナ、ハナ、トゥンジャイ。
皆の名前を書いている内に、俺はなんだか世界の形がよりはっきりしてくるような気がしていたのだった。
種族:迷宮核
名前:澤部十四郎
迷宮レベル:12
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お読みいただき、ありがとうございました。




