104 銀貨と公証人 前編
今日はひな祭りですね。お子さんたちの健やかな成長をお祈り申し上げます。
【大陸歴1415年10月21日 昼前】
〈十四郎視点〉
「うわあ、すごくきれいですね!」
丘小人たちが差し出した銀貨を見て、ユーリィは思わずそう声を上げた。
「そうじゃろう? これはな、丘小人族が取引に使っておるものなんじゃ。」
褒められたドルガンは、そう言って胸を張った。
ユーリィは革袋に入った銀貨を取り出すと、座卓の上で一枚ずつ数え始めた。
それを横からユミナさんとパトラ、そして職人たちと一緒に来たマールが眺めている。
広げられた美しい白銀貨は、日本の500円玉よりも少し大きいくらい。かなり厚みもある。
完全な真円をしたその銀貨の表面には、槌と炎を表す文様と横向きになった丘小人の肖像が、浮彫りされている。
この世界で一般的に使われている銅貨や銀貨は、一応円形はしているものの、形は不揃いだ。
それに表面の模様もあったり無かったりと様々で、まったく統一されていない。
それに比べると、このドワーフ銀貨は工芸品のように精緻で美しい。ドルガンが誇らしげにするのも分かる。
「ドワーフ銀貨1枚で大陸銀貨4枚分の価値があるのさ。」
マールは両手で2種類の銀貨を示しながら、ユーリィにそう説明してくれた。
「えっと、ここにあるのが25枚? ううん、27枚だっけ?・・・1枚が4枚分で?」
ユーリィは両手の指を使って、懸命に銀貨を数えている。けれど、かなりおぼつかない。
今、座卓の上にあるのは、28枚のドワーフ銀貨。つまり、普通の大陸銀貨に換算すると112枚の銀貨があるということになる。
俺がそう伝えると、ユーリィはぱあっと顔を輝かせた。
「すごいです、御使い様! 御使い様は奇跡を起こすだけじゃなくて、計算も得意なんですね!」
うん、まあそうだね。ただ問題は、この銀貨の価値が多いのか少ないのか、俺には判断がつかないことだ。
俺がそう尋ねると、リグドはなるほどと言いたげに俺を見上げた。
「ふむ。やはり、神の使いは世俗の金には関心がないというわけか。ならば、この金はユミナ殿にお預けするとしよう。」
「いま、わしらが出せる精一杯の額じゃ。こやつとわしとで半分ずつ出させてもらった。」
ドルガンは目でリグドを指しながら、座卓の上の銀貨をユミナさんに差し出した。
「こんな大金・・・。それに、これは御使い様のもの。あたしがお預かりしてよいものではありません。」
ユミナさんは心底困った様子で、左手を頬に当てた。
それに同意するように、マールも頷く。
「これだけの金を管理するとなると大変だしな。危ない目に遭うかも知れないし。」
なるほど、マールの言うとおりだ。じゃあ、この金は受け取らなくていいかな。
だって、俺はただ、拠点を発展させるために建築アイコンを使っただけだし。
その労働の対価として受け取るには、ちょっと額が大きすぎる感じだ。
おれがそう言うと、職人たちは途端に眉を顰めた。
「それはあまりに無責任というものじゃ。まあ、神らしいとも言えるが。」
「そういえば、この村に来たとき、まったく税をとられんかったな。その辺は、どうなっておるんじゃ?」
なんか、ややこしい話になってきたぞ。
そう言えば、以前来た商人たちも、税や水代がどうとかって言ってたっけ。
そんなのいらないって言ったら、やたら感謝されたけど、税って取るのが普通なんだろうか?
「そうだね。どこの村や街に行っても、大抵は通行税をとられるよ。フラシャールだと入国時に銅貨1枚だ。あんたはどうするつもりだい?」
マールは俺に、そう尋ねてきた。
この間、俺に桟橋を作らせた銀髪褐色イケメンは、フラシャールって国から派遣されてきたって言ってたな。
フラシャールはここらじゃ、一番大きい国らしい。
今後はやり取りも増えるだろうし、俺も同じようなルールで、拠点運営をしたほうがいいのか?
俺がフラシャールと同じでいいんじゃないかと答えると、マールは俺を探るような目でじっと見つめた。
「それは、この村がフラシャール領だと認めるということか?」
そう言われて、俺は答えに詰まってしまった。
彼女が言っているのは、つまり属国扱いってこと?
でも、ここはあくまで俺の拠点だ。誰のものにするつもりもない。
国の命令だからって理不尽な要求をされたり、ユーリィたちを傷つけられたりするのもゴメンだ。
俺がそう答えると、マールはしばらく考え込んだ後、俺にこう言った。
「じゃあ、御使い殿にいい人を紹介しよう。一度、そのあたりのことを相談して見るといい。」
マールは「これから連れてくるから」と言い、共同住宅から出ていってしまった。
俺、現実では普通のサラリーマンだったし、税は集める方じゃなくて、ずっと払う方だった。
後輩の伊達ちゃんと、給料日のたびに「税金高すぎだろ!」って、文句しか言ってなかった気がする。
そんな俺に、税のことなんか分かるわけがない。
でも、この世界で住民を集めるなら、やっぱり必要になってくる知識なんだろうな。
「ユーリィは、税のこと知ってる?」
俺が質問すると、彼女はまったく同じ質問をユミナさんにしていた。
そりゃ、9歳じゃ税のことなんか分かる訳ないもんな。
「あたしたちのサリハーネ村では、住民には税がかけられていませんでした。むしろ、航路の中継地である村を維持するために、太守様からいろいろ助けていただいていたくらいです。」
ユミナさんは俺にそう教えてくれた。
砂漠の民は、魔獣が溢れる砂海で村を維持するための貴重な人材。だから、無税だったらしい。
その代わり、やってきた隊商などからは、きっちり入村税を徴収していたそうだ。
その業務にあたっていたのは、村の代表だったフーリアちゃんの一族の人たち。
だから、彼女に聞いたら、その辺の事情が分かるかも知れない。
ただ、彼女はこの所ずっと、部屋に籠って、薬作りに没頭しているため、ほとんど姿を見せることはない。
この間、久しぶりに姿を見たときには、かなり疲れた様子だった。どうやら、材料が足りないらしく、かなり苦労しているようだ。
出来ることならどんどん手伝いたいところだけど、生憎、俺のアイテム創造アイコンでは、薬が作れないみたいなんだよね。
いずれ俺のレベルが上がったら、そのあたりの能力が解放されたりするんだろうか? うーん、分からん。
せっかくだから、職人たちにも聞いてみよう。
「わしらは、フラシャールにおる時分は、人頭税を払っておったぞ。一ヶ月ごとに、銅貨一枚。組合所属の徴税人が集めに来ておった。」
銅貨一枚というのは、一般的な4人家族が1日分のパンを買えるくらいの価値らしい。
「職人にとっては、人頭税よりも、組合に支払う手数料と加盟更新料の方が、遥かに負担が大きかったのう。」
フラシャールでは、職能ごとに細かく組合が組織されているそうだ。
職人の作ったものは組合を通して販売され、その都度、手数料を徴収されるらしい。
らしい、というのは、ユーリィとパトラの通訳では、その辺の詳しいニュアンスが伝わらなかったからだ。
だから、この情報を得るまでに、実際にはかなりの時間がかかっている。
やはり、抽象的な専門用語が多くなると、伝言ゲームではかなり厳しい。
俺自身が、もっと大陸公用語を理解する必要があると痛感させられる。
そんな会話をしていたら、共同住宅の扉が開いて、マールが入ってきた。
「御使い殿、紹介しよう。フラシャール商業ギルドの公証人レオニス・ヴァルトランだ。見かけによらず親切だから、何でも聞いてくれ。」
「アッシャール提督、見かけによらず、は余計ですよ。」
マールと一緒にやってきたその男性は、穏やかに苦笑しながらそう言った。
「はじめまして、御使い様。レオニス・ヴァルトランと申します。よろしくお願いいたします。」
すごく優雅な仕草で、丁寧なお辞儀をしたレオニスさん。
年齢はおそらく30歳半ばくらい。中肉中背で、仕立てのいい衣装を身に着け、頭にはターバン。
きちんと手入れされた口ひげとあごひげを蓄えていて、穏やかな微笑を浮かべている。
笑うと目が糸になるタイプ。フーリアちゃんと同じ系統の人だ。
清潔感があって真面目そうな印象。商人というよりは、役人っぽい雰囲気のある人だと感じた。
でも、ニコニコしながら、俺のことをしっかり観察しているようだ。
さて、早速聞いてみるとしよう。
「レオニスさん、税のことについてお聞きしたいのです。」
俺の言葉を、ユーリィが彼に伝える。すると、彼は俺を真っ直ぐに見ながら、こう尋ねた。
「お話する前に一つ、確認させてください。御使い様は、この村をどうなさるおつもりですか?」
彼の言葉で、皆の視線が一斉に俺に集まる。改めて聞かれると、ちょっと戸惑うけど、別に隠すことでもない。
「俺は出来る限り、この拠点を発展させるつもりです。そしていずれは、俺がいなくても、ユーリィたちが幸せに暮らせるようにしていきたいと考えています。」
俺の言葉を聞いたユーリィは、少し寂しそうな目をした。
俺はこの世界のプレイヤー。いずれはここを離れて、現実へと戻っていく。
だからといって、この拠点がどうなってもいいとは思っていない。
ユーリィたちがいつまでも幸せに暮らしていけるような、そんな場所を作り上げる。
それが今、俺が目指すべき目標だ。
ユーリィから、俺の言葉を伝えられたとき、レオニスさんは軽く目を見開き、俺の方を見た。
そして、ゆっくり口角を上げると、俺に向かってこう言った。
「素晴らしいお考え、まさに理想です。しかし、今のままでは、決してその目標に到達することはできません。」
笑っている目の奥がキラリと光る。
「なぜなのか? その理由を、これからご説明いたしましょう。」
丁寧な言葉遣いはまったく変わっていないのに、そこに込められた熱は確実に上がっている。
俺は、彼の笑顔の下に隠されていた、もう一つの顔を垣間見たような気がした。
お読みいただき、ありがとうございました。




