103 職人たち
新キャラが出すぎて、新しい魔獣を出すゆとりが無くなっています。メインコンテンツなのに・・。
【大陸歴1415年10月18日 昼前】
〈十四郎視点〉
ユーリィたちの共同住宅に漂う甘い香り。俺は目の前のパトラに尋ねた。
「どう?」
「まったく違います。熱を加えるだけで、ここまで味が変わるとは。人間の文化は素晴らしいですね。」
パトラは手にした陶器に口吻をつけたまま、そう答えた。かなり気に入ってくれたようだ。
パトラが舐めているのは、サラさんが煮詰めてくれたナツメヤシのシロップだ。
パトラが甘いものが好きだということを、ユーリィから聞いた彼女が、作ってくれたのだ。
ユーリィがパトラがとても気に入ったと伝えると、サラさんは穏やかに微笑んだ。
「喜んでくださって何よりです。パトラさんのおかげで、みんな安心して暮らせるようになりました。本当にありがとうございます。」
サラさんはそう言って、俺たちに深く頭を下げた。
パトラは、分身体たちを使って、この拠点の警備を担当してくれている。
女性型の自動人形とハニワ防衛隊、そして彼女の分身体たちは、役割を分担しながら拠点内の主戦力として活躍中だ。
一気に人が増えたけれど、大きな揉め事が起こっていないのは、彼女たちが目を光らせてくれているおかげ。
何しろ大概の人間は、黒ずくめの彼女が近づいただけで逃げていくからな。
犯罪抑止力は抜群なのだ。
「外での仕事はあたしたちがやるから。サラおばちゃんは無理しないでね。」
ユーリィの言葉にサラさんは小さく「ありがとう」と返した。
マールたちがこの拠点に帰ってきたあの日。船から降りてくる男たちの姿を見たサラさんは、過呼吸を起こして動けなくなってしまった。
フーリアちゃんがすぐに対応してくれて、大事には至らなかったものの、それ以来、サラさんは家から一歩も外に出られなくなってしまった。
襲撃で家族を奪われたときの精神外傷が原因であることは明らかだ。
以前、マールの配下たちが来たときは平気だったので、サラさん本人が一番驚いていた。
でも、俺には分かる。
こういうしんどい思い出って、時間が経って心が元に戻るほど、強く出ることがあるんだ。
これは時間をかけて、なんとかするしかない。
そんなわけでサラさんは今、家の中で出来る仕事を率先してやってくれている。
今回、パトラにシロップを作ってくれたのも、その一環ということだ。
ちなみに、この人間兵士型のパトラには口がない。
正確に言えば、本来の昆虫の顔の上に、遮光ガラスのような外殻をかぶっているので、外から見えないのだ。
彼女は今、その外殻の隙間からストローのような口吻を伸ばして、シロップを舐めている。
だから一見すると、顎の下からストローが突き出ているようで、かなり奇妙な光景である。
「このシロップというもの、出来れば私の本体に摂取させたいです。作り方を教えてもらえませんか?」
ユーリィがパトラの言葉を伝えると、サラさんは少し驚いた顔をした。
でも、すぐに笑顔になって「もちろん、あたしでよければ喜んで」と答えてくれた。
通訳役のユーリィをはさんで、3人が厨房に立つ。
なんかいいね、こういうの。サラさんも少し元気になったように見えるし。
甘い匂いに包まれながら、俺は3人の後ろ姿をずっと眺めていた。
出来上がったシロップを保存用の瓶に移していると、パトラがさっと顔を上げてこちらを見た。
「主様、マールとあと2人のオスがこちらに近づいて来ています。」
彼女の報告に続き、扉の向こうから怒鳴り合う男たちの声が近づいてくるのが聞こえた。
顔を青ざめさせるサラさんをパトラに任せ、俺とユーリィはすぐに家から飛び出した。
扉の向こう、中央広場の女神の泉の前では、2人の男たちが言い争っている。
その側では、マールが呆れ顔をしていた。
周囲には何事かと足を止めた野次馬が集まっている。
俺とユーリィが3人の方へ近づいていくと、それに気づいた2人の男が俺に向かって声を上げた。
「おお、御使い殿! 丁度よいところに! お願いがあって参りました!」
「何を言う、リグド! 御使い殿に会いに行くと言うたのは、わしの方が先だったじゃろう!」
「声をかけたのはわしのほうが先じゃ! お主は黙っておれ、ドルガン!」
背が低くてガッシリした体つきの2人は、とにかく声がデカい。
思わず耳を塞ぎたくなったくらいだ。
どうしたもんかと思ったとき、その2人を上回る鋭い一喝が、広場に響いた。
「お二人とも! ちょっと静かにしてください! あの中には、具合の悪い人がいるんですよ!」
仁王立ちになって叫んだユーリィの声に、その場が一瞬で静まり返った。
「いや、すまんかった。そんなに大きな声を出しているつもりはなかったんじゃ。」
「つい興奮して、周りが見えておらなんだ。本当に申し訳ない。」
共同住宅の座卓に座って、フサフサの眉毛を下げる2人。顔中がヒゲで覆われてるから、まるで叱られてしょげている犬みたいだ。
「急に尋ねてきて悪かったよユーリィ、御使い殿。」
2人と一緒に並んだマールまで、そう言って頭を下げる。ユーリィは慌てて、両手を振った。
「あたしこそ、急に怒鳴ったりしてごめんなさい。」
その言葉に、ヒゲもじゃの2人はばつの悪そうな笑顔を浮かべた。
一緒に座卓に座っていたサラさんが、互いに謝り合う姿を見て、小さく笑みを漏らした。
とりあえず、騒動が収まってよかったよ。
それにしても、この2人、一体何者なんだろう?
俺の疑問をユーリィがマールに伝えると、彼女は2人を俺たちに紹介してくれた。
「この2人は、見ての通りの丘小人さ。あたしの知り合いでね。この村の話をしたら、ぜひ一緒に来たいって、言ってくれたんだ。」
マールがそう言って、2人に目を向けると、左に座っている丘小人が口を開いた。
「わしは鍛冶師のドルガン・エンバーフォージ。誇り高き炉を受け継ぐ一族の7代目じゃ。」
続いて右の丘小人が、自分の胸を叩いた。
「わしはガラス窯の守り人サンドブレイズ族の7代目。ガラス職人のリグド・サンドブレイズという。」
2人はそれぞれ名乗ってくれたが、正直、あまり見分けがつかない。
何しろ背格好もほとんど同じな上、顔が胸まで届く長いヒゲで覆われてるせいで、ほとんど同じに見えるのだ。
かろうじて見分けるポイントがあるとすれば、ドルガンは銀の耳飾りを、リグドはヒゲにきれいなガラス玉を、それぞれ付けているくらいだ。
「それでお二人は、御使い様にどんな御用ですか?」
「おお、それよ! 実はお願いがあってきたのじゃ!」
「この村では、炎と水が無限に使えると聞いた! ぜひそれを見せてほしい!」
ユーリィの言葉に食い気味に反応する2人。ユーリィとサラさんは、思わず顔を見合わせた。
「ほう! これはすごい! 炭も薪も無いのに、炎が噴き出しておるぞ! 一体どんな仕組みなんじゃ?」
「こっちの水盤もじゃ! いくら汲んでも、すぐに新しい水が湧き出しておる!」
サラさんに案内されて厨房を見学した2人は、興奮した様子でコンロと水盤を調べた。
そして、2人揃って俺のところに駆け寄ってきた。
「頼む、御使い殿! わしのために鍛冶工房を作ってくれ! もちろんその分の代価はきちんと支払う! どうかこの通りじゃ!」
「いや、御使い殿! わしのガラス工房の方を先に作ってくれ! わしには砂を宝物に変える技術がある! 絶対に損はさせん! もちろん代価もちゃんと用意しておるぞい!」
見事にシンクロするように言葉を重ねた2人。彼らは俺が返事をする前に、互いに向き合った。
「引っ込んでおれ、ドルガン!」
「何を言うか! お前こそ黙れ、リグド!」
「マールに頼んだのは、わしが先じゃ!」
「この村に先に降りたのはわしの方じゃ! お前はのんびり道具をまとめておったではないか!」
「繊細なガラス細工道具を、無骨な鍛冶道具と一緒にするな!」
「お前が、もたもたしておるからじゃ! お前の仕事には思い切りが欠けておる!」
「そっちこそ! 繊細さが足りぬと、いつも言っておるだろうが!」
「ほう! ならば腕前で勝負じゃ!」
「望むところよ!」
なんか勝手に勝負が始まってるし。
別に工房建てるのくらい、建築アイコンですぐにできるからいいんだけど。
ただ、俺には鍛冶も、ガラス工芸も専門知識がないから、教えてもらわないと建てられそうにない。
まずはどっちか一方に決めてほしいところだ。
勝負だと盛り上がる2人の様子を見て、マールが大きなため息を吐く。
「いつも、こうなんだよ。」
「いつも、こうなんですか。2人は仲が悪いんですね。」
いや、違うぞユーリィ。こいつらめっちゃ仲良しだろ。
ケンカするときも息ぴったりだったじゃん。
「「御使い殿!」」
ほら、やっぱり声もぴったり揃ってる。
「わしらの仕事を見て判定してくれ! それならば公平じゃし、納得がいく!」
「御使い殿がいいと思った方の工房を先に建ててくれればよい!」
それを聞いたユーリィが、不思議そうに尋ねた。
「どちらも、火と水が必要なんですよね? 一つの工房を2人で使うことはできないんですか?」
おお、たしかにその通り。それならコストも半分で済むし、いいこと尽くしだ。賢いぞ、ユーリィ!
でも、ユーリィの言葉を聞いた2人は、互いに見つめ合った後、同時に「ふん!」と鼻を鳴らして、そっぽを向いてしまった。
「このようなガサツな男と一緒に仕事など! わしのガラスが曇ってしまうわ!」
「こんな思い切りの無いやつが隣におったら、焼入れのタイミングを逃してしまうぞい!」
いや、ツンデレか、お前ら。
「なんだと?」
「やる気か!?」
つかみ合いが始まりそうになり、慌ててユーリィとマールが止めに入る。
俺は2人に告げた。
「なら、勝負の方法は俺に任せてもらう。そうだな・・・この拠点の役に立つものを作ったほうが勝ちってことにしよう。それならどうだ?」
専門知識の無い俺に、仕事の優劣を付けられるわけがない。
でも、これなら皆の意見も聞けるし、拠点の強化にも繋がるってわけだ。我ながらナイスアイデアである。
ユーリィが俺の言葉を伝えると、2人は同時に胸を叩いた。
「ならば早速、始めさせてもらおう!」
「まずは炉作りからじゃな。御使い殿、よろしく頼みましたぞ!」
あれ? なんかいつの間にか、俺も仲間に入れられてる?
ちょっと騙されてる気もしたけど、早速俺たちは拠点の北側、廃墟となった砂レンガの家がある辺りに向かった。
スナマンや土ゴーレムたちに、廃墟をあらかた撤去させ、広いスペースを確保したところで、仮設の炉を作ることにした。ところが。
「これでは火力がまったく足りんわい。」
2人の丘小人が顔をしかめる。
詳しく話を聞いてみると、鍛冶には収束した高い火力の炎が、ガラス細工には均一な安定した炎が必要とのことだった。
収束というと、バーナーみたいな感じだろうか?
とりあえず俺は、炎の吹き出し口の構造を色々と変えて試してみた。
試行錯誤の末、細い吹き出し口の周囲に、空気を取り込む穴を作ってみると、赤い炎が白く変わった。
「おお、これはすごい! これならばどんな鉱石でも扱えそうじゃ!」
鍛冶師のドルガンが目を輝かせる。炎を収束することで、高火力はクリアできた。
今度はこれを安定させる構造を作ればいいってことか。
「ガラスを扱う窯はこういう積層構造になっておってな。中で炎が反射し、熱を均一に保つことが出来るんじゃよ。」
リグドのアドバイスに従って、建築アイコンで窯の形を工夫していく。
すると、コンパクトながら安定した熱を保つ反射炉を作ることができた。
いや、こんなん、俺一人じゃ絶対無理だわ。
「これなら勝負ができるぞい!」
「さあ、御使い殿! 何を作ればよいか、我らに示してくだされ!」
そうだな。やはりここは、これしかないだろう。
「御使い様は、私たちが厨房で使う道具を作るようにとおっしゃっています。」
「お安い御用じゃ。」
「見ていてくだされ。」
2人はすぐに並んで、仕事に取り掛かり始めた。すると。
「ドルガン、手元をよく見るんじゃ。十分に熱が取れておらん。それでは取っ手の強度が落ちてしまう。」
「む、たしかに。しかしリグド、お主こそ焼きに時間をかけ過ぎじゃ。慎重なのもいいが、それでは気密性が失われてしまうぞい。」
「むむ、そうか。」
なんだかんだ言いながら、お互いの仕事をよく見てる。
やっぱ、仲良しだろ、お前ら。
2日後、熱気がまだ残る炉の前に、即席の長机が並べられていた。
長机の中央には、二人の成果が置かれている。
ドルガンが作ったのは流麗な鉄鍋。
リグドが作ったのは丈夫なガラス保存容器。
「さあ、どっちが上じゃな。」
腕を組んだ鍛冶職人が鼻を鳴らす。
「決めていただこう、御使い殿。」
ガラス職人も顎を上げる。
だが二人とも、自分の作品だけを見ていない。
ちらり、ちらりと、横目で互いの細工を確かめあっている。
俺はユミナさんとサラさんにお願いして、実際に厨房で使ってもらうことにした。
「この鍋、火の通りが早いわね。それに軽くて扱いやすいわ。」
「この保存容器、全然、中身が漏れない。蓋がぴったり閉じてる。」
2人の評価は上々。職人たちは誇らしげな表情だ。
これもう、どっちが上とかっていう問題じゃないよね?
俺はユーリィに、言葉を伝えてもらった。
「あの。」
二人が同時にユーリィを見る。
「御使い様が、一人で作ってたらこの形にはならなかったんじゃないか、っておっしゃってます。」
黙り込む丘小人たち。やがて、2人はふんと鼻を鳴らした。
「わしの助言がなければ、まともなものも作れんようじゃ。仕方ない。一緒にいてやるとするか。」
「そっちこそ、わしが見ておらねば、どうなることやら。業腹じゃが、面倒をみてやらねばのう。」
うん、やっぱツンデレだわ。
その後、俺は2人の共同工房を作ることになった。そして、その日の夜。
お披露目を兼ねて、俺は皆を新しい工房に集めた。
座卓の上には、ユミナさんたちが腕を振るった料理が並んでいる。
そして皆の手に握られているのは、ガラスのジョッキ。
美しいガラスの底を包み込むように、銅製の取っ手が付けられている。言うまでもなく、ドルガンとリグドの合作だ。
「ならば。」
鍛冶職人が杯を掲げる。
「わしらの腕と誇りに!」
ガラス職人が続ける。
「御使い殿の恵みに!」
そして、二人声を揃えた。
「この村の未来に! かんぱいじゃあ!」
ガラスの杯が触れ合い、澄んだ音が響く。
皆は笑顔でそれぞれの杯に口をつけた。
大人たちが飲んでいるのは、マールが提供してくれた黒麦酒。
子どもたちが飲んでいるのは、冷やしたナツメヤシの果汁だ。
ああ、なんか幸せだ。
最初はとんだ厄介事が舞い込んできたと思った。
けど、なんだかんだ、うまくまとまって、マジでよかったよ。
俺がそう思った、次の瞬間。
「黒麦酒もいいが、やはり薄いのう。」
「まさに。まるで水じゃ。やはり酒は火酒に限るぞい。」
職人たちはジョッキを手に俺のところにやってきた。
「「御使い殿! 次は蒸留器を作りたい。ぜひ手を貸してくだされ。」」
声を揃えて、笑顔を浮かべる2人。
マールは額を抑えて苦笑いを浮かべ、それを見て、子どもたちが笑い出す。
マールの配下たちまで、口々にあれが欲しい、これが欲しいと勝手なことを話し始めた。
まったく騒がしい。収集がつかないぞ、これ。
「でも、主様。うれしそうにしていらっしゃいますね。」
ジョッキの樹液を舐めながら、パトラが俺に言う。
ああ、そうだな。こういうのも悪くない。
炉の光に照らされた皆の笑顔を見ながら、俺はそう思ったのだった。
種族:迷宮核
名前:澤部十四郎
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