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102 決意と密命

 3月になっちゃいましたねー。ちょっと投稿ペースが落ちそうです。はあ、もっといっぱい書きたいです。

【大陸歴1415年10月18日 昼前】


〈アーディル視点〉


 砂海を渡る帆船は、太陽の光を受けて静かに進んでいた。


 凪いだ砂の波は、まるで何事もなかったかのように穏やかだ。だが、その静けさがかえって、胸中のざわめきを際立たせた。


 御使いと名乗るあの光球が、瞬く間に桟橋を作り上げてみせたのは、まだ昨日のこと。


 しかしあの村・・いや、もう村とは呼べない。あの小城砦で過ごした濃密な時間を経てからでは、ずっと昔のように思える。


 あの桟橋は単に整っているだけでなく、使う人間のことを考えて、細部まで最適化されていた。


 そして、それは桟橋にとどまらない。御使いが宿泊施設と称して、彼らのために作り上げた建物にも、それは表れていた。


 その後、ユーリィという娘を介して、御使いと対話(神の使いと『対話』、馬鹿げている!)してみて、御使いは対等に交渉ができる相手であるとの確信を得た。


 超常の存在でありながら、高い見識を持ち、こちらの話をきちんと受け止める理解力もある。


 にも関わらず、人間の常識に疎く、損得勘定や駆け引きに対する警戒が薄い。


 まるで、力を持て余した無垢な子どものようだ。


 しかもそれは、使い方を誤れば自身のみならず、周囲にも甚大な被害を及ぼす力。


 正しく管理しなければならない。アーディルは改めてそう思わされた。


 お目付け役ラシドは、太守の威光によって国法を適用し、税を徴収すべきと主張していた。


 だが、それは現段階では愚の骨頂。強引に推し進めれば、強い反発を招くことは必須だ。


 まずは相手に知識と条件を提示すること。その上で、相手の方から、こちらに進んで協力し管理を受け入れるように仕向けることが不可欠。


 そのためにも、今の巡察使という立場では、交渉の権限が足りない。だから、寸暇を惜しんで、本国フラシャールに帰還するという選択をしたのだ。


 それが理解できない教条主義者ラシドは「貴殿は国威を軽視している!」と喚いていたが。


 あんな危険なものを早々野放しにしてはおけぬ。だからこその選択だというのに・・・。


 六都市同盟があれを抱き込めば、砂海の勢力図は塗り替わる。


 無秩序な力によって蹂躙されるのはい常に、無辜の民たちなのだ。


 それを思ったとき、彼の脳裏を、小城砦で出会った一人の幼女の姿がよぎった。






 出立直前。まだ夜明け前に、護衛をつけず一人で城砦内を散策していたときのこと。


 城砦の住民たちは、すでに野良仕事を始めていた。遠くから家畜の声と子どもの笑い声が響いてくる。


 そのとき、石畳の向こうから、子ヤギを連れた幼女がこちらへ駆け寄ってきた。


「おにいちゃん! あのおおきなおふねできたひとでしょう?」


 愛らしい笑顔でそう言った彼女に、一瞬戸惑ったものの、彼はすぐに「そうだ」と答えた。


 すると彼女は、にっこり笑って「きて!」と彼の前を歩き始めた。


 普段の彼であれば、無視して立ち去る所。しかし、そのときは幼女に導かれるままに、彼は歩みを進めた。


 その理由は・・分からない。昨夜からの騒動で、少し疲れていたのかも知れない。


 彼女がやってきたのは、家畜小屋の脇にある背の高い円筒形の建物。周囲にはひどく酸っぱい匂いが立ち込めている。


「これ、ナツメたちのごはんがいっぱいはいってるんだよ。ニナもミツといっしょにタタキビをはこんだの。ねえ、すごい?」


「そうか。しかし、この匂いは・・これは悪くなっているんじゃないのか?」


 彼がそう言うと、ニナという幼女は顔いっぱいで笑いながら言った。


「へんなにおいだよね。でも、これはおいしくなるにおいなんだって。みつかいさまとユーリィおねえちゃんが、おしえてくれたんだ。」


「なるほど。これは腐敗臭ではなく発酵臭ということか。教えてくれてありがとう、ニナ。」


 しゃがみこんだ彼がそういうと、ニナは「えへへっ」と嬉しそう笑った。


「ニナは、御使い殿とよく話すのか?」


「うん。みつかいさまは、よくあたしたちとかくれんぼやおにごっこしてくれるよ。みつかいさま、すごくかくれるのがじょうずなんだ。」


「そうか。仲良しなんだな。」


 ニナが「うん!」と頷いたとき、遠くから「ニナ、もう行くよ!」という少年の声が聞こえた。


「おにいちゃんも、みつかいさまとなかよしなの?」


「・・・ああ、そうだ。」


「じゃあ、ニナとおんなじだね!」


 彼女はそう言うと、彼に手を振りながら、少年の方へ駆けていってしまった。


 彼は衝撃のあまり、しばらく立ち上がることができなかった。


『アーディルも、あたしと同じね。』


 ニナと同じ無垢な笑顔で、かつて彼にそう言った少女の面影がまざまざと蘇ったからだった。






 大きな砂のうねりを乗り越えた船が、大きく縦に揺れたことで、彼は物思いから解き放たれた。


 もう二度と取り戻すことのできない少女の笑顔。


 力を持てなかったが故、彼女は永遠に失われた。


 彼の胸の抜けない棘となった思い出が、彼の気持ちを奮い立たせた。


 無秩序な暴力は、多くのものを傷つけ失わせる。


 もう、二度とあのような事を繰り返してはならない。


 民は守られるべきものなのだから。


 そのためにも絶対に、あの御使いの力は野放しにはできぬ。国家が正しく導き、管理しなくては。


 彼は思いを新たにし、太守への上申を兼ねた報告書を作成するため、筆記具を手に取ったのだった。






〈マール視点〉


 太守の紋章帆を掲げた船団が、砂のうねりの向こうに消えていく。


 マールはそれを外壁の上から見つめていた。


 灼け付くような太陽の熱も、彼女の着ている特注の革鎧を貫くことはできない。


 しかし、その光は別だ。彼女は、派手な飾りのついた提督帽の下で、わずかに隻眼を眇めた。


「厄介なこと押し付けられちゃったなあ・・・。」


 船影が消えた先。北東の地平線に向かって小さくぼやく。


 独り言の相手はザヒール。傭兵団に所属していた頃、幾つもの戦火を共にくぐり抜けてきた、直属の上官だ。


 アーディルがこの村の巡察使に選ばれたと聞いて、ザヒールに随行してもらうよう頼んだのは、他ならぬ彼女自身。


 だから、今回の厄介事は、自業自得とも言える。しかし。


「さすがにそんなの予想できないでしょ。」


 彼女は唇を尖らせ、昨夜のザヒールとのやり取りを思い起こした。






「えっ、迷宮核!? それって、人を喰らう化物ですよね?」


 マールの声に、ザヒールはゆっくりと頷いた。


「あの御使いの正体。俺の見立てじゃ、あれは迷宮核だと思う。まあ、俺も本物の迷宮核を見たわけじゃねえから、六割がたってとこだがな。」


 普段の貴族然とした様子とはうってかわって、くだけた口調のザヒール。


 ここはマールの船の中。2人は座卓をはさんで向かい合っている。


 密室の中に、妙齢の美女と高位貴族が2人きり。


 ともすれば妖しい噂の一つも立ちそうな状況だが、そんな雰囲気の欠片もないのは、互いに色恋の対象ではないと知っているからだ。






 ザヒールは座卓に置かれた酒杯に口をつけた後、わずかに顔を顰めた。


「相変わらず、黒麦酒ダークエールなんだな。」


「椰子酒の臭いが、どうにも受け付けないんですよねぇ・・って、そんなことより船長! 御使いが迷宮核って、どういうことですか? それじゃあ、ここが迷宮の中ってことになりますよ!」


 傭兵団時代と同じ呼び方でザヒールを呼んだマールは、彼に食って掛かった。


「だから六割って言っただろ。もちろん、間違ってたら俺のこの首が飛ぶことになるが。」


 そうやって笑うザヒールを、マールは憮然とした表情で見つめた。






 マールは冒険者ではない。しかし、傭兵仲間には冒険者出身の者もいた。だから、彼女は迷宮についてある程度の知識を持っている。


 迷宮は必ず、人の多く集まる場所の近くに突然出現するという。


 周囲の大地の恵みを吸収し、それを宝物ほうもつに変えて、人々をおびき寄せるためだ。


 迷宮の周囲では大地が荒廃するため、魔獣たちも生きるために迷宮へと集まっていく。


 そうして、すべての命を吸収し終えると、迷宮は何処いずこともなく消え去ってしまうのだ。


 あとに残るのは、生命の枯れ尽くした不毛の大地のみ。そうやって幾つもの村や街が、迷宮に飲まれて消えた。


 迷宮を滅ぼすには、核を破壊するしかない。


 しかし、迷宮核が潜むのは迷宮の最奥。複雑な迷路と数々の罠、そして凶悪な魔獣の守る、その先だ。


 迷宮と人間は、決して相容れることはない。傭兵仲間だった冒険者は、彼女にそう語っていた。






「迷宮が人間の暮らせる場所じゃねえってことぐらい、俺も知ってる。だがな、迷宮があることで、恩恵を受ける人間がいることも、また事実なんだ。」


 迷宮核は、途方もない魔力を持つ存在。魔獣を自在に操り、大地の恵みを元に、あらゆるものを生み出す力があるとされている。


 そのため、迷宮が生まれた場所には、宝物や魔獣の素材を求めて、多くの人が集まるのだ。


「でも、それって迷宮の中の話じゃないですよね? あの御使いは確かにすごい力を持ってますが、人を喰らってるようには見えませんよ?」


 もし、御使いが迷宮核なら、ユミナたちはとっくの昔に喰われてしまっているはずだ。


 しかし、そんなことにはなっていない。むしろ、御使いはユミナたちを守ろうと、必死になっているように見える。


 彼女の言葉に、ザヒールはしばらく考え込むような顔をした。






「実は、これまでに幾つかの国が、迷宮を飼い慣らそうとしたことがあるんだ。」


「迷宮を飼いならす?」


「ああ。溢れ出てくる魔獣を討伐し、拡大の規模を調整して、迷宮が消滅しないようにしたんだ。迷宮は様々な宝物を無限に生み出す。うまく使えば、有用な場合もあるからな。手懐けるために、わざわざ生贄を捧げた例もあるらしい。」


「それ、うまく行ったんですか?」


「いや、すべて失敗したと聞いている。迷宮が広がりすぎた挙句、魔力が暴走し、周囲の住民すべてを巻き込んで消滅したそうだ。強力な魔獣が一気に溢れ出し、国が滅んだ例もあったらしい。」


「ほえー、そんなの聞いたことありませんでした。」


「一般には公表されてないからな。こんなもん公にしたら、王の首が飛ぶだけじゃすまないだろ。」


 危ないことをさらりと言ってのけたザヒールに、マールは目を白黒させる。






「もしも、あの御使いが迷宮核だとすれば・・・史上初めて人間と共存できる例になるかも知れない。」


「いや、かも知れないって! そんな危ないもの、放置できませんよ! 今だって、ここには暮らしてる人間がいる。ましてや、これから来ようって連中もいるんですよ!」


「では、あれを滅ぼすか?」


「うっ・・!」


 鋭い目でそう聞かれ、マールは途端に言葉に窮した。


 御使いは、シャーレ神の使いとして信仰を集めている。


 そして齎される恩恵の大きさ。


 すでにフラシャール本国が動いている以上、確たる証拠もなくそんな事をすれば、文字通り身の破滅だ。






「そこで、お前に頼みがある。あの御使いを見極めるんだ。」


「見極める? 一体何をすればいいんですか?」


「ここを拠点として活動するんだ。そこで、御使いの動向を見張り、何か情報を掴んだら、すぐに俺に知らせてくれ。」


「それって、密偵ってことですか!?」


 思わず立ち上がったマールに、ザヒールは手で「落ち着け」と示した。


 再び腰を降ろしたマールに彼は言った。


「お前にそんな腹芸が出来るとは思ってないさ。ただ一緒にいるだけでいい。お前の人を見る目は確かだ。御使いがどんな奴なのか、お前の見立てを聞かせてほしいんだ。」


 ザヒールは、卓上の黒麦酒を干すと、手ずから自分の酒杯を満たした。






「アーディルは、あれを管理しようとしている。だが、あれは人の手でどうにか出来るものではないと俺は睨んでいる。」


 彼の声は低いが、揺らぎはない。


「ただ居るだけでいいんですか?」


「そうだな、表向きは交易調査と航路の監視ってことにしておこう。砂海航路の中継地として機能するかを確かめてるってことにすればいい。」


「・・・んじゃ、本当の目的は?」


「まずは、迷宮核かどうかの真偽の確認。そして、あれの軍事的価値を測ってくれ。」


 困り顔のマールを見て、苦笑するザヒール。


「まあ、それは出来る範囲で構わん。俺の方でも動くからな。だが一番大事なこと。これだけはお前でないとできん。御使いの『意志』を確かめろ。」


「意志って言っても・・・あたし、あの光の玉とは直接話すこともできないんですよ?」


「それを何とかしてほしい。お前なら出来るだろ?」


「丸投げ!! 船長、いっつも、それじゃないですか!」


 ザヒールはニヤリと笑ったあと、表情を引き締めた。






「俺はお前を信用してる。あいつの狙いがなんなのか。俺はそれを知りたい。」


「・・それは、迷宮核でも構わないってことですか?」


「それはあいつが何を望むかだ。」


「もしも、あたしが危険だと判断したら?」


「その時は、俺が奴を止める。」


 彼は迷いなく言い切った。


 全身から立ち上がるその気魄に、マールは言葉を無くして黙り込んだ。


 やがて、ザヒールはフッと小さく息を吐いた。






「ここはあったかくていい村だ。住んでる連中の顔を見れば分かる。だから、俺を呼んだんだろう?」


 マールはこくんと頷いた。頷き返したザヒールは、すっと表情を変えた。


「だからこそだ。温かさは利用されやすい。ここが人が集まる場所になるなら、それでいい。だが、別の目的に使おうって連中が必ず出てくるはずだ。あの、アーディルみたいにな。」


 彼は立ち上がり、窓辺に向かった。


 外には先の見えない夜の闇が広がっている。


「俺たちが判断を誤れば、死ぬのはこの村の連中だ。」


 マールは広い背中を見つめた。


 国の行く末を左右する立場のこの男が、そこにどれほどの命を背負っているのか。


 共に戦ってきたからこそ、彼女にはその重みがよく理解できた。






「『見極めてくれ、マール。あの村はこの国の未来か、それとも火種か』ね。」


 ザヒールの最後の言葉を思い出し、マールは誰ともなしに小さく呟く。


 すると、彼女の腰に下げた炎の魔剣が、澄んだ金属音を立てた。


 彼女はまるで、愛馬を宥めるかのように、そっとその柄頭に触れた。


「全部、あんたで焼き払っちまえれば、気楽でいいんだけどね。」


 マールの指に反応し、魔剣から熱を帯びた魔力がゆらりと立ち上がる。


 それを指で絡め取りながら、彼女は思考を続けた。


 何があろうと、ユミナたちはあたしが全力で守る。


 だけどもし、御使いが本当に迷宮核だったら・・・?


 彼女はふうっと鼻から息を吐くと、地平線から目を離した。


「厄介事は、さっさと済ませちまおうかね!」


 帽子のつばをぐっと引き上げた彼女は、ぐっと背筋を伸ばして、颯爽と外壁の階段を降り始めた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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