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100 巡察使 後編

 次やっと十四郎のターンです。主人公がなかなか活躍できません。

【大陸歴1415年10月17日】


〈アーディル視点〉


「謝罪をお受けいたします、ファルーク閣下。ラシド殿も事を荒立てるおつもりないのです。むしろ、太守様のご威光を守ろうとする気持ちがあればこそ。どうぞ、そこはご理解ください。」


 ザヒールはニヤリと口角を引き上げた。


「おっしゃる通り、私の浅慮が過ぎました。ラシド殿。巡察使殿よりも先に、貴殿を咎めるような事を言ってしまったこと、お許しいただけますな?」


 ザヒールはあからさまに慇懃な態度でお目付け役に詫びてみせた。


「わ、分かっていただければよいのです・・!」


 ラシドは、顔を真っ赤にして歯噛みしながら黙り込んだ。


 この謝罪の言葉は、アーディルを若輩と侮り、ユーリィとの会話に勝手に割り込んだラシドに対する皮肉。


 それを理解できないほど、愚かではなかったようだと、アーディルは内心で独り言ちた。


 厄介な相手が黙り込んだところで、彼は改めてユーリィに向き直った。






「私は太守様の命で、この・・村を検分にしに来た。そなたらは、元々、フラシャールの庇護下にあった者たち。徒に傷つけようという気持ちは持っていない。そう、その・・・御使い殿に説明してくれ。」


 アーディルの言葉を聞いたユーリィは、御使いの方をしばらくじっと見つめた後、彼に言った。


「御使い様は、それならば歓迎するとおっしゃっています。」


 アーディルは小さく頷いた後、ユーリィに尋ねた。


「今、お前は言葉を発していなかった。御使い殿とは、どうやって話しているのだ?」


「あたしには、御使い様の声が聞こえるんです。普段お話するときは、パトラさんが、あたしの心を読み取って、御使い様に伝えてくれています。」


 アーディルは、わずかに身体に力を込めた。


「心を・・・パトラはお前以外の人間の心も読み取れるのか?」


「いいえ。パトラさんと心でお話できるのは、あたしと御使様だけです。パトラさんは、他の人の言葉は分からないそうです。」


 アーディルの懸念に気づくこともなく、ユーリィは無邪気にそう答えた。


 だが、安心はできない。


 この魔獣やあの光の玉が、この子どもを欺いているという可能性は十分にある。


 魔獣の中には人間の心を読み、その隙間に付け入ろうとする者もいると聞く。


 アーディルは周囲に悟られぬよう、自分の身を己の魔力で包み込んだ。


「では、改めて、そなたたちが築いたという村を検分させてもらおう。案内しろ。」






 驚異的だ。信じられん。


 アーディルは漏れそうになる感嘆の声を抑えるために、自制心を振り絞らねばならなかった。


「お前に聞いていた以上だな、マール。」


「そうでしょ、ザヒール船長。あたしのオススメはあの大浴場ですよ。」


「ああ、あれはすごかったな。ぜひこの後、試させてもらうとしよう。」


 呑気にそんなやり取りをしているのは、マールとザヒール。


 一応、声を落としてはいるが、元々声の大きい船乗り二人組。まったく内容を隠せていない。


 確かに2人の言う通り、大浴場はすごかった。


 宮殿のような見た目はもちろん、湧き出す水の量と質が、砂海のド真ん中とは思えないほどだったのだ。


 更に氷室や食料貯蔵庫などの建築物、自動で動く石臼、女神の小神殿を模した泉、水路など。


 まさに奇跡の見本市である。


 しかもこれらはすべて、この光の玉、御使いの力により、何の代償もなしに存在し続けているという。


 もはや、戦略的に価値があるかどうかなどという問題ではない。


 ここを他国に奪われでもしたら、フラシャールは喉元に刃を押し当てられるに等しい状態になりうる。


 ここは必ず、我が国の管理下に置かねばならない。アーディルは強くそう思った。






 そのためには、この御使いの力をもっと知っておく必要がある。


 危険なものであれば、最悪、住民ごと排除しなくてはならないだろう。


 さて、何から試すべきか。


 一通り案内が終わったときには、すでに太陽が大きく傾いていた。


 小城砦を一望できる外壁の上で、彼は御使いとユーリィにこう切り出した。


「実に偉大な神の奇跡を見せてもらった。しかし、まだその奇跡がどのように行われるかを、我々は知らない。よろしければ、今ここでその力を披露してもらえないだろうか?」


 穏やかな声音。だが、ザヒールとマールは、油断ない視線を投げてくる。


 それを意識したうえで、彼はさっと外壁の下を指し示した。


「この村には、今多くの船が来ているが、桟橋がないため、皆、荷下ろしに苦心している。大型船3隻を同時に係留可能な桟橋を作れることはできるか?」


 ユーリィはパトラと御使いの方を振り返って、しばらく黙っていた。念話をしているようだ。


 程なく、ユーリィは言った。


「御使い様が、作るのは可能だけど、形が分からないから教えてほしいとおっしゃっています。」


 アディールは目を細め、目の前でゆらゆらと揺れる光の玉を見つめた。


 まさか、神の使いを名乗るこの物体から、そんな具体的に質問が投げかけられるとは。


 つまり、同じ目線で意思疎通ができるということだ。


 ならば、今後の交渉次第で、十分にこちらの意に沿わせることも可能。


 アーディルはそう判断した。


「いや、さすがの御使い殿も、全知全能ではないということが分かった。今回はそれで十分だ。」


 必要な情報は得られたと判断し、アーディルは話を終わらせようとした。


 しかし、ザヒールが、そこに横槍を入れてきた。


「いや、せっかくだ。私が説明させていただこう。神の奇跡をこの目で見てみたいのでな。よろしいかな、巡察使殿。」


 アーディルの要求は、あくまで御使いの反応を引き出すためのもの。


 だから最初から、実際に奇跡を発現させるつもりはなかった。


 しかし、こうなった以上、今更止めるというのも難しい。


 何が起きるか分からない得体の知れない力を無防備で見守るほど愚かなことはない。


 アーディルは配下に目配せをし、周囲に護衛をさり気なく配置したうえで、自らの魔力を高め、自分の身を守れるよう準備を整えた。






 アーディルが了承の意を示すと、ザヒールはユーリィと御使いに向かって説明を始めた。


「船には少しばかり詳しいのでね。フラシャールにある桟橋のことを話させてくれ。」


 彼は刃覆いをつけたままの細曲刀サーベルを手に取り、外壁の上に堆積していた砂に図を描いてみせた。


 それを聞いてアーディルは、眉を顰めた。


 アーディルが要求したのは、大型軍船が係留できる軍用の桟橋。


 しかし、今ザヒールが説明しているのは、商用の大型船用の桟橋についてだ。


 こちらの意図を見抜いた上での、あからさまな牽制。やはりこの男は食えない。


「砂海の砂は常に流れている。そこで杭は斜めに打ち込み、潮圧を逃がす構造にしているのだ。荷揚げ動線は中央に集約し、風除けの壁を設ける。砂位変動に合わせて可動域あそびを持たせることも必要だな。」


 楽しげに語るザヒールの声に迷いはない。


 子どもにも分かるように、時折実際の風景を指さしながら、細かい解説を加えている。


 ユーリィは図を見つめ、真剣な表情で耳を傾けていた。


 ザヒールの話が終わると、彼女は御使いとパトラの方に身体を向ける。


 そして、間もなく。


「御使い様が、これなら作れそうだとおっしゃっています。」


 アーディルは、軽く目を見開いた。


 この御使いとやらは、人間と意思疎通するだけではなく、知識を学び取ることもできるようだ。






「それは重畳。すぐにできるのか?」


「はい。御使い様は、すぐできるから、そこで見ていてほしいとおっしゃっています。」


 すぐにできる。これは恐れ入った。


 先程、ザヒールが説明したフラシャール港の桟橋は、年単位の計画と準備によってようやく完成したものだ。


 その構造を容易く理解し、しかも作るから見ておけとは。


 力を見せつけるつもりか。


 面白い。ならば、とくと見せてもらおうではないか。


 アーディルは、先触れを走らせ、建設予定地にいる人々をその場から下がらせた。


 先触れの話を聞いた人々は、一体何が起きるのかと、物見高く集まり始めている。


 アーディルは御使いに強い目線を投げた。しかし、光の玉はゆらゆらと浮遊しているだけ。


 そこには、何の意志も感じることはできない。


 冷たい風が頬を撫でる。


 流れた砂のざわめきが心を掻き立てる。


 彼は、次第に高まっていく周囲の魔力の変化を微妙に感じ取り、心がふと沸き立つような感覚に陥った。


 もしも、この奇跡が本物なら。


 そして、それを支配できるのだとしたら。


 らしくもなく、仮定の未来をつい思い描いてしまう。


 彼は多くの人々と同じように、奇跡が起きるその瞬間を、じっと待ち続けた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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