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スカーレットの終幕  作者: 緋楽あけ
第四章 どうか、この手をとって
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第一話 帰館

 廃屋にあった材料と(あらた)が着ていた服――彼の体型を表すために着込んでいた肉襦袢(にくじゅばん)のような分厚い服――と私のジャケットで作り上げた即席担架は意外といい出来だった。怪我をしている恭介(きょうすけ)と私で重い頭側を、彼女一人でその逆側持って足場の悪い山中を慎重に進む。

 ようやく屋敷に辿り着いた時、重く垂れこめる雲の上で太陽は傾き、元々の悪天候のせいで薄暗かった空は完全なる闇に沈もうとしていた。生命の危機に瀕して発揮される馬鹿力もすでに限界だった。ホルモンの過剰分泌に伴う異様な高揚感も薄れゆく中、煉瓦造りの壁付近に蟠る黒いナニかを認知する。


 それは、ただの崩れたヒトガタ。

 数時間前までは人間であったはずの、ナニか。


羽琉(はる)


 足を止めた私の背を押したのはどちらの声だったのだろう。ソレを無理やり意識から追い出して、指示された通りポーチに担架を下ろす。


 電灯が煌々と照らしだす(あらた)は気を失ったままだ。両手両足は廃屋にあった朽ちたロープで縛ってある。目隠しと猿ぐつわは恭介によって却下されたから、厳つい顔に張り付いた気を失う直前の表情が未だ生々しい。

 実は運んでいる最中に意識を取り戻しかけたのだが、探偵様が問答無用で再び意識を奪ってしまった。残りの道すがら繰り返される恭介のお説教を、当の本人は煩そうに無視するばかり。今も互いを牽制するようにその場を動こうとしない。……しょうがない。乱れた呼吸を整え、私が率先して玄関を開ける。


 驚いたことに、エントランスホールには屋敷に残った人間が一堂に会していた。七瀬(ななせ)さん、久子(ひさこ)さん、(ひかる)君、そして柚木(ゆずき)さん――彼の姿は、ない。


 全員で何かを話し合っていたのだろうか。互いに顔を突き合わせるような立ち位置のまま一斉に視線だけを向けられ、面食らってしまった私は扉を開けた恰好で立ち尽くす。


羽琉(はる)さん!? 無事だったんですね!」


 真っ先に声を掛けてきたのは柚木(ゆずき)さんだ。私は視線を逸らせて、僅か身を引く。無意識だった。


「あ……うん、大丈夫。みんな無事だ」


 玄関を大きく開け放ち、背後にいる二人の存在を示す。柚木さんが戸惑う気配には気づかない振りで、ようやく前に進み出てきた恭介にその場を譲る。


織作新(おりさくあらた)を捕まえた」


 端的な言葉にその場が騒めいた。


「コイツは織作織之助(おりさくおりのすけ)と共犯だったんだ。篠塚(しのづか)を拳銃で撃った後、山ん中へ逃走したのを俺らで確保した。随分と興奮してて、発砲もしてきたから、しょうがなく気絶させてここまで運んできたって訳だ」


 ポーチに置かれた即席担架に全員の注目が集まる。柚木さんからある程度の状況は聞かされていたのだろうか。そこまでの動揺はない。


「あら、ヤダ。ホントにまだ生きてるのね」


 それどころか、七瀬(ななせ)さんは嘲笑めいた言葉まで口にする。


「自分を殺そうとした相手に情けをかけてあげるなんて、刑事さんってビックリするほどイイ人ね。でも、それって偽善じゃないかしら。(あらた)が意識を取り戻したらどうするつもり? また、アタシ達に危害を加えないとも限らないじゃない」

「もうすぐで警察が来る。それまで俺らがコイツを見張ってるつもりだ。アンタらに手出しはさせねぇよ」

「そう。それは頼もしいわ」


 七瀬さんは恭介の言葉に愛想良く頷いた後、表情を一転させて振り返った。


「こんなコトになるなら、あの時さっさと逃げておけばよかったわ。ねぇ久子(ひさこ)おば様?」

「呑気にしていたのはどこの誰かしら。今まで織之助(おりのすけ)さんや洋平(ようすけ)の部屋で何をしていたのか詳しく教えてくださいますこと?」

「終わった話を蒸し返さないでくれる? アタシは、アタシの正当な取り分を貰うだけよ。きっと織之助だってわかってくれるわ」

「……なんの話だ?」

「貴方達が殺されちゃう前に、全員でこの屋敷から逃げようって話をしてたのよ」


 訝し気な恭介の質問に、七瀬さんはあっけらかんと答える。


「だって、貴方達が殺されちゃったら次はアタシ達の番だもの」

「申し訳ありません! 皆様にこの屋敷から逃げるようにと提案したのは、僕なんです」


 柚木さんがその言葉尻に被せるように頭を下げた。


「大雨のせいで山道が危ない事はわかっていました。ですが、もし万が一刑事さん達に危害が加えられてしまった場合、次は皆様の命が危険に晒される可能性がありました。せめて僕以外の方々だけでも、車でこの屋敷から逃げていただければと……そう思ったんです」

「でも、貴方達が戻ってきてくれて良かったわ。これで安心して、この屋敷をもっと物色できるもの」


 話の主導権を取り戻して、七瀬さんはにこっと華やかな笑みを浮かべる。


「でもやっぱり、今のうちに(あらた)はどうにかしておいた方がいいと思うのよね。だって今なら簡単に殺せそう。――ほら、(ひかる)。今がチャンスよ」


 私達から離れた場所でスマホをいじっていた光君が肩を震わせた。


「七瀬さん、何を言い出すの!? (ひかる)を唆すのは止めて頂戴!」

(ひかる)がムリなら、久子おば様でも構わないわよ? 今殺しておかないと、(あらた)が警察に捕まってもアンタ達は一生苦しめられるコトになるのよ。自分達が一番よくわかってるでしょう?」

「どういう意味だ?」

「あら、ヤだ。刑事さんは招待状に書いてあったコト、もう忘れちゃったの? (あらた)は昔っから恐喝や暴力沙汰を繰り返してるけど、いつも大事にならないように久子おば様が尻拭いをして回ってるの。だから、こんなワガママな子になっちゃったんじゃない。悪いコトをしてもママ(・・)がなんとかしてくれるってね。でも、さすがに殺人犯じゃ庇いようがないわ。刑期を終えて戻ってきた時、自分を助けてくれなかった久子おば様に対して(あらた)はどんな仕打ちをするのかしら?」

「……三十近くのヤツがまだ親離れできねぇってか。情けねぇ」

「久子おば様のほうが息子離れ出来てないのよ。織之助に捨てられて、息子にまで捨てられたらもう、この世で生きてくコトなんて出来ないんでしょ。だから咎めることも諭すこともできず、ただひたすらなかったコトにするしかないのよ」


 蔑みも露わな七瀬さんの言葉に、しかし久子さんは息子を見下ろしたまま。


「……きっと、織之助さんが助けてくれるわ」


 結ばれた口から漏れた呟きに、七瀬さんの顔が一気に険しくなった。


「もしかして織之助から連絡でもあった?」


 久子さんは何も答えない。身体の前で組み合わされた両手の中で、スマホが強く握り締められる。


「アタシも散々連絡してるんだけど、全然ダメ。久子おば様のスマホだといいのかしら?」


 七瀬さんは大股で久子さんに近づくとスマホを取り上げようとする。しかし、


「織作織之助は今、この屋敷の中にいるらしい」


 恭介の言葉に伸ばしかけた手を止めた。


「どういうこと? アタシは姿を見てないわ」

(あらた)がそう言ってたんだ。織作織之助の狙いは篠塚洋平だけ。(あらた)が篠塚を殺したあとは、俺ら全員の前で罪を告白する計画だったらしい」

「全部自分でやったコトにしたいってワケね。見栄っ張りの織之助らしいわ」


 七瀬さんはそう吐き捨てると、柚木さんへ視線を転じる。


「ねぇ柚木。アンタはもう織之助と会ったんじゃないの?」

「……僕は」


 柚木さんは言い淀み、口を閉ざす。

 その姿を横目で窺えば、柚木さんもまた私のことを横目で窺っているようだ。慌てて視線を逸らす。さっきから、どうしてもその顔を直視出来ない。



『大丈夫です。僕がずっと羽琉さんの傍にいてあげます。探偵さんや刑事さんが死んでしまって羽琉さんが一人ぼっちになっても、僕が一生傍にいてあげます』



 あの言葉が。

 あの、一切光の見出せない常闇の双眸が、

 今も私のココロを捉えて離さない。


 どうして柚木さんはあの時あんな事を言ったんだろう。

 どうして、私はあの時あの言葉を受け入れることが出来なかったんだろう……。


(あらた)がいなければ、織之助にアタシ達を殺す手段なんてもうないわ」

 音高くヒールを床に打ち付けて、七瀬さんが踵を返す。

「さっさと観念して、アタシ達の前に姿を現すように説得するのね」

 そう言い残し、なぜか客間へと姿を消した。


「ほら、(ひかる)……」


 久子さんに腕を掴まれても反応しない光君は、しかしスマホを見ているわけではなかった。担架に横たわる兄をただ見下ろしている。固く閉ざした口元は先ほどの母親と全く同じで。前髪の隙間から僅かに覗く双眸は凪いだ水面のよう。


「……母さんは、このままでいいの?」


 静かな言葉がこぼれ落ちた。

 しかし、久子さんが答える前に(あらた)が急に呻き声を上げる。


「――――ッ!」


 二人の身体が大きく震える。久子さんは無言のまま(ひかる)君を強く引っ張り、食堂の中へと消えて行った。


「……あの、刑事さん。少しお話があります」


 柚木さんが恭介に近づいてきた。私はなるべく自然体を装って二人から後ずさる。


「私達は先に(あらた)をリビングの方にでも運んでおくよ」


 何か言いたげな気配に背を向け、足早にポーチへと戻る。そこでは屋敷に足を踏み入れず、担架のすぐ隣で佇む探偵様だけがいた。


「早く行こう」


 担架の片一方を掴んで持ち上げる。しかし、彼女は不機嫌そうに私を見下ろすばかり。


「ほら、君も手伝ってくれよ」

「随分と急ぐんだな」

「いいから、そっち持って!」


 早くこの場を離れたい私は再度担架を持ち上げる。しかし、彼女は指一本動かしてくれない。


「アイツと何かあったのか?」

「アイツって?」

小早川柚木(こばやかわゆずき)

「……べつになにもない!」


 なんだかもう意地になって担架を引っ張るけれど、ただただ息が上がるばかりだ。


「ムダだ。神居(かむい)を待とう」


 その時、ようやく恭介が戻ってきた。

 視界の隅で柚木さんが食堂へと入っていくのを見る。その扉が閉められる直前まで真っ黒な双眸がこちらを見つめているような気がしたけど、私は担架を握りしめる自分の手から視線を上げなかった。


(あらた)をリビングに運んだら二人とも食堂に行け。小早川(こばやかわ)さんが昼間作った飯をとっておいてくれてるみてぇだ」

「お前は?」

「俺はコイツを見張りながらリビングで食う。てめぇも食い終わったらコッチに来んだぞ。俺と交代で新を見張るんだ」

「色気のない誘いだなぁ」


 不満を口にしながら、ようやく彼女も担架に手をかけた。

 柚木さんが恭介に何を話したのかが気になった。けれど、自分から尋ねる気はなかった。私達は(あらた)が乗った担架と共にリビングへと向かった。



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