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スカーレットの終幕  作者: 緋楽あけ
第三章 降り続く雨の中で
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第四話 銃声(1)

 廊下の突き当りを左に曲がった先、その一番奥に篠塚(しのづか)の客室はあった。


「篠塚さん、起きてください。食事の準備ができました」


 柚木(ゆずき)さんが何度か扉を叩くも反応がない。


「篠塚さん、入りますね」


 扉に鍵はかかっていなかった。私も柚木さんの後に続いて部屋に入る。

 カーテンが閉め切られた室内は空気が籠り、雨の湿気と相まって蒸し暑い。部屋の右側には壁に沿ってL字型の本棚があり、その前にテーブルと椅子が置かれている。テーブルにはワインボトル、そしてグラスと小皿が二組ずつ。酒のツマミだったのだろうか、乾物の臭いとアルコール臭が混ざり合い、気分が悪い。部屋の左側に置かれたベッドでは篠塚が横になっていた。よくこんなところで寝ていられるものだ。


「篠塚さん、起きてください」


 柚木さんは部屋の奥まで入ると、ベッドの頭側にある窓のカーテンを開けた。マットレスに横たわるその姿が露わになる。薄い布団を腹部に掛けただけの格好で仰向けに寝ている篠塚は、どうやらパンツ一丁のようだ。顔に当たる薄日が眩しいらしい。小さな呻き声をあげ、手繰(たぐ)り寄せた布団に顔をうずめてしまう。


「篠塚さん!」


 さらに、柚木さんは窓を開ける。

 爽やかとは言いがたい、しかし室内に籠る空気よりは新鮮なそれが流れ込んでくる。

 窓が閉ざされていた時は弱まってきているようにも感じられた雨音が、まだまだ激しいことを知る。空はどんよりと灰色に沈み、霧のように少しけぶっている。――一体、この雨はいつまで降り続けるのだろう。

 篠塚は呻きながら身体を丸めていたが、もう一度柚木さんに名前を呼ばれ観念したのか、ようやく上半身を起こした。ベッドサイドに足を降ろすと、両手で顔をこする。


「柚木はスゴいねぇ。昨日あんなコトがあったのに、もうそんなに元気になっちゃって。やっぱり年の差かなぁ。俺はまだ頭も腰もイタくてイタくて――昔はどれだけヤっても疲れることなんてなかったのになぁ」


 両手から上げられた眼が私を捉え、にまりと笑んだ。

 テーブルの上には二つのグラスと小皿。椅子も二つ。パンツ一丁の篠塚と室内にこもるこの臭い……まさか。


小早川柚木(こばやかわゆずき)は、この部屋には来ていないよ」


 彼女がテーブルに手を伸ばす。


「グラスも小皿も一つしか使われた形跡がない。何より、二階は神居(かむい)が一晩中見張ってたんだ。小早川柚木は一度自室に入ってから、朝まで外には出ていない」


 彼女は篠塚を見下ろし、鼻で笑う。


「せっかく準備万端で待ってたのに振られたワケだ。残念だったなぁ色男」

「俺はさぁ、直接触れられないもどかしさに興奮するタイプなんだ。柚木が来てくれなかったのは残念だけど、それでも昨日は十分に楽しめたよ」


 篠塚の手が枕元に置いてあるタブレット端末に触れる。……何を言っているのか、わかりたくもない。やっぱりコイツは変態のクズ野郎だ。

 心配になって、横目で柚木さんを窺う。


 私達のやり取りを見つめるその表情はどこか上の空だった。

 精彩を欠いた貌がゆっくりと窓の外へと向けられる。

 その時。


「――――ッ!」


 桜色の唇から漏れた小さく鋭い悲鳴。

 窓の外を凝視する真っ黒な双眸は瞬きもせず見開かれたまま。口元を抑えた右手が微かに震えていた。


「どうしたの、柚木!?」


 真っ先に反応したのは、窓際の一番近くにいた篠塚だ。立ち尽くす柚木さんの脇をすり抜けて窓枠から身を乗り出す。


「今、そこに人影が……」

「ええ!? もしかして織作(おりさく)先生!?」

「どこだ?」

「あそこの車の陰です。見えますか?」


 指し示された方角をよく見ようと、篠塚がさらに窓から身を乗り出す。同じように窓際へと近づいていく彼女に場所を譲るためか、柚木さんが部屋の奥へと身を引いた――その時だ。



 発砲音が、響いた。



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