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スカーレットの終幕  作者: 緋楽あけ
第二章 幕開け
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第二話 始まりの挨拶(2)

「きゃっ」


 小さな叫び声と陶器が割れる音。


「大丈夫、柚木(ゆずき)!?……痛っ!」


 篠塚(しのづか)の声と何かが倒れる鈍い音。


「全員動くな!」


 恭介(きょうすけ)の大声。


「僕、ブレーカー見てきます!」

「動くなっつってんだろ!!」


 何が起きているのか、全くわからない。

 開け放たれているはずの扉の向こうにも灯りは見えない。すぐ近くにあるはずの窓からも一切光は入ってこない。完全なる闇。激しい雨音に慌ただしい声と混乱した気配ばかりが飛び交う。


 永遠に感じられた暗闇は、しかしたった数十秒程度の事。


 突然、正面の壁が明るく照らし出された。

 天井に設置されたプロジェクターが起動したのだと気づいたのは、もう少し後のこと。手探りで扉付近までやって来ていた恭介も、床に倒れたスツールと共に起き上がった篠塚も青白い光の中で一切の動きを止める。


『諸君、元気そうで何よりだ』


 壁一面に映し出された人物。

 底に雑音が交じる、聞き取りづらい音声。

 目に眩しい平面上で、とてもふくよかな容姿をした白髪の男性が私達を見下ろしていた。まさか、あれが――織作織之助(おりさくおりのすけ)? 


『まずは私の生誕を祝うため、諸君がこんな辺鄙(へんぴ)な山奥まで来てくれたことに感謝しよう。本当にありがとう』


 そこは昼間、扉の隙間から覗いた書斎の中……なのだろうか。

 この場と同様に周囲が薄闇に包まれていて、詳細がよくわからない。ただ、左側にぼんやりと浮かび上がる本棚らしき影には見覚えがあった。背景にはカーテンが引かれた窓らしき輪郭も薄っすらと確認できる。


 椅子に座っているのか、彼の姿は上半身しか見えない。

 

 真っ黒い羽織のようなものを身に纏ったその身体は、服を何枚も重ね着しているかのようにムチムチとした体型だ。特に両頬の肉付きが良すぎるのが印象的で、そのせいもあるのか滑舌が悪く言葉が聞き取りにくい。脂肪に囲まれた小さい瞳がゆっくりと細められた。


『さて。このような形での挨拶となる事については、どうか大目に見てもらいたい。本来であれば、諸君の前で直接言葉を発するのが筋である事は重々承知だが、どうにも人が集まる閉鎖的な空間が苦手でね。その上、最近は病気のせいで身体の方も思い通りに動かないときている。口だけはまだまだ達者に動くがね』


 彼は喉の奥でくつくつと笑い声を立てる。


『まぁ積もる話はあるが、まずは私の記念すべき七十三回目の誕生日を祝おう。全員でパッピーバースディの歌でも歌ってくれないか?』

「フザケないで!」


 真っ先に反応したのは七瀬(ななせ)さんだった。肘掛椅子から立ち上がり、映像内の彼に向かって声を荒げる。


「アタシ達が貴方の誕生日を祝うために来ただなんて本気で思ってる? だいたい貴方だって、誕生日を祝ってほしくてアタシ達を呼んだわけじゃないでしょう?――あんな招待状を送りつけた目的は一体なんなの?!」


 彼は何も言わない。

 七瀬さんは音高くピンヒールを床に打ち付け、映像越しの肥えた顔を睨み上げる。


「もしかして貴方、アタシ達のコトを殺すためにこの屋敷に呼んだんじゃないの?!」

(ひとみ)さん?! 織之助(おりのすけ)さんに向かってなんて失礼な事を!」

「ウルサイわね! 今はアタシが織之助と話してるの。オバさんは黙ってて!」

『……ハハッ!』


 肉まんじゅうのような顔が、発作の様に痙攣した。


『ハハ、ハハハハッ!!』


 彼は大きな口を開けて、身体を震わせ笑う。

 機械を通じて室内に響く雑音交じりのソレは、とても生身の人間から発せられたものとは思えない。背筋が粟立つ。


 低い雷鳴が連続して聞こえた。

 笑い声と共に映像がぷつりと途切れる。


『――殺そうとしているのは、諸君の方だろう?』


 再び訪れた暗闇は、しかしほんの数秒のこと。


『諸君の内の誰かが、あるいは全員が私を殺そうとしているんだ』


 スクリーンに映し出された映像の画質が荒くなる。笑いをおさめた彼の姿は、一瞬前よりさらに近い位置にあるがその表情は先ほどより判然としない。声音の底に混じる雑音がヒドい。


「はぁ? 言い掛かりもいい加減にしてよね。わざわざアタシ達が殺してあげなくたって、貴方なんかもうすぐ死ぬじゃない」


 しかし七瀬さんはそれを気に留めるでもなく、彼の言葉をすげなく鼻で笑う。


「慢性疾患のオンパレードのくせして、ロクに治療も受けず屋敷に籠って好き勝手暮らしてるだから当然でしょう? そんなコト、貴方自身が一番良くわかってるハズよ!」

『ああ、そうだな』


 七瀬さんのあけすけな言葉に、彼もまた頓着せず頷く。


『だが、それは今日明日の話ではない。諸君が今すぐにでも莫大な金を必要としている事は、私が送った招待状を読んでもらえば明白だ』

「……あんな手紙を送り付けたのは、アタシ達に互いの経済状況を把握させたかったからってワケ?」

『まさか』


 たっぷりと肉が付いた両頬が持ち上がる。小さな瞳が三日月形に細められた。


『あれは動機だよ。私にとって、そして諸君にとっての動機だ。――人を殺すために動機は重要だろう?』


 彼はとても愉快そうだ。さっきのような笑い声は上げないが、とても愉快そうに笑っている。


『諸君は遺産を得るために、今すぐ私が死んでくれればいいと思っている。そして私は、私達に害をなす諸君が今すぐ死んでくれればいいと思っている。――だから、手っ取り早くこうしよう』


 スクリーン内の彼がノイズで歪む。


『諸君が私を殺すか、私が諸君を殺すかだ』


 雷鳴が。

 ひときわ大きな雷鳴が屋敷全体を震わせた。


『諸君の悪事は全て暴かれた。ここにいる全員が殺されてしかるべき人間だ』

「……殺されてもいい人間なんて、いてたまるかよッ!」


 低い、唸り声のような声がした。恭介だ。開け放たれた扉の前で、怒りのこもった視線を彼に向けている。


「アンタの言ってることは屁理屈だ。自分を正当化しようとしてるだけじゃねぇのか!?」

『ああ、安心してくれ。今言ったことに刑事君と探偵君は含まれていない。まぁもっとも、他の人間の巻き添えで死んでしまう可能性は否めないがね。不可抗力は何事にもつきものだ。恨まないでくれ』

「だったら何で俺たちを呼んだ? 俺たちに何をさせる気だ?」

『それはとても的外れな質問だよ、刑事君。君はその答えをすでに探偵君から聞いている』

「……は?」

『諸君は、諸君の役割を果たしてくれればいい』

「じゃあ織作織之助(おりさくおりのすけ)。探偵様から質問だ」


 背後からの声が一瞬にして私の意識を奪う。

 青白い光の中で長い脚を組み、ソファーに深々と身を沈めるその姿はあまりにも傲慢だ。


「私と神居(かむい)の役割は理解した。だが、まだ一人。お前が集めた登場人物の中で役割がハッキリとしない人間がいる」


 彼女が口を閉ざした一瞬の沈黙。不思議な光を孕んだ双眸とぶつかる。


「お前だよ、羽琉」

「……え?」

「招待状が送られた人間の中で、お前だけが織作織之助と赤の他人だ。遺産なんて全く関係がないはずだろう。それなのにどうして、お前はこの屋敷に呼ばれたんだ? お前と織作織之助は一体どんな関係だ?」

「それ、は……」


 私に、何が言えただろう。

 ただ呆けたまま彼女を見つめ返すことしか出来ない。


「……私、は」

「アタシは別に構わないわよ!」


 激しい雷雨にも負けない力強い声が響いた。

 彼の前で腰に手を当て仁王立ちする七瀬さんが、威嚇でもするように再度ピンヒールを音高く床に打ち付ける。


「殺し合い上等だわ! そもそも、貴方がこの現実世界で誰かを殺すコトなんて出来っこないじゃない。今まで通り、唯一自分の思い通りに出来るセカイでアタシ達に対する憂さ晴らしを続けてればいいのよ。――ねぇ織作織之助先生?」

『ハハハッ! (ひとみ)、君は本当にイイ女だな。私が言って欲しいことを全部言ってくれる』


 声だけを残して、肥えた丸顔がスクリーンから消えた。


『――さて、コイツは誰だと思う?』


 映像の揺れがなくなり、スクリーンの中央に一人の人物が映し出された。


 光源の乏しさと画質の荒さから全体像がはっきりとしない。

 後ろ手にロープを縛られ、口元と目元にガムテープが巻かれたヒトガタ。ソレは床に横たわったまま身動き一つしない。ガタイの良い体躯にスキンヘッド、全身迷彩柄の服装――。


織作(おりさく)(あらた)か!?」


 恭介の怒鳴り声が響く。


「おい、この部屋どこだッ!?」

「たぶん書斎だよ!」


 恭介がリビングを飛び出し、タブレットを手にした篠塚もその後に続く。私は一歩も動くことができず、かといって映像から視線を逸らすことも出来ない。


『この子の部屋で、面白いものを見つけたんだ』


 かちゃり、と。

 画面の外で不吉な音がした。


『なぁ(ひとみ)。この現実世界で私に人は殺せないって?』


 (あらた)のスキンヘッドに突きつけられる銃口。


『さて、それはどうだろう』


 そこで、映像が途切れた。

 三度訪れた完全なる暗闇。雨音に交じって微かに銃声が聞こえた――気がした。


「私達も彼の所に行かないと!」


 背後の暗闇に向かって声を張り上げる。


「ねぇってばッ!」


 彼女からの返答はない。


「……(ひかる)? 待ちなさい、(ひかる)!?」


 カメラのフラッシュのような強い光が辺りを照らし出した。

 久子さんの甲高い声。ライトを点灯させたスマホを手に(ひかる)君がリビングを横切っていく。

 もう一度、背後の暗闇に声を掛けるがやっぱり返答はない。意を決して、私もその後を追って床を蹴った。



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