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びっくり屋本舗  作者: 百済 夜斗
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第五話   驚愕のバースデー

 それは隆志にとって生涯忘れられないバースデーとなるのであった。

 本社に転勤し都会の生活にも慣れ、隆志にも親しい女性の友達ができた。ある日、和江と居酒屋で飲んでいた時だ、「隆ちゃん、誕生日いつ?」と聞かれ「11月20日だよ」と答える。

「あっ、調度一ヵ月後じゃないの、お祝いをしなくちゃ」

 隆志は思わず顔をほころばせた。

「楽しみにしていてね!」

なんとも嬉しい言葉だ。隆志は「期待しているよ」とさり気なく答えたが、内心は飛び跳ねたくなっていた。


 その二週間後のことだ、和江からメールが届く。

『11月20日、お店予約しました。夜景の綺麗なお店で食事をしましょう』 隆志はメールを読むと思わずガッツポーズをとっていた。ここが駅のホームであることに気づき、その手を頭へあてて髪型を調えた。電車に乗り込み、どんなお店かなぁ、と心を弾ませていた。


 十四日をカウントダウンし、11月20日を迎える。隆志はおしゃれを決めて家を出る。電車の中でメールを確認した。

『6時、横浜駅西口交番前』

今、4時45分だ、充分余裕がある。隆志は胸を躍らせながら横浜へ向かっていた。

 横浜駅に着き、時計を見ると5時40分だ。隆志は駅ビルへ入り、ブラブラしながら時間調整をしている。トイレに入り、髪形を整える。準備万端だ、いざ西口交番へ。5分前だ、彼女もおしゃれして来るのだろうなぁ と隆志はいろいろ頭の中が駆け巡るのであった。

 6時になった。周りには時計を見ながら人待ち風の男性、女性がいっぱいいる。そして6時5分。隆志はまた時計を見る。6時15分になっている。おかしいなぁ 少し戸惑いながら、携帯を開き、メールを確認する。確かに『6時、横浜駅西口交番前』と書いてある。もう少し待ってみよう。

 周りでは、「おまたせー」の声と共に、待ち人が現れている。しかし、隆志の待ち人現れず。無常にも時計の針は30分を指した。

 なんかあったのかなぁ と思い、メールを打ち込む。『どうした? 今、横浜で待っています。隆志』と書いて和江の携帯へ送る。

 ものの5分もしない内に、携帯がブルブルと振動した。お、返事が来たぞ。受信したメールを見る。そこにはこう書いてあった。

『ごめんなさい。行けなくなってしまったの。さっきもメール送りましたよ。届いてなかった?』

 隆志は呆然と立ち尽くしながら、携帯を確認する。あっ、もう一通着ているではないか。時間は4時25分だ。メールがサーバーへ停滞していたようである。急いでその受信メールを開くと

『ごめんなさい。今仕度をして家を出ようとしたのだけど、頭痛がひどくて外出できなくなったの』

『この埋め合わせは必ずします。誕生日おめでとう。そして、ごめんなさい』

と書いてある。隆志は寂しくなったが、まぁ体調を崩したのじゃ仕方が無い。と思い和江へ返信を打つと交番前を後にした。


 さっき向かって来た時とは裏腹の面持ちで電車に揺られていた。最寄り駅まで戻り、改札を出る。時計を見ると8時を少し回っていた。一人で過ごすバースデーになったけど、と思いながらいつものようにびっくり屋ののれんを潜る。

「はぁ~ らっしゃい」いつもの調子ではぁ~爺が向かえ入れてくれる。この爺さんはオイラの落ち込んだ気持ちなんて判ってないのだよな。判っていたら逆に怖いか。と思いながら、奥の2人用のテーブルへ座る。メニューを眺めながら、今日は誕生日じゃないか、トンカツでも食ってみよう。

「おっちゃん、トンカツ定食―」

「はっ、あいよ」

 はぁ~爺が愛想良く答える。そりゃ愛想も良くなるよな。トンカツ定食は、この店では破格の価格で500円もするのだから。

 隆志は近くに置いてあった雑誌を手に取り読み始める。そのときだ、店のドアが開き一人の婆ちゃんが入ってきた。店内を見渡し、困った表情をしている。びっくり屋は一般の定食屋がそうであるように広い店では無く、四人掛けのテーブル席が二つ、二人掛けテーブル席が二つ、後は四人分のカウンター席があるだけである。土曜日の8時ということもあり、どこの席も埋まっている。婆ちゃんが諦めかけて踵を返えようとしたときだ、はぁ~爺が隆志のところへやって来た。「合い席いいじゃろか?」

 隆志は思わず、「はぁ~~~~~?」と返す。周りを見渡すと確かに全席埋まっているが、四人掛けテーブルの内の二席、もう一つの二人掛けテーブルの一席は空いているではないか。はぁ~爺としてみれば、常連の隆志が一番お願いし易かったのであろう。隆志は仕方無く「あ、いいですよ」と答えた。

婆ちゃんはホッとした顔に変わり、隆志のテーブルへ歩いてくる。そして隆志の向かい席へ腰を降ろした。しわくちゃ婆ちゃんだ。70歳を越えているように見える。

 婆ちゃんは壁のメニューへ目をやったかと思うと、即決したらしく、はぁ~爺を呼ぶ。そして「おしんこ定食」を頼んだ。それはびっくり価格のこの店でも更にびっくりする特別価格で、

 おしんこ定食 10円 なのであった。


 しばらくすると、「はぁ~ おまちー」の声と同時に、トンカツ定食とおしんこ定食がテーブルに並ぶ。まるで隆志と婆ちゃんが一緒に注文したかのようなタイミングだった。

 隆志は思った。今日は和江とテーブルを共にするはずだったのに、しわくちゃ婆ちゃんとテーブルを共にするなんて。トホホ・・・


 その後、驚愕の出来事が起こるとは誰が予想しただろう。その婆ちゃんは、たくわんを食べ、そして白菜の漬物を食べ、勢いよく飯にがっついている。食欲旺盛な元気な婆ちゃんではないか。でも何故か、ときどき隆志のトンカツへ目を向けてくる。また見た。その直後、

「兄ちゃん、野菜が足らんじゃろ?」

 隆志が「えっ」と思うのも束の間、婆ちゃんは「ほらっ」と言いながら、たくわん一切れを掴むと、トンカツの皿の上へ乗せた。隆志は、ありがた迷惑というより本当に迷惑だった。その箸は婆ちゃんの唾液が付いているのだ。嫌な気分になったが、気のいい隆志は「すみません」と言葉を返す。

 それで事が済んだのでは無かった。婆ちゃんは、その後、皿の上のトンカツから目を移さない。直視している。隆志はその鋭い視線に気付いていたが、無視しながら食べ続ける。最後の一切れのトンカツへ箸を近づけた時だ。

「あっ」と思わず婆ちゃんが発する。その執念に根負けした隆志は、皿を差し出し「どーぞ」と告げた。婆ちゃんの嬉しそうな顔ったらありゃしない。速攻箸で挟むとトンカツを口へ運んだ。ニタニタ笑いながら食べている。


 きっと周りから見たこの光景は、二人で仲良く食事をしているように見えていたに違いない。そこへ、はぁ~爺が一言

「は~ 仲良しさんだねぇ」

照れ笑いをする婆ちゃん。


 なんともこれが、隆志の33回目の記念すべき驚愕のバースデーとなった。


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