第三話 七味唐辛子
新しい職場にも徐々に慣れ、忙しい日々を送る隆志であった。毎日ヘトヘトになった体を癒しにびっくり屋へ足を運ぶのであった。
「こんちは~」とのれんを潜ると、「はぁ~ らっしゃい」といつものはぁ~爺の出迎えがある。うーん今日もイカ焼き定食にしよー と思い「イカ焼きね」と隆志が告げる。
「はぁ~?」いつも通りのリアクションが帰ってくる。いつもイカ焼きしか頼んでないのに、まだ覚えないのかなぁと思っていると、「はぁ イカ焼きだね」とはぁ~爺が言う。「うん イカ焼き」と隆志が言うと「あいよ」と言いながらはぁ~爺は厨房の方へ向かい歩き出した。
まもなく、「おまち~」の声がし、イカ焼き定食が隆志のテーブルに届く。 びっくり屋は比較的料理が出来上がるのが早いのであった。それも人気の秘密の一つである。でも、人気の一番の理由はこなき爺のような風貌をしたはぁ~爺の存在であることは間違い無い。はぁ~爺見たさに、北は北海道、南は沖縄からお客が来ると言う自慢話も聞いたことがある。あくまで、はぁ~爺の話なのでどこまでが本当かは知らないが・・・。
隆志はテーブルの脇に置いてある七味唐辛子の瓶へ手を伸ばし、蓋をひねり開けると勢いよくイカ焼きの上へ掛けた。その掛け方が尋常で無い。隆志は辛い物には目が無い。徐々にほどよく焦げた茶色をしていたイカが七味唐辛子の色に変わってきた。イカの表面全域に七味唐辛子が散りばめられイカ焼きでは無く、辛子明太子のようになっている。七味唐辛子の瓶へ蓋を閉め、元の位置へ戻す。最初はビンに目一杯入っていた七味唐辛子は残り半分を切っていた。なんとも一回分の振り掛けで瓶の半分を使い切っていたのである。隆志は割り箸を割り、真っ赤に染まったイカを掴み口へ運ぶ。口一面に辛さが回り、なんとも刺激的な味である。隆志は満足げに食べ続ける。
皿の上のイカを食べ進めると、イカゲソが姿を現してきた。隆志は再び七味唐辛子の瓶を掴むとイカゲソへ振りか掛けた。また豪快に掛けている。醤油のビンや爪楊枝が置いてある所へ七味唐辛子の瓶を戻す。なんと瓶の残量は3分の1のところまで来ている。一回の食事で一瓶の七味唐辛子を使い切る勢いである。
イカ焼きを平らげ、満足げな隆志。「ごちそーさま」と言いながら50円玉一個をはぁ~爺へ手渡す。「毎度、ありゃ~と~」と、はぁ~爺が返す。
こんな毎日がしばらく続くのであった。
ある日、びっくり屋で事件が起きる。店のおかみであるはぁ~爺の奥さんが「最近、赤字になってきてるよ」とつぶやく。それまでは店の会計には無頓着であったはぁ~爺も驚いた。びっくり価格で営んでいるだけに、それほどの儲けは無い。しかし、赤字になるのは困る。なんでだろう・・・?
さすがのはぁ~爺も頭を悩ます。
その理由を知っているのは隆志だけであった。イカ焼き定食が50円、七味唐辛子が一瓶180円、そこにカラクリがあったのである。