第8話 師との別れ
「ジャリアさん。これからまた、よろしくお願いいたします」
「おう。お前が来てくれたお陰で動ける範囲が広がるぜ。またよろしくなテンドー」
テンドーは学校を卒業後、家を出て正式にジャリアに弟子入りをした。
ここで働きながら猛勉強を重ねて「新興の職業」だという死霊魔術士の資格を手に入れるつもりだ。
それからはとても忙しい毎日だった。
前回の職業体験の時と同じように、まずは恵まれた環境にいる死者の『最期の言葉』を記録していく。
ただ今回からは『体験』ではなく『仕事』として死者に会いに行くというので、そのプレッシャーや緊張感はレベルアップ。ジャリアによる指導も熱を帯びることが多々あり、テンドーはそれに食らいついていく。
職場体験の際はジャリアに全て任せていたが、今では業務の一部を自分がこなさなければならない。特に苦労したのは、ジャリアに代わってテンドー自身が死者に死霊魔術をかけるところだ。
一言で『死霊魔術を使える』と言っても、それは『使いこなせる』ことを指しているわけではない。
あくまでもそれを発動できる資質があるだけであって、実際にどれほどの精度で使用できるかは本人の研鑽にかかっている。
だからテンドーは血の滲むような努力をした。
何度かジャリアの前にテンドーが死者に魔術をかけてみたが、目は空けるが言葉を発せなかったり、口は動くが支離滅裂な言動で『最後の言葉』を記録できないなど大変だった。
しかしそれでもどうにか死者のため、そしてその言葉を待つ者達のために悩み動くテンドーの姿を見て、ジャリアは「やっぱりこいつには死霊魔術士の適正があるな」と頷く。
腰も低く丁寧で顧客からは評判が良く、さらに金銭的感覚も鋭いというのでジャリアの事務所の経営状況もテンドーが弟子入りして以来改善していった。
ただもちろんトラブルに巻き込まれることもあった。
死者の『最後の言葉』を記録した通り正確に伝えても。
「父はそんなこと言わない」
「適当なことを言うな」
「嘘ついてるんだろ。この詐欺師が」
死霊魔術士の仕事が市民権を得て社会に浸透していくにつれて、このような言葉を投げかけられることも増えてきた。
それでもテンドーの心はもちろん折れない。
毅然とした態度で、しかし相手を諭すように丁寧に。
「紛れもなくこれが故人の『最期の言葉』です。我々にこう伝えた後、穏やかに眠りにつきました」
自信を持ってこう話すと、もうそれ以降はクレームなど来ないことが常であったから。
◇
「ジャリアさん、これまで本当にお世話になりました」
「ああ。立派になったな」
数年後。ちょうど30歳を迎えたばかりのテンドーはジャリアの事務所から独立を果たそうとしている。
彼は喜羅和天道の頃にも独立を果たそうとしている。その時は今よりもっと早い年齢で、しかし今よりもっと世間のことを知らない子供のままで。
「事務所の場所は地元の農村部だったよな?」
「はい、そうです。もっとこの仕事の重要性を伝えていきたいと思っていますし・・・」
「そうかそうか。それじゃあ今日は特に仕事も無いし、今から飯にでも・・・」
ジャリアはこう言いかけたところで、突然意識を失って事務所内で倒れ込んだ。
大いに驚き目を見開いて慌てて駆け寄るテンドー。最近は経営も健全だということで事務員や他の弟子も雇っていたが、彼/彼女らに医者を呼ぶように指示を出し、テンドーはジャリアのことを抱きかかえて懸命に何度も名前を叫んだ。
しかしジャリアはそれからすぐに命を落とした。
病院に運ばれた後、すぐに駆け付けたジャリアの妻によると、実は数年前から重い病を患っていたという。ところがそれを言うとテンドーをはじめとした皆が心配するというで黙っていたのだ。
それからあっという間に葬儀の日取りまで決まったのだが、ジャリアの妻はテンドーにこう願い出た。
「どうか主人の『最期の言葉』を聞いてあげてください。もちろん師弟のふたりきりで。それが主人本人の望みだと思います」
葬儀の前日。
白く綺麗なベッドの上に仰向けになったジャリアの遺体。今にも飛び起きていつものように軽口を叩きそうなその顔を見ると、自然と大粒の涙が溢れ出しそうになってしまうのだが、テンドーは必死になってそれを堪えて死霊魔術をかける。
そっとジャリアの顔を触れ、呪文を唱えて。
するとゆっくり目を開けたジャリアは上半身を起こし、テンドーの顔を見つめる。
『なあんだ。俺、死んじまったのか。あっけないもんだなあ』
こう言ってケラケラと笑うジャリア。だがそれを見たテンドーはもう、我慢の限界だった。
ここで泣いてしまうのはプロ失格だ。仕事をしろ、仕事をするんだ。分かってる、分かってるのに・・・。
恩人であるジャリアの笑顔を前にすると。テンドーの嗚咽は止まらなくなってしまう。
『テンドー。今から最期の言葉を言うぞ。泣くのはやめろ、仕事だろう?』
呆れたようにテンドーに死霊魔術士としての注意を行うジャリア。そこには死霊魔術士としての矜持を、死してなお持っているプロフェッショナルの姿があった。
最後とも言える指導を受けて顔を上げたテンドーは手元に手帳とペンを出し、顔をぐちゃぐちゃにしながらも大きく何度も頷く。
『ひっどい顔だな。だがそれで良い、それじゃあいくぞ』
家族や弟子、そしてこの道を切り拓いてくれた過去の死霊魔術士への感謝を述べた後。ジャリアは語りだす。
『それじゃあ最後にもっと泣かしてやるか』
そして大きく息を吸いこんだジャリアは。しばし時間を置いた後。
『テンドー。お前は俺の誇りだ。死霊魔術士として自分と、他人と、人生と、死と向き合え。神様はお前みたいな人間を絶対に見捨てないからな』
震える手でこの言葉を手帳に記録したテンドーは。
「今までありがとうございました、ジャリアさん。本当にありがとうございました・・・」
死霊魔術が解除されもう動かなくなった師に向かって、深く深く頭を下げ続けた。