第7話 触れる優しさ
ジャリアのもとで行っていた、住み込みでの職業体験を終えたテンドー。
彼は自宅に戻ると、死霊魔術士になることをすぐ両親に告げたのが、同時に父親と母親に頭を下げてこれまでの非礼について詫びた。
「父さん。母さん。今まで酷いことを言ってきて申し訳ありませんでした。私は・・・人生についてよく分かっていない子供でした」
この言葉には色々な感情が込められていたが・・・。両親は詳しくは何も聞かず、温かな食事を出した。
それからテンドーは卒業に向けて学校に通う生活に戻ったのだが、教師にも伝えた『将来は死霊魔術士になる』という話はすぐに学校中に広まり、クラスメートからは冷ややかな視線が送られていた。
しかし彼はこの扱いを当然のものだと思い、気にすることはなかった。
「私は今まで彼らのことを見下していました。心の中で酷いことを言っていたし、話しかけれても無視した。嫌われて当たり前です」
ところがじきにクラスメート達は、死霊魔術を使ってどのような仕事をするのかという関心を抱き始め、むしろテンドーとの距離を縮めようとしてくる。
「なあ。死霊魔術ってどんな魔術なんだ?考えてみたらよく知らなくてよ・・・教えてくれよ!」
「都会に職業体験に行ってたんだよね?どういう業務内容だったの?」
テンドーにとってこれは予想外だった。
なぜながら自分はクラスにおいて最下層における立場の人間となってしまい、こうなったらもう無下に扱われて学校生活は終わってしまうと考えていたから。
自身が使える魔術が判明する前とは違い、今のテンドーは話しかけてくる『子供達』のことを無視することなく、懇切丁寧に死霊魔術や死霊魔術士のことについて説明をしていく。
テンドーは頭が良い。その説明も要点を抑えて分かりやすく話すと、意外にもそれを聞いたクラスメート達は死霊魔術士にリスペクトの気持ちを抱いてくれた。
さらにそこから彼は瞬く間に友人を作っていき、喜羅和天道の頃とは違う形での青春を送れることになる。
だが・・・。
テンドーにはまだ謝らなければいけない相手がいた。
しかし彼は勇気が湧かず、それを果たすまで2年ほどの歳月を要することになってしまう。
◇
18歳になり卒業を間近に迎えた、学校からの帰り道。
テンドーは小さく震えながら、自身の前を歩く女性に声をかける。
「あ、あの。ミアリーさん・・・」
彼から声をかけられた女性は、美しい金色の長い髪を翻しながら振り返る。
すっかり大人の淑女に成長したミアリーは、テンドーの顔を見ると思わずしかめっ面を浮かべてしまう。
この様子を見たテンドーの胸には、ズキっとした痛みが走る。だが学校を卒業してから一旦この村を離れる彼にとって、このようなチャンスはもう訪れないかもしれない。
意を決してテンドーは大きく空気を吸い込み、思い切り頭を下げる。
「こ、子供の頃に酷いことを言ってしまい・・・本当に申し訳ございませんでした!」
そう。彼は職業体験を終え、様々なことを考える中で、幼い頃ミアリーに向けて放ってしまった言葉をずっと悔いていたのだ。
こんな自分に対して何度も話しかけてくれたのに。何度も変われる機会をくれたのに。
愚かな私はそれに気づくことができなかった。彼女のことを無視するどころか酷いことを口にしてしまった。挙句の果てには泣かせてしまった。
あの時言い放った言葉を今でも覚えている。だけど、思い返しただけでも自分自身の顔を殴りたくなる。
静かに頭を下げ続けるテンドー。ところがミアリーの言葉は聞こえてこない。
恐る恐る首を起こした彼だが。
「まあ・・・そうですよね。こうなって当たり前です」
ミアリーはテンドーのことなど無視して、もうその場から姿を消してしまっていた。
◇
肩を落としながら帰宅したテンドー。
ようやく最近になって友人ができて将来の目標も固まった息子の落ち込んだ様子に心配する両親だが、テンドーは食事を終えて静かに自室に籠ってしまう。
するとしばらくして。
「テンドー。ちょっと良いかしら」
母親がドアをノックして声をかけてきた。
思わず「今はそんな気分じゃない」と思ってしまったテンドーだが、母のことを心配させたくないと咄嗟に考え、重い腰を上げて部屋のドアを開ける。
「これ。お隣のミアリーちゃんからのお手紙よ。ついさっき届けてくれたわ」
それを受け取った彼は息を呑み、震える手で手紙を開く。
「・・・」
これに綴られていたのはテンドーへの複雑な心境。
幼い頃から隣の家に住んでいたのでずっと仲良くなりたかったこと。
ところがテンドーは頑なに自身のことを無視しておりとても寂しかったこと。
9歳の頃に言われた酷い言葉は今でも覚えているし、それはとてもショックだったこと。それから一層悪い印象を持ったことも。
「当たり前だ。この私が常に悪いんだから・・・」
ぐったりとしてこう呟くテンドーだが、2枚目の便せんにはこうも書かれていた。
しかし最近のテンドーの姿を見て考えが変わってきていること。
幼少期から孤独そうだったがようやく友人を作ることができて、なぜか自分のことように胸を撫で下ろしていること。
人づてに聞いたが死霊魔術士の業務内容を聞いて、人々のためになるとても大切な仕事だと思ったので心の底から応援しているということ。
さらに手紙の最後には。
「どうして・・・」
自身が使える花魔術によって生み出したという、とても綺麗な黄色の花が、押し花にされてそこに貼られていた。
『謝ってくれてありがとう。テンドーくんが変わってくれて、とても嬉しいです。ミアリーより』
この言葉も添えられて。
それからテンドーはその様子を見ていた母親から抱きしめられながら、「どうして・・・私はあんなに酷いことを言ったのに・・・」と何度も繰り返しながら。
溢れるほどの涙をこぼしていった。