第5話 死霊魔術士の仕事
「ここは・・・」
「テンドー。死霊魔術士の仕事詳細は聞いたことあるか?」
テンドーとジャリアが到着したのは豪華な装飾が施された屋敷。見るからに資産家が暮らしている場所だろう。
「い、いえ。詳しくは。村に死霊魔術士はいませんでしたし・・・」
「まあそうか。死霊魔術士の仕事が確立されたのは実は最近だ。だからこういうデカい街にしかいねえ、今からするから黙って観察してろ。これが業務内容だ」
そしてふたりは屋敷の中に入る。
しかしそこの雰囲気は異常だった。静かで人の気配が全く無い。
そんな状況にもかかわらずず大股歩きで進んで行くジャリアについて行くテンドーだが、とうとうジャリアは真っ白な扉の前で足を止めた。
「ここだ。最初は色々と衝撃を受けるかもしれねえ。だがこれは人生において必要な仕事だと、俺は自信を持って言える。心してかかれよ」
険しい顔をしながら発する、ジャリアのこの言葉に疑問を抱きながらも、テンドーは素直に頷くが。
「開けるぞ」
短くこう口にしたジャリアが扉を開けたその先に・・・大きなベッドに横たわる老婆の姿があった。
「・・・え?こ、この人は・・・」
ジャリアと共に彼女のそばまで足を運ぶテンドー。そしてその近くに行ったところで青白い老婆の顔を見て、ようやく意味を理解した。
「こ、この人、し、死んでる・・・!」
目の前にいる老婆。静かに目を瞑り、ただ安らかに眠ってるだけだ。
「そうだ。今朝早くに亡くなったらしい、この婆さんの使用人から依頼の連絡が来て事情を話してくれたよ。だが子供は離れたところで働いているから明日の葬儀にギリギリ出られるかどうか。だから俺らの仕事はなおさら重要になる」
静かに言葉を並べながらジャリアは、老婆の顔にそっと手を当てて、ぶつぶつと何かを唱え始めた。
「え、え!?」
そして。
「・・・め、目を覚ました・・・。生き返ったのか・・・?」
彼女は閉じていた目を急に開けると、ゆっくり上半身を起こしてテンドーたちがいる方向に顔を向ける。
『貴様らは・・・?』
「初めましてキャシル様。こちらは使用人様からご依頼を受けた死霊魔術士・ジャリアでございます。キャシル様は今朝亡くなりましたが、お子様やお孫様に伝える最後の言葉を記録するため、今日は参りました」
『そうか・・・ワシはとうとう死んだのか・・・。しかし痛みは無かったな・・・。あっけないもんだ・・・』
そして老婆はジャリアとテンドーに対して淡々と言葉を発した。
『息子のデイワン。あいつは弱気過ぎる、良い歳になったんだからもう少し貫禄を持て』
『娘のエリー。あいつは料理が美味い。これからも腕を磨いて欲しい』
老婆が家族に向けて淡々と語る内容を、ペンを握るジャリアはいつの間にか取り出した手帳に記していく。その表情は真剣で、時に笑顔を交え、しかし緊張もしているようだった。
多くいる子供や孫に最期のメッセージを伝える中、いよいよ末孫の話題となった。
『末孫のボング。あいつは頭が良い。そして心も優しい。どうか立派になってくれ』
「かしこまりました・・・。財産は遺言書通りの分配でよろしいでしょうか?」
『ああ。構わない、しかし最後に一言』
「何でしょうか?」
老婆はジャリアとテンドーのことを指さし、口角を少し上げた。
『死霊魔術士、ありがとう。立派な仕事だよ。こうやって最期の言葉を残せるだなんてワシは幸せ者だ。皆によろしくな』
「・・・お心遣い、誠にありがとうございます。お任せください」
こうして彼女は再び横になって目を閉じたが、もう目覚めることはなかった。
◇
翌日。老婆の葬儀が執り行われた。もちろんテンドーとジャリアもそこに参加して。
「只今より、死霊魔術士様による『最期の言葉』の代理報告がございます」
一通りの流れの後、喪服を着用したジャリアが家族の前に出て、手帳を開く。
「皆様。この度はご愁傷様でございました。それでは、故人であるキャシル様の『最期の言葉』をお伝えいたします」
そして前日に女性が発したメッセージを参列した家族に向けて発するのだが、末孫までの内容を口にすると、それまで気丈に振舞っていた家族は一斉に涙を流した。
「・・・以上となります。故人様はとても安らかに眠りにつきました。とても穏やかで幸せな旅立ちでございました」
ジャリアは神妙な、しかしどこか達成感もある表情を浮かべ、最後に深く頭を下げた。
こうして無事に式は終わったのだが、最後までそれに立ち会ったジャリアとテンドーに対して「あ、あの。すみません」と声をかけてきたのは複数の男女。
この人々は今回の葬儀の主役である老婆の子供達なのだが、各々が目に涙を溜めながら礼を口にしていく。
「本当にありがとうございました。これで悔いなく母を送ることができました」
何度も何度も会釈をし、丁寧に包まれた今回の報酬を渡してくる老婆の子供達。挙げ句の果てにはこの様子を見たまだ幼い孫達まで大人の真似をして懸命に感謝を述べる始末だ。
「いえいえ。これも仕事ですから。こちらこそ依頼を完遂できて安心しましたよ」
「死霊魔術士さんのことは知人から伺っておりました。不安はあったのですが、本当にご依頼をして良かったです。心より感謝を申し上げます・・・」
止まらない感謝の言葉に、さすがに苦笑いをしてしまうジャリア。
だが彼の隣に立つテンドーは喜羅和天道の最期の時を思い出して表情を暗くしていた。
営業部部長であったその中年男性が、天道の肉体に刃をめり込ませて放った恨みに満ちた言葉が、脳内でずっと巡っていたから。