第4話 死霊魔術士
喜羅和天道。
彼は幼少期から挫折というものを味わったことが無かった。
天道に関して言うと学業や仕事での実績ばかりが注目されるが、実は運動神経も万能。
幼稚園などで行うようなかけっこでは常に一等賞であったし、学校での体育でも全てのスポーツを完璧にこなしていた。
もう一度言おう。
見事なほど完璧に、である。
そのため同性からは疎まれていたが異性からはいつも憧れの眼差しで見つめられていた。これが彼の自己肯定感をさらに強め、内に潜んでいた横暴さを増幅させていったひとつの要員とも言えるだろう。
しかしそんな彼が。
生まれて初めて。いや正確に言えば、日本で生まれて死にかけたところで、神の手によって送られた異世界で生まれて初めて。
挫折を味わったのだった。
◇
肩を落として体を小刻みに震えさせながら、うつむいて玄関に佇むテンドー。
彼は自身が使える魔術を大人から伝えられた。
しかしそれはこの世界の花形魔術である『剣魔術』などではなく、むしろそれから最も遠いところに位置する『死霊魔術』。俗に言う落ちこぼれ的な立ち位置の魔術だ。
自分はこれを、どんな顔をして親に報告すれば良いのか?
テンドーはただただそんなことを考えながら下を向く。未だかつてこんな経験などしたことない。だって前世では幼少の頃から連勝続きの人生だったから。
勝つことだけしか知らない生涯だったから。
「あらテンドー、おかえりなさい。早くご飯を食べましょう?」
まずい。さすがに見つかった。どうしよう。自分の情けない負けが、恥が、親に知られてしまう・・・。
それでもテンドーはこのことを黙っておくわけにはいかない。柄にもないような小さく力の無い声で、彼は自身の敗北を正直に口にした。
だがそれを聞いた両親の見せたものは・・・。暗い表情を浮かべ続ける彼が思うような反応では、決してなかった。
「死霊魔術を使えるのね!本当に良かったわ!」
「街に死霊魔術士がいるのなら、そこで魔術に関する話を聞きに行けば良い。諸々にかかる諸費用はこっちで出してやる。職場体験の準備も手伝うよ」
これはテンドーにとって意外だった。
確かに村の中では最低限の生活はできている家庭。しかし裕福というわけではなく、むしろ周囲の家に野菜をタダで配ることもあるせいで貧困層と呼べるカテゴリーに入るほど。
にもかかわらず・・・そんな費用を出してくれるだなんて。
驚いたような表情を浮かべる彼だが、笑みを浮かべながら父親はこう話した。
「どんな魔術だって素晴らしいものだ。父さんと母さんが使える水魔術だって、これのお陰で農作物を育てることができている。そしてお前は死霊魔術を使える。それだけで素晴らしいことだ。お金?こっちは子供のためなら身銭を切ってでも何とかするさ」
これを聞いたテンドーは何も返すことができず、静かに自室へと戻る。
そのままベッドに倒れ込んだ彼はこぼれるほどの愛情を受け止めきれることができず、両親の話した内容を何度も脳内で反芻してもう一度その意味を理解しようと試みる。
だがテンドーの優秀な思考回路が止まってしまうのも無理はない。なぜながらそれは、前世の親が一度も見せてくれなかった、無償の慈愛に満ちた温もりだったから。
◇
喜羅和天道の親も仕事が生きがいであり、異世界での両親とは違って子供のことは常に二の次だった。
そして幼い頃から天道がどれだけ奮闘しても振り向いてくれなかった。
学業成績で優秀な点数を叩き出しても。
運動分野で素晴らしい成績を残しても。
模試で全国トップになっても。
最高レベルの名門大学に入っても。
大手有名企業に就職しても。
若くして独立しても。
どれだけ名声を得ても、たったの一度でも両親は振り向いてくれなかった。
寂しかった。心細かった。
たとえ嘘でも良いから誉めて欲しかった。頭を撫でて欲しかった。
もっと色んなことを教えて欲しかった。親子でキャッチボールをしてみたかった。ピクニックをしてみたかった。一緒に旅行に行きたかった。授業参観に来て欲しかった。
その代わり大人になって愛人を沢山作った。肯定してくれる存在が欲しかった。
仮にそれが人の道として間違っていたことであっても、彼はこの行為を止めることは無かった。
喜羅和天道は・・・ずっとずっと孤独だったのだ。
◇
そして彼は街に出た。
目的はもちろん死霊魔術士に会うために、である。
そして到着したのは古く小さい建物。
「ここに死霊魔術士がいるのですか・・・?」
思わず扉の前で立ち尽くしてしまうテンドーだが、じきにその中から大人の男性が出てきた。
ぼさぼさの黒い髪に、無精ひげ。人相の悪い中年男性。
ここでテンドーは思わず眉をひそめてしまう。
喜羅和天道の頃、新卒で会社に入社してすぐ、このような見た目の人物のところに営業に行ったことがある。
その時の印象は最悪。大体、自分の身だしなみを整えられないような大人というのはロクな仕事ができないし最低限の対人マナーも備わっていないはず。
それにこの小屋は・・・俗に言うオフィス?こんな小さい場所を拠点にするだなんて。成長意欲というものが欠けている。美的センスもゼロだ。
「おう。お前が向こうの村から来たガキってやつか。事前に学校と親から連絡は届いているよ。よろしくな。数日間住み込みになるが頑張れよ」
ほら。言葉扱いも悪い。この人はこういう人間だ。乱雑で仕事ができない。ただただ周囲の人間をビビらせて非効率的な業務を強いるタイプだ。
しかしこの中年男性は満面の笑みを浮かべると、予想以上に優しい態度で彼に声をかけた。
「俺の名前はジャリアだ。お前の名前は?腹は減ってないか?遠くから来て大変だっただろう?まあ色々と心配だろうが安心しろ。街は怖いだろうが・・・そばには俺がいるから大丈夫だ。どうせなら用心棒だと思え」
「え?あ、あの。・・・私の名前はテ、テンドーと申します・・・。食事は済ませてきたので、大丈夫です・・・」
するとジャリアは腰に手を当てて豪快に笑い飛ばす。
「がっはっは!テンドーか良い名前じゃねえか。腹もいっぱいなら十分だな、飯食うことは大事だ。それじゃあ早速仕事に行くぞ、ついて来い!」
こう言ったジャリアはテンドーの手を引くと、そのまま彼らはどこかへと行ってしまった。