第3話 魔術の鑑定
喜羅和天道だった頃の16歳。
一般的には高校1年生ぐらいに当たる年齢だが、まさにその頃、彼は周囲から『神童』と謳われていた。学内のテストで好成績を残すのはもちろん、全国規模の模試でも毎回のように上位に名前がランクインしていた時代。もちろん既に高偏差値大学の合格判定は『A』という評価が並ぶ。
通学していた学校だけでなく、全国的にもその存在がにわかに目立っていた頃の話だ。
しかしこちらの世界でのテンドーは、あまり目立たないように、そして「早く神よ来てください」と願いながら16歳を迎える。
ただこの年齢になると、この世界ではある大きな行事が控えていた。
それは・・・いよいよ自身が使用できる魔術が判明するというもの。
「全く、面倒なことですね」
テンドーは学校から配布された紙を見ながらため息をつく。
これは幼い頃から聞いていたのだが、どうもここでは『誰しも』が『どんな魔術』も自由に使えるというわけではないらしい。個々人の内在的な才能によって、使える魔術が決まっているというのだ。
例えばテンドーの両親は、そのどちらも水をそこそこ自在に操れるという魔術が使える。農作でもこれを役立てているらしい。
そして各人がどの魔術を使えるようになるのか分かるのが、それがこの行事なのだ。
これが近づくにつれて学内や村の中では同世代の子供たちが、やれ「自分はあの魔術を使えるようになりたい」とか、やれ「あの魔術の適正があったら嫌だよね」と話していた。この会話は僅かながらテンドーの耳にも入っている。
ところが彼はこのような話題であっても鼻で笑うだけ。
ただそれは当然だろう。
テンドーはいつか来る神の迎えを待つためにこの異世界で生きている。
そのような行事も、行事について他の人間たちと盛り上がるということも、彼にとってはさして重要ではない。
静かに、目立たず、適当に。彼にとってこの人生は、神からの迎えを待つだけの時間なのだから。
◇
夏のある日。いよいよ行事が始まる。
村の大きな広場には色とりどりのローブを着用した大人が集まっており、人だかりができていた。
ここに来た大人たちは、16歳を迎えたばかりの子供たちに使用できる魔術を調べて伝え、人生の道しるべを説いていくらしい。
横一列に立っている大人たちそれぞれの前に、ずらっと縦に並んだ子供たちの列。
そして他の子供と同じように大人しく自分の番が来るのを待っているテンドー。
この行事を「面倒」・「くだらない」と見下していた彼だが・・・。
「ま、どうせ優秀な私のことだから。どうしても目立ってしまう魔術を使えてしまうのでしょう」
心の底では花形と言えるような魔術の適正が自分にはあるに違いないと確信しており、悪目立ちしたくないと思いつつも否応なしにこの世界でも成功者になれると高を括っていた。
テンドーが耳にしたその花形魔術というのは『剣魔術』というもの。
選ばれた者にしか扱えない『魔剣』を用い、まるでスポーツのように観客に満ちた闘技場で互いの技術をぶつけ合う『剣魔術士』というのは子供にとって憧れの的であった。だがその魔術は研鑽することが難しく、使いこなすには体力だけでなく地頭の良さも必要だという。
一方、最も人気が無いのは『死霊魔術』というもの。
死体を対象とした様々な魔術を用いる『死霊魔術士』というのは、そもそもそれを活用できる仕事自体が少なく、若者の目からは魅力的には見えない。
現に学校などでは「死霊魔術が使えるとなったらヤバい」という同世代による声をずっと聞いていた。どうもこの魔術を活かす仕事など無く、これを使える者というのは分かりやすく落ちこぼれの傾向にあるらしいのだ。
同級生たちが話していたことと、自分で少し調べたことを頭の中で思い浮かべながら。列が続々と前に進んで行く中、とうとうテンドーの出番がやって来た。
「初めまして。わたしは魔術鑑定士のイザベラと申します」
「こんにちは。私はテンドーと申します」
テンドーの目の前にいる若い女性。紫色のローブを着用しているこの彼女が使える魔術を調べて伝えてくれるという。
「それではこれより、あなたが使用できる魔術を鑑定してみましょう。腕を出してください。どちらでも構いません」
テンドーは彼女から促される通り右手を前を出すと、掌を開かされ、その上に枯葉が1枚だけ置かれる。
「それでは、行います」
女性がこう言って、その葉をトントンッと叩くと。じきにそれはカタカタと動き出し・・・。
「・・・っ!」
瞬く間にそれはパリパリっと音を出しながら破れ、彼の掌にある枯葉は、一部がちぎれて妙な形となった。
「結果が出ましたね。なるほどこの形となると・・・あなたが使える魔術は死霊魔術です」
「・・・。・・・は?・・・え!?」
紫色のローブを着ている女性が伝えた、無慈悲な答え。
「ちょ、ちょっと待って下さい。それは嘘です!そ、そんなわけが・・・!」
思わず狼狽するテンドー。顔が真っ青になって嫌な汗を体中にかいている。
「いえ、鑑定に誤りはありません。残念ながらこの村に死霊魔術士はいませんから、大きな街に出て住み込みでの職場体験を受けると良いでしょう。もちろん死霊魔術を用いた仕事だけを今後しろとは言いませんが、今後の助けにはなるはずです」
しかしその後も事務的に淡々と説明を続ける彼女の言葉は、テンドーの耳には届いていなかった。
どうして私が?
死霊魔術?
落ちこぼれ?
いやそんなはずはない。
違うだろ。
剣魔術じゃないのか?
この女が間違ってるんじゃないのか?
だが結果は変わらない。呆然としている中で他の大人に促され、じきにテンドーはその場から離れて広場を出る。
足元がおぼつかない中、彼はふらふらと家路を急ぐ。
その道中。剣魔術などの華やかな魔術を使える才能を見出された者たちの歓喜の声を聞きながら。
「俺は剣魔術だったぜ!父ちゃんも喜ぶはずだ!」
「やったね!ボクは回復魔術だ!医者になって人助けするよ!」
すれ違った明るい表情の少年の中には、自分が心の中でバカにしていた者が何人もいた。
「あ・・・」
そしてもうすぐ家に着くというところで。彼の視界には同じく16歳に成長したミアリーが家族と喜んでいる姿が映った。
「おめでとうメアリー!花魔術が使えるだなんて良かったじゃない!」
「よしてよお母さん、わざわざ家の間で出迎えるだなんて」
「だって死霊魔術とかだったらどうしようかと思って!本当に良かったわ!」
これを聞いたテンドーは顔を伏せて足早に家の中へと飛び込む。
この異世界で彼は、前世でもなかった『敗北』を味わうことになったのだ。