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第2話 異世界転生

喜羅和天道は転生した。


「こ、この子は凄いぞ!」


彼は転生直後の赤子ながら立ち上がるとすぐにこの世界の言語を覚え、文字を読み、文化を学んでいく。


「なんて優秀な子供なの!?」

「こりゃ将来は大変なことになるぞ!」


「(そりゃそうでしょ・・・。私は天才なんですから・・・)」


しかしそんな様子を見て驚く両親を尻目にこの赤子、いや天道、いやいやこちらで偶然にも『テンドー』と名付けられた彼は淡々と己の置かれた環境を分析していく。


この世界はまるでファンタジー世界に出てくるような似非ヨーロッパのような場所。特に街並みや食文化などはそれが露骨だ。レンガ造りの建物があり、道では時折馬車が走り、パンなどが主食。


ただ宗教面に関して言うと、人々の間では『神』というぼんやりとした存在が信じられているだけ。主たる信仰はいわゆる祖先崇拝だ。現にテンドーは転生してから、先祖の墓参りというのに何度も連れて行かされた。


だが特筆すべきなのは他にもある。


何とこの世界は魔術という非科学的なものが存在していた。そうして人々は現代日本ではお目にかかれないような能力・道具を用いて生活しているのだが・・・。


このような世界に飛ばされたことに、テンドーは大いに不満を抱いていた。


「そもそも私は『ファンタジー』というものがすこぶる嫌いですから」


乳幼児から成長していく中で、彼は周囲にはバレないよう気をつけながら、常にこのようなことを口にしていたのだ。


喜羅和天道という人物は徹底的なリアリスト。


前世(便宜上こう表現するものの、正確にはまだ前世の彼の死は確定されていないが)の彼は、同世代の人間が思わず没頭してしまうような様々な創作作品に触れてこなかった。


小説も、漫画も、アニメも、映画も。


小学生の頃から専門的な学術書の読破してきた天道は陳腐な創作を楽しむ人々を蔑み、心の奥底からバカにしていたほど。


だから彼は。


日本にいた頃と異なる『テンドー』という人間として異世界で新たな生を受けても、色々な魔術が使えるという夢物語のような環境を目にしても、心が震えるどころか悪態をついて大きく肩を落としてしまうのだ。


だが。

しかし。

と言っても。


ぐちぐちと文句を並べて何もしないわけにもいかない。


彼は前世において自らが興した会社の会議室で刺されて意識を失った後、神の口から放たれた言葉を覚えていた。


『人生を学べ、青年よ。世界はもっと広いんじゃから。時が来るまで待っておれ』


転生しても彼は頭が切れる。異世界で新たに生まれ落ちたその瞬間から、毎日のようにこれの意味も分析していたのだ。


そしてそこからはじき出された答えというのは。


「恐らく大きな問題も起こさずに大人しく生きていれば、いつか神が迎えに来るのだろう。それでは、その時まであまり目立たずそこそこの人間として気楽に生きていれば良い。適当に人間関係を築き、適当に何かを学んだふりをし、適当に反省した素振りを見せれば。すぐに蘇生させてくれるだろう」


それよりこの大嫌いな世界観の中でも、元の世界に戻れた際に使える、新たなビジネスのヒントになるようなものも見つけ出せるかもしれない。


そうすればここに転生した意味もあると言えるだろう。


天道/テンドーは歯ぎしりをしながらもこう考え、悶々と淡々と毎日を過ごしていた。




異世界転生したテンドーの生家は農家。そしてそこまで大きくはない村の中でも貧しい。


生活ができないレベルではないものの両親はあまりにも人が良く、自分たちの畑で採れた農作物を格安どころか時折無料で、自分たちよりももっと貧しい近隣の人間に分け与えていたからだ。


「父さん、母さん。もうあんなみっともない真似はしないでください。分け与えてるとしても金銭を求めましょう。対価を払えない貧乏人は見捨てるまでです」


ビジネスライクなテンドーは幼少期よりこの行いを強く咎めていたのだが、もちろん両親はそれを拒む。


「そんなことを言ってはいけないよ。人生は他者と助け合って生きていくことが大事だから。テンドーも大人になったら分かるはずだ」


ところがテンドーにこの言葉は響かない。


何が他者との助け合いだ?人生は自分以外の人間との競争。より早く、より多く資産を積んだ者が勝者だ。


何が『大人になったら分かるよ』だ?そもそも私の精神は立派な大人だ。なんせ日本では多くの人間を束ねていたからな。弱者を駒として扱える立場にいたんだぞ。


高級タワーマンションの高層階に暮らしていた私は、資本社会における完全なる勝者。勝ち組だったんだ。


彼はふつふつと湧き上がる親への不満を、それでも問題を起こして神の機嫌を損ねぬよう胸に必死に抑え込んで生活をしていく。


さらに通っている学校でもテンドーは常に成績上位者だった。


「すごいね、テンドーくん。あたしは今回の試験全然だったよ」


テンドーの隣の家に住んでいる幼馴染の少女。9歳になった彼と同じ学校の同じクラスに在籍しているこのミアリーは、金色の長い髪を振りながら帰り道を歩く話しかける。


「・・・」


ミアリーは幼少期から彼を遊びなどに誘うのだが、しかしテンドーの方は完全に無視。精神年齢は大人の彼にとって、子供であるミアリーと話のレベルなど合わないに決まっていた。


いや、厳密に言えばミアリーに対してだけではない。彼は学校に通う同級生達全てをバカにして見下していた。教師も含めてだ。


だから友人などひとりもいなかった。それは両親にとって不安材料でもあったがテンドー本人は「友人など無駄な存在だから」と無理して作ろうともしなかった。


「ねえねえテンドーくん。古語で苦手なところがあるんだけど教えてくれない?」


「・・・」


テンドーは無視する。


「ねえねえテンドーくん。もう少し学校で皆と話したら?友達ができたらもっと楽しくなるよ!」


テンドーは無視する。


「ねえねえテンドーくん。テンドーくんのお父さんとお母さんってとっても優しいよね。だってこの前もあたしの家に・・・」


「黙れ貧乏人!」


テンドーは遂に我慢の限界を迎え、叫び声を上げた。


「お前らみたいな超がつくほどの貧乏人は芯まで腐ってる!施してやるとそれに甘えることが癖になって、どんどん要求がエスカレートしていくんだ!お前が食べている野菜はうちで懸命に育てたものなんだぞ!誰のお陰で生かされているか考えろ!お前は・・・どこまでも私より下の人間なんだ!」


この言葉を聞いたミアリーはしばし驚きの表情を浮かべた後、次第に目に涙が溜まっていき、じきに泣き始めてしまった。


ところがテンドーはそんなことなど気にせず家路を急ぐ。


そしてこれ以降。ミアリーがテンドーに話しかけることは無かった。

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