第10話 最期の言葉
ある青年が神の手によって異世界に転生してから数十年後。
気づけば魔術が使えるこの世界では、死霊魔術士の仕事が広く認知されるようになった。
それはこの仕事をしっかりと体系化した、優秀なある死霊魔術士の功績によるものだ。
人が亡くなれば死霊魔術士と花魔術士を呼ぶ。花魔術によって華やかな装飾が施された中、死霊魔術によって目を覚ました死者は『最期の言葉』を語る。
家族が看取ることができれば共にその場に立ち会えることができるが、それが叶わなかった場合、死霊魔術士は『最期の言葉』を記録し代理として葬儀で述べる。
これは庶民から貴族層・王族層まで当たり前に行う、人生のフィナーレを飾る大切な行事となったのだ。
ある優秀な死霊魔術士はさらに以下のようなシステムを構築した。
警察や病院にもこの仕事の重要性を浸透させ、命を落とした人が独り身であっても最寄りの死霊魔術士に連絡が届くようにしたこと。
貧しい人間でも『最期の言葉』を記録できるようにするため、高い報酬を相手に請求しないで済むほどの行政からの厚い手当てを、死霊魔術士事務所は得られるよう働きかけたこと。
死霊魔術士の倫理観・道徳観を高水準でキープするため講習会や勉強会を定期的に開き、この仕事をするために必要な資格も更新が必要になったこと。
それでも死後長い時間が経過し、もう死霊魔術が効力を発揮しないレベルの死体も見つかってしまう。
こういった死者にはどうすることもできないのだが、このような人々のことを心を込めて弔うような公的な葬儀機関を、この優秀な死霊魔術士は作った。
こんな彼は周囲からとても尊敬され、勲章授与の打診も後を絶たなかった。
それでもこの死霊魔術士はそのようなことは常に断り続けた。見かねた仕事上のパートナーでもある妻が「ひとつくらい頂いても罰は当たらないんじゃないかしら?」と助言をしても。
「私はそのようなものを頂ける人間ではない。死ぬまで多くの人のために働く、ただの一市民でありたい決めているからね」
いつもこう答えるだけだったから。
◇
何か言葉が聞こえます。
自然と体が起き上がって・・・目も開きます。
死霊魔術をかけられるとこのような感覚になるのですね。この時間はこんなにも心地が良いとは知らなかった。確かにとても穏やかな気持ちになれます。
枕元には沢山の花がありますね。一目見て、誰の花魔術によって生み出されたものなのかすぐに分かりますよ。
魔術をかけくれたのは、目の前にいるのは私の一番弟子です。上手になりましたね。そのすぐそばには家族もいます。
皆、どうしてそんなに泣きそうにしているんでしょうか。『最期の言葉』を聞けるということは悲しいことではありません。
・・・それでは。きちんと皆にメッセージを残さないと。
愛する妻よ。
私はあんなに酷い男だったのに添い遂げてくれてありがとう。君は優しさ溢れる聖母のような女性だ。出会ってくれて、赦してくれて、見捨てないでくれて、こんな綺麗な花々を並べてくれて、本当に感謝の言葉しか出てこない。
愛しい息子よ。
私ではなく妻に似て優しく育ってくれてありがとう。幼い頃から素晴らしい友人に恵まれていて、本当に羨ましかった。困難が立ち塞がっても君なら大丈夫だ。二人目を身ごもってここには来れなかった奥さんによろしくな。
愛くるしい孫よ。
まだ小さいのにいつもお利口さんで本当に偉いね。素晴らしいお婆ちゃん、お父さん、お母さんのことを目標にして楽しく明るく人生を生きるんですよ。お爺ちゃんは可愛い君と一緒に遊べていつも幸せだったよ。
技術を叩き込んだ弟子よ。
君になら将来の業界を任せることができる。これからも沢山の人の死と出会い、人の役に立ち、人として成長していくんだ。とても優しくて真面目で優秀な君は、絶対にできるはずだ。
共に研鑽し合った仕事仲間達よ。
色々と苦労や迷惑をかけて申し訳なかった。だけど最高の人材に囲まれて私は最後まで成長できた。とにかく皆この仕事に誇りを持って、『最期の言葉』を扱い続けて欲しい。
・・・。
言いたいことはあらかた言えたかな。もう後悔は無いですね。
自分で分かります。もうじき今かけられている死霊魔術は解除され、二度と私は目を覚ますことはありません。これが正真正銘のお別れでしょう。
・・・。
なるほど。
人生の最期というのはこんな気持ちになるのですね。私は恵まれています。晴れやかな気持ちで後悔など無い。もうじき天にいる両親や師に会えるのですから。むしろ嬉しいことです。
それでは、皆に向かって本当にお別れの一言を。
「ここにいる皆よ。本当にありがとう。神よ。本当にありがとう」
私はもう老人になった。もう死んでしまった。だけど世界はとても広かった。
沢山の幸せな死を見ることができた。しかしそれ以上に、数え切れないほどの幸せではない死を見ることもできた。
神よ。私は間違っていました。この世界に送っていただいて本当に感謝しています。
人の死というのは。嗚呼、人の生涯というのは。
これほどまでに尊くかけがえのないものだっただなんて。
私は・・・知らなかった・・・。
よくぞここまで深く学んだな。
よくぞここまで変わることができたな。
今までワシは何百人、何千人、何万人・・・いやもう数えることができないほどの人間の魂を別世界に送ってきた。
しかしここまでの人間は見たことが無い。これは本当にあんたの努力に尽きる。見守っていたワシの方が誇らしく感じるほどじゃよ。
残念ながらその記憶をまるごと継承させるわけにはいかんが、今回は特別にぼんやりとだけでも残してあげよう。この先、元の世界に戻って大きな壁に対峙した時。必ずやあんたの魂に刻まれた努力の記憶が助けてくれるじゃろう。
さあ青年よ、こちらも約束を守ろう。あの時の続きから蘇生するが良い。そして人々のために生きるんじゃ。
異世界で培った、計り知れないほどの『優しさ』を使ってな。
◇
「こ、ここは・・・?」
テンドー/天道は誰が発したのか分からないが、どこか聞き覚えのある声やトーンであるこの言葉を聞いた瞬間、静かな病室で目を覚ました。