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第9話 独立後

ジャリアが死去し、そしてその葬儀を終えた後。


多少の心配はあったものの、ジャリアの事務所はテンドー以外の弟子によって運営していくということになり、彼は予定通り地元の村で事務所を開設した。


死霊魔術士の仕事はこのような田舎ではまだまだ珍しいもの。


それでも彼は定期的に村民向けの説明会などを開き、『最期の言葉』を記録して伝えることの重要性を説いていった。


この中では「自分の周囲でひとり暮らしている方のことも気にかけて」ということも繰り返し伝えていたのだが、ただそのような働きかけをしていることを「誰かの死を望んでいる」とも捉えられてしまい、なかなか仕事が舞い込むこともなく。


テンドー自身、最初は色々と厳しいだろうなと覚悟はしていたとは言え、ジャリアの死もあって精神的に落ち込むこともあった中。事務所を開設してから2か月ほどが経過したタイミングで、独立後最初の仕事が飛び込んできた。


「・・・お久しぶり、です」


その依頼主は実家の隣に暮らしていた、幼馴染であるミアリー。


話を聞くと、今回死霊魔術をかけて欲しいのは彼女の父親だという。


ミアリーは学校を卒業後、テンドーと同じように都会に出て仕事をしていた。そこでは結婚をして普通の生活をしていたのだが色々とあって離婚。


独立したテンドーがこの地元で開業する3年ほど前から実家に戻ってきており、その間に母親を病気で亡くし、遂には父親も永眠してしまったというのだ。


こうしてテンドーはミアリーの案内によって彼女の家に通されたのだが・・・。


「これは・・・。お父様、とても痛かったでしょう・・・」


ベッドの上に横になっていたミアリーの父親は、頭に出血の跡がくっきりと残っている状態。顔にも痣や内出血が見られる。


ミアリーの説明によれば彼女の父親はまだ若いながらも認知機能が低下してきており、実家に戻ってからは身の回りの世話に集中していた。ところがある夜中、知らぬ間に家を出てどこかへと行ってしまい・・・。


「警察が見つけてくれたの。だけど崖から落ちちゃってたみたいで・・・」


憔悴し切っているミアリーはこう言うと静かに涙をこぼし始める。昔から変わらず家は貧しい。だから盛大な葬儀をすることはできないが、せめて『最期の言葉』を聞きたい。


だから彼女は、テンドーに依頼をしたのだ。


ミアリーが頬を伝う涙をハンカチで拭う中、テンドーは深く深呼吸し、父親の顔に触れる。それからいくつか呪文を唱えるとじきに・・・。


「お、お父さん・・・!」


ミアリーの父親は上半身を静かに起こし、目を開けた。


「ミアリーさん気をつけてください。死者の肉体は死霊魔術士以外が触れる、もしくは話しかけると即座に魔術が解除されます。お気持ちはお察ししますが、どうか距離を保って」


テンドーのこの言葉を聞いて、ミアリーは小さく何度も頷く。


そしてどこか不思議そうな顔をしている父親に向かって、テンドーは声をかける。


「お父様。私は死霊魔術士のテンドーと申します。この度は死霊魔術を用いて一時的にお父様を蘇生させ、『最期の言葉』を記録しに参りました」


こう言うと父親は先ほどのミアリーとそっくりな動きで、小さく何度も頷いた。


『そうか・・・僕はあの崖から落ちちゃったもんな・・・。ミアリーに悪いことしたなあ』


「・・・外に出た理由を覚えていますか?」


『ああ。花好きなミアリーのために、森に咲いている花を取ってきてあげようと思っていたんだ。いつもいつも僕の世話で迷惑をかけていたから・・・』


父親がこう話した途端、ミアリーはその場に崩れ落ちて大声で泣き始めた。


『はっはっは。ミアリーがこんなに泣くとは。やっぱりまだまだ子供だなあ。でも、都会で色々と辛い思いをしたね。よく頑張ったよ。これからはこの静かな田舎でのんびりと生きると良いさ』


この言葉を耳にしてなお、ミアリーは泣き続ける。


『家に帰って来てくれてちょっと嬉しかったんだよ。だって最期まで一緒にいれたから・・・。ありがとう、大切な娘よ』


「他に誰か、言葉を伝えたい方はいますか?」


さらにこう問いかけるテンドーだが、彼の顔をじっと見つめて父親は口を開く。


『ああ。今気づいたが君はテンドーくんか。昔から優秀な子供だったねえ。君のご両親からは何度も野菜を譲ってもらったよ。本当にありがとう、でも迷惑もかけたね。申し訳なかった』


テンドーは9歳の頃にミアリーに向けて発したあの酷い言葉を思い出してズキっと心が痛んだが、それでも気を取り直してゆっくりと首を横に振る。


「いえ。滅相もありません。あれが私の両親の生き方でもあるので。今では本当に誇りです」


すると父親は優しい笑みを浮かべ、テンドーに短くこう伝えた。


『娘は都会で悪い男に騙された。後のことは心優しい君に任せる。どうか娘と一緒に幸せになってくれ』


「・・・え?」


目を見開くテンドーだが、ミアリーの父親はもう悔いはないとばかりに目を瞑り、それから起きることはもう無かった。





それから数日後、葬儀が執り行われた。


当初は小規模な式のつもりだったが、テンドーのアドバイスで、ミアリーの花魔術によって沢山の綺麗な花が飾られ当初の彼女の想像以上にそれは華やかなものとなる。


さらに元々地元の人間でもあるテンドーが声をかけてくれたお陰か、父親と面識のあった村の面々はしっかりと足を運べて彼のことを偲び、「急のことで大変だから」と葬儀の手伝いに手を挙げる者も少なくなかった。


葬儀が終わってからテンドーは、ミアリーの父親の言葉を反芻しては思い悩んでいる。


今回は偶然が重なってミアリーと再会して久しぶりに・・・いや実質的には初めて会話をすることができた。


ところがだからと言って関係がいきなり深くなったわけではない。彼女からは礼も言われたし報酬も受け取ったが、それはあくまでも業務を完遂したからだ。


それでも彼はミアリーの父親の想いを無下にできないと頭を抱えていた。


ただテンドーはミアリーに可能性を感じていることも確か。死霊魔術士の仕事に欠けていた華やかな花魔術を高精度で使えることや、葬儀やその準備の中での高度なコミュニケーション能力をよく見ていたからだ。


さらに親の面倒をずっと見ていた彼女は周囲とも疎遠になって、なかなか良い仕事も見つからないと漏らしていた。それならば・・・。


こうしてテンドーはある日、ミアリーの家に訪問をした。


不思議そうに、そして怪訝そうに首を傾げるミアリー。そこで彼はこう提案する。


「あなたが使える花魔術で、『最期の言葉』を話す時の故人を華やかにして欲しい。最期の時間を彩るお手伝いをして欲しい。どうか、どうか私と一緒に働いてくれませんか?」

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