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大切なもの

前回の続きです。楽しんで頂くために以下のことをご了承ください。

・一部流血表現があります

・死についての話があります

・ヴァンパイアについて独自の設定があります

・その他にも独自の設定があります



ジークに抱きしめられて告白紛いのことを言われてから数日が経った。相変わらず私の家に居候していて正直邪魔だけど、退かす気にもなれなくて定期的に血を舐めさせている。



私もどうかしているのは百も承知だ。けれど今更出ていけっていうのも違う気がして。



『他の人間なんて興味ない。アカネだけでいい。』



あーなんで今思い出すかな!仕事仕事!


なんやかんや今日も無事に仕事を終えて帰宅する。その道中誰かにぶつかってしまった。



「すみません」


「いえこちらこそ。気をつけてお帰りください。」


「はぁ。私はこれで」



とても丁寧に接する人だったな。いやジークが雑過ぎるだけか?そんな思考を巡らせながら家路についた。



「ただいま。」


「おかえり。アカネ。」


「もうあんたがいることに慣れてる自分が嫌」


「ふっそうか。」


「笑わないでくれる!?こっちにとっては大事な問題なの!」


「そのまま慣れて俺に血を吸わせても」


「嫌です!!!」



やっぱりジークが雑なだけだ。そんなことを思いながら疲れを癒したのだった。


風呂から上がるとジークはなんて事のないように尋ねてきた。



「今日、他の男に会ったか?」


「えっ?別に?」


「そうか」


「何か気になることでもあった?」


「いや、大丈夫だ。」


「ならいいや。」


「では血を吸わせてもらっても」


「嫌だっつってんでしょ!」



そうしていつもの応酬が始まり疲れた私は早めに休むことにした。一体いつまで続くのやら。先が思いやられる。



翌日会社へ行くと朝礼で新入社員が入るとの連絡があった。その人は薄緑色の髪を一つに纏め、深緑の目を持つまさに好青年って感じだった。もう冬も近いのにと疑問に思っていたら、顔に見覚えがあり咄嗟に反応してしまった。



「昨日の」


「あぁ貴女でしたか。私は黒瀬真尋と申します。これからよろしくお願いします。『先輩』」


「いや苗字でいいです。慣れないので。」


「では白月さん、とお呼びしても?」


「えぇ。構いません。」



そんな会話を聞きつけたうちの上司がひょっこり顔を出した。



「おっ知り合いか?」


「いえそういう訳では」


「黒瀬もこんな繁忙期手前に来るなんて不運だよな。せめて知り合いの白月に教育係やってもらえ」


「承知しました。」


「…分かりました。」



こうして私は渋々教育係を引き受けたのだった。人に教えるの得意じゃないのになんで…その前に話すのも苦手だけど。


けれどそれは私の杞憂だったようだ。黒瀬くんは飲み込みが早くて、分からないことは即座に聞いて、間違いを指摘したらすぐに修正してくれるし同じ間違いをすることは滅多になかった。正直ここまでやれるなんて思わなくて驚いた。



帰り際まだパソコンと向き合う黒瀬くんを見かけて、勇気を出して私から声を掛けた。



「黒瀬くん。お疲れ様。」


「白月さんもお疲れ様です。今から帰られるんですか?」


「そう。黒瀬くんも?」


「私は少し片付けることがあるので残ります。」


「初日からそんなに頑張らなくても大丈夫だよ。それまだ期日先でしょ?明日やろう。」


「分かりました。ではお言葉に甘えて一緒に上がらせてもらいますね。」


「うん。そうして。じゃあまた明日。」


「お一人で帰られるんですか?」


「それがどうかした?」



黒瀬くんは神妙な面持ちで口を開いた。



「途中まで一緒に帰りましょう。」


「えっいいよ。慣れてるし。」


「私が心配なんです。お願いします。」


「じゃあ本当途中までで」


「ふふっありがとうございます。」



それからは雑談に花を咲かせた。黒瀬くんには妹さんがいること。今は妹さんとは離れて暮らしているけれど大切なんだということ。



「今度機会があれば妹さんに会ってみたいな。」


「…そうですね。きっと喜びます。」



なんだか声色が寂しそうだ。離れているせいだろうか?深く踏み込むのも良くないだろうと私は話題を変えたのだった。といっても仕事の話ばかりだったけど。自分の趣味のなさがここで仇になるとは思わなかった。


あぁ結局後輩に送ってもらってしまった。途中にあるカフェまでだけど。何となく罪悪感に苛まれて、足早に帰路に着いたのだった。



「ただいま」


「おかえり」


「はぁ…今日はいつも以上に気力使ったかも…」


「そうか。お疲れ。」


「まさかあんたから労いの言葉を貰えるとは思わなかった。」


「前にも言っただろう。俺はアカネの味方だと…おい、この匂い」


「ん?何?おわっ」



急に抱きつかれて匂いを嗅がれる。そんなに臭かった?いや今日そんな汗かくような陽気じゃなかったはず!



「ちょっとジーク離れて」


「嫌な匂いだ」


「えっ?」


「今すぐ風呂に入れ」


「あっハイ」



凄みのある紅い目で睨まれ私はそそくさと風呂に入ったのだった。嫌な匂いって何?シャンプーとか変えてないのに。




アカネから他の男の匂いがした。それが自分でも驚くくらい嫌で仕方なくて、怖がらせてしまった。多分。だがこればかりどうしようもない。


ヴァンパイアは独占欲が強い。それに魂の伴侶ともなれば尚更だ。五感を共有しようと思えばできてしまうからな。些細な変化でも気づく。


あれは間違いなく男の匂いだ。しかもヴァンパイアにとって厄介なタイプの。


そんなこと梅雨知らず、暢気に風呂から出てきたアカネに釘を刺しておいた。



「おい」


「何?」


「その男は厄介な類の者だ。余り近づくなよ。」


「えっ教育係だから無理」


「何?」


「だって仕方ないじゃない。押し付けられたのよ。とはいえあの子物覚えいいし結構気に入ってむぐっにゃにしゅんにょ!」


「他の男の話なんぞ聞きたくない。俺はアカネと話したいんだ。」



頬をむんずと掴み懇願すると、アカネは面白いほどに赤面していた。ふっだからやめられないんだ。



「それでいい。俺のことだけ考えていろ。いいな?」


「ごめんそれは無理な話。仕事が生き甲斐だから」


「はぁ…大抵の女は落ちるのに貴様は難攻不落だな」


「そうやって他の女の子と比べるのやめて。私は私だから」


「なんだ?嫉妬か?」


「ただ事実を述べただけよ。勘違いしないで。」


「ふっ分かった」


「分かってない!もう寝る!おやすみ!」


「あぁおやすみ。」



照れるとそうやってすぐ寝ようとするアカネが可愛くて仕方がないと言ったらクロアに笑われそうだ。なんだか想像しただけで腹が立ったから今度会った時に蹴ってやろうと心に決めた。




黒瀬くんの教育係になってから三ヶ月が経とうとしていた。もう一人前と言っていいだろう。そうなると大体は話す機会が減るんだけど、なぜか懐かれてしまっていつのまにか「白黒コンビ」と呼ばれるようになっていた。



「白月さん。この書類の確認お願いします」


「分かった。」



ざっと目を通して誤字などがないか確認する。うん。今回も完璧ね。



「大丈夫。これで提出して」


「ありがとうございます。」



笑みを浮かべて上司の元へ向かう黒瀬くんを微笑ましく見守った。成長早いなぁ。私は今でも先輩に頼ったりするのに。


いけない。人と比べても仕方ない。自分の仕事に集中しよう。心に雲がかかりそうになったところで持ち直し、今日の分を終わらせたのだった。



それから少し経った頃、無事に一人前になった黒瀬くんを祝う飲み会が行われた。普段なら参加しないけど、教育係だったし何より黒瀬くんのお陰で助かってることが多いからその感謝も込めて出席することにした。


それをジークに伝えると眉間に皺を寄せいかにも「行くな」って目線で訴えられた。行くけど?



「そんなに遅くならないから大丈夫だよ」


「…迎えに行く」


「あのねぇあんた自分がヴァンパイアってこと忘れてない?」


「忘れていないが?ただ他の人間共がアカネに手を出すかもしれんと思ったらそいつらを消し炭にしてやりたくなった」


「それだけはやめて」


「なら行くな」


「行きます〜!それに万が一何かあっても黒瀬くんがいるから大丈夫だよ」


「クロセ…?それは男か?」


「男の子だけど、いい子だから」



大丈夫と言い掛けたところで抱きしめられた。またか。



「そんなに心配しなくてもいいのに」


「…本当は今すぐにでも閉じ込めてしまいたい」


「はぁ?何言ってんの?無茶なこと言わないで。」


「貴様…忘れているな?俺の魔法で閉じ込めるのは簡単だ」


「あっ」


「はぁ…だがそんなことをすればアカネはもう俺を受け入れてはくれないだろう。だからしない。」


「…そう」



一応ジークなりに考えてはいたのかと感心する。とはいえここから出して欲しいんだけど。



「ジーク、分かったから離して」


「じゃあ行かないのか?」


「行くよ?」


「やはり閉じ込めるしか…」


「なんっにも分かってないこのポンコツ!!!」



頭に手刀を食らわせたのは仕方ないと思う。はぁ感心した私がバカだった…


行くな行くなと駄々をこねるジークをなんとか説得できたかは分からないけど振り切って飲み会に参加した。そしてやっぱり白黒コンビってことで隣には黒瀬くんが座った。乾杯の音頭を皮切りに皆それぞれ好きなものを頼んで楽しんでいた。



「座敷で飲むのは久々です。」


「そうなの?」


「えぇ。いつもはカウンターで飲むので。」


「ふふっ黒瀬くんお洒落なバーで飲んでそうだもんね〜」


「ははっバレてしまいましたか。おすすめはオールドファッションドですよ。」


「そうなんだ!今度飲んでみようかな」


「結構強いですから気を付けてくださいね」


「大丈夫これでもお酒には強いから。」



かくいう私も黒瀬くんと飲み会をそれなりに楽しんだ。


夜の九時を回った頃に解散となって私は黒瀬くんと一緒に途中まで家に向かっていた。するとカフェの辺りで見覚えのある人影を見つけた。



「アカネ。迎えに来たぞ。」


「ジーク?」


「おや?お知り合いですか?」


「あっうんそんな感じ」


「アカネが世話になった。帰るぞ。」


「ちょっと待ってって!ジークってば!」



足早にその場を去ろうとするジークを止めようとしたらいつのまにか教会の中にいた。えっ何事?



「漸くお会いできましたね。ジークさん。憎きヴァンパイアめ」


「貴様…なんのつもりだ?」


「ふふっ何って勿論、貴方にはここで息絶えて貰うんですよ。」



そう歪んだ笑みを浮かべながら黒瀬くんが掲げたのは十字架だった。どういうこと?



「やはりか」


「ちょっと状況についていけてないんだけど。どういうことか説明して。」


「アカネ。この男はただの人間ではない。エクソシストだ。」


「はぁ?!まさかそんな黒瀬くんが?」



驚愕して頭が真っ白になっていると不気味な笑い声が響き渡った。



「さぁ私の元で罪を償え…ヴァンパイア」


「アカネ、下がっていろ」


「でも…」


「大丈夫だ。アカネには手を出させん。」


「えぇ。私も穏便に済ませたいので白月さんはこちらへ。」



黒瀬くんに手招きをされる。本来なら迷わずそっちにいけばいいはず。でも私はどうしても踏み出せずにいた。



「どうしたんですか?早くこちらへ」


「…今あなたのやろうとしていることは本当に正義なの?」


「なんですって?」


「私は人間だし殺される側だけど、ジークはそうはしなかった。今までの犯した罪を考えればきっと正しいんだと思う。でも私にはそう断定できない。」


「貴女は何もわかっていない…私の妹はこの男に殺されたんです!!!」



その言葉を聞いてハッとした。あの時寂しそうにしていたのは亡くなっていたからだったのね。



「私は妹の仇を取る。その為ならなんだってする。これが私の正義です!chain of redemption(償いの鎖)」


「アカネ下がれ!」


「ジーク!!!」


「ぐっあぁぁぁ!」


「そこで一生を終えてください。卑しいヴァンパイアめ」



緋い鎖が巻き付いて苦しそうに呻き声をあげているのに…何もできないの!?どうしよう私はどうすれば!



「さぁ白月さんこちらへ。あのヴァンパイアは放っておけばいずれ死にます。私達は相入れてはいけないんですよ。」


「そう…よね。普通はそうなるわ。けれど」



私は恐怖に支配されて震える足をなんとか動かし、ジークの元へ向かった。



「ジークは私の味方でいてくれるって言ってくれた。そんな男をみすみす死なせる程人間腐ってないのよ!」



そうして私は鎖に手を伸ばし、なんとか外そうとした。けれどそんなうまくいくはずもなく。



「いったぁぁぁ!!!めちゃくちゃ痺れる!!!」


「やめてください!それを生身の人が触ったら下手したら死にますよ!」


「それでもいい!ジークが助かるなら!」


「や…めろアカネ…来るな」


「嫌!!!あんたにはこれからも私の味方でいてもらわないと困るのよ!」



痺れる手を構わず再び鎖に手をかけた。けれど今度は弾かれてしまってどうにもできなかった。



「どうして…私には何もできないって言うの?」


「白月さんどうしてこのヴァンパイアにそんなに肩入れするんですか?」


「それは…いっつ」


「大丈夫ですか!」


「触らないで!」



手を振り払い、もう一度立ち上がろうとしたけれど全身が痺れてきて意識を保つのがやっとになってきた。



「ジークが大切だから。それ以外に理由なんている?」


「…誑かされていませんか?そんな戯言を信じるなんて白月さんには失望しましたよ。」


「ふん!結構よ!私も黒瀬くんには失望したから。」


「なんですって?」


「妹さんのことは残念に思う。でも復讐しか頭になくてこんな風に痛ぶって、そんな風にしか生きられない可哀想な人だとは思わなかったから」



「貴女に何が分かる!!!家族を失った悲しみも!!!復讐にしか生きる意味を見出せなかったことも!!!」



素直な気持ちをぶつけると、黒瀬くんは声を荒げて必死に訴えてきた。その目には悲しみが滲んでいて、同情心を覚えた。けれどそれとこれとじゃ話が違うのよ!



「そんなの分かるわけないじゃない!私は大切なものを守りたいただそれだけだもの!だからあんたが許せない!さっさとこの鎖を解いて!」


「嫌です!!!こうでもしなきゃ妹が報われない!!!」


「あんた今の顔妹さんに見せられるの?」


「は?」


「この世が憎くて憎くて仕方ないって顔」


「そっれは…」



言葉に詰まった。図星ね。待っててジーク。もうすぐそこから解放するから。



「本当に妹さんを思うなら、天国で会った時に恥じない兄でありなさいよ。」


「…そんなに今の私は醜いですか」


「そうね。少なくとも妹さんが喜ぶとは思えない顔をしてる。だって私の知ってる黒瀬くんは、優しくて気が利いて、妹さんが本当に大切で仕方がないって顔をする人だもの。」


「…白月さんには敵いませんね。」



そう静かに呟くとジークへの拘束を解いてくれた。



「ジーク!!!」


「ア…カネ…」


「よかった…無事で」


「血が…欲しい…」


「うん。後でちゃんと飲ませるからね。…帰ろう。ジーク」


「あぁ」



今だにふらつく体に鞭を打ち、ジークを支えながら教会を後にしたのだけれど、どこからきたのか分からずジークの魔法で私の自室まで転移したのだった。目が回った。もう二度とやらせない。



後日、黒瀬くんはエクソシストをクビになったらしく、本格的にうちで働くことになったことを聞かされた。



また白黒コンビって言われるのか。と苦笑しながらも、以前よりも心を開いたようで妹さんのことを色々と話してくれるようになった。


妹さんのことは気の毒に思う。けれど、私にだって大切なものはある。そこは変わらない。その大切がどういう意味かを知るのかはまだ先の話だ。


ここまでご覧くださりありがとうございました!これからも頑張ります!

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