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続 外伝5 「鎮魂」【地球】

回収できていなかった伏線について書きました。Chapter22と並行した話です。渋めの内容です。

続 外伝5 「鎮魂」 【地球】


 七海の写真集第2弾の撮影が無事終了し、来年の発売を待っていた。年の瀬は何かと忙しい。そんな中、溝口先輩の提案で七海組の忘年会を開催することになった。参加者は幹事の溝口先輩、橋爪さん、ニセ七海の唐沢、佐山さやかだ。もちろん私も参加する。ニセ七海の唐沢の提案で峰岸にも声を掛けることにした。

「七海、峰岸さんを呼ぶのはいいけど、峰岸さんをどういう立場にするんだ?」

「私の勤務先の上司という扱いにします。外資系企業ってことでどうでしょう?」

ニセ七海の唐沢については溝口先輩と橋爪さんには、七海の双子の姉とういう設定で紹介している。名前は『天野美波』だ。佐山さやかは正体を知っている。

「美波は小さい頃にアメリカに養子に出されて最近までアメリカにいたっていう設定だから、外資系企業ならそれっぽいかもな」

「はい、峰岸さんにも皆さんとの関係や、私の位置づけを説明しておきます」

「でも何で峰岸さんを呼ぶんだ?」

「天野七海がブレイクすればMZ会との関係も嗅ぎつけられるかもしれません。そうなったらMZ会は天野七海を庇護し、広告塔にするかもしれません。ですから天野七海について峰岸さんに知っておいて欲しいのです。溝口さんや橋爪さんと面識を持っておいた方がいいと思ったんですよ」


「ガクちゃん、今度の忘年会楽しみだな。去年は婆ちゃんの喪中だったんでお祝い事や宴会は避けてたんだ」

溝口先輩が職場で話しかけてきた。

「お婆さんが亡くなられたんですか?」

「ああ、99歳だ、大往生だよ。爺さんは戦争で死んでるから会った事はないけど、婆ちゃんには子供の頃、可愛がってもらったんだ。優しい婆ちゃんだったよ」

「お爺さんは戦死されたんですか?」

「ああ、前にも話したかもしれないけどニューギニア戦線だ。伍長だったらしい」

私は峰岸の事を思い出した。峰岸もニューギニア戦線で戦ったのだ。

「今度参加する美波の上司の峰岸さんもお爺さんがニューギニア戦線に出征したそうです」

私は峰岸の祖父がニューギニア戦線に出征していることにした。峰岸本人だと年齢的に辻褄が合わないのだ。当時20歳だったとしても、生きてれば100歳近い事になってしまう。

峰岸の見た目は50代くらいなので本人だと無理がある。

「へえ、それは奇遇だなあ。うちの爺さんと同じ部隊だったかもしれないな」

「ニューギニア戦線は20万人近くが動員されたはずです。生還率は2割以下です。島といっても面積は日本より広いですし、さすがに会うことなかったじゃないですかね」


 忘年会会場は赤坂の高級割烹だった。普通なら1人2~3万円はかかるところだが、会費は1人5000円だった。橋爪さんが援助してくれたのだ。橋爪家御用達の店なのでサービスも良いようだ。溝口先輩の乾杯の挨拶で忘年会が始まった。峰岸は美波の会社の上司で、美波の活動の良き理解者という設定にした。会社は外資系の経済専門のシンクタンクという事にした。

「美波ちゃん、お疲れ様でした。よく頑張ったね、まあ七海ちゃんのお姉さんってことは秘密だけどね。写真集の発売が楽しみだよ。誰も七海ちゃんの双子のお姉さんなんて気が付かないだろうな」

橋爪さんが愉快そうに言った。

「そっくりですからねえ。美波ちゃんもノリノリだったし、写真集売れるといいですね。何部くらい売れますかねえ。前作と同じだと20万部で売上は7億円です。倍売れれば14億円ですよ」

溝口先輩は写真集の売上が気になるようだ。

「もし売れたら七海ちゃんもびっくりでしょうね。早く病気が良くなって欲しいです」

佐山さやかは本当の事を知っているが、話を合わせている。

「私も妹の代役ですが、凄く楽しかったです。グアムもスペインも素敵でした。もう、気分は人気モデルです。男たちをメロメロにしたいです」

今回の出来事は唐沢の人生を大きく変えたに違いない。唐沢の中に眠っていた女性の部分が完全に目覚めてしまったようだ。男達の気を引きたいという願望がますます強くなるであろう。かつて太平洋戦争でエース級のゼロ戦パイロットだった唐沢が令和の世にアイドルデビューを夢見ているのである。人生何があるか分からない。


 「峰岸さんは美波の上司で、モデル活動の良き理解者です。副業として活動を認めてくれています。今日は皆と面識を持ってもらって、今後も協力しもらいたいです」

私は峰岸の事を橋爪さんと溝口先輩に紹介した。

「峰岸さん、美波ちゃんの支援をお願いします。仕事には支障が出ないようにします」

溝口先輩が峰岸に気を遣っている。まるで七海のマネージャーだ。

「仕事に支障がなければ特に言うことはありません。うちの会社は社員のプライベートの活動や副業を奨励しています。応援させてもらいます」

峰岸は無難でそつのない発言をした。

「いやあ、外資系企業は割り切りがはっきりしてますね。日本企業では副業を認める所も増えてきていますが、モデル活動のような派手な活動はNGのところが多いのが現実です。社員を会社に帰属する所有物という旧来の感覚が残っているのかもしれません」

橋爪さんが会社役員としての見解を述べた。橋爪さん写真家でもあるが、『ハシコー』という大手商社の創業者の次男で、役員でもあるのだ。料理がどんどん運ばれてきた。どの料理も普通の居酒屋より数段グレードが高かった。

「経済のシンクタンクとはどういった研究をしているのですか?」

橋爪さんが訊いた。

「世界のマクロ経済、いや、もっと上のレイヤになりますかね」

「ほう、興味深い。どんな分野ですか?」

「私が研究してるのは資本主義の終焉と次の世界です」

「ほおーー、大きな話ですね。ますます興味深いです。資本主義はもう終わるという事ですかね?」

橋爪さんは興味を持ったようだが、峰岸は宗教団体の渉外が仕事だ。経済についてどこまで知識があるのか心配になった。峰岸が話に詰まったら何かしら助け船を出さなければならない。

「1つは富の一極集中の問題です。人類の富がごく限られた一部に集中している事です。ごく少数の限られた者による富の独占です。バランスが非常に悪い状態です。これを改善しないと人類という枠組みは崩壊するかもしれません。人類を一つの生き物とするならば、一部の細胞にだけ栄養が過剰に供給された状態です。例えば脳にだけ栄養が行き、手や足に栄養が行きわたらない状態です。手足が腐り、全体としては機能不全に陥って生きていけなくなります」

「かつての社会主義運動における資本家とプロレタリアートの戦いや世界同時革命みたいな話ですね。富の適正な分配が必要という事ですか?」

「社会主義を是とするものではありません。常に経済成長する事を前提とした資本主義に限界が来ていると考えます。『経済成長とは何でしょう』という話です。指標だけではなく、人々の生活が豊かになる事が経済の成長のはずですが、現在そうはなっていません。一つの例ですが、金利がある以上、経済は常に成長する事が求められます」

「うーん、そうですね。100万円借りて事業を行えば、借りた分と利息分の価値を生み出さなければならない。これの繰り返しですね」

「金利政策が常に上手くいくとかぎりません。そういった意味でも資本主義には元々無理があるのです」

峰岸の説明はそれっぽく聞こえた。実際には大した事は言ってないのだが、話の展開や例え話が上手いのだ。

「ほう、それでは資本主義の次に来る世界はどんな世界ですか?」

「それを研究しているのです。人類が経済を中心とした様々な問題を解決できなければそれが引き金となって核戦争が起こり、SF映画や漫画のように原始的な生活に逆戻りする事もあるかもしれません。まあ、極端な例ですがね。宇宙人が来て全て解決して欲しいなんて考えてしまう事もあります。あはは」

峰岸は冗談を交えて上手く話を終わらせた。

「宇宙人ですか。それはいい。経済も環境問題も、もはや地球人では手に負えない問題だらけですね。宇宙人といえば七海ちゃんだな。早く元気になって欲しいな。美波ちゃんとの双子の写真集なんかも面白いかもしれないな」

橋爪さんが愉快そう言った。

「峰岸さん、溝口さんのお爺さんはニューギニア戦線で戦死されたそうなんです。たしか峰岸さんのお爺さんもニューギニア戦線で戦って帰ってきたんですよね」

私は話の流れを変える事にした。この場で七海の話は避けたかったのだ。

「そうです。運が良かったのでしょうね」

「へえ、生きて帰って来たんですか。俺の爺さんは戦死しました。酷い戦場だったらしいから、餓死や病死だったのかもしれないな。おやじが4歳の時だったから、この世に未練もあったろうな」

「溝口さんのお爺さんはどこの部隊だったんですか?」

峰岸が興味深そうに訊いた。

「溝口家は元々栃木県の出身だから宇都宮の連隊だったみたいですね。階級は伍長だったらしいから、まあ下士官です。そういえば、去年婆ちゃんが死んだときに遺品整理してたら写真が出て来たんですよ。その写真を接写した画像がスマホにあるはずだ」

「宇都宮の連隊ですか。私の祖父も宇都宮の連隊でした」

溝口先輩がスマートフォンの写真を峰岸に見せた。軍服を着た若い男性と、着物を着た女性と3~4歳くらいの男の子が写っていた。女性は溝口先輩のお婆さんで男の子は父親だろう。写真館で撮った記念写真のようで白黒写真だった。

「えっ! これっ! 溝口伍長じゃないですか! 溝口伍長ですよ!!」

峰岸が大きな声で叫んだ。かなり興奮している。私は峰岸の袖を引っ張って、部屋の外に出るように促した。襖を開いて廊下に出ると縁側と中庭があった。私と峰岸はサンダルを履いて中庭に出た。中庭には小さな池があった。峰岸はニューギニアの話になると興奮しすぎるので心配して連れ出したのだ。

「峰岸さん、随分興奮してるけど溝口さんのお爺さんを知ってたの?」

「はい、同じ分隊でした。溝口伍長のおかげで私は生きて帰って来る事が出来たのです。命の恩人です!」

「それは凄い偶然だなあ!」

私はびっくりした。まさかMM星人の峰岸と溝口先輩のお爺さんが同じ部隊だったとは予想もしていなかった。ニューギニア戦線は規模の大きな戦場なのだ。

「溝口伍長は兵士達の兄貴的な存在でした。いじめが横行する旧日本軍の組織において、兵士達にざっくばらんに接する珍しい方でした。戦闘でも勇敢でした。何より生きる事へ執念が凄かったです。まさか溝口伍長のお孫さんに会えるとは夢にも思っていませんでした」

峰岸は溝口伍長の人となりやエピソードを語った。溝口伍長はバイタリティがあり、溝口先輩と似たような性格だった。また、峰岸は妻だった『糸』の事も話した。

「糸さんの事は残念だったね。峰岸さんも苦労したんだな。それに人肉食の話は本当だったんだな」

「今の人には信じられないでしょうが、私はそうしてあの地獄を生き延びたのです」

「でも良かったじゃないか、命の恩人の子孫と対面できたんだ」

「はい、溝口伍長の墓参りをしたいです。私の祖父がお世話になっていた事を伝えてなんとかお参りをしたいのです。実は溝口伍長の小指の骨を持ってます。溝口伍長を埋める時に切り落として持っていたのです。いつかご遺族に渡そうと思ってました」

「うん、それがいいよ、俺も墓参りできるよう協力するよ」

「助かります。あの島で死んでいった戦友や溝口伍長の事は忘れた事はありません。私はMM星人ですが、あの時から日本人なのです。糸の事は今でも愛しています。」

「日本のために戦って、糸さんと結婚生活をしたんだ、峰岸さんは立派な日本人だよ」

「そう言って頂けると嬉しいです。私はこの国が大好きです」

峰岸は噛みしめるように言った。峰岸は何かを思い出すように右斜め上に視線を動かした。


【中国戦線華北の駐屯地】

「峰岸二等兵、貴様はたるんどる。一歩前へ」

誰もがまたかと思った。坂田軍曹は階級が下の兵士をイジメる事を楽しみにしていた。貧しい小作農の出身だったので、比較的裕福な商家に婿入りした峰岸を目の敵にしていた。峰岸の妻が美人なのも気にくわなかった。峰岸が懐にしまっている『糸』の写真を一度見たことがあるのだ。坂田軍曹は28歳で独身だった。徴兵で連隊に入ってから3年で上等兵となり、退役せずに軍隊に残り、伍長となり、2年後に軍曹となった。

「貴様は陛下に頂いた銃をなんと心得るか! 銃に埃がついておった。38式歩兵銃殿に謝れ!」

坂田軍曹が怒鳴った。

「38式歩兵銃殿、申し訳ありませんでした。自分の不手際により、陛下から頂いた38式歩兵銃殿に不快な思いをさせてしまいました」

峰岸二等兵は大きな声で言った。

『ビシッ』 『パン』 『パン』

坂田軍曹のビンタの音が兵舎の廊下に響いた。

「誰が立って謝れと言った! 土下座して謝れ」

「38式歩兵銃殿、申し訳ありませんでした。自分の不手際により、陛下から頂いた38式歩兵銃殿に不快な思いをさせてしまいました」

峰岸は土下座して謝った。


 「ミネ、我慢しろ。軍曹は商人が嫌いだ。ましてお前のカミさんは美人だ、女にモテた事の無い軍曹はお前が憎らしくたまらないんだ」

「伍長殿、我慢します。自分は皇軍兵士としてお国ために精一杯頑張ります」

峰岸は宇宙人であるため、特に皇室を崇拝していた訳ではないが、軍隊とういう組織の気風が好きになれず、心の拠り所として天皇陛下を崇拝することでなんとか日本人に同化しようと努力をしていた。

「ミネ、俺たちは南方に転進らしい。厳しい戦線だ。今のうちに美人のカミさんに手紙を書いておけ。安心しろ、軍曹を通さずに直接郵便兵に渡してやる。軍曹に渡したら破り捨てられるからな。俺は郵便兵の宮崎一等兵の重要な秘密を知っているんだ、だからこっそり送ってもらえるんだよ。使える物は何でも使うのが俺の流儀だ。恐れ入ったか。あっはっは」

「伍長殿、ありがとうございます。この御恩は忘れません」


【ニューギニア東部戦線】

「各自着剣! これより第3小隊は他の小隊と呼応して敵陣地に突撃を敢行し、栄えある皇軍の勝利の先駆けとなる」

矢部少尉が叫ぶように言った。50名の兵士達は38式歩兵銃に銃剣を着剣した。アメリカ軍の陣地までは200m。日本軍の1個中隊200名が夜のジャングルに伏せ、突撃命令を待っていた。アメリカ軍の堅牢な陣地では重機関銃10挺、セミオートライフルや短機関銃を持った兵士300名が待ち構えていた。

「いいか、お前ら、突撃命令が出ても動くな。俺に付いてこい!」

溝口伍長は分隊の兵士達に伝えた。

「伍長殿、どういう事ですか?」

「生きて帰りたかったら俺の言う通りにしろ!」


「小隊突撃――――! 天皇陛下バンザーイ!!」

矢部小隊長が突撃命令を出した。他の小隊も突撃を開始した。峰岸達の分隊は正面から突撃せずに迂回した。正面から突撃した兵士達は、敵の圧倒的な火力の前にバタバタと倒れ、敵の塹壕に辿り着く前に殆ど全滅状態になった。一部辿り着いた兵士達も至近距離からオートマチックライフルに撃たれ、無念にも敵に損害を与える事は出来なかった。


 峰岸は敵の塹壕の中を探索した。倒れたアメリカ兵からトンプソンサブマシンガンを奪い、手に取ると持っていた38式小銃を肩から掛けた。塹壕内の部屋でサブマシンガンの弾倉と弾丸を見つけると背嚢に突っ込んだ。また、壁際に積まれた紙の箱と缶詰めいくつか背嚢に押し込み、シャツの前ボタンを開けて体とシャツの間にも詰め込んだ。箱は『Cレーション』だった。

「迂回して正解だったな。油断してるアメ公を3人も刺してやったぜ。正面から突撃した味方は全滅だ。ミネ、何やってるんだ」

「伍長殿、敵の携行糧食です」

「何? その箱が食料か?」

「はい、この箱一つで一日分です」

溝口伍長も慌てて『Cレーション』を背嚢に詰め込んだ。

「ミネ、行くぞ、長居は無用だ」

峰岸と溝口伍長は敵の塹壕から密林の奥に移動した。同じ分隊の前田二等兵と川島二等兵も付いてきた。缶詰はコンビーフ、箱の中は肉と豆のスープの缶詰、ビスケット、チョコレート、コーヒー、角砂糖だった。

「ミネ、こりゃ美味いな、アメ公の野郎こんないいもの食ってるのか。角砂糖とコーヒーの粉まであるじゃねえか。俺達は米も無くなって野草や虫を食ってるのにえらい違いだな」

「これは携行糧食です。奥の陣地には食堂もあって、もっといいものを食べているようです」

峰岸達はアメリカ軍のレーションを貪るように食べた。そして水筒の水を飯盒で沸かしてコーヒーを飲んだ。

「コーヒーや砂糖なんて久しぶりです。この缶詰も美味いです。次の突撃では私もこれを奪います」

「私もそうします」

前田二等兵と川島二等兵が言った。

「次はもう無いな。さっきの突撃で中隊は全滅だ。飯を食うのも命懸けだ。アメ公の飯を盗まなきゃならねえなんて情けねえな。ミネ、前田、その銃はアメ公のか?」

「はい、トンプソンサブマシンガンです。一分間に800発の発射速度です。装弾数は32発です。38式はいい銃ですが1発撃つ毎に槓桿を引くので発射速度は遅いです。装弾数も5発です。どう頑張っても撃ち負けます」

「これはM1カービンという自動小銃です。小さくて軽いのに連発で撃てます。装弾数は15発です」

峰岸と前田が鹵獲した銃の説明をした。

「すげえな。それでバリバリ撃たれたんじゃたまらねえなあ。銃の性能も食料事情もアメ公の方が遥かにいい。制空権も制海権も取られてるみたいだ。この戦いはかなり厳しいぞ」

溝口伍長が言う通り、戦況はアメリカ軍が圧倒的に有利だった。


 峰岸達は当てもなく行軍した。時々味方の部隊と遭遇して情報交換を行ったがどの部隊も目的も無く移動しているようで服はボロボロで木の枝を杖にして、体は瘦せ細っていた。転進命令が何度か出ているようだが600Kmを超える移動や4000mの山越えなど、今の兵士達の体力では無理なものばかりだった。日本軍は東から侵攻する連合軍に追われて西へ移動した。多くの兵士達が体力を失って倒れた。峰岸達は内陸に入って移動したが日の射さない密林は暗く、食べられる物はまったく無かった。移動する獣道の両脇は力尽きた味方の兵士の死体だらけだった。マラリアや飢えに倒れ、動けなくなった兵隊も大勢横たわっていた。腐った死体や白骨化した死体が散らばり、凄まじい臭気が漂っていた。

峰岸はトンプソンサブマシンガンと38式歩兵銃を持ち、背嚢も二つ背負っていた。パトロールのアメリカ軍とオーストラリア軍の兵士を沢山撃ち殺した。ジャングルの中を時速60Kmで走って鹵獲したサブマシンガンを撃つ峰岸は強かった。

「ミネ、分隊もとうとう俺とお前だけになっちまったな。それにしてもお前は強いな。力もある。アメ公を100人位倒しただろ」

「子供の頃から体力だけはありました」

「頼もしいな。しかし俺達の大隊はバラバラだ。兵隊もどんどん倒れていく。こりゃ戦争にならねえよ。生きてる兵隊より死体の方が多い。俺もマラリアに罹っちまった。とにかく生き延びて、味方の援軍が来るのを待とう。食い物だけはなんとかしねえとな」

「伍長殿、山越えは止めましょう。他の部隊の兵隊の話では衰弱死や凍死者が続出してるようです。この銃も弾が殆どありません」

「海沿いも酷い事になってるらしいぞ。敵の哨戒が厳重で、味方は川の河口を泳いで渡っているが溺れる者が多いらしい。とにかく内陸を西に向かうんだ。ミネ、銃を捨てよう、重くて堪らん」

「伍長殿、それはいけません。陛下に頂いた銃です。重いのなら私が持ちます」

宇宙人の峯岸は日本人より日本兵らしかった。峰岸はトンプソンサブマシンガンと溝口伍長の分も含めた38式歩兵銃を2丁肩から掛けていた。MM星人の身体能力は地球人の10~20倍だ。峰岸達の移動速度は日がたつ毎に遅くなった。飢えと疲労が極限までに達していた。

「ミネ、この辺で暫く休もう。ここに潜伏して体力の回復を図るんだ。きっと援軍が来る」

「わかりました。野営用の塹壕を掘りましょう」


峰岸達は野営用のタコツボを掘り、暫くそこで過ごす事にした。食料はすでに尽き、野草や昆虫を泥水で煮て食べた。常に激しい下痢に襲われ、食べても殆ど栄養にならなかった。時々味方の部隊が通過したが、幽鬼のようなその姿に声を掛ける事は無かった。

【ニューギニアの話は『Chapter11「生きる」【MM378】』の後半へ続きます。人肉食の話があります】


冬晴れの午後、峯岸と溝口先輩は栃木県の墓地にいた。私も同行した。峰岸のおじいさんと溝口先輩のおじいさんが同じ部隊にいた事、そして小指の遺骨を保管している事を溝口先輩に説明し、遺骨を納骨する事になった。峰岸はかつての自分と溝口先輩のお爺さんが一緒に写った兵舎での写真を溝口先輩に見せたのだ。

「峰岸さん、爺ちゃんの遺骨を大切に保管してくれてありがとうございます。こうして墓に納めることができました。きっと婆ちゃんも喜んでます」

「私の祖父は溝口さんのご祖父様にお世話になった事を良く話していました。いつかご家族に会えたら遺骨を渡したいと言ってました。残念ながら祖父は他界しましたが、こうしてお渡しできる日が来て何よりです。祖父の代わりに私が線香をあげさせてもらいます」

峰岸は溝口家代々の墓に手を合わせた。


 私と峰岸は東北新幹線に乗るために鹿沼駅から宇都宮駅に移動するJR日光線の車中にいた。長閑な田園風景もすっかり日が暮れていた。

「水元さん、ご協力、ありがとうございました」

「それにしても凄い偶然だったなあ」

「はい。でもこれで溝口伍長に恩を返せました。私の中でやっとあの戦争が終わったような気がします」

「それは良かったなあ」

「この後は宇都宮の街を見て帰ろうと思います。80年ぶりです。出征前に妻とよく行ったんです。あの頃は本当に幸せでした」

峰岸は晴れやかな顔になっていた。戦後80年近く背負っていた物をやっと降ろせたのだろう。

「水元さん、七海さんはきっと帰って来ます。待っていてあげて下さい。七海さんは本当に素晴らしい女性です」

「ああ、七海は俺の中では地球人だ。帰ってきて欲しいよ」

「前にも話しましたが、七海さんと死んだ妻は似ているんです。明るい所と芯の強い所がそっくりです。それに、美人なところもです。妻は笑顔の似合う女性でした。私はその笑顔を見るのが大好きでした」


 私はその後、東北新幹線で東京に向かった。溝口先輩は実家に寄り、峰岸は宇都宮駅で降りて行った。私は新幹線の中で人の巡りあわせや運命について考えた。人間だけではない。地球人と宇宙人の間にも運命のような出会いがあるのだ。想像が追い付かないほど広大な宇宙。その中に数えきれない程の出会いがある。七海との出会いもきっと運命なのだ。七海は戦場で戦っている。峰岸が地獄の戦場から帰って来たように、七海はきっと帰ってくる。私はいつまでも待つつもりだ。それしかできないのがはがゆいが今はそういう時なのだ。きっとまた七海の笑顔を見る事ができる。新幹線の揺れが心地よく、私はウトウトとした。七海の夢を見たような気がした。七海は美しい笑顔だった。



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