続 外伝2 「キルゾーン1/2」 【M378】
知人より、MM378における陸上戦闘のシーンをもっと描いて欲しいとの要望があったので、外伝として書きました。本編のChapter29~Chapter35の間の出来事として読んでください。長くなったので2話に分けました。
外伝2 「キルゾーン1/2」 【MM378】
前方に広い窪地が広がっていた。ヒデキカンゲキ高地まで7Kmの地点である。先導の偵察分隊の8個体が窪地に入って2足走行の時速40Kmで走っている。侵攻作戦中の連合政府軍第7師団第1大隊第1中隊の各小隊の兵士達も偵察分隊に従って窪地に走り込む。ナナミ大尉の率いるシルバーウルフ分隊は別の任務で行動中だったが、この場所を通過する必要があるため、侵攻部隊に合流する形で戦闘に参加することになった。ナナミ大尉は普段はショットガンを使用しているが、今回は中距離での戦闘がメインになると予想されるためアサルトライフルを装備していた。中隊は窪地に入ると小隊毎に集合して小休止をとり、中隊長の次の指示を待った。
「大尉、不気味なくらい静かですね」
ポピンズ曹長が呟くように言った。ナナミ大尉とシルバーウルフ分隊の兵士は各小隊から離れた位置に集まっていた。
「怪しいの。見通しのいい窪地だからセオリー通りならば周囲に銃座を配置するはずなの。この辺りには敵の中隊がいるはずなの。このまま私達を通すようなら敵の指揮官は無能すぎるの。きっと何かあるの。ここで立ち止まるのは危険すぎるの。窪地の手前まで戻るように中隊長のバイブレタ大尉に進言するの。バイブレタ大尉は中隊長としては初陣のはずなの。シルバーウルフ分隊はしゃがんで待機するの。伏せてもかまわないの。とにかく姿勢を低くするの。それと煙幕弾を準備するの」
ナナミ大尉はバイブレタ大尉のいる場所に向かおうとした。シルバーウルフ分隊の兵士達は姿勢を低くしてしゃがんで肩掛けカバンから煙幕弾を取り出した。ピーター一等兵は伏せて狙撃銃のスコープを覗いている。
何かが光った。
『ダダダダダ』 『ダダダダダ』 『ドドドド』 『パン』 『パン』 『パン』 『ダーーーーーーーーーーーーーーー』 『バン』 『バン』 『バン』 『パン、パン』 『ドドドドド』 『パン、パン、パン』 『ダダダダダ』 『ダダダダダ』 『ダーーーーーーーーーーーーーーー』 『ドドドドド』 『バン』 『ダダダダ』 『バン』 『ドドドドドドドド』 『ダダダダダダダダダダダ』 『ドドドドドドドドドドドド』 『ダーーーーーーーーーーーーーーー』
一斉に3方向から銃声が起こった。マズルフラッシュも沢山ピカピカと光っている。
「うわっ」 「うおっ」 「ぐはっ」 「あうっ」 「ぐふっ」 「うわっ」 「走れ、走れ、走れ」 「撃て、撃つんだー、ぐわっ」 「うわーー」 「撃たれた」 「ぐふっ」 「うわっ、痛てえ」 「伏せろ」 「伏せろー」 「救護兵! 救護兵! 来てくれー」 「小隊長殿―!」 「待ち伏せだ! とにかく伏せろ」 「岩陰に隠れろ、走れー」 「走れー」 「やばいぞ」 「行け―」 「岩に隠れろ」 「岩が遠いんだよ! ぐはっ」
兵士達の悲鳴と怒号が飛び交う。
「火点、前方と左右! 前方多数!」
ピーター一等兵が叫ぶ。
「煙幕弾を投げるの! 急ぐの!」
ナナミ大尉の声が響いた。
シルバーウルフ分隊の兵士達が煙幕弾を投げた。
『ボム』 『シューー』 『ボム』 『ブシューー』 『ボム』 『シューーー』
煙幕弾から煙が噴き出した。煙は大地の色に同化するようライトブラウンの色をしている。連合政府軍の兵士達が次々に倒れる。青い体液がいたる所で飛び散っている。攻撃用脳波も襲ってくる。対ポング用シールド発生装置の効果で致命傷には至らないが、兵士達は脳に強い衝撃を感じて普段通りに動けていない。窪地の周りには精巧に偽装された敵の塹壕と機関銃座があった。シルバーウルフ分隊の前方は煙幕に覆われている。
「シールド発生装置の出力を最大にするの!」
ナナミ大尉は地面に伏せてヘルメットに内蔵されたシールド発生装置のダイヤルを最大にした。辺り一面に着弾による土煙があがる。敵のアサルトライフルと単発式の『MMー01』と重機関銃が火を噴いている。十字砲火だ。
「大尉、凄い射撃です。3方向からです」
「罠なの! 私達はキルゾーンに入ったの。匍匐前進で右45度に進むの。岩があるから隠れるの。頭を低くするの! 30m進んだら煙幕弾を投げるの!」
『ボッ ボッ ビシッ ピシッ ビシッ キューン』 『バスッ バスッ バスッ』 『ビシッ ビシッ ビシッ ボッ チューン』 『チューン チューン ビシッ キュイーン』
匍匐前進する兵士達の周りに敵の銃弾が着弾し、地面や石に当たって音を立てる。煙幕の効果で狙いは不正確だった。ナナミ大尉とシルバーウルフ分隊の兵士達は岩に辿り着いた。高さ3m、幅4mほどの岩が5つ連なっている。他の部隊の兵士も6個体が付いてきた。ナナミ大尉は岩陰から電子双眼鏡で周辺を観察する。他の岩場3カ所にも味方の兵士達が張り付くようにして隠れている。キルゾンーンに入った中隊250個体のうち、80%が撃ち倒されたようだ。
「凄い損害なの。残っている兵士は50個体足らずなの。しかも4カ所に分散してるの」
ナナミ大尉が悔しそうに言う。
「大尉、第1小隊全滅、第2小隊、第3小隊も戦死者多数の模様。第4小隊は後方にいますが被害甚大のようです。中隊長のバイブレタ大尉は戦死した模様。副官のピンロータ中尉も戦死です。ナナミ大尉がこの場で一番階級が上です。部隊は違いますが全体の指揮をお願いします。このままでは全滅です。砲兵部隊に援護を要請しましょう!」
ポピンズ曹長が叫ぶように言う。
「私が指揮を執るの。砲撃はダメなの。敵との距離が近いからフレンドリ-ファイア(味方撃ち)になる可能性があるの。ピーター一等兵、左の銃座の重機関銃の射手を狙撃するの」
「了解です」
《ナナミ大尉より全兵士へ、私は第8師団のナナミ大尉なの。これからは私が指揮を執るの。私たちは敵が準備したキルゾンーンに入ったの。中隊はほぼ全滅なの。各自現在地で待機して欲しいの。動いたらダメなの。的になるだけなの。繰り返すの、動いたらダメなのキルゾーンなの!》
ナナミ大尉は簡易テレパシーを発信した。テレパシーを受け取った兵士達は不思議に思った。自分たちの所属ではない第8師団の大尉が指揮を執ると言っている。この作戦に第8師団が参加するとは聞いていなかった。しかしこの状況でナナミ大尉が指揮を執るのはありがたかった。ナナミ大尉の名前は皆知っていた。英雄的な士官でムスファだ。中隊長のバイブレタ大尉は中隊長に任命されたばかりで実戦経験が乏しいと聞いていたがナナミ大尉なら安心だ。生き残った兵士達は希望を持った。ピーター一等兵が『M110 SASS』狙撃銃で敵の銃座を狙撃する。
「射手を一個体やりました。しかし防御板が邪魔で上手く狙えません」
ピーター一等兵が叫ぶ。敵の兵士は偽装された塹壕の中だ。防御版に隠れていてこちらから狙うのが難しい。
「大尉、『リギアトラム』を下さい。敵に捕まったらなぶり殺しです。バグルンする勇気はありません」
ピーター一等兵がナナミ大尉に頼んだ。リギアトラムは自決用の劇薬の入ったカプセルだ。士官が保管し、必要時に部下の兵士に配るルールになっている。苦しまずに死ねるという触れ込みだ。MM378では捕虜を丁寧に扱い、捕虜交換も行われていたが、今回の戦争から捕虜を取らずに放置、もしくはその場で射殺することが多くなった。銃が戦闘の主体になったことが影響している。脳波で殺害するのは素手で殺したような感覚になり、MM星人でもイヤな気分になるのが、銃だと罪悪感が薄くなるのである。第1政府兵士はバグルンを使用することが多く、連合政府軍も捕虜の扱いに困っている。ヒロミゴー平原の攻防戦では第1政府による敵の負傷兵や敗残兵を射殺する事例が増えてきている。特に捕まった『狙撃兵』と『士官』は想像を絶するような拷問の上に殺害される。
「ピーター一等兵、『リギアトラム』はまだ早いの。完全包囲されたら配るの。今は敵を倒す事だけを考えるの」
他の部隊の兵士達6個体がナナミ大尉の傍に寄って来る。どの顔も怯えたような表情だ。大きな青い眼玉が小刻みに左右に動いている。
「大尉殿、自分達は第2小隊の個体です。助けて下さい。小隊長も分隊長もやられました」
伍長の階級章を付けた兵士が懇願する。
「大丈夫なの。私達はシルバーウルフ分隊、別任務で行動中だったの。実戦経験は豊富なの」
「えっ、もしかしてナナミ大尉ですか? 私はウマナイザ伍長です。お前たち、よく聞け、ナナミ大尉の部隊だ!」
ウマナイザ伍長が仲間の兵士達に向かって叫ぶ。
「うおー、そりゃ凄い、伝説の士官だ」
「ナナミ大尉って、あのナナミ大尉ですか!? さっきのテレパシーを聞きました。本物なら凄い事です」
「本当かよ!? 助かったぞ。無敵のナナミ大尉だ!」
ウマナイザ伍長と同じ部隊の兵士達が喜びの声を上げる。
連合政府軍の生き残った兵士達は5時間以上キルゾーンに釘付けになっていた。
「正面の距離120mの塹壕に重機関銃4挺。アサルトライフル15丁~20丁。左80mに2つの銃座、重機関銃。右70m先に重機関銃の銃座1つと小塹壕」
シャーク軍曹が大きな声で報告する。敵の配置を観察していたのだ。
「1挺、発射速度が凄く速い重機関銃があるの。銃声で分かるの。分速1200発以上なの。多分敵の新型の銃なの。なんとかして鹵獲するの」
「さすが大尉ですね。私も銃声が気になってました」
「大尉、昼間から野戦本部と連絡が取れません。野戦本部は敵の極攻ホバーの攻撃でかなりの被害が出て混乱状態のようです」
「もうすぐ恒星シータが沈むの。今夜はこの場所で夜を明かすしかないの。動いたら的になるだけなの。星明りで良く見えるの。交代で見張りを立てて眠るの」
真夜中でも星空と衛星が明るく、地面に影が出来るほどだった。時々敵の塹壕から照明弾が上がった。負傷して動けなくなった兵士達の呻き声が聞こえるがどうする事もできない。
「私は3時間眠るの。眠らないと頭の回転が悪くなって判断力が低下するの。寝てる間に殺されるのはイヤだけど『毛に玉は代えられないの』」
『背に腹』の間違えだ。
「大尉、こんな状況ですがゆっくり眠って下さい。大尉の判断力が我々の命綱です」
「明日はこのキルゾーンを抜けて敵の塹壕を制圧するの。私は運がいいから大丈夫なの。こんな時はタケルの夢を見たいの・・・・・・」
ナナミ大尉は岩陰で地面に横になり、仮眠をとった。戦場にあっても星明りを受けた寝顔は美しかった。ナナミ大尉は願望通りにタケルの夢を見た。夢は断片的なタケルとの思い出だった。
毎日タケルと話していた。いつもタケルと一緒だった。初めて海を見た時、タケルは優しい笑顔だった。部屋に『セミ』を沢山持って帰った時、タケルに怒られた。美島七海の姿を止めたいと言った時、タケルは悲しそうな顔をしていた。パパ活でお金を稼いだ時はタケルに怒鳴られた。初めて鰻重を食べた時、タケルは喜んでいた。タケルはいつも私を優しく守ってくれた。穂高連峰に宇宙船を取りに行った時、タケルとキスをした。別れの時、タケルは泣いていた。なんでタケルがいないんだろう。どうしてタケルと会えないんだろう。不思議に思った。こんなに会いたいのに会えない。こんなに話したいのに声を聞くことができない。タケルは地球にいる。遠い星だ。私は戦っている。そうだ、ここはMM378で私は戦っているの。なぜ? 何のために? そんな事、どうでもいいの。タケルに会いたいの。だから戦うの・・・・・・ナナミ大尉は目を覚ました。そこは戦場、キルゾーンだった。




