続 外伝1 「さやかの腕枕」 【地球】
タケルと同様に、3年間七海の事を心配して待ち続けた佐山さやかの事を書きたいと思いました。
日常パートです。
続 外伝1 「さやかの腕枕」 【地球】
七海がMM378から帰ってきた。世間はGWに入る直前だった。私も有給休暇を絡めて9連休を取る予定だった。特に何をする訳でもないが、のんびりしようと思っていたのだ。まさか七海が帰ってくるとは思わなかった。先週の土曜日に七海が帰って来て、日曜日に湘南の海に行った。江の島の岩場で七海のMM378での話をゆっくり聞いたのだ。
七海が置いていった服や私物は大切にしまっておいた。七海はそれを部屋に広げて懐かしそうに眺めている。服や書籍、化粧品。どれも保存状態が良かったので3年の月日を感じさせない。書籍類は図鑑に世界史の本に縄文時代に関する本だった。
「タケル、大事にとっておいてくれてありがとう。嬉しいの」
「きっと帰ってくると思っていたんだ。3年は思ったより長かったけど、過ぎてしまえばあっという間だな」
「私のいなかった3年間、地球ではどんな事があったの?」
私は七海がMM378に旅立ってから今日までの事を話した。MZ会の分裂と建国、唐沢の変身とモデル活動、誘拐された佐山さやかの奪還等だ。
「花形さんは残念なの。花形さんに七海流格闘術を教えたのがもう3年以上前なの。さやかお姉ちゃんにも迷惑をかけてしまったの」
七海は寂しそうに言った。
「七海、話は変わるけど銀行口座を作ろう。七海の口座だ。写真集の第1弾の報酬が3000万円もあるんだ。今は俺の口座にあるけど、七海の口座に振り込むよ。第2弾の報酬も4000万円くらいなんだ。来月に振り込まれる」
「凄いの! 7000万円なんて超大金なの。でも2冊目は私じゃなくて唐沢さんなの。だから4000万円は唐沢さんにあげるの」
「唐沢さんにも同じ額の報酬があるんだ。もちろん橋爪さんや溝口さんや佐山さんにも報酬があるんだ。だから七海がもらっていいんだよ。七海の写真集なんだ」
「それは良くないの。私は何もしてないの。タケルがもらえばいいの。タケルと唐沢さんが頑張ったんだからタケルももらうべきなの。それに天野七海の顔を作ったのはタケルなの」
私は七海の欲の無さに驚くとともに七海らしいとも思った。
「いや、七海がもらうべきだ。第1弾があったから2冊目も発行できたんだ。それに七海は地球のために戦ったんだ。堂々ともらえばいいんだよ」
「3000万円あれば十分なの。美味しいものがいっぱい食べられるの。この部屋の家賃も私が住んでいた1年分の半分を払えるの。それにお金のために戦ったわけじゃないの。MM378を変えたかったの。タケルやさやかお姉ちゃんの住む地球を守りたかったの。タケルが待っていてくれただけでも十分なの。もし待っていてくれなかったらどうしようかと思ってたの。でも、峰岸さんがタケルが待っているって教えてくれたの。それでも怖かったから、この部屋にすぐに来ないでサンシャイン60の展望室に行ったの。展望室からこの街を見たの。懐かしくて、嬉しくて、この部屋に来る勇気が湧いたの。ジャンボ肉シュウマイも食べたくなったの」
「七海は凄く強い軍人なのにこの部屋に来るのが怖かったなんて不思議だな」
「もしタケルがいなかったらどうしようかと思ったの」
「七海、4000万円は二人のお金にしよう。二人の口座を作ろう」
「うん、それがいいの。タケルも欲しいものがあれば買えばいいの」
今の私に欲しいものは何もなかった。一番欲しかった七海との生活がまた始まるのだ。それだけでも涙が出るほど嬉しく、夢のようなのだ。他には何もいらない・・・・・・
玄関のチャイムが鳴った。そしてガチャガチャとノブが鳴って、ドアが開いた。
「七海ちゃーーん!!!」
佐山さやかが走るようにして勝手に部屋にあがってきた。その顔は輝くような笑顔で、涙を流していた。佐山さやかに、七海が帰って来たことを昨夜スマートフォンのメールで知らせたのだ。
佐山さやかはこの3年間、本当に七海の事を心配していた。七海のためにMZ会にも近づいた。そのせいで誘拐され、2回も銃撃戦に巻き込まれている。
「さやかお姉ちゃん、久しぶりなの。会いたかったの!」
七海の目も潤んでいる。
「七海ちゃんお帰り! 本当にお帰りなさい! 無事でよかった、本当に良かった」
佐山さやかは座っている七海に崩れるようにして正面から抱き着いた。佐山さやかの目からは驚くほど大量の涙が流れていた。
「嬉しいの、さやかお姉ちゃんなの」
七海も佐山さやかに抱き着いた。しばらく2人は静かに抱き合っていた。
「七海ちゃんが宇宙人だって聞いて、びっくりしたけど、七海ちゃんの事心配したんだよ、毎日毎日本当に心配したんだよ、ご飯食べてる時も、お風呂に入ってる時も、トイレに入ってる時も、寝てる時だって七海ちゃんの事が心配だったんだよ。いっぱい七海ちゃんの夢を見たんだよ。七海ちゃんが帰ってくる夢をね。帰って来てくれてありがとうね。本当に嬉しいよ」
佐山さやかは七海の頭に頬を擦り付けて大量の涙を流していた。私も嬉しかった。3年間ひたすら七海を待ち続けた佐山さやか。その想いが報われたのだ。
「私は凄く頑張ったの。たいへんだったの。だから褒めて欲しいの」
「うんっ、うんっ、いっぱい褒めてあげる。でも、もうどこにも行かないでね」
佐山さやかの目からは涙が溢れ続けた。
その夜は部屋で食事をすることにした。七海と佐山さやかがスーパー横川に買い出しに行った。刺身や惣菜を沢山買い込んできた。スーパー横川は生鮮食品が売りのスーパーだ。食事は大いに盛り上がった。私は焼酎を飲んだ。佐山さやかは缶のカクテルを、普段酒を飲まない七海も好物の梅酒を飲んだ。梅酒は佐山さやかが実家から持ってきた自家製だ。
「お刺身が美味しいの。MM378では食べられないの。でもMM378に地球の食事が広がりつつあるの」
七海はMM378での話をした。少し酔ったせいか饒舌だった。ギャンゴとの戦いや、強い相手との一騎打ちの話、大規模な決戦や要塞攻略の話、核爆弾によるドック破壊の話など、七海のイメージからは想像できないような勇ましい話ばかりだった。地球の文化がMM378に広がっている話、とりわけMM星人が感情と自我を持ち始めた話は興味深かった。
「七海ちゃん凄すぎる。アクション映画の主人公みたいだよ」
「本当に凄いな。ドック破壊の話なんてスペクタクル戦争映画みたいだ。『ナバロンの要塞』や『荒鷲の要塞』みたいだ。仲間がタイマーのセットを間違ったおかげで助かったなんてまさにアクション映画だよ。それに敵の少佐との戦いの話も凄いな。聞いてて手に汗をかいたよ。その時に死の淵をさ迷って海の夢を見たんだな」
「そうなの。もうだめかと思ったら夢の中にタケルがいたの。タケルのおかげで戻ってこれれたの」
私と七海は夢の話を佐山さやかに説明した。
「不思議ですね~、でも七海ちゃん、本当に頑張ったね。地球を救ったんだよ! この事を大っぴらに言えないのが悔しいです。だって凄い事ですよ! ノーベル賞をとった学者より、大リーグに行って活躍してる野球選手より全然凄いです! 七海ちゃんの活躍をみんなに教えたいですよ」
佐山さやかの声は嬉しそうでいて悔しそうだ。
「もし超大型宇宙船が攻めてきたら危なかったな。18万のMM星人が侵攻してきたかもしれないんだ。攻撃用脳波を使われたら対処できなかっただろう。七海、凄いよ。それに七海が大尉だなんて不思議だよ、ドック破壊作戦の指揮を執ったんだろ?」
私は七海が士官なのが信じられなかったが、七海の話を聞くと、しっかり部隊を指揮していたことが推測できた。
「今は昇進して大佐なの。でも戦死扱いなの」
「七海大佐殿、ご帰還おめでとうございます!」
佐山さやかが、ふざけて七海に敬礼をした。3人とも声を上げて笑った。平和な空気がなんとも心地よい。
「ショットガンやマグナムを撃ったり、ホバーで空中戦をしたり、地球にいた時の七海からは想像できないよ」
「12.7mmのハンドガンも撃ったの。ギャンゴは30頭倒したの」
「綺麗で、カワイくて、無邪気な七海ちゃんがそんなに強いなんて、想像しただけでゾクゾクしちゃう。地球を救ったヒーローだよ。そんな七海ちゃんと仲良くできるなんて私は凄く幸せだよ。七海ちゃん、今度サバゲーしようよ、七海ちゃんの戦う姿が見たい。戦闘服姿も見たい。あの写真みたいな恰好で戦って欲しい。水元さん、私、嬉しくてしょうがないですよ。待っててよかった」
佐山さやかは最近サバイバルゲームを始めた。ミリタリーショップのサバゲーメンバー募集のポスターを見て申し込んだのだ。私も2回ほど付き合わされた。
「さやかお姉ちゃんが射撃を始めたって聞いたの。銃撃戦もしたって本当なの?」
「うん、したよ、2回もね」
「凄いの! じゃあサバイバルゲームで一緒に戦うの。楽しみなの」
「水元さん、明日ミリタリーショップに行きましょうよ。七海ちゃんの銃と戦闘服を買うんです。私が奢っちゃいます。七海ちゃんの写真集のおかげで沢山お金貰ったし。それに、この前水元さんがウチに来てから、両親もエアガンに寛大になったんですよ。父なんて私と一緒にエアガンを撃つようになったんですよ」
佐山さやかの父親は娘がレズビアンだということを知っていた。娘の変化を訝しく思っていたようだが、娘の新しい趣味を認めたようだった。
「七海の写真の軍服の形や色は旧共産圏の軍服に似てるから、軍服をメインに扱ってる店に行けば似たような服があると思うよ」
「きゃあ、楽しみ。もう待ちきれないです。それに七海ちゃんにウチに来て欲しいです。父も母も水元さんの事を気に入ったみたいです。水元さんの従妹って事にしてウチに遊びにくれば両親は大歓迎ですよ。こんなにカワイイくて素敵な七海ちゃんを両親に見せたいんです。もうカミングアウトしてもいいくらいです」
佐山さやかの嬉しそうな顔を見ているとこっちまで嬉しくなってくる。佐山さやかもこの3年間いろいろ辛かったはずだ。それでも一途に七海を想っていた。その想いが報われたのだ。
その夜、佐山さやかが泊まっていった。パジャマを持参して来ていた。佐山さやかは七海と同じ布団で寝ていたが、眠りについた七海の体を、四つん這いになってクンクン嗅いでいた。
翌日の午前中、七海の作った朝食を食べて七海の淹れたコーヒーを飲んでいた。
「七海ちゃんの作ったオムレツ美味しいね。懐かしいよ。また一緒住みたいなあ」
「うん、さやかお姉ちゃんと一緒だと楽しいの。毎日朝ご飯を作るの! 温泉にも行くの」
「七海ちゃん、嬉しい! 水元さん、聞きました? 水元さんはどっかに行って下さい」
佐山さやかは有頂天だ。私はまた1カ月この部屋を追い出されるかもしれない。
「ただいまー」
出張行ったいたはずのニセ七海の唐沢が帰って来た。
「あれ、七海さん帰ってきたんですか? 無事だったんですかー!? 良かったです! 戦死したって噂を聞いたんですよ。本当に良かった!! ううっ」
ニセ七海の唐沢が驚いている。そして涙ぐんでいる。皆七海を心配していたのだ。
「私はMM378で戦死して軍神になってるみたいなの」
「七海さんの活躍は凄いです。MM378から送信される『戦況情報ニュース』を毎日読んで、私もワクワクしてましたが、つい先日、戦死の知らせを見てから落ち込んでいました。タケルさんにも言い出せなくて・・・・・・でもMM378にナナミ大佐の銅像が、解放の英雄として第1政府の首都に立つらしいですよ。昨日の『戦況情報ニュース』に載ってました」
「銅像なんて恥ずかしいの。私はただの一士官なの」
七海がはにかんだ。
「七海、じゃなくて唐沢さん、来週まで出張じゃなかったの?」
私はニセ七海の唐沢を『七海』と呼ぶのを止めた。本物の七海が帰ってきたのだ。
「毒ガス砲弾撤去作業中に鬼神島の地下に大きな施設が見つかって、そこで放射能の反応が出たんです。旧日本軍が原子爆弾を作っていたようです。だからしばらく島には入れなくなりました」
「旧日本軍も原爆を開発していたのか」
日本軍の原爆開発の話は聞いた事がある。ウランの入手に苦労し、東京大空襲によりウラン235の分離実験に使用していた熱拡散筒が焼失したり、遠心分離機の開発に手間取ったりしたために開発が断念された事になっていたが、鬼神島でも開発が行われていたようだ。放射能反応が出たということはある程度開発が進んでいたのであろう。ウランはナチスドイツから潜水艦で輸送されたとの話も残っている。鬼神島には潜水艦の施設もあったので、原爆開発の話はあながち嘘では無いのかもしれない。
「それだけじゃありません、地下の格納庫には試作兵器が沢山保管されていました。戦闘機の『震電』、『高高度戦闘機のキ87』、ジェット戦闘機の『橘花』等です。『五式中戦車』や『四式中戦車』なんかの陸上兵器もありました。タケルさんの好きなジャンルですよね?」
唐沢が口にした航空機と戦車は終戦間際の試作兵器であった。ミリタリーマニアには堪らない兵器だ。
「震電に橘花だと! 『キ87』なんて超レアだぞ! 5式中戦車って凄いな。試作兵器の博物館みたいだ。でも何であんな島に試作兵器があったんだろうな」
「理由はわかりませんが、紫電改の改良型もありました」
「うおーー! 行きてえ! 鬼神島に行って見てみたいよ」
「試作兵器はおそらく日本政府に返還されるでしょう」
「でも、日本は大戦期の航空機の保管が下手なんだよ。予算がつかないのかもしれないけど、野ざらしだったり、分解されたりだ。航空ショーで飛んでた『疾風』だってたらい回しになって最後は分解されたんだよ。勿体ないんだ。できればMZ会できちんと保管して欲しいよ」
私の切なる願いだった。
「それにしても、七海ちゃんが2人並んでるの凄くないですか。まるで双子です」
そっくりな超ド級の美女が2人、めったに見る事ができない光景だ。
「そうだ、色違いの服があったな。唐沢さん、それを着るんだ」
唐沢は4年前に池袋で買った、七海の着ている服の色違いの服に着替えた。七海はアイボリーのブラウスに薄いブルーのジャケットに薄いピンクのタイトスカート。唐沢は薄いオレンジのブラウスにライトイエローのジャケットに薄い黄緑色のタイトスカート。髪型は七海の方が少し短い。
「おお、双子のデュオみたいだな」
「この格好で、2人で街を歩きたいです。男達の目が釘付けになりますよ。七海さん、秋葉原に行きましょうよ! お願いします!」
唐沢はノリノリだ。
「うーん、自信がないの。私はつい最近まで戦場で戦ってたの・・・・・・」
七海は気乗りしないようだ。
「さやかお姉ちゃん、七海さんを説得して欲しいの。そしたらくすぐり放題なの、コチョコチョして欲しいの」
唐沢は七海の話し方を真似して佐山さやかに頼み込んだ。コチョコチョの誘惑つきだ。
「もー何がなんだか分からないです! でもコチョコチョですか・・・・・・七海ちゃん行こうよ! モデルだった頃を思い出した方がいいよ! ここは地球なんだよ。美味しい物も食べよう」
佐山さやかが七海を説得した。コチョコチョもあるが、早く地球に馴染んで欲しいという気持ちもあるのだろう。
唐沢の強い要望で秋葉原に来た。中央通りを七海と唐沢が並んで歩くと大勢の男性達が振り返った。着いてくる男達もいた。私と佐山さやかはその後ろを歩いた。
「凄い破壊力だな」
私は思わず呟いた。
「どっちか1人だけでも凄いの、ツープラトン攻撃ですよ! そりゃ皆振り返りますよ」
佐山さやかも感心している。
「おいっ、天野七海じゃないのか? 最近見ないけど・・・・・・」
「活動再開したのか? でも2人いるぞ、どうなってるんだよ?」
「双子じゃないのか? そっくりだ。天野七海って双子だったのかよ」
天野七海のファンだろうか? 何人かが驚いている。
「七海さん、楽しいですね、男達がこっちを見てますよ、もうワクワクしちゃいます」
唐沢は心の底から嬉しそうだ。
「私はしばらく戦場にいたから、モデルだった自分がまだ思い出せないの」
七海は少し困惑している。
中央通りを上野まで移動し、ミリタリー服の専門店で七海のミリ服を買った。東ヨーロッパの旧共産圏の国の軍服だった。色はブラウンに近い。珍しく女性兵士用のスカートも売っていた。その後はミリタリーショップでサバイバルゲーム用の電動ライフル『AK-74』を購入した。MM378の連合政府軍の兵士達はAK系のアサルトライフルを使っていたようだ。きっとサバイバルゲームでも七海は大活躍をするのだろう。つい最近まで士官として実戦に参加していたのだ。
上野の焼き肉屋で食事を取ることにした。店は佐山さやかがスマートフォンで調べた人気店だった。七海はタン塩、カルビ、ザブトン、サンカク、ロース、ホルモンを次から次へとローテーションして食べた。皆も焼肉を堪能している。賑やかで楽しい食事だった。七海と唐沢の双子美人が並んで焼肉を食べる様子は目立った。店員も、他のテーブルの客も私たちのテーブルを気にしていた。
「もう何なの、焼いたお肉が美味しいの。熱々で口の中に肉汁が広がるの、はふはふ。お肉とご飯は相性がいいの、はむはむ。タレが素晴らしすぎるの、焼肉にはライスを付けないと勿体ないの、もぐもぐ。なんで地球の食事はこんに美味しいの? 地球人はズルいの。幸せすぎて涙が出そうなの」
七海は飲むように焼肉とライスを食べた。私は焼き肉を食べる時にはライスはたのまない。なるべく肉だけを食べ、最後に締めでクッパか冷麺を食べるようにしているが、七海はライスを3杯もお替りした後にカルビクッパと冷麺を食べた。
「クッパがピリ辛で舌が喜ぶの、はふはふ。冷麺の食感が面白いの。コシが凄いの、ツルルッ。スープも美味しいの。冷麺は始めて食べたの。もぐもぐ。地球にはまだまだ知らない食べ物が沢山あるの。凄い星なの。幸せなの! 地球人の食文化には頭が下がるの!」
「七海ちゃん凄い食欲だね」
佐山さやかが驚いている。
「だって、MM378ではエナーシュがメインなの。地球の食事は『勝利食』だったからめったに食べられないの。もう、焼肉なんて夢のまた夢なの。焼きながら食べるなんて素敵すぎるの!」
「MM378に地球の食事が広がったとしても刺身や新鮮な肉を食べるのは当分先になるんだろうな」
私は思わず口にした。
「地球の食べ物は輸入するしかないと思うの。もっと地球との交易が盛んになると思うの。地球の食事は私が広めたの。きっとMM星人が幸せになれるの」
「『マゼラニア自由民主主義国』が窓口となってMM378との交易を行う予定です。まだMM378やMM星人の存在は公開しないでしょう。まあ、今後100年以内には公表するのでしょうが」
唐沢がMM378との交易について説明した。
その日の夜も佐山さやかは私の部屋に泊まった。世間はGWだ。唐沢も行く場所が無いので部屋に泊まった。七海が帰って来たのでしばらくは3人で住むことになりそうだ。それも双子のような美人2人とだ。
「タケル、お土産にエナーシュを少し持ってきたの。美味しくないけど栄養は満点なの」
七海がMM378から持ってきた荷物からタッパーのような容器を取り出した。フタを開けると『きな粉』のような色をした粉状のものが詰まっていた。
「これがエナーシュなのか?」
私はスプーンを持ってきて、1さじ分を口の中に入れた。食感は砂糖のように少しザラザラしており、味はごく僅かに甘みのようなものも感じられるが、酸味と苦味もあり、何倍にも水で薄めた缶コーヒーのような味だ。佐山さやかと唐沢も同じようにして口にした。
「初めて食べましたけど、美味しく無いですね。私はMM星人ですが地球に生まれて良かったです」
唐沢が言った。
「これを一生食べなきゃいけないのはキツイですね。これじゃ食べるのが楽しく無いですよ。これしか無いのなら生きる為に食べますけど、地球の食べものに感謝したくなります」
佐山さやかが顔をしかめる。
「そうなの。MM星人は一生これだけを食べ続けるの。だから最初に地球の食事を食べた時はびっくりだったの。塩味を知らなかったから猶更なの。地球の食事は味も食感も匂いもエナーシュと違いすぎるの。最初は苦労したけど、地球の食事に慣れたらもうエナーシュには戻れないの」
「この味、言い方は悪いが、罰ゲームだな。そりゃ地球の食べ物が広がるのもわかるよ」
七海が前から指摘しているようにMM星人の感情が薄い理由の1つに食べ物もあるようだ。酸素濃度が地球より30%薄いのも影響しているのかもしれない。酸素が薄いと脳の機能は低下する。
「七海さん、原宿に行きましょうよ! 2人でロリータファッションを着て歩くんです。男どもの魂を抜いてやりましょうよ!」
唐沢はロリータファションに未練があるようだ。しかし七海を巻き込まないで欲しい。
その日の夜は8畳の部屋に雑魚寝することになった。七海と唐沢はスウェットに着替えていた。
「さすがに4人だと狭いな。もっと広い所に引っ越すか」
七海のモデル料も入りそうだし、私は本気で引っ越す事を考えていた。
「塹壕で寝てるみたいなの。でも安心して眠れるのは嬉しいの。平和が一番なの」
照明を消した暗い部屋に七海のしんみりとした声が響いた。
「七海ちゃん、腕枕してあげる。安心して寝ていいよ」
「うん、そうするの、安心なの」
七海と佐山さやかは本当に仲が良かった。そこには地球人も宇宙人も無かった。七海のいる生活は平和で幸せだった。平和を一番実感しているのはつい最近まで戦場で戦っていた七海だろう。眠る時でさえ命の心配をしなければならない戦場では、私は生きていけそうにない。七海の寝息が聞こえ始めた。明日は皆でどこに行こうか? いつしか私も安心して眠りに落ちていた。七海、もうどこにも行かないでくれ・・・・・・
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