Chapter48 「3階級特進 ナナミ大佐」 【MM378】
Chapter48 「3階級特進 ナナミ大佐」 【MM378】
【前線本部応接室】
峰岸は3回目の輸送任務でMM378に来ていた。ファントム中将は最前線の野戦本部から前線本部に戻っていた。戦況は連合政府軍が第1政府の首都『マコイシーノ』を包囲して、首都攻防戦が行われていたが、独裁者のヘルキャ中将が部下と宇宙船で逃亡したとの情報が入っていた。
「いよいよ第1政府の首都が陥落します。実質的な最高司令官のヘルキャ中将が部下を伴って宇宙船でMM378を脱出してアンドロメダ星雲に向かったという最新情報がありますので、全面降伏は秒読み段階です。戦後処理についてすでに第1政府の新しい首相の『ドカベンキ』首相とも話が進んでいます。恐怖と暴力を背景に独裁政治を行っていたヘルキャ中将がいなくなったので第1政府のMM378での立ち位置も変わるでしょう。ドカベンキ首相は科学者出身の平和主義者です」
「噂は聞いています。いよいよ第1政府が倒れるのですね。連合政府の勝利ですね。MM378が平和を取り戻すのは喜ばしい事です。地球との交易も本格化することを望みます。連合政府は継続するのですか?」
「連合政府は元の38個の政府に戻るかもしれませんが、平和連合の権限が強固になるでしょう」
平和連合は地球の国際連合のような役割の全政府横断の組織である。
「なるほど。それはいい事かもしれませんね。ところでナナミ大尉は元気ですか? かなり活躍されたようですね」
「峰岸さん、たいへん残念なお知らせです。ナナミ大尉は戦死しました」
「えっ!? そんな! そんな事 嘘だろ 嘘ですよね 嘘だ 嘘だ・・・・・・・」
峰岸は耳を疑い狼狽した。
「ナナミ大尉は、第1政府が建造中の超大型宇宙船のドックを破壊する作戦に参加していました。参加とういうよりナナミ大尉が主体になっての作戦でした。超大型宇宙船は3万個体の兵士を運べる宇宙船です。ギャンゴも100頭近く運べるでしょう。6隻が建造中で完成間近でした。建造目的は地球への侵攻だったようです。その超大型宇宙船6隻をドックごと核爆弾で破壊したのです。作戦は見事に成功しましたがナナミ大尉は核爆発とドックの崩壊に巻き込まれて戦死したのです」
「あの、確実なのですか!? 遺体は確認されたのですか? ナナミ大尉なら危機を乗り越えたかもしれません! きっと爆発くらいでは・・・・・・核爆発?」
ファントム中将は新型高高度大型ホバー撮影の崩壊したドックの写真と、ナナミ大尉の戦闘詳報を峰岸に渡した。
「これは・・・・・・」
ドックの破壊跡の写真は山が崩れたような光景だった。戦闘詳報にはナナミ大尉が起爆装置を守るために一人で核爆弾の仕掛けられたドックに残った事が書かれていた。峰岸は第1政府が敗北することを知った時、ナナミ大尉を連れて一緒に地球に帰ろうと思ったのだ。その事を心から嬉しく思っていた。
「私もたいへん残念に思ってます。この戦争はナナミ大尉がいたから勝てたのかも知れません。ナナミ大尉は個体としての強さだけでなく、戦術眼、戦略眼を持った素晴らしい軍人でした。ナナミ大尉の戦死は近々全軍に布告されます。ナナミ大尉の多大なる功績により3階級特進の『大佐』となる事が決定しました。3階級特進は前例の無い措置です。戦績だけじゃありません。地球の食事を広め、食べる事の概念を変え、音楽も広めた。そのおかげでMM星人に感情が芽生え始めています。MM378が、MM星人が大きく変わるのです。本当にナナミ大尉はこの星にとってかけがえのない存在でした。階級の特進などでは賄えない功績です。3階級特進なんかより、生きていて欲しかった。私は悲しくて仕方がないのです。ナナミ大尉という個体が大好きでした」
ファントム中将の目には涙が溢れていた。峰岸は魂を抜かれたような気分になった。戦争が終わり、いよいよ地球に帰れることになったのになんと残念なことか。自分の命と引き換えに地球を守った七海の事を考えると峰岸は胸が張り裂けそうでやるせない気持ちになった。七海の屈託のない美しい笑顔が頭に浮かんだ。最初に会った時の事を思い出した。戸籍を渡したお礼に、すき焼きと寿司を奢ってくれると言っていた。少しいたずらっぽい笑顔だった。
「七海さんは地球に帰りたがっていました。せめて骨だけでも地球に持ち帰りたいのですが、無理なのでしょうね。帰してあげたかった・・・・・・」
峰岸の目から涙がこぼれた。何粒も何粒もこぼれてテーブルに模様を作った。
ナナミ大尉の戦死が全軍に布告された。ナナミ大尉を知るMM星人は例外なく衝撃を受けた。ナナミ大尉の戦死から1カ月がたっていた。
兵士達が営庭で格闘訓練を行っていた。
「おい、そんな戦い方じゃ戦場ですぐやられるぞ! 生き残りたかったら真剣に訓練するんだ!」
シャーク少尉が兵士達を怒鳴った。シャーク軍曹はドック破壊の功績を認められて少尉に昇進してすぐに格闘教官になった。そして地球人の『アーノルド・シュワルツネッガー』の姿に変身していた。ナナミ大尉が好きな地球人の俳優だと言っていた。他のシルバーウルフ分隊の隊員も大マゼラン鉄十字勲章をもらっていた。
「少尉、そうは言われましても戦争はもう終わりましたよ。それじゃ訓練終了の時間なんで失礼します」
兵士達は敬礼をするとその場を去って行った。
「おい、食堂に行こう。今日は勝利食が出るらしいぞ」
「久しぶりだなあ、白米と味噌汁が美味いんだよな。最近、漬物っていうメニューも増えたけど、あれも白米と合うんだよな。もうエナーシュなんて食べられないよ。地球っていう惑星の食事なんだよな。誰が広めたんだろうな。食べるのが楽しみだよ。食べたら音楽ボックス行こう、いい歌とアーティストを見つけたんだよ。音楽プレーヤーが欲しいよ」
「そいつはいいなあ、俺も感情が芽生えて来たんだよ。美味いもの食べて音楽聞くとやる気が出るんだよ。俺はカレーライスが食べたいよ。カップ麺も美味いよな、考えただけでウルーンが震えるんだ」
シャーク少尉は去って行く兵士達を見ていた。そしてナナミ大尉の事を考えていた。ナナミ大尉はこの戦いの勝利に貢献しただけではない。ナナミ大尉がこの星に残したものは計り知れなかった。
「軍曹、久しぶりです。少尉に昇進されたのですね。今日はキャンプを見学に来ました」
営庭に立つシャーク少尉にピーター伍長が話しかけた。
「おう、久しぶりだな。ピーター一等兵も伍長に昇進したらしいな」
「はい、元シルバーウルフ分隊の者はみんな昇進しました。それに大マゼラン鉄十字勲章とロールポイントも10万ポイントも付与されました。ドック破壊は功績は思った以上に凄い事だったんですね」
「ああ、ナナミ大尉が情熱を注いだ作戦だ。成功して良かったよ。何を見学しに来たんだ?」
「ナナミ大尉が教官をしていた部隊を見たくなったのです。ナナミ大尉の部下の個体とも話をしました。みんなナナミ大尉を慕ってました。とてもいい教官だったようですね」
「ああ、ナナミ大尉の戦死が発表された時、何個体かが泣いてたよ。ジーク少尉なんてショックで何日も寝込んだくらいだ。みんな感情を持つようになったんだ」
「私も悲しかったです」
「俺もだよ。大尉からはいろんな事を学んだ。大尉に出会わなければ俺は変われなかっただろう。以前は強さだけを求めていた。でも今は大きな目標が出来たんだ。自分の本当の役割を見つけることだ。この星を良くする為の役割だ。ピーター伍長、元気でな。シルバーウルフ分隊は俺がいつか復活させるよ」
「楽しみにしてます。この後はミキランスーの街を見て帰ろうと思ってます。最近、街に地球の食事を出す食堂が出来たようですね。付与されたロールポイントで地球の食事を食べて帰ろうと思います。いつかナナミ大尉の言ってた『鰻重』やラーメンを食べてみたいです」
「ああ、地球の食事も音楽もきっとMM378全土に広がるよ。大尉が残したんだ。俺は白米が大好きになったよ。それに最近音楽を聴き始めたんだ。今回付与された特別ロールポイントで音楽プレーヤーを購入しようと思ってる。もっと感情を豊かにしたいんだ」
「それはいいですねえ。きっとナナミ大尉が喜びますよ」
「大尉じゃない、ナナミ大佐だ」
「そうでした、失礼しました」
「でも大尉のままで生きていて欲しかった。俺の中ではナナミ大尉はずっと大尉のままだ」
「ナナミ大尉は大佐より大尉の方が似合ってますよね」
「ああ、あんなにカッコいい大尉は他にいない。これからも現れないだろうな」
シャーク少尉は悲しそうに言った。
MM378では通貨は存在しなし。それぞれが役割の証明書カードを所持しており、カードを提示すれば配給所で最低限必要なエナーシュや衣服は配給してもらえるのだ。住居費は無料である。この制度は星全体に浸透しており、所属する政府に関係なく各地の配給所で配給品を受け取ることができる。配給品以外は、役割に対する貢献度に応じて毎月付与されるロールポイントで購入する。MM378での平均のロールポイント付与は月に1200ロールポイント、年間で14400ロールポイントである。ナナミ大尉はレジスタンスだが、連合政府軍の契約軍人としてロールポイントを付与されていた。ここ1年の活躍によって多くのボーナスロールポイントを付与されているが殆ど使った事がない。タケルから貰った腕時計の革のベルトの修理に使ったくらいである。MM378の南方方面では地球の食事を提供する食堂が街中に出現してロールポイントで食事をすることが可能になった。配給品のエナーシュと違って地球の食事は高価だが行列が絶えなかった。炊いた白米の丼1杯が月に付与される平均ロールポイントの10%にもなる。それでも大人気なのだ。音楽ボックスも同様にロールポイントで使用できる。最近は100円ライター程の大きさの小型音楽プレーヤーをロールポイントで購入するこが可能となり高価ではあるが大人気である。南方方面の地球の食事と音楽は徐々に北方方面にも広がりつつある。生活費需品に使われていたロールポイントが嗜好品である地球の食事や音楽に使われ始めMM378に楽しむという文化が芽生えたのだ。以下が商品と購入に必要なロールポイントの一例である。
【MM星人1ヵ月の平均付与ローポイント:1200ロールポイント】
*以下ロールポイントは『RP』と表記
・白米(丼1杯):120RP
・味噌汁(茶碗1杯):150RP
・鮭の缶詰め(1個):200RP
・カップ麺:350RP
・レトルトカレー:380RP
・レトルトハンバーグ:400RP
・地球産飲用ペットボトル水(600ml):1000RP
・調理用水(飲食可の再処理水1リットル):50RP
・音楽ボックス使用料(30分):80RP
・DVD等の映像ボックス使用料(2時間):200RP
・小型音楽プレーヤー(曲はダウンロードで別料金):8000RP
・小型音楽プレーヤーダウンロード(1曲):150RP
マッド課長は水耕栽培で育てた稲とMM378の砂で作ったミニチュア田んぼで育てた稲を見比べていた。マッド課長は攻撃用脳波のポングとガンビロンの習得プログラム作成の功績を認められて主任研究員から課長に昇進していた。そして地球人の『ジェームス・ディーン』の姿に変身していた。地球のDVDを観て気に入ったのだ。
「次の収穫では何とか食べられる程度の大きさの籾が付きそうだな。次の輸入で地球の土を持ってきてもらうよう申請したんだ。肥料や新しい種籾も輸入する予定だ。分析が楽しみだ」
「課長、楽しみです。早く地球の土を分析したいです。いつか大規模プラントにしたいですね、米は本当に美味しいです。野菜や果物も作りたいですね。考えただけでもウルーンが震えます」
「ああ、この星の皆が食べられるくらいの米が収穫できるようになるといいなあ。私は何百年掛かっても実現するつもりだ。それが私の自分で選んだ役割なのだ。この星を豊にしたいんだ」
マッド課長は攻撃用脳波の研究から農業用プラント開発の研究に専門を変えていた。政府からの援助も取り付けたのだ。攻撃用脳波の研究よりはるかに重要で価値があると思ったのだ。それはナナミ大尉の想いでもあった。マッド主任研究員はナナミ大尉の事を時々思い出した。出会った時のナナミ大尉の爽やかなイメージは今でも覚えている。とても魅力的な個体だった。軍人とは思えない広い視野と情熱を持っていた。ナナミ大尉の戦死の知らせを聞いた時は残念で悲しい気持ちになった。もっと関係を深めたい思っていたのだ。一緒に地球にも行きたかった。
次回はいよいよ最終話!




