Chapter38 「奪還 弾薬庫・掩体壕」 【地球】
Chapter38 「奪還 弾薬庫・掩体壕」 【地球】
「八神達はここにいると思います。旧日本海軍の弾薬庫です。ここから約22キロ離れてます。ルートはこの地図に書きこんでありますので後で各自の地図に書き込んで下さい。ルートにおける高低差は80mです。弾薬庫はコンクリート建物で1階建てです。大きさは50mプール位です。入り口は二つですが正面の入り口はドアが無いようです。弾薬庫の2Km手前で二手に別れます。私と北上さんは正面から接近します。荒木さん新藤さんは右側からドアに近づいて下さい」
花形は地図に赤鉛筆で矢印を書き込んだ。
「藤原さんはこの場所に潜んで狙撃を行って下さい。高さ2メートルの瓦礫の山があります。弾薬庫までの距離は200mです。水元さんと唐沢さんはヘリポートに向かって下さい。潜水艦の掩体壕の上がヘリポートになってます。ヘリコプターは2機、1機は八神達が乗って来たヘリです。もう1機はこの島の装備品です。両方とも機種は『シコルスキーSー76』です。島所有のヘリコプターは胴体に『鬼神002』と書かれてます。燃料は満タンのようです。操縦席のドアの鍵は後で唐沢さんに渡します。ここまでで質問はありますか?」
花形が説明した。誰も質問しなかった。花形の説明は分かりやすく、必要な情報が網羅されていた。
「では続けます。弾薬庫までの接近は無線で連携を取って行います。荒木さんと新藤さんは弾薬庫まで50mの距離で待機して下さい。私と北上さんは正面の入り口からスタングレネード(音響閃光手榴弾)と照明筒を投げ込みます。照明筒は内部が暗かった場合を想定しての対応です。荒木さんと新藤さんはスタングレネードが爆発したら突進してドアから内部に突入して制圧して下さい。柏木さんの情報では鍵は掛かってないようですが、もし鍵が掛かってたら正面に回って下さい。私と北上さんは正面から突入して制圧します。ゴーグルの敵味方判別機能を使って敵と人質を判別して下さい。八神達は赤い文字で『敵』、人質は青い文字『味方』と表示されます。目的は八神の確保と人質の奪還ですが人質の命を優先して下さい。八神以外の敵については無力化が難しい時は排除してもかまいません。人質に危険が及んだ時は八神を排除してもかまいません。ミサキさんは入口から外に出た敵を狙撃してください。ここまでで質問はありますか?」
花形の説明は明確だった。私は緊張が高まった。人殺し、正確にはMM星人殺しのブリーフィングだ。
「狙撃はヘッドショットでいいですか?」
ミサキが質問した。
「かまいません。ただ、八神は殺さずに確保したいので人質が危険でない限りは足か胴体を撃って下さい」
「分かりました。膝を撃ち抜きます。ボディアーマーを装着している事を想定して徹甲弾とダムダム弾を使用します」
「私もダムダム弾を装弾してます。基本的に排除します」
花形が言った。
ダムダム弾は弾頭が鉛むき出しでその先端が窪んでいる弾丸である。弾頭が体内で変形し、人体に与えるダメージが大きく残忍なことからハーグ条約で、戦争での使用は禁止となった。
「用語の定義の問題だと思うけど、排除って具体的にはどうする事なんだ?」
私は質問した。
「殺す事です。今回の場合は射殺になるでしょう。水元さん、ヘリポートに敵がいた場合は極力排除してください。ヘリコプターに銃撃されたら我々は帰れなくなります。クルーザーの燃料は殆ど残ってません」
花形はあっさりと言った。
「他に質問が無ければ説明を終了します。出発は8:00です」
「皆さん、カロリーバーがありますので食べて下さい。ペットボトルの水もありますので持って行って下さい。昼間の気温は28度を超える予報なので水分補給が必要です。塩飴もあります。我々はここで待機しています。島の地形などで分からない事があったらいつでも無線で訊いて下さい」
柏木が言った。私は食欲が無かったがカロリーバーを齧って水で胃に流し込んだ。動く為にはカロリー補給は必要だ。カロリーバーはチョコレート味で美味しかった。地図でヘリポートの場所を確認した。花形達とは途中で別れるようだ。スマートフォンを確認したが圏外だった。鬼神島は伊豆七島と小笠原諸島の間にある無人島だ、電波は入るわけは無かった。ニセ七海の唐沢は南部十四年式拳銃を点検していた。
「水元さん、昨日の夜はありがとうございました。おかげでよく眠れました」
ミサキが近づいてきて私に小声で話しかけた。
「こっちも嬉しかったよ。女性とくっ付いて寝るなんて久しぶりだ」
久しぶりどころでは無かった。
「私、水元さんけっこうタイプなんですよ。寝るだけだったらいつでもOKですよ。素肌での触れ合い、どうですか?」
マジかよ! 俺はモテてるのか? ミサキの言葉に男の本能が疼いた。命を懸けた戦いの前だっていうのに、まったく男ってヤツは・・・・・・
「いいけど、俺みたいな男のどこがいいんだ。俺は女を幸せにできるタイプじゃないんだ。生まれついての一匹狼なんだよ」
キザに言ってみた。
「私、カッコイイ人とかイケメンとか苦手なんです。何故かコンプレックスを持っていそうな情けない男性が好きなんです。水元さんはコンプレックスがいっぱいありそうです。たまりません」
ミサキの言葉は微妙だった。私は少し傷ついた。クソッ、一緒に寝ていろんな事してやる! だめだ、俺には七海がいる。
「出発です、忘れ物は無いですね」
花形が大きな声で言った。遠足やピクニックに行くような感じだ。
プレハブ小屋の外に出た。天気は快晴だった。300mほど向こうに海が見えた。驚くほど濃いブルーだった。『北見山』の全貌も見えた。稜線が急な茶色い山だった。緑は殆ど無かった。あの山の向こう側に佐山さやかがいるのだ。島は予想以上に大きい。全体的に茶色い島だった。4年後にここに国家が誕生するかと思うと感慨深かった。
我々は1列になって舗装されていない土の道を歩いた。私は後ろから2番目だった。やがて道は途切れ、不整地を進む事になった。5時間程歩くと前に見えていた『北見山』が右に見えるようになった。近づいたせいか山の緑が増えたように見える。汗が出てきた。ペットボトルの水を飲む。塩飴が美味しい。そろそろ花形達と別れる地点だ。
「水元さん、へリポートの確保をお願いします。銃撃戦のコツを教えます。敵の弾は絶対に当たらないって自分に暗示をかけるんです。そうすれば怖くなくなります」
私は『絶対』と言う言葉が嫌いだった。この世に絶対なんてほぼありえないのだ。やたらと絶対を口にする相手は信用しない事にしている。『絶対そうだ』、『絶対〇〇だから』などと言ういう人間は自意識過剰で、根拠や可能性を考えず、客観的判断ができないと思っている。リスク管理を突き詰めれば絶対が存在しない事の証明なのだ。プロジェクトマネジメントに絶対は存在しない。『絶対に納期に間に合います』って、もし大地震が起こっても間に合うのか? 宇宙人が攻めて来る可能性だってゼロでは無い。実際にMM378の第1政府は攻めて来た。しかし今回は花形の言葉を信じよう。『敵の弾は絶対に俺には当たらない』。だけど絶対なんて事はこの世に絶対にない(パラドックスだな)。
私とニセ七海の唐沢は花形達と別れてヘリポートに向かっている。無線のスイッチをONにした。ゴーグルの機能も試してみる。ゴーグルを着けて敵味方判別モードにしてニセ七海の唐沢を見る。ニセ七海の唐沢の上に青い文字が『味方』と表示された。望遠モードはデジタル望遠だが20倍までは映像がくっきり見えた。商品化すれば売れそうだ。暗視モードは昼に使えば目が大きなダメージを受けるので試さなかった。赤外線モードは景色の温度が色の違いで見えるので面白かった。もしこのゴーグルに衣服透け透けモードがあれば爆発的に売れるだろう。衣服透け透けモードで街を歩いてみたい。男の夢だ。
「タケルさん、何ニヤニヤしてるんですか? そろそろヘリポートが見えてきますよ」
「そうか。緊張するな」
もし衣服透け透けモードのゴーグルを着けて原宿や渋谷を歩いたら・・・・・・海水浴に行ったら・・・・・・花火大会とか行ったらどうなちゃうの? 浴衣だよ!
「タケルさん、ぜんぜん緊張してないですよね、ニヤニヤしっぱなしです」
《こちら荒木班、弾薬庫まで40mで待機》
《花形了解、花形班、3分後に突入する》
「始まったな」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「いよいよですね」
ニセ七海の唐沢が言った。
《花形班突入》
《荒木班突入》
遠くから小さな爆発音が4回、風に乗って聴こえてきた。音響閃光手榴弾だ。
しばらく通信が無かった。私はイライラした。佐山さやかと峰岸は無事なのか?
《こちら花形、敵を2名無力化しました。松島と野沢です。縛り上げたので後で柏木さん達に回収してもらいます。八神と人質はいません。佐川、有村、川田もいません。北上さんが負傷しました。これより島を捜索します》
「どういう事だ?」
私は無意識に言った。
「八神が人質を連れて移動したのでしょう。弾薬庫は囮かもしれません」
「さすが元日本陸軍の参謀だな。俺達の裏をかいてる」
私とニセ七海の唐沢は歩く速度を速くした。ヘリポートまで100mだ。ヘリポートに2機のヘリコプターが駐機していた。
「水元さん、人が来ます、あっちです」
ニセ七海の唐沢が左の方向を指さした。
「七海、しゃがむんだ」
私は咄嗟に言った。MM星人のニセ七海の唐沢は目がいい。元ゼロ戦パイロットなので猶更だ。私はゴーグルを掛け、望遠モードにした。紺色の作業着の様な服を着た男達がこちらに向かって歩いているようだ。佐山さやかと峰岸もいた。佐山さやかはライトグレーのスーツ、峰岸は黒のスーツ姿だ。八神も確認できた。光沢のあるシルバーのスーツ姿だ。作業着の男達の腰にはホルスターが見える。敵味方判別モード切り替えると男達の上には『敵』と表示された。
《こちら水元、八神達を発見、人質も一緒だ、八神達はヘリポートに向かってる》
《こちら花形、そちらに向かいます。様子を見て、可能ならヘリポートを確保して下さい》
《こちら水元、しばらく様子を見る。ヘリポートは確保する》
心臓がバクバクするのが自分でも分かった。ヘリポートを確保するとは言ったものの、その手段が思い浮かばない。
私とニセ七海の唐沢は伏せて敵をやり過ごした。細かい雨が降ってきて風も出て来た。出発時は晴天だったが、空が暗くなっている。青かった海も鉛色に変わり、白い波頭が高くなっている。きっとにわか雨だろう。二人の作業着の男が階段を登ってヘリポートに立った。八神と人質はヘリポートの横の階段を下って行った。ヘリポートの下は旧日本海軍の潜水艦の掩体壕があるはずだ。
「タケルさん、この後天気が荒れると思います。気圧が急激に下がってます。八神達も雨を避ける為に掩体豪に避難したんだと思います。ヘリポートに行った男達はヘリコプターの確認と調整に行ったんだと思いますがこの天気ではヘリコプターを飛ばす事はできません」
「気圧? そんな事が分かるのか?」
「私は元零戦の搭乗員です。天気は敵の戦闘機より脅威になることがあります。搭乗員は天気に敏感なんです。荒天時に出撃すれば未帰還になる可能性があります。長距離の護衛任務で低気圧に巻き込まれ、一個中隊の9機が遭難して未帰還になった事があります。私はなんとか帰還出来ましたが恐ろしかったです。酷い嵐で隣を飛んでる僚機すら見えませんでした。作戦を中断して途中で引き返して計器飛行でなんとか基地に帰還しましたが一歩間違えれば墜落していました。それ以来、気圧を肌で感じるくらい敏感になりました」
ヘリポートに敵が二人、掩体壕に八神と敵の男一人と佐山さやかと峰岸。どうする? 八神無しでヘリコプターが離陸するとは思えない。ニセ七海の唐沢が言う事を信じればしばらくヘリコプターは飛べないはずだ。
「七海、潜水艦の掩体壕に行くぞ」
「タケルさん、何か作戦はあるんですか?」
「そんなもの無い。とにかく行くんだ。イヤならここに残れ」
「タケルさん、見捨てないで下さい」
私は立ち上がってヘリポートの方へ歩き出した。ニセ七海の唐沢も着いて来ている。雨脚が強くなってきた。ヘリポートの男達はヘリコプターの中にいるようで姿が見えない。ヘリポートの横のコンクリートの階段を降りると掩体壕のコンクリートの壁に入り口があった。目の前は海である。かつてはドアがあったであろう出入り口から覗いた潜水艦の掩体豪は薄暗かった。しばらく様子を伺ったが誰もいないようだ。
「七海、中に入るぞ」
「怖いですけど仕方ないですね。タケルさん、手を繋いでいいですか?」
「ダメだ!!!」
私はゴーグルを着けて暗視モードにした。映画などでよく見る緑色の映像を想像していたが、フルカラーの明るい映像で格納庫の中の様子が良く見えた。掩体壕の中は四角いトンネルのような構造だ。中には幅20m、奥行き100mくらいの長いプールのような水堀とプールサイドのような幅3mの通路が見えた。水堀は潜水艦が係留する為のもので海と繋がっている。海の方向はドックの入り口となっておりトンネルの出口のようで明るかったが、そこから見える景色は豪雨で海と空の境目の水平線が分からない灰色一色の空間だった。私はショルダーホルスターからSTI2011を抜いて右手に持った。私とニセ七海の唐沢は通路を奥に向かってゆっくり進んだ。ニセ七海の唐沢は南部十四年式拳銃を右手に握っていた。柏木の話では掩体壕の奥は制御室が一つあるだけのはずだ。通路の先にあるコンクリートの壁には古い鉄のドアがあった。私とニセ七海の唐沢は銃を構えながらドアに近づき、ドアの手前5mくらい位置で足を止めた。私はゴーグルを外して首に掛け、目を暗さに慣らす事にした。銃撃戦になった時、ゴーグル越の視線では上手く狙えないと思ったからだ。ニセ七海の唐沢も同じようにした。身を隠す場所は無かった。ドアに銃を向けたまま立っているしかない。
《こちら水元、八神達と人質は潜水艦の掩体壕の奥の制御室にいる。俺と唐沢さんは制御室のドアの前で待機中》
私は無線のトークスイッチを押しながら小声で話した。
《こちら花形、花形班と荒木班は20分で到着します。人質の命を最優先して下さい》
《こちら水元、早く来てくれ》
1分が1時間にも感じられた。銃を構えた腕が痛くなったきた。
《こちら藤原、ヘリポートから200mの地点に到着。雨で視界不良。狙撃の難易度が高いです、あと100m近づきます》
《こちら花形、了解》
八神達は制御室で何をやっているのか? 制御室の敵は八神と八神の部下一人だ。花形達が来れば数的には有利だ。掩体壕の中が一瞬白くなった。稲妻が光ったようだ。遅れて大きな雷鳴が響いた。ドアの向こうから微かに声が聞こえたが何を言っているのかわからない。
「タケルさん、峰岸さんの声です。なにか言い争ってるようです。『俺を先に殺せ』と叫んでます」
ニセ七海の唐沢が小声で言った。
「聞こえるのか?」
「MM星人は視力も聴力も地球人の5倍以上です」
《こちら藤原です、ヘリポートから一人、掩体壕の方に降りて行きます。水元さん、気を付けて下さい》
《こちら水元、了解》
私はボディーアーマーを急いで脱いだ。重くて動き辛いのだ。
「七海ここは頼んだ」
私は一言言うと掩体壕の入り口に向かって足音を立てないように気を付けながら速足で歩いて掩体壕の入り口に辿り着いた。掩体壕の入り口から外を伺った。外は嵐でかなり暗かった。腕時計を見ると時刻は15:20。Luminox F-117 NIGHTHAWKの文字盤のインデックスと針が黄色く光っている。夜光塗料のような蓄光型ではなく、24時間、常に自発光するトリチウム発光ガスの入ったガラス管のカプセルが12個インデックスと、時針、分針、秒針に埋め込まれている。暗い場所での認視性が抜群だ。ネオンのようである。放射線が含まれている為、過去には規制があった発光システムだ。
外に出ると横殴りの雨が激しく体に当たった。空は薄墨を流したような色だった。暗い。稲妻が光り、同時に大きな雷鳴が轟いた。稲妻の光が階段を降りて来る一人の男の姿を照らした。距離は7~8mで前方斜め上の位置だった。稲妻が光らなければ気が付かなかったかもしれない。私は心臓が喉から飛び出しそうになった。やばい、やばい! 私は銃を素早く構え、黒い影のように見える男の胴体に狙いをつけて続けざまに3回トリガーを引いた。
『バン、バン、バン』
『STI2011が手の中で3回跳ね上がった。黒い影の中でマズルフラッシュが光った。タイミング的には相打ちだ。何かが抉るように頬を掠った。ムチで打たれたような衝撃でかなり痛かった。男が右に飛ばされるようにして掩体壕の外壁に当たり、そのままずるずるとしゃがみ込むようにして尻もちを付くと後ろに倒れた。私は階段を駆け上がり倒れた男の傍に立った。
男は頭の上半分が吹き飛んで無くなっていた。胸からも3か所、青い体液が吹き出していた。私の撃った弾が当たったようだ。凄惨な死体を見ても。不思議と恐ろしいとも気持ち悪いとも思わなかった。あまりの緊張に現実感が伴わないのだろう。私は自分の頬を触ってみたが怪我はしてないようだ。弾が掠ったのだろう。しかしなぜ男の頭が吹き飛んでいるのだろう?
《こちら藤原、階段を降りていた男を狙撃、頭部にヒット》
ミサキが狙撃したようだ。
《こちら花形、了解した。水元さん、もうすぐ着きます》
暫くすると花形と北上が階段を降りて来た。心強かった。




